第2話 などと犯人は供述しており(3)

        ***


 そのとりでは森を出たところにあった。

「ケイン殿、ここが我々の拠点となっているアロンダール砦だ」

「おー……って、ずいぶんボロいな」

 かなり長いこと使われている砦らしく、建築に使われている石の風合いは歴史的な建造物のそれ。

「ははっ、それはそうだ。ユーゼリアが国となる前からずっと使われているからな。だが見た目はボロくとも、まだまだ現役なのだぞ?」

 先導するアロックについて大門をくぐり、砦の内部へと入る。

 するとそこに広がっていたのは……なんだろう、大規模な野外イベントが開催される直前のにぎやかさというか、せわしなさ。集まって作業をしている者たちもいれば、走り回っている者、大声で何か呼びかけている者と、なかなかのカオス。一人たりとも、のほほんとしている者のいない、ちょっとした修羅場であった。

「よし、ではバーレイ、お前は念のためシセリアを治療所へ連れていき、その後に隊長へ報告しろ。私はケイン殿を買取所へ案内する」

「了解しました」

「うぅ……」

 アロックの指示に従い、バーレイはシセリアを治療所へ連れていこうとするが、当のシセリアはなにやら浮かない顔だった。

 二人を見送ったあと、俺は案内されるまま、砦にある建物や施設の説明を受けつつけんそうの中を歩き回り、最後に買取所へと到着する。

 効率を考えてのことだろう、買取所となっている建物前にはずらっと横一列にテーブルが並べられ、即席の受付口が設けられている。

 騎士たちは仕留めた魔獣をそこへ並べ、受付係が魔獣の名前や状態の確認──つまりは査定を行い、結果を記録。これに誤りがないかを持ち込んだ騎士に確認してもらった後、魔獣は正式に引き取られ建物横の解体場へと運ばれる。

「ケイン殿、少し待ってもらえるか。この場は騎士団専用となっているのでな、話を通しておかないと何度も事情を……あ、セドリック殿! 少しよろしいか!」

 アロックが急に大きな声で呼びかけると、解体場からどこかへ向かおうとしていたかっぷくのいい男性が「おや?」と反応し、すぐにえっさほいさとこちらへ駆けてきた。

「そう急がなくともよいのだが……。ケイン殿、あの方が出張買い取りを取り仕切るヘイベスト商会の責任者、セドリック殿だ。飛び込みで買い取りをしてもらうには、彼に話を通すのが手っとり早い」

 そうアロックが教えてくれたあと、そのセドリックは俺たちの前に到着した。

「ふう、ふう、これはアロック殿、どうかしましたか?」

 セドリックは仕立ての良い服を身につけており、ちょっと息を切らしながらもあいきょうのある笑みを浮かべる。黒茶の髪に青い瞳。年齢は元の俺よりちょっと上くらいだろうか? ふくよかなこともあって、判断をつけにくいが。

「うむ、セドリック殿、実はだな──」

 アロックはさっそく森での経緯をセドリックに説明する。

 すると──

「無傷の狂乱鼬ですと……!?」

 途端に目の色を変えるセドリック。

「ケイン殿」

「ほいほい」

 俺は空いている受付へ行き、『猫袋』からずるんと鼬を出してテーブルに置いてやった。

 セドリックは目をぱちくりさせる。

「え……今のは、どこから? もしかして……」

「まあまあ、それについてはあとにしよう。それよりこの鼬はどうだ? 良い値をつけてやってもらいたいのだが」

 アロックに促され、セドリックはひとまず鼬を調べ始めた。

「うむむ……すごい、本当に傷がない。こんな良い状態の狂乱鼬は初めてです。これは衣類に加工するよりも、いっそはくせいにすべきか……」

 真剣な表情で呟くセドリックを見ていると、ノロイさまって社会的に価値があったんだな、と不思議な気分になる。俺としてはちょこまかうっとうしいし、狩ったところで肉はまずい、毛皮なんて大量にあったところで意味がないというわけで、ハズレな魔獣だったのだ。

「私は、この鼬には五十万ユーズの価値があると思います」

 いとおしげに鼬をなでなでするセドリック。

 うっとりしている。

「ほほう、五十万ユーズか」

「……?」

 アロックの反応からしてたぶん良い値なんだろうけど、あいにくと通貨価値がわからねえ……。

 それでどれくらい楽して暮らせるの?

 一年くらい暮らせるなら、ちょっくら森じゅうのノロイさまの首をへし折りに行くところだが。

「ふふ、納得のいかない顔をしていますが安心してください。この五十万ユーズというのは、最低でもそれだけの価値があると私が判断しての金額です。正直なところ、私だけではどこまで金額を上げてよいものか判断に困るところがありまして……申し訳ないのですが、査定は王都の店舗で改めて、ということでお願いできませんか?」

「ああ、大丈夫、もともと王都へ行くつもりだったから。王都の店舗に持っていけばいいわけね」

「はい。お願いします。すぐに紹介状を書きましょう」

「じゃあ、ひとまずこいつはしまっておくか」

 出した狂乱鼬を再び『猫袋』に収納。

 と、その様子を見ていたセドリックが「うーむ」とうなった。

「魔法かばんは見たことがありますが、実際に『収納』の魔法が使われるところを目にするのは初めてです。その若さでそれだけ魔導を極めているとは、いやはや、ケインさんはすさまじい魔導師なのですな」

「まったくだ。案外、老いすらも克服して見た目通りの年齢ではないのかもしれん。世の中にはそういう魔導師もいると聞くしな」

 アロックが妙に鋭いことを言う。

 だが生憎と自力で若返ったわけではなく、友人の悪戯いたずらで若返ってしまっただけなんだよな……。

 そんなことを考えていたところ、にっこり笑顔のセドリックがずいっと迫ってきた。

「ケインさん、もしよろしければうちで働きませんか? 好待遇をお約束しますよ?」

 なんか急に勧誘された。

 ははーん、さてはあれだな、俺を荷物運びとしてめっちゃこき使うつもりだな?

 好待遇というのは正直かれる。しかし、俺には悠々自適に暮らすという野望があり、それは商会所属の荷物運びという立場では実現するのが難しいはずだ。たとえ高給取りであっても、その金を使うゆとりがなくてはなんの意味もないのである。

 ここはお断り一択か。

 そう考え口を開こうとした、その時──

「セドリック、ケイン君の勧誘は少し待ってもらいたいね」

 そう口を挟んできたのはたくましい体つきをした一人の男性。

 なかなかせいかんな顔つきだが、飴色の髪はきれいに整えられ、褐色の瞳は静かにこちらを見据えているので粗野な印象は受けない。これでメガネでもかけていたら、まさにインテリヤクザだろう。としは元の俺より上、四十前後といったところか。

「おや、これはファーベル隊長」

 と、セドリックは微笑んですぐに場所をあけ、今度はその隊長さんが俺の前に立った。

「私はファーベル・メリナード。今回遠征を行っているユーゼリア騎士団、第五隊の隊長であり、現在はこの砦の責任者だ。まずは隊を預かる者として君に感謝を。それから娘を助けてもらった父親としても感謝したい。ありがとう」

「あー、いえ、どういたしまして?」

 娘って……ああ、シセリアか。

 合点がいったところで、ファーベル隊長が手を差し出してくる。

 これ握手でいいんだよね、と思いながら手を握ると、ファーベル隊長はもう一方の手も重ねてギュッと力強く握手してきた。

 しっかりとした握手だ。

 選挙演説のにぎやかし要員として連行され、流れで候補者と握手したときもこんな感じのしっかりとした握手だったことを思い出す。

「さて、砦に来たばかりのところ悪いのだが、君には森の様子など聞きたいことがある。しばし付き合ってもらいたいのだが……かまわないかな?」

「ええ、まあ」

「そうか。ありがたい。では立ち話もなんだ、ひとまず落ち着ける場所へ移動しようか」

 こうして、俺は誘われるままこの砦で一番大きな石造りの建物へとご案内されることになった。

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