第2話 などと犯人は供述しており(2)

 やがて声がよく聞こえ、気配を捉えられる位置までやってくる。

 と──

「ん? もしかしてお取り込み中か?」

 気配は人が三人、それから魔獣が一匹。

 声の感じからして、戦闘が行われているようだ。

 急いで声のもとへ辿り着くと、そこにはしっかりとした防具に身を包んだ騎士っぽいのが三人。

 初めて出会うこの世界のまともな住人──第一現地人だ。

 あと、なんかやたらでかいいたちがいる。

「あ、ノロイさまじゃん」

 俺は勝手にそう呼んでいるが、実際の名称はきょうらんいたちだとか。

 大型犬くらいある鼬で、やたら俊敏に、そしてデタラメに跳ね回って獲物をほんろうする様子が狂って暴れているように見えることからそう呼ばれているらしい。姿こそ愛くるしいものの、こいつは風の攻撃魔法まで使う非常に狂暴な肉食の魔獣だ。

 もし、この魔獣を日本に発送できたら『妖怪カマイタチは実在した!』とさぞにぎわうことになるだろう。マスコミまがいの人々がスマートフォンで撮影しようと不用心に近づき、風のやいばで惨殺されることになるに違いない。そしてその様子もまた撮影され、拡散され、残念な日常を生きるうっくつした人々の心を慰めることになるのだ。

 で、その狂乱鼬と対する現地人三人だが、すでに一人はやられて倒れており、もう一人があたふたと手当てし、回復ポーションらしきものをぶっかけている。そして最後の一人は剣と盾を構え、二人を背にかばい鼬をけんせいしていた。

「ふむ、態勢の立て直し中か……。いや、なにもぼけっと見守ることはないな」

 ここは飛び入り参加して、助けに入ることにしよう。

 これがまともな現地人とのファーストコンタクトだ。

 危機を救ったとなればには扱われないはず──という下心を胸に秘め、まずは叫んで注意を引く。

「元気ですかーッ!」

『──ッ!?』

 倒れている者以外──二人と一匹がビクゥッと反応する。

 とっだったのでなんだか嫌みにとられかねないことを叫んでしまったが、そこは結果を出すので許してほしいところ。

「元気があればなん──ってさっそく来た!?」

 鼬が俺にターゲットを変え、ピョピョンピョーンと素早いジグザグステップを披露しながら襲いかかってくる。

 きっと防具で身を固めた連中より、俺のほうが仕留めやすいと思ったのだろう。

「──っと」

 咄嗟にかざした左腕に、ガブゥと食らいつく鼬。

「ん、ちょっと痛いか」

 が、しょせんはその程度。

 いまさらでかい鼬にみつかれたところで、こんなのは子猫の甘噛み、俺が負傷するようなことはない。

 なにしろ、魔獣ひしめく森の中で二年のサバイバルだ。こんな鼬よりももっとヤバい魔獣たちにざんざん痛めつけられた結果、俺はすっかり『適応』して、この程度ではびくともしないきょうじんさを手に入れている。

 こんしんの噛みつき攻撃がいまいち通用していないことに、鼬は一瞬あれっといった感じに動きを止めたが、すぐに食いついたまま身をよじって俺を地面に引き倒そうとしてくる。

 だがしかし、この森に適応した俺の前では児戯に等しい。今やこの程度の力比べに負けるようなことなどないのだ。

 結果、腕に食いついたきり、ジタバタするだけになった狂乱鼬。

 そんな哀れな鼬の首に、えいやっと手刀をたたき込む。

 めきょっ、と折れる首の骨。

 実に地味な討伐となったが……まあこんなところに派手さを求めても仕方ない。

 ファンタジー世界であっても地味なものは地味なのだ。

 魔獣を倒してもキラキラと光に分解されたり、ふわっと消失して素材だけ残ったり、チュドーンと謎の大爆発を起こしたりはしないのである。

 いや、絶命して白目をいているにもかかわらず、俺の腕に食いついたまま放そうとしない鼬の根性はある意味でファンタジーなのかもしれないが……。

「おお、なんと鮮やかな!」

 でろ~んとぶら下がる鼬をどうしようかと思っていたところ、一人でこいつを相手取っていた男──現地人Aが感嘆の声をあげた。

 彼は革の上着とズボンの上にどうよろいすねあてなどの防具を身につけ、オープンフェイスのかぶとかぶっている。さらしている顔は人相こそいかついものの、喜びの表情を浮かべているためか親しみを感じさせる。年齢は元の俺と同じくらい、たぶん三十前後だろう。

「えーっと……勝手に助けに入っちゃったけど、よかったよな?」

「もちろんだ」

 現地人Aはうなずき、剣を収めてこちらにやってきた。

「私はユーゼリア騎士団の騎士アロック。貴殿の助力に感謝する」

「どういたしまして。俺はケイン。この森で活動している……狩人みたいなもんだ」

 シルがケインケイン呼ぶのですっかりんではいたが、こうして自分から『ケイン』と名乗るのはこれが初めてだ。

 ちょっと新鮮である。

「んで、どうしてまた騎士さんがこんな森に? あ、もしかしてこれ尋ねちゃダメなやつか?」

「ん? いやいや、そんなことはないぞ。ユーゼリア騎士団はこの森にむ魔獣を間引くため、季節ごとに一度遠征を行うのだ。訓練と資金稼ぎも兼ねている。知られた話だと思ったのだが……」

「あー、俺、こっちに流れてきたくちだから。聞く機会がなかったんだな」

「ふむ、そういうことか」

 ひとまず納得する現地人A、改めアロック。

 まあ事実だからな。

「ケイン殿、この森で活動しているとのことだが……最近何か気になったことはないか?」

「気になったこと?」

「なんでもいいのだ。例えば、今し方ケイン殿が仕留めたその鼬、本来であればもうしばらく進まねば出会わぬ魔獣のはずだ」

「ふむ……」

 悠々自適について思索するあまり意識していなかったが、そう言われてみると、確かに森の様子はおかしかったような……。

 普段、散歩をすれば魔獣との遭遇戦が頻発するのがこの森だ。しかし爆心地から離れ、ここに来るまでまったく魔獣と遭遇しなかった。

 そのことを告げると──

「それは……深部に棲む魔獣が浅い場所へと移動している、ということになるのだろうな。集団で……」

 うーむ、とアロックは考え込んだ。

 どうもよろしくない状況らしく、表情を曇らせている。

「騎士団の遠征が影響している可能性は?」

「遠征は王国がまだ一地方であった頃からの伝統でな、もしそうなら事例があるのだろうが……そういった話は聞かない」

「となると原因は不明か」

 二年ほど暮らしている森だが、俺が気づかなかっただけで魔獣たちを騒がせる『何か』が起きていたようだ。

 こりゃ森を出ることにしたのは正解だったな、とひそかにあんしていたところ、手当てが済んだ現地人BとCがこちらへとやってきた。

「従騎士のバーレイです! お助けいただき、ありがとうございます!」

 手当てしていたほう──現地人Bはバーレイか。

 従騎士とは……たぶん見習いのことなのだろう。見たところ、アロックより装備は劣るようだし、その顔つきも今の俺より若く、いかにも『研修中です!』という雰囲気がある。まだあどけなさの残る顔で、精一杯キリッとして感謝を述べてくる様子はほほましい。

 で──

「同じく、私は従騎士のシセリアと申します。危ないところ、ありがとうございました……」

 よろよろしているのが手当てされていた現地人Cのシセリア。

 バーレイと同じくまだ若いお嬢さんだ。

 兜がないのは手当てのために外したからだろうか。見習いらしく、あめいろの髪は短くしている。左の首筋に攻撃を受けたようで飛び散った自身の血がその顔をらし、造りがわいらしく端正であることが余計にそう感を漂わせている。褐色の瞳もどこかうつろだ。

「うむ、私も改めて礼を言わせてもらおう。本当に助かった。ありがとう」

「あ、いや、どういたしまして。……でも、倒せたのでは?」

 なんとなくだが、この人なら狂乱鼬くらい仕留められそうな気がする。

 いまだ腕にぶら下がる鼬を指差しながらそう聞いてみたら、アロックは首を振った。

「いやいや、あの状況では倒しきれずみすみす逃すことになっていただろう。あの鼬は相手がごわいとみれば、悪臭をまき散らしてすぐに逃げるからな……」

 経験があるのか、顔をしかめるアロック。

 そっちから絡んできたくせに『これでも食らえ!』と最後っをぶっ放して逃げていくノロイさまのあくらつさたるや。

 その場に残るのは悪臭と哀愁、そして殺意だけだ。

「ケイン殿、我々はここで拠点へ引き返すことにするが……よければ一緒に来ないか? この遠征には狩った魔獣の買い取りを行う商人が同行している。私の口利きでその鼬を買い取ってもらえるぞ。ただ現金を持ち込んでいるわけではないので、支払いは王都へ戻ってからになるだろうが……」

「え? こいつ金になるの?」

「んん? ……あ、ああ、良い値がつくはずだぞ。仕留めはしたが毛皮はズタズタ、というのが普通のところ、これはまったくの無傷だからな」

 マジか!

 ならひとまずの生活費はこれでどうにかなる。どうせ王都に向かうつもりだったし、むしろちょうどいいくらいだ。

「じゃあお言葉に甘えさせてもらおうかな」

「よしきた。ふふ、ケイン殿が一緒ならば帰りは安心だ」

 こうして俺は騎士団の拠点へお邪魔することに決まり、金になるとわかった狂乱鼬は『猫袋』に収納する。

「「「は?」」」

「ん?」

 その様子を見ていた現地人A・B・Cは目をぱちくりさせる。

「ケイン殿は……その、魔導師なのか?」

「魔法は使えるけど、魔導師ってほどじゃないと思うよ?」

 なにしろ独学──いや、これは自力と言ったほうが正しいか?

「うむむ……詳しく話を聞きたいところだが、血が流れた。においを嗅ぎつけ、何が寄ってくるかもわからん。ここはすみやかに撤退すべきだろう」

 好奇心を抑え込んでアロックは言う。

 確かに、普段よりも危険な魔獣が出没するとあっては、悠長におしゃべりをしている場合ではないな。

「バーレイ、シセリアに肩を貸してやれ。道中、先頭は私、真ん中がお前とシセリアだ。ケイン殿には後備えを頼みたい。よろしいか?」

「ああ、問題ない」

「では頼む」

 こうして俺たちは騎士団の拠点へと移動を開始した。

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