ダークスケッチ・カードデュエル —僕達の描いた絵が街を恐怖に陥れた—

靣音:Monet

プロローグ:転校生

プロローグは回想シーンになります。第二話から急展開!

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 夏休み明けに一人の転校生がやってきた、名は片桐かたぎり柊眞とうま


 今から5年前、小学5年生の時だ。


 初めのうちは転校生が珍しいのか、多くの生徒が彼に声をかけたり、遊びに誘ったりした。だが、彼はそんな誘い全てを断った。断ったと言えばていが良いだろう、厳密には無視したと言っていい。


 そんな片桐は休み時間になると、いつも机に向かって何かを描いていた。


「片桐、何描いてんだよ、俺たちにも見せろよ」


 何人かが彼に声をかけたが、その都度、彼は机に覆い被さって描いているものを隠した。僕たちの学校は暴力やイジメにはとても厳しかったので、力ずくで見ようという者は誰もいなかった。


 そしてその内、誰も彼を相手にしなくなった。


 だが、僕だけは彼が何を描いているのか、いつまでも気になっていた。


 彼と同じように、僕も絵を描くのが大好きだったからだ。



 ある日の理科の授業で、隣同士でペアを組んで進める実験があった。一人が実験をし、もう一人はその様子を書き記すというものだ。片桐とペアになった僕は、「どっちが描く?」と彼に聞いた。片桐は視線も合わせず、僕にどうぞと、無言で手のひらを向けた。


 これは僕の想像だが、片桐は自分が描きたいもの以外は、興味が無いのだと思う。図画工作の作品にしても、それは顕著に表れていた。ましてや、人の絵なんてそれ以上に無関心だろう。


 だが、僕は片桐が見ている前で張り切って描いた。僕の絵を見ざるを得ないからだ。他の生徒が単調な線画ばかりの中、僕はビーカーやフラスコの光りの映り込みや影までしっかりと描き込んだ。


「上手いね」


 初めて聞いた片桐の声だった。国語の朗読でも、片桐は頑として声を出さなかったからだ。


「あ、ありがとう。休み時間に描いてるやつ、あれは何描いてるの?」


 急に、片桐の視線が落ち着かなくなった。教えようかどうか迷っているのだろう。


「一枚だけだよ」


 そう言って僕に一枚のカードを渡してきた。

 そこには鎧をまとった騎士のような絵が描かれていた。カードと言っても、ノートをハサミで切り抜いただけのペラペラの紙だ。


 ただ、その騎士の絵は小学生が描いたものとは思えない程、レベルが高かった。


 嬉しくなった僕は、理科のノートに描きためた落書きを片桐に見せた。理科に限らず、どのノートも後ろの何ページかは落書きで埋まっている。僕も同じような絵が好きだったのだ。ロールプレイングゲームに出てくるような戦士やモンスター、どれも自分で考えたものだ。


「おおお……」


 片桐は喜んでいるのか、驚いているのか分からないような声を上げた。


「僕の名前、どうせ知らないでしょ。大野おおの優也ゆうや。よろしく」


 僕たちはその日から一緒に絵を描くようになった。



 絵を描くのはいつも僕の家だった。


 片桐は友達を家に呼んじゃいけないと厳しく言われているらしく、彼から誘われる事は一度も無かった。


「今回のテーマは『水中対決』ね。大野はモンスター描いて、僕は戦士を描く」


 僕たちの絵にはいつも「お題」があった。お題を出すのは片桐だ。


「また僕がモンスター? 今日は片桐がモンスター描いてよ」


「ダメダメ。今日はもう、どんな戦士にするか考えてるから。明日は大野が戦士な。約束する」


 片桐はそう言うと、すぐにペンを走らせた。


 絵を描き終えると、空いたスペースに特徴と弱点、そして必殺技を書き込んでいく。腕に巻いたブレスレットも、頭から飛び出た触覚も全てが技の源になる。それらは書き終えるまで、お互いには内緒だ。


 そんな風に描き続けたカードも、いつしか50枚を数えた。その50枚目を描き終えたのは、二学期最終日の前日だった。



「みなさん、二学期もお疲れさまでした。えーと、残念なお話ですが、片桐君は冬休み中にまた別の学校へ転校してしまいます。片桐君、短い期間だったけど、このクラスはどうでしたか?」


 皆の想像通り、片桐は返事をしなかった。担任もこれと言って気にしていない様子だったのが、印象に残っている。



 終業式も終わり、いつものように片桐と帰宅の途についた。


「片桐、なんで転校のこと黙ってたんだよ」


「決まってた事だし、言っても無駄じゃん。それよりお願いがあるんだけど」


 それよりと言う片桐に腹が立ったが、喧嘩別れもしたくなかったので続きを聞いた。


「大野が描いた絵と、僕が描いた絵、記念に交換しよう。ちょうど50枚ずつ」


 そう言って、片桐は50枚のカードを僕に渡してきた。最初からそのつもりだったのだろう、ご丁寧に『封』と書かれた白い紙の帯で束ねてあった。


「家上がっていけよ、僕のは部屋で渡すよ」


「ううん、大丈夫。玄関で待ってる」


 部屋へ入り、僕が描いた50枚のカードを手に取る。僕も束ねようと周りを探してみたが、しっくりくる紙が見つから無い。仕方なく、そのまま持って下りた。


「このままでも大丈夫?」


「全然問題無いよ。そうそう。カードを束ねてる封は、時が来るまで破っちゃダメだよ」


「時って何のこと?」


「ハハッ、その内わかるよ。……今までの小学校生活で一番楽しかった。ありがとう大野」


 片桐はそう言うと、返事も待たず踵を返して帰っていった。


 僕の「片桐、元気でな!」という言葉にも振り向かずに。

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