〔一章〕冒険者ギルドを出禁になる(3)

◆【ギルドマスター視点】◆


 冒険者ギルドのギルドマスターは、その名をギズドーンといった。

 ギルドマスターの経歴は大きく二種類に分けられ、第一線の冒険者が引退してサポート側に就くか、ギルド職員が昇格という形でトップに立つか。

 ギズドーンは職員出身ギルドマスターであった。

 現場を知らず、命を張った緊張感も知らない職員畑のトップは現実を見誤ると疎まれる。

 その反面、現場組だけに権力を握られ暴走することがないようにと政務財務をよく知る職員型ギルドマスターも必要だとされていた。

 ギズドーンにもそうした立ち回りを要求されギルドマスターに任ぜられた一人ではあったが、しかし内務方なら誰でも冒険的な行動を慎むかといえば、そうとも言い切れない。

「オレ様には夢があるのだ!!」

 ギズドーン冒険者ギルドマスターは、瞳に少年のような輝きを宿らせて言う。

 今年で四十七歳であった。

「オレ様が支配する冒険者ギルドをな、他の街のギルドよりはるかに優れた最高最強のギルドにすることだ。世界でもっとも優れた冒険者ギルドといえばオレ様のギルドが最初に挙がる! 伝説の魔物や未踏破ダンジョンも、我がギルド所属の冒険者が討ち果たすのだ! オレ様は最強ギルドの創始者として歴史に名を刻むだろう! グハハハハハハ!」

 そのごとを目前にして『シラフで言ってんのか?』と思うのはギルド受付嬢のヘリシナ。

 彼女はつい先ほどの出来事から非常に機嫌が悪く、他人の妄想に付き合っている精神的余裕など毛頭ない。

 なのですぐさま用件を切り出す。

「そんなことよりエピクくんの除籍を撤回してください。ギルドマスターにそんな権限はないはずです」

 冒険者ギルドの規定は、世界各都市のギルドを統括する理事会によって厳しく定められている。

 ギルドマスターによって冒険者の登録を抹消することは可能ではあるが、それはあくまで問題のある冒険者に対してであり、しかもそれはギルドだけでなく社会に対して大きな背信行為を行った者……それこそ犯罪者にしか適用されない。

 いかに能力が足りないからといって、そんな理由で冒険者を強制追放などできるはずがないし、仮にできたとしても当人の了解なく一方的な登録抹消を行った場合、その報告を理由も添えて、ギルド理事会に届け出さなければならない。

 それが理事会側で認可されて、初めて抹消は正式なものになる。

 組織のトップに立ったとしても、勝手好き放題できるようなシステムにはなっていない断じて。

「エピクくんは、もっとも簡単なクエストといえども日々薬草採取をこなして失敗したことはありません。クエストに従事する態度は実直で、期限と規約を守り、無論犯罪歴もありません。つまりギルドを追い出される理由などまったくないってことです!」

「だからどうした? 済んだ話じゃ」

「まったく済んでいません! 彼の登録を抹消するからには、当然その旨をギルド理事会に報告しなければでしょう! 何のもないエピクくんの抹消を理事会側が認めると思いますか!?」

「報告の必要などない。すべては我がギルドの内輪事じゃ」

 そんな勝手な言い分が通じると思っているのか。

 本当に理事会に報告もなくエピクの冒険者登録を抹消したら、ギルド規定に明確に違反したのは他でもないギルドマスター自身になり処罰は免れない。

 そのことをこの中年が理解しているとは、受付嬢ヘリシナには思えなかった。

「いいかヘリシナくん? 一介の受付嬢風情がギルドマスターに盾突く、その不敬は罪深く即時解雇に値するが、キミのその美貌に免じてオレ様が広い心で許してやっていることを理解してくれないと困るぞ?」

 そう言ってギルドマスターが送ってくる好色な視線に、ヘリシナは心底から気持ち悪さを覚えた。

「その上でキミの主張に答えるとだ。オレ様のこうまいな思想によってこのギルドをよりよいものへと変えたい。エピクのクズはその理想を邪魔するものだ。あんなに弱くて向上心のないバカがいてはオレ様の目指す最強ギルドは完成しない。だから排除した。当然のことではないか?」

 スキルも持たず無能で弱い。

 だからこそ昇格もできず万年最下等のF級冒険者としてくすぶり続けてきた。

 冒険者エピクに対するギルドマスターのイメージはおおむねそんなものであった。

 そんな半人前は、自分の作る最強ギルドにはまったく相応しくない。

 自分に飼われるならば、たとえば現状ギルド最強のガツィーブのように『切断強化』『脚力向上』といった有用なスキルの複数持ちでなくてはならない。

 そうなってこそ自分に認められる資格があるのだとギルドマスターは信じて疑わなかった。

 彼の最強ギルドに籍を置く資格が。

「最強ギルドなど……そんなものを目指しているのはマスターだけです。自分勝手な理想に他人を巻き込まないでください」

「ふん、高邁な理想が凡人に理解されないのはよくあることだ。理解できないなら、せめてオレ様の有用な駒でいるよう心掛けるのだな。そうでなければお前もすぐに解雇してやるぞ」

 無論それにも、理事会への報告義務が生じるのだが。

 自分に都合の悪いことはとにかくなかったことにするか、見ることも聞くこともしないギルドマスターであった。

 そのことに受付嬢ヘリシナは深い失望を覚えた。

 できることなら一刻も早くエピクの正当な権利を回復させてあげたいと思っていたが、それもすぐには不可能だと認めざるを得ないのだから。

 ならばと切り口を変えて、間接的にでもエピクの救済を目指す。

「ではまず、目の前の問題をどうにかしていただきたいですね」

「問題? そんなものがあるのか? クズを追い出して今まさに問題が減ったところではないか?」

 コイツはやっぱりわかっていなかった。

 ギルドマスターの不見識とのんさに、改めてはらわた煮えくり返るヘリシナ。

「クエストのことです。薬師協会から発注された薬草採取、これからどうしていくつもりですか? エピクくんがいなくなれば、このクエストを受けてくれる冒険者は他にいませんよ?」

「はあ!?」

 真実を告げたギルドマスターの反応は、概ねヘリシナの予想通りのものだった。

 意外さからあんぐり大口開けている。

「何をバカな? 他にいくらでもいるだろう? 入ったばかりの新人どもにでもやらせておけ!」

「たしかに新人はいますが、誰も薬草採取をやりたがりません。報酬も安くて地味、本物の冒険者がやることではないと……」

 そうした風潮がギルド内にまんえんしている。

 明らかな問題ではあったが、一体その事実誤認はどこを病原として広まっているのか。

 そんな中でもクエストをごのみせず、地味な薬草採取でも進んで引き受けてくれたエピクは救いだった。

 彼の誠実さに頼りすぎていた、と今ではヘリシナもまた反省している。

「今ギルドにいる冒険者は誰もが皆、派手な討伐クエストしか受けようとしません。凶悪なモンスターを倒し、実力をアピールしなければ名が上がらないと」

 だから薬草採取クエストなど受けるだけ時間の無駄。

 そう言ってエピク以外の誰も受けないのが現状だった。

「受ける者がいないクエストは達成しようがありません。しかし一旦受注したクエストを履行不可能となったら、ギルドの落ち度になります。それはギルドのトップであるギルドマスターの落ち度です」

「そんなバカな! オレ様に落ち度などありえん!!」

「エピクくんの届けてくれた薬草があれば達成できたんですがね。それもギルドマスターが踏みつけて台無しにしてしまいましたし」

「オレ様は関係ない!!」

 見た目通りの自尊心で、ギルドマスターは自分の不手際を絶対認めようとしない。

 そしてそれは受付嬢ヘリシナの思惑通りだった。

「ならばエピクくんは呼び戻さなければいけませんね。薬草採取を引き受けてくれるのは彼だけなんですから。彼に頭を下げて戻ってくるようにお願いしなければ」

「あんなクズに頭を下げるだと!? どうしてそのようなことをしなければいかん! オレ様のプライドが許さんぞ!」

 お前のプライドなど知ったことではない。

 と言いたいところであったがヘリシナは飲み込んだ。

 どちらにしろ一旦受注したクエストを不履行となればギルドの看板に傷がつく。

 それは『最強ギルド』などという妄想に酔いしれるギルドマスターには耐えがたいことだろう。

「あるいは、現在所属している冒険者たちにクエストを強制しますか? 緊急措置としてそういうシステムはありますが、間違いなく冒険者たちからの反感を買いますよ?」

 それ以前にクエストの強制執行は、ギルドや都市の存亡が関わるような一大事に対処するための措置で、そんな緊急システムを薬草採取などに適用することこそ前代未聞。

 本当に実行したとなったら、他都市の冒険者ギルドから笑いものとなるだろう。

 それもまた、このギルドマスターの自尊心をズタズタにするに違いない。

 彼がその個人的なプライドを守り抜くには、やはりエピクに頼る以外なかった。

 もちろんそれすらギルドマスターには面白くないに違いない。それでも彼の自尊心にとってもっとも浅い傷で済むのはエピクに頭を下げることだった。

 不本意でももっとも賢明な判断を下すだろう、……と思うヘリシナの考えは浅かった。

 何よりも自分自身のことしか考えない人間が、どんな常軌を逸した判断を下すか、予想しきれなかった。

「……最初からなかった」

「はい?」

「薬草採取クエストは最初から受注していなかった。そうすればクエストの不履行にもならないし、ギルドにも損害はない! そうだ、そうしよう! 我ながら極上のアイデアだ!!」

「何を言っているんですか!?」

『バカかコイツ!?』という絶叫が喉まで出かかったヘリシナ。

 いっそ本当に言ってやればよかったとさえ思う。

「クエスト契約はしっかり交わされてるんです! それを今さらなかったことなんてできませんよ! 向こうも契約書の控えを持っているんですから訴えられたら確実に負けますよ!」

「それを何とかするのがお前らの仕事だろう!? いちいちオレ様を煩わせるな! まったくこれだから指示待ち人間は使えんのだ!」

「何をバカな……!?」

 あまりのメチャクチャに絶句したヘリシナだが、そのまま黙り込んでいるわけにもいかない。

「薬草採取クエストの発注者である薬師協会は、常態的に毎日クエスト発注しているんですよ! 彼らが何のために薬草を求めているか考えてください! 薬を作るためなんですよ!」

 そのために薬師協会はいついかなる時も薬材を必要としている。

 直近のクエストを誤魔化しても翌日翌々日もずっと発注は来るのだ。

 しかしギルド内で薬草採取クエストを受けてくれるのは、エピクしかいなかった。

 その場しのぎなど打開策にはならない。

「そっ、それなら薬草採取クエストは金輪際受注せん! 二度と受けん! それで完璧じゃあ!!」

「なッ!」

「決まったことを何度も言わせるな! オレ様の冒険者ギルドでは薬草採取のクエストは絶対受けん! 職員に徹底させておけ!」

 無論このような暴挙が通じるわけもなく、ギルドマスターは後日苦しい立場に立たされることとなる。

 しかしながらそれは彼の破滅的な未来の端緒に過ぎないのであった。

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