〔一章〕冒険者ギルドを出禁になる(6)


     ◆


「ふーむ、なるほど……!?」

 やっと落ち着いて、ここまでの経緯が伝わると僕らは部屋に通された。

 応接室っていうのかな?

 立派な椅子とテーブルに、持て成しに出された紅茶。

 周囲を彩る調度品。こんな凄い部屋に通されたのなんて生まれて初めてだよ。緊張して震える。

「話はわかった。要するにキミも私も被害者だったということだな。あの冒険者ギルドの」

「はあ……」

「我々……薬師協会の事情はスェルから聞いているんだろう? 我々は常態的に冒険者ギルドへ薬草採取クエストを発注している。街の人々に提供するため常に薬を作り続けなければいかんからだ」

「はい」

「それが昨日から突然クエストをキャンセルされて、以後も受け付けないと言われる。とんでもないことだ。材料の供給が断たれたら薬は作れない。街中の健康を損なった人たちがより患うことになる」

 薬のことをよく知らない僕でも、それが大変な事態であることはわかった。

 下手をすれば、この街が滅びかねないほどの。

 そんな事態に陥った理由が……。

「薬草採取のできるたった一人の冒険者を追放したからだと……!? そんなくだらない理由で、街全体の健康が損なわれるところだったのか……!? なんとくだらない、くだらない連中なのだ冒険者ギルドは……!?」

 スェルのお父さん……薬師協会長から濃厚ないらちが噴き上がった。

 僕はその態度に飲まれ、同席するスェルもまた及び腰になっている。

「ヤツらは何か勘違いしているようだ。たとえ難易度が低く、報酬が安かろうとも欠くことのできない重要な仕事というものはある。我々がヤツらに発注してきた仕事もそうだと思っていたが、ヤツらはそうは思っていなかったようだな。愚かなことだ、あまりにも……!」

「あ、あの……?」

「その重要な担い手のキミを解雇してしまったこともな。いや、それはキミの働きに散々世話になっていながら、キミの存在自体知らなかった私も同様か」

 そう言って頭を下げてくる。

 よりにもよってこの僕に。

「いえッ!? あのあの……ッ!?」

「名乗るのが遅れたが私はバーデング。エフィリト都市薬師協会長でありスェルの父だ。キミにはいくつも礼を言わねばならないことがある」

 頭を下げたまま。

「今日まで我々に薬草を提供してくれて心から感謝する。またスェルのことも、ここまで無事送り届けてくれてありがとう。娘にもしものことがあれば、私は生きていけなくなるところだった……!」

 ヒトに頭を下げられたのなんて初めてだからどうしていいかわからなかった。

 まだ冒険者ギルドにいた頃は皆から『クズ』とか『底辺』としか言われず、クエストをこなしたところで『そんな簡単なクエストしかできない役立たず』としか言われなかったのに。

 僕のやってきたことは世の中のために役立つことだったのか。

 そう思うとなんだか泣きそうになった。

「お父さん! エピクさんにお礼を言うのはそれだけじゃないのよ!」

「何!?」

「見て見て! これ全部エピクさんが採ってきてくれた薬草なのよ!!」

 そう言ってスェル、採取袋をデンと出す。

 さらには袋の口を開き、中身の薬草をダバァとテーブルの上にぶちまけた。

「こ、これは……!?」

「そうよ薬草よ! これがあれば薬を作れるわ!」

 あれすべて、僕が今日あてどもなく摘み集めた薬草だった。

 スェルに言われて追い求めた紫霧草もある。

 あれだけの量があれば充分な薬が作れるのではないだろうか、素人判断だけど。

「これだけの薬草を……、種類も豊富だ! これすべてキミが集めてくれたというのかね!?」

「他にすることがなかったので……」

 惰性と習慣と現実逃避のためだなんて、とても言えないな。

 それがこうして薬師さんの手に渡り、有効活用されるならとてもいいことなのだろう。

「冒険者ギルドをクビになった僕には、摘んでも使い道がなかったものです。薬師さんが薬にしてくれるんならこれ以上の使い道はありません」

「ほらね! エピクさんはとってもいい人なのよお父さん!!」

 いや、そんなゴリ押しされても。

 薬師協会長さんは、困惑しながらも薬草を熱い視線で見つめる。

「保存状態……採取処理も理想的で完璧だ……! 毎日冒険者ギルドから届けられていた依頼品そのもの……! やはりキミが採取してくれていたというのは本当なんだな……!?」

「いえいえ」

「薬草に上薬草、毒消し取り熱冷まし、リリララ草にニガヨモギ、魔女の足跡、……紫霧草まであるじゃないか。完璧だ! わかったエピクくん、この薬草すべて買い取らせてもらおう!!」

 え!?

 いやいや買い取りなんておこがましい。

「大したことじゃないんだからタダで差し上げますよ?」

「そういうわけにはいかん。我々薬師協会は、これまで毎日冒険者ギルドを通して同じ働きに報酬を支払ってきたんだ。これを無料で受け取ってしまったら仁義を欠く」

 なんと律義な。

「キミの働きには形あるもので報いなければいけない。冒険者ギルドへの支払いと同じ金額でもって、これらの薬草を買い取ろう」

 そう言って薬師協会長、みずからのポケットの内をガサゴソさせて……。

 キラリ、と。

 黄金色に輝く何物かをテーブルの上に置いた。

 これは……何?

「金貨四枚、これらの薬草の適正価格だ。遠慮なく納めてくれたまえ」

「きんかッッ!?」

「えッ?」

 心底ビックリ仰天するのへ、薬師協会長さんも驚く。

「金貨!? 金貨金貨金貨ですってッ!?」

「いやその……、どうしたんだいそんなに取り乱して?」

 そりゃ取り乱すわい!

 貧乏人の大金への耐性のなさをめんなよ!

「貰えませんこんな大金! たかが薬草採取の報酬に金貨なんて多すぎですって!」

「何を言っている? 我々は毎回、薬草を送り届けてもらった時にはこれだけ払っているのだが?」

「えッ!?」

「え?」

 なんだか話がわない。

 実際のところ僕たちはこれまでもクエストを受注し、採取してきた薬草を納めて報酬を受け取るというやりとりをしてきた。

 冒険者ギルドを通して。

 こうして直接顔を合わせるのが今日初めて、というのも奇妙な感じがするが。

「あー、いいかな? たかが薬草採取とは言うが、これは重要な仕事なんだ。これらを材料にして作られる薬は、多くの人々の健康を支えている。だから適当お座なりにしないためにも、しっかりした報酬の支払いが必要なんだ」

「は、はい……!」

「それにね、薬草と一口に言っても種類は豊富、金銭価値も大きな差がある。例えば普通の薬草はその辺の道端にも生えていて、本当に二束三文にしかならない。しかしモノによっては希少だったり、魔の森のような危険地帯にしか生えていなかったりして、そうしたものを得るには金がかかる。わかるだろう?」

 うーん。

 言われてみれば、たしかにそう?

「特にこの紫霧草は、この辺りじゃ魔の森の最奥にしか自生していないために入手は最困難だよ。そこまで辿たどりつけるのは屈強な冒険者しかいないし、それらを雇い危険手当までつけると、どうしても相当な金額になる」

「う、うす……!?」

「金貨四枚のうちの半分以上は、紫霧草の報酬分だ。このお金は正当なものだ。受け取ってほしい」

「いや、ですが……、でも……!?」

「一体どうしたんだい? キミが薬草採取を担当していた冒険者なら、いつもこれぐらいの報酬は受け取っていたはずだろう? 仲介料やらでギルドが中抜きするとしても、そこまで差はないはずだ」

「そうなんですが……!?」

 僕は、小声でささやくようにして告げた。

 冒険者ギルドから支払われてきた、僕の薬草採取のクエスト報酬は……。

「は!? なんだと!?」

 今度は薬師協会長さんが目を丸くする番だった。

「そのような金額……はした金じゃないか!? この金貨四枚の十分の一……いや百分の一だぞ」

「さすがに百分の一よりはあるかと……」

「それでも! 差額はどこに行ったというのだ!? まさか冒険者ギルドが全部とっていったのか!? 上前をねるにしても度が過ぎるだろう、なんと悪辣なヤツらなんだ!?」

 恐らくそういうことなんだろう。

 僕と薬師協会長さん、双方の言うことにウソがなければ、不誠実なことをしているのはその間に入った冒険者ギルドということになる。

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