Card No.02:ファーストバトル

 リビングに戻ると、父と母はまだテレビにかじりついていた。何故か、先ほどとは雰囲気が違う。


「優也……さっきまではちょっとした映画なんかを観てる気分だったが、これは本当にヤバい事が起きているのかもしれんな。2艘目の水上バスも爆破されたよ」


 母も無言でテレビを観ている。リポーターも先ほどとは違い、大災害が起きたような口調に変わっていた。画面には炎を上げ続ける水上バスの映像が流されている。


 その画面下には、SNSでの投稿募集を呼びかけるテロップが流れていた。『#お台場モンスター』で投稿するといいらしい。


『えー……今、当放送局独自に入手した情報によりますと、狙撃班がモンスターを狙撃出来る体制に入ったという事です。今一度、周囲に人が居ないか確認中のようで……あ! 発砲しました! 当たっています! モンスターの胸辺りに着弾したのが確認出来ました!』


 テレビ越しにも確かに胸辺りに当たったのが確認出来た。だが、そのモンスターはびくともせず、さっきと同じ姿勢のまま突っ立ている。


「ちょ、ちょっと、本当にヤバいんじゃないの! この生き物」


 母は不安げに父に言った。父は「うーん……」と、首をかしげるだけで次の言葉が出ないようだった。


 ダメだ、撃つなら触覚だ。……そうだ、さっきのハッシュタグ。


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こいつの弱点は触覚! 触覚を狙って!

#お台場モンスター

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 ダメ元で投稿してみた。警察関係者でもいい、誰かの目に止まって欲しい。アイツは……戦士はいつ到着するだろう。ここからお台場までは、車でも30分は掛かる。


『……えー、お台場から中継の真っ最中ですが、関連するかもしれない別のニュースが飛び込んできました。一度スタジオにお戻しします』


 テレビ画面がスタジオからの中継に切り替わった。お台場の様子はワイプで流れている。


『はい、こちらスタジオです。江戸川区にお住まいの方からの動画提供がありました、こちらご覧ください』


 スマホで撮影されたのだろう、縦長の動画だった。橋の欄干に立っている人物にズームされる。


 あ……僕が送り出した戦士だった。


 確認出来た次の瞬間には、川へ飛び込んでいた。撮影者は慌てて川へ近づいてカメラを向けたが、既に姿は無かった。


「な、なんだ、今のは……またおかしなのが出てきたぞ。本当に世界の終わりが近いんじゃないか」


「どうしましょう、お父さん……」


 二人とも相当不安になってきているようだ。母に至っては、少しばかり涙目になっている。その時、テレビのテロップに僕が流した投稿が流れた。


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こいつの弱点は触覚! 触覚を狙って!

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 流れるには流れたが、僕の投稿をリポーターや、アナウンサーが拾ってくれる事は無かった。他の投稿同様、ただ画面に流れては消えた。


 テレビ中継がお台場に戻る。モンスターはまた陸に上がり、腰に両手を当てて空を見上げていた。まるで僕が送った戦士を待っているかのように……


 その時、水しぶきを上げて一体の生物が川から飛び出してきた。


 到着したのだ、僕が送り込んだ戦士が。


『ま、また一体現れました! しかも水中から! これは……これは先ほどの江戸川区で確認された生物でしょうか!? 先にいたモンスターと対峙しています。敵なのか味方なのか……スタジオの林原さん、これは先ほど動画投稿された生物でしょうか?』


 中継は一層慌ただしくなった。スタジオのアナウンサーは、かなりの確立で江戸川区で撮られた動画の生物と同一、と話していた。そういえば僕のマンションを飛び出して15分足らずだ。恐ろしいスピードで水中を移動したものと見える。


 カメラは対峙する二体を捉えていた。モンスターは軽く腰を落とし、戦闘体勢を取っている。対する戦士の方は、今ひとつ緊張感の無い立ち方をしている。突っ込んでこられたら、ひとたまりも無さそうだ。


“どうした! ちゃんと構えろ! 接近戦で触覚を引きちぎれ!”


 そのような意思を投げかけているものの、画面に映っている戦士の動きは変わらない。その内、間合いを詰められて腹部に強烈な蹴りを入れられた。戦士は吹っ飛ばされ、水中に落ちてしまった。


 どうしてだ!? 目視出来る位置じゃ無いと意思は伝わらないのか。テレビのリポーターも父母も「あー」という声を上げている。モンスターが戦士に攻撃をした事で、戦士はヒーロー側に見えているのかもしれない。


 もしかして……


 僕は自分の部屋から、イラストの抜けたカードを持ってリビングに戻った。手で隠して親からは見えないように。


 さっき意思を伝えたときは、確かカードを手に持っていた。これならどうだ、届いてくれ……


“陸に上がれ……アイツと戦うんだ”


 次の瞬間、戦士は勢いよく陸に戻ってきた。届いたのか!? 僕の意思が?


“腰を低くして、戦闘体勢を取れ!”


 意思を伝えるか伝えぬ内に、戦士はその体勢を取った。


 すると相手のモンスターは戦闘体勢を解き、急に拍手をし始めた。


 何のつもりだ!? 僕はその隙を逃さず、戦士を相手の懐に入れた。そして力任せに触覚を引っこ抜いた。


『ああーっ! モンスターがのたうち回っています! 胸に銃弾を受けても平気だったモンスターが苦しんでいます!』


 そしてとうとう、モンスターの動きは止まってしまい、光りの粒になってキラキラと空に舞い上がっていった。


 せ、戦士は? 戦士はどうなった!? 少し遅れて、モンスターにズームされていたカメラは戦士を映し出した。


 すると戦士もモンスターと同じように、光りの粒となって消えてしまった。


 お、終わったのか……!? とりあえずこの戦いは終わったんだろうか?


「え? なにこれ? やっぱり特撮か何かなの? そうだとしたらふざけすぎじゃない?」


「いや、そんな事は無いだろう。民放はもちろん、国営放送まで中継してるんだ。これが特撮なんかだったら大問題だぞ」


 テレビ中継の方も、突然消えてしまったモンスター達の扱いに困っているようだった。戦士が触覚を引き抜いたシーンから、消えてしまうまでを繰り返し再生している。


「あ、ごめん優也。ご飯まだだったわね、今から用意するから」


「ありがとう、出来たら呼んでくれる?」


 そう言って僕は急いで部屋に戻った。


 手元のカードを見ると、イラストが抜けた箇所は、


『You win!』


 と書かれていた。一体どういうことなんだ……


 そう言えば、中継を見ている間にも何度かスマホに着信があった。友人達からのLINEなどに交じって、見知らぬ人物からのメッセージがあったのだ。


 ハッシュタグを付けて送った、SNSアプリへのメッセージだ。


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久しぶりだね大野。始めるよ、今日からバトル。

今日は勝たせてあげたけど、明日からは僕も本気だからね。分からない事があれば、聞いてくれていい。

とりあえず、カードを捨てずに持ってくれていたことに礼を言う。ありがとう。

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 間違い無い、片桐だ……どうやって僕に辿り着いた……!?


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片桐か!? どうして僕のアドレスが分かったんだ?

なんでこんな事をする? いや、なんでこんな事が出来るんだ?

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 僕の中の頭はクエスチョンマークで溢れかえっていた。


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簡単じゃん。『#お台場モンスター』のハッシュタグを辿って、触覚の事に触れているのは君だけだった。

しかもIDはono_0225なんだもん。ビンゴだよね。なんでこんな事が出来るのかって? 残念ながら、それは内緒だね。

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分かった、それはいい。

どうして他人を巻き込むようなこんな事をするんだ! 死者が出たかもしれないって言ってるじゃないか!

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ああ。それに関しては悪いことをした。

でも、これくらいしないとテレビも中継してくれないでしょ? まあ、君がちゃんと対決してくれるなら被害者は出さないよ。約束する。

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「優也! ご飯出来たわよ!」


「分かった、すぐ行く!」


 返事をしたものの、片桐とここで終わらせる訳にはいかない。


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一度会って話をしよう。こんなこと、わざわざ人目につくところでやる事じゃ無い!

ゲームは続けるよ、約束するから。

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馬鹿だなあ、君は。

ギャラリーが居ない対戦なんて何が面白いんだよ。さっきのテレビ見たろ? 戦士が触覚を引っこ抜くシーン! あれだけリプレイしてくれるんだ。最高じゃないか!

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ダメだ、他人を巻き込むのは止めよう。今日の水上バスだって、凄い被害のはずだ。一度会って話をしよう

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とにかく、僕は明日から毎日、『サモンズ』を呼び出す。

サモンズっていうのは、カードに描かれた戦士やモンスターの事ね。出来れば大野にもそう呼んで欲しい。とにかく僕のバトルに応える事だ。そうじゃないと、また今日のような惨事が起きる。

また明日、戦おう。じゃ。

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 その後は僕からのメッセージに片桐が返してくる事は無かった。


 母から三度目の「優也!」という声で、仕方なく僕はリビングに戻った。

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