Card No.03:焦り

 昨晩、そして一夜明けた今も、どのメディアも昨日の事件で持ちきりだった。テレビもネットも昨日の事件一色だ。SNSや匿名掲示板、動画配信サイトもその情報で溢れかえっていた。


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おはよう。

何も解決されてないみたいね。

私達、普通に学校行って大丈夫なのかな?

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 彼女の紗耶さやからだった。

 昨晩は夜遅くまでLINEをした。彼女は不安で不安で堪らなかったようだ。


「大丈夫、僕が守るから」


 僕が言っても嘘では無いセリフだったが、それは言えない。市民を巻き込んでも平気な片桐の事だ。僕と紗耶が付き合っていると知ったら、何をしでかすか分かったものじゃない。

 

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おはよう。

僕は行くけど、不安だったら休んだ方がいいよ

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 ちゃんと、休むべきだと言った方が良かったのだろうか。「優也が行くなら私も行く」と言って、LINEは終わってしまった。

 事実、江東区や江戸川区、事件が起きた周辺の小中学校は臨時休校になったらしい。


 僕の高校は、自宅最寄り駅から4つ数えた駅の近くにある。

 通学中の車内、サラリーマンの数こそ普段と変わらないが、乗客はいつもより明らかに少なかった。僕の前に立っていた女性は、昨日の事件の動画を見ている。



「おはよう優也、何だよ昨日はLINEガンガンスルーしやがって」


 クラスメイトの光希みつきだ。昨日のバイト中、一番最初に事件に関するLINEを送ってきたのも光希だった。


「いやいや、最後はちゃんと返したじゃん。紗耶が怖がってて、そっちの返事が大変だったんだよ」


「チッ、さり気に彼女自慢かよ……にしても、どう思うよアイツらの正体?」


「うーん、難しいね。……ホログラム説が一番現実味有りそうだけど」


「ああ……ホログラムの動きに合わせて、予めしかけておいた爆薬で、船を爆破させたとか言う説? うーん……モンスターが海に飛び込む様子とか見てると、そうは思えないけどな」


「じゃあ、光希はどう考えてるんだよ」


「……難しいね。不可解なことが多すぎる、全く分からない」


 そんな話の途中でチャイムが鳴り、担任の古田が入ってきた。皆が着席する中、周りを見渡すと空席がチラホラ見える。今日は休む生徒が多いのだろうか。


「おはようございます。えー、みんなも昨日の事件知っていると思います。今空席の生徒は、ちゃんと学校を休むって連絡が入ってるので、安心してください。君たちも学校を休むときはちゃんと事前に連絡入れるようにね。私達も心配しちゃうから」


「先生! ウチの学校は休校予定とか無いんですか?」


 生徒の一人が尋ねる。


「そうねえ……一応そんな話し合いは持たれたようだけど、学校としてはモンスター? って呼んでいいのかな、二体とも消滅したので解決済みという認識みたいです。とりあえず、当分の間は十分、十二分に注意してください」


 担任の事件に関する話はこれで終わった。


 解決済みか……


 いや、解決なんてしていない。片桐の言うとおりなら、昨日起きた事があと48回繰り返される事になる。というのも、昨晩カードを改めて見ていると、元々『You win! 』と書かれたカードが既に一枚あったからだ。


 ふと視線を感じて中庭側の窓を見る。紗耶だった。僕の視線に気がつくと、小さく手を振って、直ぐに前を向いてしまった。


 紗耶とは校外学習の際に同じ班になり、好きな漫画の話で意気投合した。その日の内にLINEを交換し、夜遅くまでLINEを交わした。

 それからは一緒に買い物に行ったり、食事をするようになっていた。買い物と言っても本屋さんだったり、食事もマックと、どちらも高校生らしい可愛いものだ。


「私達、付き合ってるって事でいいのかな?」


 紗耶に先に言わせてしまったことを、今も後悔している。僕が先に「付き合ってください」と言うべきだった。紗耶は気にしていないと言うが、本当だろうか。

 


「きゃあああああ!!」


 突然、中庭に面した席の女生徒が大声を上げた。


 他の生徒も一斉に彼女の視線の先を追う。廊下側に近い席だった僕も、中庭が見える方へ移動した。


 そこには、昨日とは違う戦士……片桐が言うサモンズが立っていた。


 どうすればいい!? 万一、無くしては大変だと思って、カードは自宅に置いてきていた。まさか学校に現れるなんて思ってもみなかったからだ。


 今、学校を出たら僕だけ逃げ出したように見えてしまう!? いや、そんな悠長な事を考えている暇は無い。


「先生、すぐ戻ります! 往復で……多分40分くらい!」


 紗耶の視線を感じたが、急いで戻らなくては。紗耶も含めた生徒を守る方法は先生達が何か考えてくれるだろう。僕は教室を飛び出した。


 学校を出たところで、タイミング良くタクシーを捕まえることが出来た。自宅の場所を説明をして、電車とどちらか早いか聞いてみる。


「うーん。正直、そこまで大きくは変わらないと思うけど、やっぱりタクシーの方が早いと思いますよ」


 そのセリフを信じ、自宅マンションまで飛ばして貰う。「出来るだけ急いでください」高校生の内から、こんなセリフを言うなんて思ってもみなかった。

 タクシーの中で、忘れ物を引き上げたら、学校へとんぼ返りして欲しい事も伝えた。「最近の学生さんは凄いねえ」と、少し嫌みとも取れる事を言われてしまったが。


 タクシーの中で、中庭にいた戦士の対戦相手を思い出す事が出来た。


『レベル1の戦士と、レベル1のモンスター』


 確か、そんなテーマだったはずだ。


 昨日にしても今日にしても、まだ思い出しやすいテーマだからいいが、今後全てを思い出す事が出来るだろうか。


 さっきからスマホが震えている。


 紗耶に光希、母と父からもLINEが届いている。紗耶と光希は目の前で見たから当然だが、母と父からも来ているという事は既に速報が出ているのだろうか。昨日の今日だ、誰もが敏感になっていて当然だ。


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紗耶、急に学校を飛び出したりしてごめん。すぐに学校に戻る。その時にちゃんと説明するから。光希にもそう伝えて。

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学校の中庭に来たけど、僕らは大丈夫。

安心して!またLINE入れる

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 紗耶と家族のグループLINEにはそう入れておいた。

 マンションに着いて、自宅まで駆け上がった。父と母は仕事に出ていて、僕しかいない。今日はリビングでカードに水を掛けた。


 昨日のようにカードから、ホログラムのように浮かび上がってくる。出てきたのは、片桐が描いたレベル1のモンスターだ。テーマの通り、見るからに弱そうで、カードに書かれていた文字も衝撃だった。


・必殺技…無し

・特徴…しぶとい

・弱点…全て


 このカードを見せ合った時、片桐と一緒に笑ったのを憶えている。


「流石レベル1! 弱すぎじゃんかこれ!」


「だろ! だってレベル1なんだもん。ハハハハ」


 片桐はこの時から、今やっているバトルを想定していたのだろうか。僕が描いた戦士の得意技と弱点は何だったか、正直思い出せないでいる。


 とりあえず、サモンズを学校へ向かわせ、僕は全てのカードを鞄に入れて、待機してくれていたタクシーに乗り込んだ。その間に来ていたLINEを確認する。紗耶も光希も家族も心配しているようだ。とりあえず皆に「大丈夫だ」と返事を入れておいた。


 僕は昨日より、焦りを募らせていた。


 片桐は僕が通っている高校も知っている。

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