〔一章〕冒険者ギルドを出禁になる(4)

◆【再びエピク視点】◆


 冒険者のエピクです。

 いや元冒険者エピクか。

 そしてもう冒険者でもないのに薬草採取のフィールドに無断で足を踏み入れている。

 そして出会ったのが目の前の少女だった。

 モンスターに襲われていて危ないところだった。『軽はずみなことをしてはいけませんよ』と注意したら逆にメチャクチャ怒られた。

 どういうこと?

 詳しい事情を聞いていくうちに、彼女の怒りが正当なものであるとわかった。

 彼女の名はスェルという。

 若輩ながらも薬師協会に所属し、日々病気やに効くお薬を作製しているとのこと。

 そんな薬師の彼女が何故、街から出て危険な森の中にいるのか?

「ギルドが薬草採取クエストを受けなくなった? 何で?」

「そんなのこっちが聞きたいわよッ!」

 問うたらキレ返された。

 ちょっぴり理不尽に思う。

「……ある日突然一方的に『薬草採取クエストはもう受けない』って言われて。それどころか発注済みのクエストすら履行されないんです。薬草が届かないと薬が作れない!!」

 薬なんて、必要な人は毎日飲まなければいけない。

 一日でも欠ければ命にかかわるシロモノだ。

 それがなくなるとなれば……、慌てもするだろう。

「……スェルさんでしたよね?」

「はい……!」

「スェルさんは、自分で薬草を摘むために森に入ったんですね?」

 情報を総合したら、そうとしか思いつかなかった。

 冒険者ギルドが納めなくなった薬草を自分の手で。そうしなければ健康を崩し、命を失う人がいるかもしれない。

 だから自分の安全も顧みず。

「あの……、すみませんでした」

 落ち着きを取り戻したのか、薬師の誠実な少女は言う。

「見ず知らずの人に言うことじゃありませんよね? 命を助けてもらったんだから最初に言うのはお礼なのに……本当に……」

「まことに申し訳ありませんでした」

「ええぇえッ!?」

 土下座する僕を目の当たりにして少女、驚く。

「なんで!? なんでそこで土下座!?」

「そのトラブルの原因は恐らく僕です。僕はエピク、元冒険者です」

 冒険者ギルド在籍時、僕以外に薬草採取クエを受ける人がいないのはわかっていた。

 皆地味だからって嫌がるんだ。

 在籍中はクエストを取られる心配はないのでむしろ喜んでいたのだが、大局的には悪いことだと今さらながらに気づいた。

「薬師協会さんが発注していた薬草採取クエは、ほとんど僕一人で受けていました」

 いや『ほとんど』ではない。

『完全に』だ。

「ですが昨日、冒険者ギルドをクビになってしまいまして」

「クビ!?」

「それで他に薬草を採りに行く人がいないんだと思います。だからクエスト自体を受けないことに……」

『なんでそんなことになるの?』という疑問が心の底から湧いてくるが。

 人材が欠如しているにしても色々やりようはあると思う。

 それを無視してクエスト自体をなくし、街への様々な薬の供給をストップさせたらその責任はすべて冒険者ギルドにむ。

 下手をしたら街全体を敵に回しかねない。

 いや、それだけに飽き足らず薬が供給されるか否かは冒険者ギルドにとっても大問題じゃないのか?

 冒険者の必需品と言っていいポーションは薬師さんたちが作っているんだ。

 このトラブルで薬師さんがポーションを売らなくなったら、冒険できなくなってしまう。

「……あ、アナタが薬草を集めてくれてたんですか? それで今日もこの森に?」

「いや……!! それは一概に肯定も否定もできず……!!」

 クエストも受けられないのに習慣で採取していましたなんて言っても混乱させるだけだろうな。

「そ、そうだ! これ、今日集めた薬草です!!」

 採取袋を腹八分程度に満たした薬草を手渡す。

「差し上げますので、どうかお納めください!!」

「ええッ!? そんなッ!?」

 薬師の女の子、数秒間の逡巡はあったが恐る恐る手を伸ばし……そして受け取る。

 中身を確認する。

「ほ、本当に薬草だぁ……! しかもこんなに状態のいい……、摘み取り方も完璧だし……! いつも組合に届けられていた薬草そのもの……!」

「あの……、これでなんとかなりますでしょうか……!?」

「アナタは神です! 救いの神です!! ありがとうぅうううッッ!」

「うごほぉおおおおッッ!?」

 少女から奇襲気味に飛びかかられたのでビビった。

 しかし真意は飛びかかったのではなく、抱き着いてきたのだ。

 感謝の表れだろうが、少女という割には体つきは完成の域に達していて、色々柔らかいところが押し付けられて辛い。

「いえ……ッ! いえ……むしろ冒険者ギルドの罪滅ぼしのようなものですから、お礼を言われるのは心苦しいというか……!?」

「でも冒険者ギルドはクビになったんですよね?」

「ハイ……」

 改めて言われると事実が突き刺さって泣きたくなってきた。

 そう、今の僕はギルドとは何の関わりもありません。

「エピクさん……! エピクさん、エピクさんですよね! 名前覚えました!!」

「そんなにしつこく刻み込まなくても……」

 逆に覚えられてヤベェって気がしてきた。

「いいえ、人からの恩は決して忘れるな、恨みも忘れるなと母から教わりましたので! 恩人の名前も忘れてはいけません!!」

 前半はともかく、教えの後半部分が怖い。

「……あッ、でも……!!」

 輝いていた少女の表情は何故か一瞬で曇る。

 採取袋の中身をのぞいて。

 一体どうした?

「足りない種類があります」

 そうか。

 薬草と一口に言っても様々な種類があるもんな。

 僕もクエスト中は『○○の薬草』『××の薬草』と複数の種類を指定されたのを思い出した。

「足りないのはもしかして……そう?」

「そ、そうです、よくわかりましたね!?」

 そういやあの草だけ摘んでないなあ、というのを思い出した。

 紫霧草は、クエストには『確保最優先』とか但し書きされていたからよく覚えている。

 しかも紫霧草は、採取場となる森の一番奥深くに自生しているから採りに行くのも一苦労なんだよな。

 森の奥に行くほど強力なモンスターもうろついてるし。

「ダメです、紫霧草がないと街に戻れません。あの草は、心臓の薬の材料になるんです」

「なんと」

 クエスト目標の素材としては知っているが、どんな効能があるのかまでは知らなかった。

「なら、ソイツを採らずに帰ることはできないな。僕がひとっ走り行ってこよう」

「えッ!? そこまでしてもらうのは……ッ!」

 僕がギルドを追放されなければ普通に納められていたものなのだから、その埋め合わせはさせていただきたい。

 それでなくても、この子今にも『自分で採りに行きます!!』と言わんばかりだからな。

 それだけはやめてほしい。

「紫霧草は、本当に魔の森の奥深くに生えてるんだ……! あまりに奥すぎて魔の山の山裾に入るかって微妙なところ……!」

「あの凶悪な魔獣が住むという、魔の山……!?」

「そうそう」

 基本的に森の奥へと行き、魔の山に近づくほど生息する魔物は強力となる。

 今さっき彼女を襲ったディスイグァナなど、あのかいわいでは食物連鎖の最下層。誰にとってもしいごはんに過ぎない。

「そんな魔境に生えているからこそ紫霧草は貴重なんですね……! 高値になるのもうなずけます……!」

「高価?」

「はい?」

 まあいいや?

 今問題にしているのは目的地の危険度なので、カタギのお嬢さんを一人行かせられるわけがない。

 ここは僕がパッと行ってパッと摘んでくるので、お嬢さんは街で待っていてくれまいか?

「あの……、よければ私も連れていってくれませんか?」

 ともいかなかった。

「ただでさえ薬草の納入が遅れて、薬師の皆は困ってるんです。少しでも早く持ち帰りたい」

 たしかに一旦別れるにしても、いたいけな少女を森の中一人にしてはまたモンスターに襲われかねない。

 一度彼女を護衛して街に戻り、そこから紫霧草求めて森に入り直して……となるとけっこうな時間をロスするだろう。

 遅めに活動する冒険者たちと鉢合わせるかも。

 追放された身でそれも嫌だなあ。

「それに私も薬師の端くれとして、幻と言われた紫霧草がどんな風に生えているか見てみたいんです!」

「それが本音?」

 ともかくも迷っている時間も惜しい。

 こうなったら彼女を守りつつ森の奥まで突き進み、目標物を速やかに採取、からのとんぼ返り。

 やってやろうじゃないか!

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