第3話 冒険者登録(失敗)(3)

「うぅ……登録に来て殺されかけるなんて……冒険者ギルドは罪もない者をいたぶり殺す恐ろしい場所なのか……」

「「「「えっ」」」」

 俺の迫真の演技に、居合わせた者たちが驚きの声をあげる。

 ふふ、見抜けまい。

 実は得意なんだ、ひんのフリ。

 何度も瀕死になった経験があるもんでな!

 やがて、視線は俺を突き飛ばした山賊へと集まる。

「あ、あんなことになるほど力を込めてないぞ!? そもそも俺にそんな力はないって! 本当だって!」

 ろうばいし、必死に弁解する山賊。

 まあ山賊はどうでもいい。

 それよりも冒険者が冒険者ギルド内で冒険者でない者に危害を加えたという事実のほうが重要だ。

 俺はこの事実を握りつぶしたいギルド相手にゴネて、上手うまいこと上の等級から始められるよう頑張るつもりでいる。

 はたから見ると、まるっきり俺は悪者だろう。

 しかし、ちょっと考えてみてほしい。

 けっこう強い(と思われる)俺を、初心者冒険者として登録して働かせるのは、はっきり言って人材の無駄遣いだ。

 断言する。

 報酬さえ良ければ、どれほど困難な依頼であろうと、俺は見事達成してみせよう!

 異世界に来てからの二年を、森の中で棒に振った俺の力は伊達だてではないのだ(きっと)!

 というわけで、ここはとっとと上の等級に引き上げてもらい、その能力に見合った仕事を割り振るのが、ギルドにとっても、難易度の高い依頼を出した人にとっても、そして俺にとっても良いことなのである。

 まさにいいことずくめ、というやつだ。

 ……あれ?

 でも山賊にぶっ飛ばされて瀕死になるような奴を上の等級にするのってちょっと無理がなくね?

 あれれ?

 この計画、もしかしてたんしてる……?

 これは失敗したかもしれない。

 そう考え始めたところ──

「おいおい、いったい何事だー?」

「あ、支部長!」

 受付奥の階段からどすどすと音をさせ、いかめしい顔つきをした体格のよい男が現れた。

 コルコルの呼び方から、ここの責任者だとわかる。そこそことしがいっており、おそらくは六十前後……俺の親世代といったところ。白髪交じりの黒髪で、もみあげから口まわり、あごへと覆うひげのほうはもう白髪のほうが多いくらいだ。

 さて、想定した通り責任者は出てきたが……どうしたものか。

 いまさら中止するわけにもいかないし、まあ、ひとまず当初の予定通りやってみるか。

 などと、俺が考えていることなど知るよしもなく、支部長はコルコルから事情を聞き、それから二人一緒にこちらへと近づいてきた。

 ぶち開けた壁の穴をくぐり、俺を見下ろす支部長とコルコル。

 とりあえず、もう一押ししてみる。

「俺は……死ぬのか……うぅ、死にたくない……」

「し、支部長、どど、どうしましょう……?」

「…………」

 あたふたするコルコル。

 一方、支部長は黙って俺を見下ろしていたが──

「ふん!」

 ドゴッ!

 俺のケツに突然の蹴り!

「いっでぇ────ッ!?」

 こいつ爪先で蹴りやがった! 信じられねえ! これはさすがにいてぇよ! 森にはケツを爪先蹴りしてくる奴なんていなかったもん!

「ぬぐぉぉ……!」

 ごろごろのたうち回り、跳ね上がって怒鳴る。

「てっ、てめえ何しやがる! ケツが割れちまったじゃねえか!」

「はっ、いまさらかよ、だらしねえ。俺なんか生まれたときから割れてるぜ」

「なッ!?」

 こいつ、とんでもねえ返しをしてきやがった。

 なるほど、冒険者ギルドで支部長を務めるだけのことはあるようだ。

「なんなら見せてやろうか?」

「見たくねえよ! 誰向けのご褒美だよふざけんな!」

「あ? ふざけてんのはどっちだ? コルネ、どう思う?」

「死にそうなわりには、ずいぶんとお元気そうですねぇ……」

「あ」

 指摘されてはたと気づく。

 しまった、あまりにひどいことをされたものだから、演技を忘れて元気いっぱいで立ち上がってしまった……!

「「「「……」」」」

 じとーっと見てくるのは、支部長とコルコルだけではない。ギルドに居合わせた者たちみんなである。

 へへっ、こいつはまいったぜ。

「ったく、壁をぶち破っちまいやがってよぉ……。これ、修理すんのにどのくらいかかるんだろうな。もちろん費用はお前が出すんだぞ?」

「いや、俺は突き飛ばされて……」

「ギルド内での破壊活動、および、ギルドに対しての詐欺。これが確定したら修理費以上に金がかかるだろうな。裁判するとなると、身元の確認やらなんやら金がかかって、罪が確定すればそういう経費も上乗せされて請求されるわけだ。ここで大人しく謝れば壁の修理費だけで済むんだがなぁ……」

「ぐぎぎぎ……」

 無理か、さすがに無理か。目はないか。

 残念、あの稲妻のような閃きは気の迷いだったようだ。

 ここはひとまず、許してもらえそうな演技でしてみよう。

「ご、ごめんなさい……。ボ、ボク、実は故郷から出てきたばかりで都会のことがよくわからなくて……」

「急になよなよするな、気色悪い。つかなんだ、お前の故郷は挨拶みてーに詐欺を働くところなのか?」

 うん? わりとその通りだな。

 なにしろ詐欺メールが毎日のように届いたり、人をねちまって示談にしたいから金を振り込んでくれって詐欺電話がかかってくるようなカオスっぷりだ。

「ったく、ケチくせーことしてんじゃねえぞ」

「はーい、ごめんなさーい。……んで、修理費ってどれくらいになるの? ただ突き飛ばされたことは事実だからさー、そのあたりも考慮してもらいたいんだけどー」

「そもそもコルネに無理強いしていたお前が悪い。変にゴネようとせず大人しく払え。まあ……十五万ユーズくらいか?」

「へーい」

 ざらざらーっと手のひらに硬貨を出現させ、それを何が起きたのかわからずきょとんとしている支部長に渡す。

「お、お前、けっこう金持って……つーか、どこから出した?」

「はん、答える義理はないね。ともかく、払うものは払ったぞ。これでいいんだよな?」

「ま、まあ大丈夫だろう。足りなかったらまた請求するし、あまったら返すからな」

「んなはした金返さなくていいよ。迷惑料だってことでコルコルにやってくれ」

「コルコル呼ぶな! そんな金いらんわ!」

「そうか。じゃあ支部長のケツを縫い合わす費用の足しにしてくれ」

「お前、まったく反省してねえだろ……」

 支部長はじろっと俺を睨み、それからため息をつく。

「ったく、簡単に払いやがって。払えなきゃ借金奴隷だっつって、びしびしこき使ってやったんだが……」

 あくどいことを言う支部長。

 だが、その発言が俺の直感を刺激した。

「奴隷……。そうか、奴隷という手があるのか……!」

 稲妻のような閃き、再び。



   ~試し読みはここまでとなります。続きは書籍版でお楽しみください!~

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