第1話 夢と希望の新生活(4)

        ***


 そして──異世界生活二年目。

 季節が夏から秋へと移り変わる頃、俺の家はとうとう完成した。

「ああ、家だ……俺が、俺のために、俺の力だけで建てた……スローライフの象徴……」

「よくやったよ、お前は。本当に」

 感動に打ち震える俺をシルはたたえる。

 しかし──

「だが、やはりスローライフはわからないままだな」

「ええぇ……」

 俺、超頑張ってスローライフしてたのに……。

「はあ……。まあ、いつか理解してくれたらいいさ……」

 無理にスローライフを理解させるつもりはない。

 これまでの説明だって、シルが「どうしてお前はこんな場所でこんな生活をしているんだ?」と尋ねてきたのがきっかけだ。

 俺がシルに求めるのは、この、スローライフの象徴であるログハウスに時々遊びに来てくれること、それだけでいいのだ。

 とまあ、ようやくしっかりとした拠点を構えたことにより、俺のスローライフはますます充実したものとなった。


        ***


 季節はさらに巡り、異世界に来てから三年目のある春の日。

 俺は、はたと気づいた。

「これスローライフじゃねえわッ! ただのサバイバルだッ!!」

 衝撃の事実であった。

 この身に起きたことをありのままに語るならこうだろう。

『異世界でスローライフを楽しんでると思ったら、実際は死に物狂いでサバイバルしているだけだった件!』

 わけがわからない。

 俺の話を聞いた者は、きっと何を言っているのかわからないと思う。

 なにしろ俺ですらわからないのだ。

 頭がどうにかなりそうだ。

 その瞬間が訪れたとき、俺は自慢のログハウスでのんびりとお茶をしていた。

 自家製の薬草茶を注いだ、古代の土器のようなみすぼらしい湯飲みは、俺が異世界に来て初めて作り上げた品。記念品であり、そしてささやかな誇りでもあった。

 そして湯飲みの横にある皿には、元の世界にあったお菓子がこぼれ落ちるほどこんもりと盛られている。

 これは俺が魔法で創造したもの。

 ついさっき、と判明したものだ。

 そう、望みさえすれば、ごく一部ではあれど、俺はこうやって元の世界の物すらも魔法で創造できたのである。

 この事実に早く気づいていれば、スローライフはもっと楽になっていたのではないか──。

 そう思ったのがすべての発端だった。

 次に俺は『元の世界の品々を創造するのは、せっかく安定してきたスローライフを台無しにしてしまうのではないか?』とした。

 そして『そもそもスローライフとは?』とその定義について考え、ついに気づいてしまったのだ。

 スローライフをしているつもりが、サバイバルをしていたという事実に。

 いや、サバイバルどころか、これってリアルに某狩りゲーをやっていたようなものではないか?

 いくら舞台が自然豊かな世界とはいえ、あれはサバイバルを超越した何かであって、スローライフとは対極のものだ。

「い、いったいどうしてこんなことに……?」

 ひとまず、思い描いていたスローライフがどこで食い違ってしまったのかを考えてみる。

 スローライフといったら、おおよその人は脱サラしてのんびり田舎暮らし──なんてイメージがあると思う。

 実際、俺もそうだった。

 だからこそ、こうして自然豊かな場所を選んだのである。

 しかし……だ。

 本当にその選択が正しかったのか、今となっては疑問を抱かざるを得ない。

 自分しかいないということは、なにもかも自分一人でやらなければならないということ。

 これはたいへんな苦労である。

 これなら少しばかり譲歩して『田舎』を指定すればよかったのか?

「いや、それはなにか……おかしい……」

 先に述べたように、スローライフは『田舎でこそ』というイメージがある。

 けれど、それは真実なのか……?

 まるで田舎が『良いもの』であるような印象は、事実と食い違っていたりしないのか?

「田舎……? 田舎だと……? なにを馬鹿な……ッ!!」

 田舎とはなにか?

 田舎とは、前時代的な悪習が蔓延はびこる地獄のごとき閉鎖社会。

 少なくとも俺にとっては地獄だ。

 自治会・青年団・老人会・婦人会などなど、その地域においては法をも超える謎の権力を有する結社に支配された永遠の世紀末である。

 必ずしもそうとは言えないだろうが、おおむねそうだという声もある。

 とにかく、田舎とはそういうものなのだ。

 では、どうしてこれがスローライフに結びつけられたのか?

 そもそも『スローライフ』という言葉の定義は曖昧だ。

 穏やかな生活様式を表す言葉であり……いや、生活様式だけを表す言葉であったのだ。

 スローライフを送れば、穏やかな生活が実現される『かもしれない』という、ただそれだけの言葉。

 だからこそ──利用された。

 田舎に!

 田舎に人を招き入れる、あるいは送り込むことによって利益を得ることができる詐欺師たちに!

「その最たる存在となれば……やはり、マスコミか……!」

 奴らこそがスローライフという言葉を──いや、概念すらも決定的に変貌させた張本人で間違いない。

 なにしろスローライフという言葉を的にかいざん、その危険性を『豊か』だの『充実』だの『気まま』だのといった言葉で覆い隠し、さらには『地域活性化』だのと大義名分を張り付けて日本中に拡散したのだから。

 ああ、現代社会に疲れ、穏やかに生きたいと願うの人々をだまし、田舎へと送り込むマスコミのなんと邪悪なことか!

「……そうだ、奴らはいつだって俺たちをもてあそんできた。一九九九年に世界が滅ぶだとか、とある連射名人はコントローラーのボタンにバネを仕込んでいたのがバレて詐欺罪で逮捕されただとか、そういううそっぱちを信じさせようと日々腐心している悪魔ども……!」

 俺は悪魔にそそのかされた。

 そそのかされて、もはや取り返しのつかないところまで来てしまった。

 なにしろ異世界の森の中だ、もう目もあてられない。

「騙された……騙されていたんだ……ッ!」

 憤りのあまり手ではじいた湯飲みは、茶をまき散らしながら壁にぶつかって砕ける。

 湯飲みは──ささやかな誇りだったものは、今やマスコミにまんまと騙されたことを証明する忌まわしいトロフィーへと変貌した。

 だから破壊した。粉々に。

 しかし──

「あ、あ……」

 ぼうぜんとしながら室内を見回す。

 苦労して建てたログハウスの内部には、やはり苦労して作り上げた家具や道具が溢れている。

「あ、うぁ、あぁ……ッ!」

 恥だ。

 この家が、この家の中にあるものすべてが……!

「ウォオオアァァァ────────────ッ!!」

 怒り、悲しみ、憎しみ──そして後悔。

 溢れ出した激情は魔法となって全方位に放出される。


「くたばれ! くたばれスローライフ! 地獄へ落ちろ!」


 チュドーンッと、我が家はじんに吹き飛んだ。

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