〔一章〕冒険者ギルドを出禁になる(2)

「おいおい、せめて今日分のクエスト報酬はもらっていかんのか? ああそうだ、今日の分の薬草はグシャグシャになって納品不能だったな! 底辺のクズ冒険者は採取品の管理すらロクにできずに困ったもんじゃわい!!」

 ギルドマスターの高笑いを背に、僕は冒険者ギルドを去った。

 差し当たって明日以降どうやって生活費を稼ごうか、というので頭の中がいっぱいだった。

 ギルドを出ようとする間際に声を掛けられた。

「へいへいへーい、景気悪そうな顔してどうしたのクズ冒険者のエピクちゃーん?」

 あからさまに侮蔑の声音を送ってくるのは、ギルドの出入り口辺りでたむろしている一団。

 それでも冒険者ギルドで屯しているなら冒険者であろうが……。

「知らないんすかガツィーブさーん? コイツとうとうギルドをクビになったらしいですよー?」

「はー、ついにかよ? まあオレからしたら遅すぎるぐらいだけどな。こんなクズのF級野郎がよぉ?」

 くっちゃべっているのは、冒険者ギルドでもトップクラスに属する強豪パーティの面々だった。

 パーティ名はたしか『最強の強者』だったっけ……?

「冒険者ってのは冒険してこそなんぼだぜえ? せこせこ薬草なんか摘んでるヤツが冒険者気取りなんておかしいってオレは常々思ってたんだよ! やっとクズが冒険者ギルドから消えてくれて清々するぜ!」

「やっぱ世の中正しい方が勝つってことだよなあガツィーブくぅん!?」

「そうそう、オレらみてえな最強冒険者が最後には残るってことよ!!」

 パーティの中心になっているガツィーブという男性冒険者は、たしか今年D級に昇格したばかりだったはずだ。

「元冒険者のエピクちゃんよぉ! 冒険者ギルド卒業おめでとうございまーす! ああ、卒業じゃなくて中退って言った方がいいのかな? ギャハハハハハハ!!」

「どうも……」

「そんなエピクちゃんにオレからお願いがあるんだけどさー? たとえ『元』でも冒険者でしたなんて言わないでくれるー? テメエみてえな無能と同類と思われたんじゃ、全冒険者が迷惑なんだわ!」

 取り巻きの冒険者が一斉に笑い出す。

『まったくその通りだ』と言わんばかりに。

「薬草取りしかできねえ無能にはわからねえだろうがな。冒険者ってのは強いモンスターを討伐したり、ダンジョンを制覇してこそなんだぜ。テメエみてえなクズはそんなこと考えたこともないんだろうがよ。その時点でテメエには冒険者の才能なんかなかったってことだ」

 そうかもしれない。

 日々の生活を追うだけで夢も見なかった僕は、そもそも最初から冒険者適性などなかったのか。

「これからは夢も希望もねえ一般人の立ち位置から、この最強冒険者ガツィーブ様の活躍を見守っててくれよ! オレはいつか魔の山の魔獣を討伐して、最高のS級冒険者になってやるんだからよ!」

「……魔の山には絶対登るなってギルド規定に記されていませんでしたっけ?」

「バカが、規則なんぞに縛られないからこそ冒険者なんだろ! 最強D級冒険者のガツィーブ様にはルールの方が従うんだよ!!」

 どうやら何を言っても通じない手合いのようだ。

 僕は、かまわずギルドを出ていく。

「おやぉ、もう尻尾を巻いて逃げるのか負け犬のエピクくぅん? もう少しオレの話を聞いた方がいいんじゃねえの? 最強D級冒険者ガツィーブ様と会話したことがあるなんて、きっとテメエの人生最高の誇りになるんだからよぉ?」

「ガツィーブさんと関わったことだけが自慢の人生かよ! ウケるぅ!!」

「無能には自慢できることがあるだけ幸せだろ!?」

 ゲラゲラと嘲り笑いの大合唱に背を向けて、僕は冒険者ギルドを出た。

 そう、僕にあんな人たちと関わっている暇はない。

 明日からの生活をどうするかが緊急課題なのだから。


     ◆


 他に何の能もない僕にとって、唯一冒険者ギルドでの薬草採取だけが生きる術だった。

 元から身寄りもなく孤児院で育った僕には頼るべき親類もなく天涯孤独。

 それでいて僕は『消滅』以外のスキルも持たず、『計算』や『目利き』などの生活スキルでもって商家へでっ奉公することもできず、生業は本当に限られていた。

 同じように孤児院から巣立っていった多くの子たちは最低でも三、四の生活スキルを身につけ、商家や職人の見習いとして頑張っているというのに。

 僕は何のスキルも身につけられない。

 恐らくは『消滅』スキルのせいで才能のリソース的なものを食いつぶされたんだと思われる。

 使えないくせに威力だけは最高にぶっ飛んだスキルであるから。

 どんなところだって、職に適したスキルの持ち主しか雇いたくない。いずれ育て上げて重要なポストを任せたいならなおさら。

 そういう考えから、無能の僕を数年も置いていてくれた冒険者ギルドこそ有情というべきなんだろうか。

 しかしそんな縁もとうとう切れてしまった。

 僕はこれからどうやって生計を立てていくべきなのだろうか?

 生きている限りは腹も減る。

 家賃だって払わなければならない。

 生きていくにはお金が必要で、お金を稼ぐためには仕事が必要だった。

 その仕事を見つけることができないのは本当に辛い。


     ◆


 翌日。

 一晩中悩んでも何の解決策も出なかった僕は、再び森の中にいた。

 そしてまた薬草を摘んでいる。

「ギルドをクビになったのになんで……!?」

 自分でもバカなことをしているとわかっている。

 冒険者ギルドのクエストは、登録した冒険者だけが受けることのできるもの。

 ギルドを追放された僕が薬草を持っていったところで納品できないどころか門前払いだ。

 それがわかっていてなお、こうして森に入っているのは日頃の習慣が働いているのか。

 それとも未来の不安から逃避しようという本能的行動か。

「……よし、だいぶ溜まってきた」

 考え事をしながら作業していても、すぐさま採取袋に薬草が詰まっていくから体に染み込んだ動きとは恐ろしいものだ。

 しかし、いつまでも現実逃避しているわけにはいくまい。

 早いとこ街に戻って職を探さなきゃ。

 食料だって残り少ないし……この薬草、食べられるのかな? とかしゅんじゅんしていると……。

「キャアアアアアアアッッ!?」

 なんだ!?

 叫び声。明らかに人のものだ、それも若い女の子。

 獣や鳥の声とは断じて違う。

 しかしこんな森の中で何故なぜ人の声が? こんな朝早くでは他の冒険者だっていないだろうし……。

 ……いや、考えている場合じゃない。

 あの叫び声は間違いなく悲鳴だ。悲鳴を上げるということは何か危機的なことが起こったってことだ。

 だとしたら一も二もなく駆け付けるべきじゃないか、それが冒険者のあるべき行動。

 もう僕、冒険者じゃないけれど。

 しかしそれでも人の取るべき道に変わりはないと駆け出す。

 声のした方向を頼りに向かってみると、すぐさま現場にぶつかった。

 やはり少女が一人、モンスターに取り囲まれている。

「誰かッ!! 誰か助けてッ!!」

 彼女ににじり寄るモンスターは複数。

 低級種のディスイグァナどもであった。

 大きなトカゲ型モンスターだが凶暴であくじき。小さな子どもなら丸飲みにしてしまうとも言われるけっして侮れない害獣どもだ。

 女の子が取り囲まれたなら充分危ない。

 僕は逡巡なく渦中に飛び込んだ。

「『消滅』ッ!!」

 そして躊躇ためらいなく唯一の取り柄をぶっ放す。

 スキル対象となった大トカゲの一匹は断末魔を上げる暇すらなく一片残らず消失した。

 残りの大トカゲどもも突然の波乱に驚き、脊髄反射的に襲い掛かってくる。

 一匹ずつ確実にスキル対象に定めて、着実に消していく。

 二、三匹消したところで残りのトカゲどもも危機感を察知したのか、野生の本能に従ってスタコラ逃げていった。

「全滅させる必要はないか……」

 とりあえず危機は脱したと判断して、肝心の要救助者に語りかけた。

「大丈夫ですか? けがは?」

 見たところ、ピンチに陥っていたのはやはり女の子で、しかも若く僕と同年齢かちょっと上といったところだろう。

 服装や体つきからして、明らかに冒険者ではない。

「あああああ、ありがとうございます……!! 死ぬかと思った……!!」

 女の子は余程怖い思いをしたのだろう。

 砕けた腰にいまだ力が入らず、ひな鳥のように弱々しく震えていた。

 落ち着くまで時間をかけた方がいいだろうと思い、話を続ける。

「どうして森に入ったんですか? ここは街の規則で指定されている危険地帯です。モンスターがばっして、冒険者でもないと踏み入れば命の保証はありません」

 要するに、冒険者でもないならこの森に入って死んでも勝手に入ったヤツが悪い、ってことだ。

 まあ、冒険者をクビになったのに森に入っている僕も同じなんだが……。

 すると彼女は、何か心の繊細なところに触れられたように。

「それは……! 冒険者が悪いんです! 冒険者ギルドが! 何もかもアイツらが!!」

「えッ!?」

 溜まりに溜まった鬱憤が噴出するかのように彼女は……!?

「アイツらが突然、薬草クエストをやめるって言うから……! 仕方なくアタシが自分で……!」

 ええ、どういうこと?

 冒険者ギルドが、薬草採取のクエストを全面的に取りやめたってこと?

 どうしてそういうことに?

 それが本当だというなら暴挙だが、その暴挙に憤っている彼女がますます何者?

 あてどもなく踏み入った森の中で、思いもしなかった事態に巻き込まれる僕!

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