第3話 冒険者登録(失敗)(2)

        ***


 冒険者についてはシルから聞いたことがある。

 日雇い労働者みたいなものか、とその時は思ったものだが、考えてみれば自分のやりたい仕事だけ受けていればいいというのは、とても優雅なことではないだろうか?

 案外、冒険者と悠々自適な生活は相性が良いのかもしれない。

 ここ、王都ウィンディアの冒険者ギルドは、拠点となる建物が九つある。

 一つは王都本部で、残る八つは支部だ。

 ヘイベスト商会を後にした俺は、一番近い冒険者ギルドである第八支部を訪れた。

「ほほう、これはこれは……って、なんかボロくね? 冒険者ギルド、ボロくね?」

 冒険者ギルド第八支部は木造の三階建てで、規模こそそれなりに思えるが、ちゃんと手入れや修繕をしていないのか、外観がずいぶんとボロっちく、みすぼらしく、まともな人間なら決して立ち入らないばかりか、そもそも近寄ろうともしない、そんな雰囲気を漂わせていた。

「うーん……」

 多少は盛り上がっていた気分が急速にえていく。

「もしかして冒険者ギルドって全部こんな感じなのか? それともここが特別ボロいだけか?」

 他の支部も回ってみればわかることだが、そんな疑問のために見知らぬ都市を迷子覚悟で歩き回るのは正直面倒だ。

「まあ、駄目そうなら取りやめにすればいいだけか」

 べつに冒険者にならなくてもいいのだから──。

 そう気楽に考えて建物へ入る。

 まず目に入ったのは正面奥の受付であり、そこではそろいの制服を着た四人の受付嬢が応対にあたっていた。

 ほかに目につくのは、待合席にいる冒険者らしき素行のあまり良さそうではない連中や、壁にある小さな木板だらけの掲示板くらいなもので、眺めて楽しそうなものは特になかった。

「なんだろう、帰りたくなってきた……」

 思わずつぶやく。

 まあ、帰るところなんてないのだが。

 吹っ飛ばしちゃったもんな……。

 本格的に意気消沈してきて、もうこれどうしようと悩み始めたところ、一番左の受付が空いた。

「……まあ、せっかく来たんだし」

 気を取り直して受付に向かう。

 応対してくれるのはくりいろのおさげ髪をした、今の俺と同じくらいの年頃のお嬢さん。ちょっと勝ち気な印象を受ける褐色の瞳で俺をしっかり捉え、それからにこっと控え目な笑みを浮かべて言う。

「お待たせしました。ご用件を承ります」

「あー、冒険者の登録に来たんだが……」

「はい、登録ですね。ありがとうございます。ではわたくし、コルネがこのまま担当して手続きを進めさせていただきます。よろしいですか?」

「よろしいです」

「はい。それではまず、冒険者というもの、そして当冒険者ギルドはどのような組織か、これを簡単にご説明いたします」

 と、コルコル嬢がそらんじ始めたのは、冒険者のなんたるか、そして冒険者ギルドは冒険者のための職業別組合であり、基本業務は所属冒険者に対し魔物の討伐から街のゴミ拾いまで、多岐にわたる仕事のあっせんを行うことである、といったまあなんとなく予想していた内容だった。

「──そして、冒険者の等級は基本五段階。木、鉄、銅、銀、金となっています。さらに霊銀、王金という特別な等級もありますが、この二つはよほどの実力者でなければ縁のないものですから、気にかける必要はないでしょう」

 ふむ、もしかして一回の仕事で大金を稼げるのは、その霊銀だの王金だのという等級くらいから、ということなのだろうか?

 ええぇ……。

 まず五段階突破しての、その上かぁ……。

 なんだか猛烈に面倒くさくなってきた。

 そこまで等級を上げるのがなぁ、だるいわぁ……。

 これがはつらつとした十代の若者であれば、むしろ奮起したかもしれない。が、俺の中身は三十代。いまさら一から地道にってのは気持ち的につらい。

 あー、森でこつこつ生活環境を改善していた頃のことを思い出してきた。

 マスコミに洗脳されていたせいで、苦労もまた楽しいとかイカれた感じで頑張ってたんだよなぁ……。

 もうなんかうつになってきたぞおい。

「説明は以上になります。納得していただけたのであれば、このまま登録の手続きを始めさせてもらいます。よろしいですか?」

 コルコルが確認してくる。

 登録したら木級から……クソのような仕事から、こつこつと……。

 ……。

 駄目だ、これは悠々自適な生活じゃない。

 もう飛び出していこうか──そう考えたが、その前にひとつ、ダメもとでお願いをしてみることにした。

「あのー……」

「はい?」

「実は俺、けっこう強いんだよ。どれくらい強いかっていうと、頑張ればひとにらみで王都を消滅させられるくらいなんだ」

「は、はあ……」

「だからさ、等級を王金から始めさせてもらえないかなーと。そしたらけっこう頑張るよ?」

「……?」

 きょとんとするコルコル。

 しかし、すぐにはんになった。

「そんなことはできません。ちゃんと仕事をこなしていただかないと」

「わかってる。皆まで言うな。報酬の一割を渡すから、な?」

「な? じゃありません。思いっきり規則違反じゃないですか。それ、普通に罪に問われますよ」

「では二割で」

「割合の話はしていません!」

「そうか、わかった……三割?」

「だから割合じゃ──ああもう、新規登録者をいきなり高等級に登録なんてしたら、その時点で不正があったってバレバレじゃないですか! 銅級からは審査と昇級試験を受ける必要があるって説明したでしょう!?」

「うーむ……」

 駄目っぽい。

 おかしいな、田舎世界なら賄賂は万能のはずだが……。

 いや、これはコルコルが真面目なだけかもしれないぞ。

「ちょっと別の人に代わってもらうことはできる?」

「誰が担当になろうと駄目だっつーんです!」

 バーンッと受付台を手で叩くコルコル。

 おぉ、荒ぶっておられる……。

「そっか、仕方ないな……。じゃあ、鉄級からで頑張るよ」

「仕方ないとかそういう問題じゃなくて、ちゃんと木級からお仕事をしていきましょうってことを言いたいんですよ、私は!」

「お仕事か……」

 俺は深々とため息。

「実は俺さ、働きたく、ないんだ……」

貴方あなたここへ何しに来たんです!?」

 がくぜんとしつつもコルコルは叫んだ。

 確かに、俺の発言はわざわざ面接に来て働きたくないって宣言するようなものだ。

 そりゃびっくりもするか。

「いくらろくでなしが集まりやすいこの支部でも、貴方ほど飛び抜けたクズはそうそう見ません! もういいです! 登録はお断りします!」

 ブチキレなコルコルが俺を追い払おうと、あっち行け、しっしっと手を払う。

 もはや獣扱いか、切ないな……。

「はあ、わかったよ、鉄級からで我慢するからさ……」

「殊勝な顔しつつも何一つわかってないじゃないですか!」

「コルコルー、頼むよー」

「誰がコルコルか!」

 くわっといきり立つコルコル。

 と、そこで──

「おい坊主、そこまでにしときな!」

 隣の受付で手続きをしていた山賊風の男が、どんっ、と俺を突き飛ばした。

「──ッ!?」

 瞬間、俺の脳裏に稲妻のようなひらめきがあった。

 俺は啓示が促すまま、真横に高速跳躍。

 そのままショルダータックルで建物の壁をドゴーンッとぶち破った。

「ええぇ────ッ!?」

 コルコルのびっくりした声。

 壁をぶち破って倒れ込んだ俺は、チラッと室内の様子をうかがう。

 居合わせた者たちはぜん

 突き飛ばした山賊は手を伸ばした状態で固まっている。

 どうやらまだ状況を理解していないらしい。

 ふむ、ここはもうひと芝居してやらないといけないか。

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