〔一章〕冒険者ギルドを出禁になる(8)


     ◆


 協会長さんやスェルからの勧めもあり、僕は自分のスキルと向き合ってみることにした。

 人生で初めてのことかもしれない。

 これまで自分のスキルからはできる限り目をらしてきたので。

 しかし状況が変わって居場所が変わり、自分への評価が変わることで新たなことを試みる気力が湧いてきたように思う。

 というわけで再び森にやってきて、『消滅』スキルの研究開始だ。

「誰かに見られたら恥ずかしいしな……!」

 ということで人目につかない場所を選んだ。

 まず、『消滅』スキルの何たるかを考えてみよう。

 目標を消し去るスキル。

 ぶっちゃけてしまえばそうだが、一体どのようにして消滅させるのか。

 消滅させられたものは、完全にこの世界から消え去ってしまうのか? あるいは目に見えないほど細かく粉々になってしまうのか?

「さっぱりわからん……!」

 自分のスキルなのにわからないことばかり。

 仕方ないので実際にスキルを使って感覚をたしかめてみるか。

「『消滅』……!」

 僕はスキルを使う時、空間をイメージする。

 一定範囲に『力』を流し込み、その空間に標的をわせるようなイメージだ。

『力』を持った空間が、噛み砕きそこなったことは今までない。

 ただの試用に何かを消し去るのはかわいそうなので虚空に向けて『消滅』を放った。

 いつも通り『ボフッ』と空気が沈むような音がした。

 恐らく空気が『消滅』し、一瞬真空となった空間に周囲の空気が流れ込む音だろう。

「……」

 ふと、足元の光景に注意が向いた。

 今までだったらそんなことはなかったのに。これも心境の変化によるものだろうか。

 その異変に気づいたのは。

 秘密のスキル研究を行っていたのは森の中だったので、足元にはぼうぼうに雑草が茂っている。

 それこそ膝まで覆うような丈の長い雑草が、ある一定範囲だけ短くなっていた。

 ……いや、切られている。

 背の高い雑草が、その中ほど辺りから。

 よく確認したが断面はあまりにもれいで、普通の鎌やナイフではこうもシュパッと切れるものではない。

 まるで伝説の名刀にでも切られたかのようだ。

 そんな切られた雑草が一本ならず一定範囲に。

 そこで僕の脳内に、ふと符合するものがあった。

「この雑草が切られている範囲は……!?」

 僕が『消滅』スキルを使用した範囲じゃないのか?

 この雑草たちは切られたんではなく……上半分を『消滅』させられた?

 今まで僕は、自分の『消滅』スキルを任意対象をただ消し去るものだと思っていた。

 しかしより正確には……。

 任意の〝対象範囲〟を消滅させるスキル?

 決められた空間内にあるものすべてを消滅させる。だからこそスキルが発動した時『ボフッ』という音が鳴る?

 消滅させる対象モンスターだけでなく、その周囲の空気も消滅させているから?

 さらに言い変えれば、僕のスキルは何でも消し去ってしまう『消滅空間』を作り出すスキル……!

 ……なのか?

「この半分だけになった雑草も、上の半分が『消滅空間』の中に入ってしまい……、喰われた?」

 ゴメンね雑草さんたち。

 しかし意外なとこで、自分のスキルのより深いところが見えてきた。

 ほんのさいなアドバイスからこんなに重要な事実に辿りつけるなんて。

 僕はこれまで『消したい』と思った対象に向けてただ『消滅』スキルを発動させてきた。

 対象はすべてモンスターだったが。

 それで相手が例外なく消失したのは、無意識のうちに対象の全体をすっぽり覆う『消滅空間』を作り出していた、と思われる。

 その時も巻き添えで周りの空気や、地面の一部をえぐっていたかもしれないのだが今まで僕はそんなことに少しも気づかなかった。

 気づこうとしなかったのだろう。

 スェルやそのお父さんに励まされるまで、僕はずっと下を向いていたのだから、それで何も見えるはずがない。

『消滅空間』の概念に気づいてから、僕は何度も試しにソイツを発生させてみた。

 ボシュッ!!

 ボシュ。

 ボッ。

 ポス……。

 全部空気が消滅された音だが、大きさは千差万別。発生させた『消滅空間』の大きさが違うことによる。

 ある程度は自分の意思でコントロール可能なようだった。

 それこそモンスターをまるみにできるほどの巨大空間もできれば、拳大の小さな『消滅空間』もできた。

「思ったより制御可能だな……」

 試してみるほどに色々なことがわかってけっこう楽しかった。

 自分のスキルを使うのに〝楽しさ〟を覚えるなど生まれて初めてのことだ。

 何より、そうした制御の末にできることを想像すると心ウキウキ胸躍った。

 だって。

 今まで問答無用にモンスターのすべてを消すことしかできなかった『消滅』スキルだが。

『消滅空間』を絞ることで一部を残すことも可能になるから!

 そうすれば討伐証明できるし、素材を得ることだってできる。

 ずっと昔から恋い焦がれていたことが!

「まあ冒険者ギルドをクビになった今関係ないんだけどね……」

 とほほー。

 まあ、今は前向きに考えていくことにしよう。

 一つ思いついた。

 イメージする『消滅空間』の形を薄くしていくのだ。

 薄く。

 薄く……。

 木の板よりも薄く。

 葉っぱよりも薄く。

 紙よりも薄く。

 初冬の朝の水たまりに張った、透明な氷よりもなお薄く……!

「大分薄くなったな『消滅空間』?」

 その辺から落ちている石を拾う。

 極薄『消滅空間』に投げてみると、石はある瞬間、スパッと両断された。

 すげぇ。

 薄く薄く、極薄になった『消滅空間』に触れることで、その線の範囲だけが消滅した。

 すると鋭い刃にされたかのように両断されてしまった。

「うーむ、恐るべき斬れ味……!?」

 確認のため両断された石を拾い上げる。

 断面が鏡のように真っ平らだった。

 あらゆるすべてを消滅させる作用によって切断されたので、硬さで刃が止まるなんてこともない。

 だから断面もこんなに綺麗なんだ。

 まさに斬れぬものない神剣。

「恐るべき技を開発してしまった……!」

 大元になったスキルにちなんで『消滅刃』と名付けようか。

 これくらいシンプルな方がいいよね。

「ん?」

 ふと、視線に気づいた。

 何者かがどこからか見ている。この気配の断ち方は人間ではないな。

 振り向くとすぐそこに獣がいた。

 四本脚でひづめき、ぼんやりとした視線をしかしぐに向けている。

「シカだ……!?」

 しかし普通のシカではない。

 あのおののように厚く鋭い角はモンスターのあかし

 シカ型モンスターのウルシシカだ。

 この森ではさほど珍しくないが、凶暴凶悪ということで要注意のモンスター。

 あの豪快な角で突進してこられたら、生半可な防具じゃもろとも貫かれて体に穴が開く。

 それでも僕は、襲ってくるようならすぐさま『消滅』させてきたんだが……。

 今日は違うアプローチを試してみよう。

 僕にはたった今編み出したばかりの新必殺技がある。

「ブル……!」

 シカの姿でも本質はモンスターなので、人を見つけたら理由もなく殺しにくる。

 頭を低くし、角の先端が獲物たる僕へ真っ直ぐ向かうように調整する。

 あと数秒もしないうちに突進してくるな……。

 来るといい、こっちも歓迎の準備はできている!

 ズドッと土を巻き上げて高速直進。

 進行方向には僕。殺意が角先にたっぷりと乗っていた。

 ここまでこっちを殺す気なら、逆にられたって文句は言わないよな。

 鋭い角が僕に触れるか触れないか、ギリギリ刹那のタイミングで身を翻して避けつつ、攻撃の腕を振り下ろす。

 正確には腕の延長線上のイメージで伸ばしている『消滅刃』を。

 音も鳴らず、二本の棒状のものが空を舞った。

 根元から切断されたウルシシカの角だ。

 自慢のものを斬り落とされたシカは面食らって一目散に逃げていってしまった。

「やった……!?」

 ウルシシカの角は、この魔の森に出没するモンスターたちの中でもっとも硬い部位。

 防具は簡単に貫通するし、武器も折られるからウルシシカ討伐は角を避けて急所を狙うのが定石とされている。

 そんな硬角を簡単に斬り落としてしまうなんて……!

 やはり極薄にしても『消滅』の特性は変わらないようだ。


     ◆


「協会長さん! スェル!」

 気づけば薬師協会本部に駆け込んでいた。

 切断したウルシシカの角を持って。

「えッ!? どうしたんですエピクさん? そんな並々ならぬテンションで?」

「これ見て! 斬れた! 僕のスキルで斬れたんだ! 本当に凄いよ、ねえ!」

 自分でも浮かれていることがわかった。

 今までできなかったことができるようになって、そのうれしさが半端なものではない。

 自分のスキル調整にチャレンジし、それに成功した。

 それもスェルたち親子の応援のお陰だけど感謝の言葉を述べたいのに言葉がまとまらなかった。

「うん? エピクくんが来たのか? ……ん? ふぉおおおおおおおおッッ!? ちょっと待って!?」

 騒ぎを聞きつけ、今度は薬師協会長さんが出てきた。

 そしたら僕以上に取り乱し始めた。何なの。

「それはウルシシカの角じゃないか!?」

「あ、ハイそうですが……?」

「ウルシシカなんて魔の森でもっとも厄介な魔物の一種じゃないか!? ヤツの鋭利な角はどんな防具でも防げない! そのくせ動きも速いから逃げられない! 毎年数十人の冒険者がウルシシカとの戦いで命を落とすというのに!?」

 その、ウルシシカの角です。

「なんと綺麗な断面だ……!? ほ、他の部位はどうしたんだね? ウルシシカの角から下は?」

「角を斬り落とされたせいか、ビビって逃げていきました」

「生きてるってことか!? 獲物を生かしたまま角だけ斬り落としたってこと!? こんなにも綺麗に!?」

 ますます混乱しておられる薬師協会長。

「協会長さんのアドバイスのお陰です。自分のスキルを研究し、新しい使い方を編み出したお陰で挙がった成果です」

「そのアドバイスをしたのはついさっきじゃないか……! こんなに即効なのは予想していないんだが……、まあいい……!?」

 協会長さんが遥かに慌ててくれたお陰で僕も冷静さを取り戻せた。

 周囲が慌てるとかえって落ち着くことってある。

「それではウルシシカの角も納品してくれるってことでいいのかね? こちらも実に助かることだが……」

「え? シカの角は薬草じゃないですが?」

「別に薬効があるのは草だけじゃないよ。木の実や根っこ、木皮にもあるし、獣の一部にもある。特にモンスターは普通の動物より生命力が強い分、効き目も抜群だ」

「じゃあ、このウルシシカの角も?」

「疲労回復、強壮の効能があるとされている。角を削って粉状にし他数種の薬草と一緒に煎じたものが栄養剤で、冒険者は世話になっているんじゃないかね」

 ああ、あれってウルシシカの角が材料だったんだ?

「他にも甲羅や肝、こうちゅうを丸ごと乾かしたものなども薬材として使われる。薬草よりずっと値は張るがね」

「薬って色んなものから作られるんですねえ」

「しかしエピクくんが薬草だけでなく、こういったモンスター素材も薬材として納めてくれるなら非常に助かるがね。……ふむ?」

 薬師協会長さんが突然黙り込み、ふむふむとうなり出す。

 考え事か?

 少しの間沈思黙考が続き。

「……うむ、この策は使える」

「策、ですか?」

「そうだ、どうやら思ったよりも早く冒険者ギルドのヤツらに一泡吹かせられそうだね。これもエピクくんのお陰だよ。本当になんでこんないい人材を手放したんだろうね。ヤツらの間抜けさには笑ってしまう」

 そうして、薬師協会長さんが考え付いた作戦は……。

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