〔一章〕冒険者ギルドを出禁になる(7)

 僕がまだ冒険者ギルドにいた頃『薬草採取は一律報酬だ』と言われていつも一定の金額を渡された。

 F級冒険者のクエストに相応しい微々たる報酬だった。

 一瞬頭をよぎったのは、ギルド受付嬢のお姉さん。

 彼女だけはいつも優しい言葉をかけてくれたものだが、彼女もまた報酬額の誤魔化しに加担していたのだろうか。

 そうであってほしくないと僕の心のナイーブな部分がつぶやく。

 言葉を失う僕だったが、依頼者側である薬師協会長さんも重く黙り込んでいる。

 しかしやがて重い口を開き……。

「……エピクくん、キミに提案がある」

「はい?」

「冒険者ギルドのしたことは許されざることであり、信用にツバを吐く行為だ。この償いは必ずさせてやる。だがそのためには時間がかかる。今のところ我々は差し迫った今日明日のことを考えなければならない」

 差し迫った……。

 今日明日のこと?

「とりあえず我々は人心地ついた。キミのもたらしてくれた薬草のお陰で薬を作り、売ることができる。しかし明日以降はどうなる?」

 そうか。

 薬が必要となるのは今日だけじゃない。病や怪我に苦しむ人がいる限り毎日必要になるのだ。

 だから薬師協会の人たちはこれからも、毎日薬を作り続けなければいけない。

 これからも。

 なのに冒険者ギルドはもう薬草採取クエストを受け付けないと言う。金輪際。

 薬師協会にとって兵糧攻めともいうべき状況はいまだ続くということだった。

「キミとて、不当に解雇されてこれからの生活が成り立っていないんじゃないのかね? どこから生活費を稼ぐつもりかな?」

「まったく見通しが立ってないです……!」

 ここは強がらずに素直に言う。

 そこで薬師協会長さん、意を得たりと目を輝かせて……!

「つまり我々の利害は一致しているということだ。エピクくん、どうだろう我々と契約しないかね?」

「契約?」

「薬師協会専属の薬草採取者として。報酬は充分な額を用意するつもりだ。もちろん冒険者ギルドのように卑劣な金額の誤魔化しはしない」

「卑劣って……!?」

 薬師協会長さんの恨みが直球な表現に結びついている。

 いやそれよりも。

「薬草採取者? 薬師協会と直接取引をするってことですか? 薬草を?」

「そうだ」

「許されるんですか? そういうのやっていいなら最初から冒険者ギルドいらないんじゃ? あの人たちから文句を言われたら……」

「言わせないさ。そもそもは誰もが危険を冒してダンジョンに入ったりモンスターを倒していた。それらを効率化させた末が冒険者ギルドだ。ヤツらが務めを果たさないのであれば、昔の方法に戻るしかない」

 たしかにそうかもだけども。

「冒険者ギルドへの報復も同時に進めていくつもりだが、しかし我々は第一に、必要とする方々のために薬を作る職務をまっとうしなければいかん。そのためにキミの助けが必要なのだ。頼む、どうか協力してほしい」

 と言ってまた頭を下げられた。

 さらには隣に座っていたスェルも……。

「それがいいですよ! エピクさんここで一緒に働いてください! それが一番いいです!」

 と無分別に乗り気だ。

 僕は戸惑った。

 万年底辺のF級冒険者だった僕が、こんなにヒトから求められていいものか?

 ずっと『クズ』『底辺』『役立たず』と言われた僕が。

 信じられない気持ちは当然あったが、それよりも僕にできることで助かる人がいるなら何もしないわけにもいかない。

 僕自身、稼がないと生活できないわけだし……。

「わかりました、その話、受けます」

「おお!」

「F級冒険者だった無能な僕ですが、精一杯頑張りますのでどうかよろしくお願いいたします」


     ◆


 捨てるGODあれば拾うGODあり。

 偶然出会った薬師の少女の縁から、薬師協会と直接契約できた僕。

 やることは冒険者ギルド時代と大して変わらず、薬草を摘んで届ける。

 それをギルドの仲介なしに直接行おうというのだ。

「ちはー、今日分の薬草を納入しに来ましたー」

「もうですか!? 早いですねエピクさん!?」

 薬草組合本部で待ち受けていたスェルに、採取品を手渡す。

 ちなみに無断で魔の森に入った彼女は、お父さんからガチ怒られて当分外出禁止とのこと。

 街の外どころか家からも出られないとは。

「確認します! 今回も種類が豊富で質もいいです! 本当にエピクさんは最高の冒険者ですね!」

「いやいや……!?」

 だからもう冒険者はクビになってるんですって。

 そんな僕に仕事をくれて、明日への糧を提供してくれる薬師協会の人たちはなんていい人たちなんだろう。

「本当に僕のようなF級冒険者に……こんなによくしてくれて……!!」

「わわわッ!? 泣かないでくださいエピクさぁん……!?」

 違うよ、これは心の汗だよ……!

 人の善意が乾いた心に染みすぎるんだよ……!

「エピクくんがF級だと、何度か言っていたが……!?」

「あッ、お父さん?」

 これは薬師協会長さん。

 今日もお疲れ様です。

「それが私には到底信じられないんだが。キミが納入してくれる薬草の中には紫霧草もあるよね?」

「はい」

 今日も摘んできました。

「アレって、この地域では魔の森の奥部にしか生えていないものだ」

「何度も言われていることですよね」

「魔の森は、魔の山の外縁部に当たる危険地帯。歩き回るだけでも相当なことだ。まして魔の山との境界スレスレ奥地にまで分け入るには少なくともB級の実力は必要なはずなんだが……」

 薬師協会長さんの疑わしげな視線が向ける。

 悪いことをしているわけではないのに、心苦しい。

「エピクくん、本当にキミF級なのかい? 本当はB級か、A級ってことは?」

「そんなまさか恐れ多い!!」

 こんな僕がB級以上なんて全世界の冒険者たちに失礼極まりますよ!

 所詮僕は薬草採取しかできない能無し。

 運よく薬師協会に拾われて幸運だったんです。

 薬草摘みこそ我が天職!

「そうよエピクさんは凄いのよ!! お父さん!!」

「ちょっとスェル!?」

 興奮気味に何をカミングアウトするのかな?

「エピクさんは強力なスキルで、モンスターも何もかもシュッと消しちゃうの! だから魔の森だって自由に歩き回れるのよ! 凄いでしょうッ!」

「消せる? 何でも?」

 わぁああああああッッ!

 言わないで僕の役立たずスキルのことを!

 恥ずかしいんです、自分の持っている唯一のスキルが強力すぎて何の役にも立たないってことが。

 だから冒険者ギルドでも秘密にして『スキルのない無能』と言われるのも耐えてきた。このスキルが知れ渡るくらいならその方がマシだと思ったので。

 しかしスェルが言い触らすのに止める暇もない。

「上級モンスターも関係なく消せる? それが本当なら物凄いスキルじゃないか?」

「違うんです……。何もかも跡形もなく消してしまうから討伐証明も素材回収もできないんです……! こんなの役に立つはずがないんです……!」

 僕が涙ながらに訴えると、薬師協会長さんは何やら眉をしかめ……。

「出会った時から気になっていたが、エピクくんは自己肯定感が足りなすぎやしないかね?」

「こんなに凄いのにねー」

 薬師協会長さんは、一旦押し黙って考えをまとめるかの様子で……。

「……いいかねエピクくん。薬草の中には元々毒として扱われていたものがある」

「はい?」

「摂取すると体調を壊し、時によっては死に至るかもしれない毒草だ。そういうものは役に立たないものとして無視されてきたが、ある時研究の末に活用法が発見されたりする。麻酔薬だったり殺虫剤だったり」

 ……はあ?

 いきなり無関係なことを話されたように見えるが……?

「要するにすべてのものには応用が利くということだ。一見何の役にも立たないものでも、研究次第で有効な利用法が発見されるかもしれない。歴史を変えるような」

「……」

「キミのスキルもそうではないのかね? 諦めて見切りをつけるのもいいが、その前にもう少しだけ試行錯誤してみるのもいいのではないか? 所持スキルの価値は自分自身の価値でもある。そう簡単に見限っていいものだと思えんがね?」

 ……色々遠回しな話ではあったが、要するに僕のことを慰めてくれているのか。

 優しい。

 スキルの応用。

 消し去ることしかできない僕のスキルに、有効な活用法などあるのだろうか?

 いいや、こんなに励ましてもらったんだ。

 結果はどうあれ、自分の可能性にもう少し足掻いてみてもいいんじゃないか?

「そうですよ! ただでさえ無敵なエピクさんが、スキルの威力を調節できるようになったら万能です! あ、そうだ! 私も研究に協力しますよ!! 一人より二人で考えた方がいいアイデアが浮かびます!」

 そう言ってスェルが立ち上がろうとするが。

「お前はまだ外出禁止が解けていないだろう?」

「あうー」

 父親たる協会長さんに頭をつかまれ押し戻された。

「……エピクくん、キミは自信が足りないながら有能ないい人間だということは認める。私も三十代で協会長までのし上がった男、ヒトを見る目はあるつもりだ」

「は、はい?」

 また唐突に話が変わった?

 今度はどんな結論に着地するの?

「ただ、たしかな相手だとしても人間関係は慎重に進めていくべきだと思うのだよ。キミと、ウチのスェルが知り合ってまだ数日程度だろう? 段階を上げるにはあと数ヶ月……いや数年の準備期間が必要だと思うのだが、どうかな?」

「は、はい?」

 結論に達したが、それでも協会長さんの意図は読めなかった。

 ただそこはかとない恐怖を感じた。

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