Card No.01:封印解除

「ありがとうございました!」


 レジで客の会計を済ませ、待っていた次の客を席へ誘導する。今日はフロアの一人が病欠だったので、普段以上にやる事が多い。


 そう、僕は今年の春から高校生になった。


 部活動もせず、週4日はこのファミレスでアルバイトをしている。あれだけ好きだった絵も最近は描くことも無くなり、空いた時間にはゲームをしたり動画配信サイトを見て過ごす事が多かった。


 片桐が転校してから5年。


 小学校を卒業してからは、思い返すことなど無かった片桐柊眞。その彼を今日、久々に思い出すこととなった。



「大野くんお疲れ様、今日は人数少なくてキツかったでしょ。キビキビ動いてくれて助かったよ」


 マネージャーの本田さんだ。バイト相手にも、いつもこういった気を使ってくれる。僕にとっては頼れるお姉さん的存在だ。バイトの先輩によると、本田さんみたいなマネージャーは珍しいとの事だ。


「いえいえ、お疲れさまでした! まだお客さん多いのに上がらせて貰ってすみません!」


 そう言うと、本田さんは笑顔で手を振ってくれた。




 制服を着替えてスマホを確認すると、いつもより多くの着信履歴が残っていた。


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バイト中か? テレビかネット中継観ろ! ヤバいから!

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バイト終わったら真っ直ぐ帰ってくるのよ

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 友人達からはともかく、母からもLINEが入っていた。一体、何の騒ぎだろう?


 ざっと調べてみたところ、お台場にモンスターが出現している? リンクを辿って画像を見てみたが、暗くてよく分からない。


 映画か何かのプロモーションだろうか。


 友人は分かるが、母まで送ってきているってどういう事だ。思わず吹き出してしまった。動画のURLも貼られているが、そろそろ速度制限に引っかかりそうなので、見るのは止めた。どうせ、家までは徒歩5分の距離だ。



 我が家は8階建てマンションの3階、302号室。

 疲れていたので、今日はエレベーターを使った。玄関を開けると、既に父の靴もある。今日は残業は無かったようだ。


「見た!? お台場の?」


 ただいまも言わない内に、母がパタパタと玄関まで駆けてきた。


「見てないよ。さっきのモンスターってやつ?」


「いいから、早くおいでって! 凄いから」


 珍しく興奮気味な母に急かされ、急いでリビングに移動した。テレビでは、上空からお台場の様子が映し出されている。


「おかえり、優也。これどう思う? この着ぐるみ、人間入れないだろ?」


 良いタイミングでカメラはズームされ、父が言う『着ぐるみ』とやらがアップになった。そこに映っていたのは、ウエストが極端にくびれたエイリアンのような生き物だった。


「こいつが一人殺したんだよ。血まみれの人間を海に突き落としたらしい」


「ま、まだ、生きてる可能性だってあるでしょ! まだ見つかっても無いんだし」


 父の適当な解説を母が訂正する。いや、そんな事よりこいつ……


『ああっ! またです! また海に飛び込みました、すごいスピードで移動しています! 向こう岸へ移動するのでしょうか、これは人間ワザじゃありません!』


 テレビのリポーターも興奮しているようだ。


 その生き物は凄いスピードで水中を動き回っていた。そして、停泊していた水上バスに近づき勢いよく飛び乗った。確かに、これは人間が出来る動きじゃ無い……

 カメラはさらに生き物に近づき、顔がアップになる。サメのような獰猛な顔つきに、昆虫の触覚のようなモノが頭から生えている。


 そして、その触覚は、先端から強い光をともしだした。


「だめだ! 爆破される!」


 つい、僕は大声を上げてしまった。次の瞬間、その触覚はビームを放出し水上バスは一瞬で炎に包まれた。


「な、なんで分かったんだ優也」


 父の問いには答えず、僕は自分の部屋へ駆け込んだ。




「ど、どこにやった、片桐と交換したカード、どこだっ!?」


 ウエストのくびれ、サメのような獰猛な顔、ビームを放った触覚。あのモンスターは間違い無く僕が描いたものだ。


 ——そう、片桐と一緒に。


 クローゼットを開けて、一番奥に仕舞っていた段ボール箱を引きずり出す。中に入っていた、小学校や中学校の卒業証書や卒業アルバムを放り出し、段ボール箱の底を探った。


「あった……これだ……」


 『封』という帯で包まれた50枚のカード。まさか、高校生になってから取り出すとは思わなかった。急いで『封』と書かれた紙を破る。

 するとどうしたことか、ノートの端切れだった粗末なカード達が、様変わりしてしまった。寸法も統一され、まるでプラスチック製のトランプのように。


「なんだよ、これ……」


 一番上にあった一枚を確認してみた。裏面は一面の黒の中に、不思議な文様が浮かび上がっている。表面には戦士のイラストと特徴、必殺技、弱点が書かれていた。もちろん、僕が持っているカードは全て、片桐が描いたものだ。


 それよりも、お台場で暴れているモンスターの対戦相手を探すのが先だ。僕達はいつもテーマを決めて描いていた。『水中対決』確かそんなテーマだったはずだ。


「こ、これだ。これに違いない」


 鎧のあちらこちらから、魚のヒレのようなものが飛び出している、精悍な戦士のイラストだった。鎧のマスクの奥底には青い目が光っている。


 目的のカードは見つかった。だが、このカードがあったところでどうすればいい? 他のカードをざっと調べてみたが、ヒントになるようなものはない。その時、下に落ちていた『封』と書かれた紙の裏に目が行った。文字が書かれている、片桐の字だ。


『召喚するときには水を垂らす。5分間は大野にしか見えない。5分後に実体化し、誰からも認識できるようになる』


 早速、熱帯魚を飼っている水槽から手で水をすくい、恐る恐る水を掛けてみた。


 カードは直ぐに反応した。

 ホログラムのように向こうが透ける感じで、カードからゆっくりと戦士が浮かび上がってきた。それはドンドンと大きくなり、僕より一回り大きくなったところでやっと止まった。だが、その姿はまだ少し透けて見える。


 拾い上げたカードからは、戦士の絵が無くなっていた。


「ぼ、僕の言うことが分かる?」


 その戦士は無言で頷いた。


「は、話は出来る?」


 今度は首を横に振る。



「優也? 何してるの? まだテレビついてるよ。ご飯も用意するけど?」


 母がドアをノックしながら言った。まだ、このカードの事は言えない。いや、ずっと言えないのかもしれない。


「と、友達とネットで見ながらチャットしてる! 終わったらご飯食べるから!」


「お父さんがタブレットの設定見て欲しいんだって。ちょっと開けていい?」


「わ、分かった、すぐリビングに行くから! ちょっと待って!」


 僕は戦士を置き去りにして、母からタブレットを奪いリビングに行った。


「なにっ!? タブレットで何するの!?」


「な、なんだよ優也、急に大きい声出すなよ。テレビの右下にQRコード出てるだろ? 別カメラからの映像がネットで見られるんだって。これで見ようかと思って」


「そんな事で呼ばないでよ!」


 僕はそう言いつつも、QRコードを読み込み動画を再生させた。回線が重いのか、なかなか再生されず、それにも付き合わされた。


「多分、これで大丈夫だから!」


 そう言って、僕は自分の部屋へ戻った。戦士はさっきと同じ姿勢のままで立ち尽くしていた。


「ごめん、待たせて。今、お台場に戦うべき相手がいる。海の中を自由に動けるモンスターだ。そいつと戦える? このままじゃ、沢山の人が殺されてしまう」


 戦士は頷くやいなや、マンションの窓を開け、下に飛び降りてしまった。


 僕は慌てて窓から顔を出して下を見る。その戦士は大きな音も立てず、着地をしていた。そして、お台場へ向かうのか、凄い勢いで走り出した。


“ちょっと待って!”


 すぐに行かれても困る。この先どう戦うかなど、一言も話し合っていない。すると戦士は止まって僕の方を見上げていた。


“僕が止まれって思ったから、止まったの?”


 意思を投げかけると戦士は頷いた。

 これならなんとかなりそうだ、僕は改めて意思を投げかけた。


“お台場へ行って! あのモンスターの元へ!”


 戦士は今度は頷くことなく、猛スピードで走り出した。

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