第3話 冒険者登録(失敗)(1)

 とりでには風呂がなかった。

 そこで新参者からの『ご挨拶』とばかりに風呂場を作ってみたところ、砦の皆にすごく喜ばれた。どうもこの砦は水で苦労しているらしく、ならばと貯水槽を作って満たし、存分に水を使えるようにしてあげたらさらに喜ばれた。

 この一働きは、その日のうちに砦の誰もがすっかり友好的になるくらいの影響があり、異世界に来て初めてのよそへのお泊まりは穏やかなうちに終わらせることができた。

 そして翌日、俺はさっそく森へ入って狩猟を行う。

 遭遇した魔獣はみんな金──当面の生活費となる。

 生きるためという意味ではサバイバル時代とまったく同じ、ただの狩猟なのだが、それでも『お金』に換わるとなると、つい張りきってしまうのは拝金主義が染みついているせいか……。

 まあともかく、やることはいつも通りだ。

 違うとすれば、お手伝いさんがついてきていることくらい。

 をしているわけではないものの、血を失って体調が万全とはいえないシセリアが俺のお手伝いさんに任命されたのだ。

 もしかして監視役だろうか?

 最初はそう勘ぐったが、シセリアを連れて森で活動するうちにそれはないと考えを改めることになった。

 シセリアは果物を見つけると素直に喜び、食べては「うひょー!」と素直にはしゃぐ。

 その姿は無邪気で元気なだけがの頭の悪い犬のようで……。

 これだと、サバイバル生活中、ちょいちょい餌をたかりにきていた子犬(?)のほうが落ち着きがあるな。

 うーん、シセリアこれ、邪魔だからって厄介払いされてんのかもしんないね。

「ぬぐおぉぉ……!」

 俺がひそかに気の毒に思っていることなどつゆ知らず、シセリアはスモモ(もどき)がなっている木によじ登ろうと四苦八苦している。

ほほましくはあるんだがなぁ……」

 シセリアって騎士に向いてないんじゃないかな?


        ***


 砦での生活に思いのほかみ、生活費のために魔獣を狩るのがそれなりに楽しかったためだろうか。

 気づけば五日が経過して、砦を離れる日がやってきた。

 俺は帰還する遠征団に同行し、異世界へ来てから三年目にしてようやく『都市』を訪れる。

 ユーゼリア王国の首都──ウィンディア。

 立派な市壁に囲まれた都市ではあるが……だからといって、魔獣たちがひしめく森から二日という距離はやはり近すぎると思う。

 ここに領都を構えることにした当時の辺境伯は、いったい何を考えていたのだろうか?

 あの森は、その向こうのアロンダール山脈にむ竜の一家のものだから、じわじわと切り開いていくことすらできないのに……。

「ではケイン君、ひとまずここでお別れだが、何か困ったことがあれば遠慮せずに団を訪ねてくるといい。もし入団する気になったら、それこそ遠慮せずにな」

 都市に入ったあと、別れ際に隊長さんは言った。

 うーむ、まだ俺を騎士団に引き込むのをあきらめてないのか……。

 帰還の道中、熱心に誘われたし、仲良くなった騎士や従騎士たちまで入れ入れと誘ってきた。しまいには入団しなくてもいいから騎士団にいてくださいとか、おかしなことまで言いだす始末だった。

 そんな騎士団の面々が去っていくのを、俺は少し見送る。

 足取りが軽そうに見えるのは、きっと気のせいではないだろう。

 遠征帰りは三日の休みが与えられるとシセリアが言っていたし、それでみんなウキウキしているのだ。

 まあそのあと、王都の公園にある訓練場でなまった体をたたき起こす厳しい訓練が待っているようだが……。

「ではケインさん、私たちも」

「ああ、行こうか」

 セドリックに促され、俺は商会隊と共にヘイベスト商会へ。

 で、お待ちかねの魔獣の買い取りだ。

 買い取り品については、おおよそのことを先に手紙で伝えてあったらしく、査定はとんとん拍子で進み、俺は大金を得ることになった。

「ケインさん、お確かめください」

 セドリックが金貨をどっさりよこしてくる。

 数えるのは面倒くさいので、そのまま『猫袋』に放り込む。

「これでどれくらい優雅に生活できる?」

「そうですねぇ……この都市で優雅となると、おおよそ二年といったところでしょうか」

 二年か……。

 そう聞くとそこまでたいしたものでもないな。

 まあちょろっと狩りをして、当面の生活資金を得られたと考えれば充分だろう。あとはこの資金が尽きないうちに、さらなる大金を稼いで悠々自適な生活を実現させるだけだ。

「ケインさん、お急ぎでなければ一緒に食事でもどうです?」

「あ、食べる食べる」

 ここからは完全にノープラン。出たとこ勝負の俺に急ぐ用などあるわけもなく、俺は誘われるまま、貴賓室らしき部屋に案内されて少し遅めの昼食をごそうになる。

 のんびりと会話をしながら楽しむ食事は実に優雅。

 素晴らしい──そう密かに感動しつつ、やはりスローライフはクソだな、と再認識する。

「あ、そうだ。ケインさん、森で集めた果物などを、一部でいいので個人的に買い取らせてはもらえませんか? 妻と娘へのお土産にしたいのです」

「ん? それくらいあげるけど?」

「いやいや、あの森の果物は魔力が豊富に含まれる貴重品です。頂いてしまうわけにはいきませんよ」

「……そうなの?」

 特に断る理由もなかったので求められるままに売ったのだが……これがなかなか良いお値段。

 マジかよ、シセリアの奴めっちゃむさぼり食ってたぞ……。

 いや、だからこそ貪ってたのか?

 まあ食いしん坊のことはいい。

 それよりもこれから、ここからだ。

 悠々自適に暮らすと決めて森を出た。

 懸念材料だった当面の生活費もこうして手に入った。

 だがしょせんは二年、人生はまだまだ続く。

 つまり金はもっともっといる。

「楽して大金が稼げる方法はないものかな?」

「はは、知っていたらもう私がやっていますよ」

 セドリックに笑われる。

 確かにその通りだ。

「ならさ、苦労はするものの、大金が稼げる方法とかは?」

「ケインさんはもうすでに大金を稼がれていますが……?」

「もっと必要なんだ。希望は一生楽に暮らせるくらいのいっかくせんきん。なんかそういう話はないかな? 多少の苦労は目をつぶるから」

「ええぇ……。うーん、ケインさんのできそうなこと……それこそ今回のように遠征に同行して狩りをすればよいのでは? 年に三回だけ、短い期間働くだけで優雅に暮らせますよ?」

「それはその通りなんだが……」

 セドリックの提案は納得できる。

 だが、年に三回だとしても、なんかもう面倒くさいのだ。これまでのサバイバル生活を思えば楽ちんなのは確か。でも面倒くさい。魔獣は金になると張りきって狩ったものの、こうして金に換えたあとはその熱も冷めてしまった。なんというか、飽きた。

「飽きたの一言で片付けられる金額ではないと思うのですが……。まあ気が乗らないのであれば、仕方ありませんね」

 それからセドリックは収納魔法が使える魔導師として王宮に売り込みをかけるとか、魔法かばんを作るとか、あれこれ考えて案を出してくるが、どれも地味に働いて地味に金を得るものであったため、興味をかれることはなかった。

「やはり気が乗らないな……」

「ケインさん、あなた……働きさえすれば、いくらでもお金を稼げるだけの能力があるのに……」

「働きたく、ないんだ……」

「多少の苦労は目を瞑るという話はどこへ……。いや、砦では働いていたじゃないですか」

「あれは働くっていうより、王都で生活するための資金が欲しくてちょうどよかったから魔獣を狩っただけなんだよ……」

「世間ではそれを『働く』と言うと思うのですが?」

「んんー?」

 そうかもしれない。

 だが、違うんだ。

 少なくとも、俺の中では違う。その証拠に、また森で狩りをしてお金を稼いではどうかと提案されても、まったくやる気が出ない。

「そうなると……あとは冒険者でしょうか。高位の冒険者であれば、一回の依頼で高額の報酬を得られるといった話も聞きますが……」

「冒険者……冒険者か……」

 ふむ、ちょっと考えてみるか。

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