Chapter3 森の広場へ行こう(2)

「あれ? ロイズさんだ」

「おう、お嬢様か。……ん? 一人でどうしたんだ?」

 オレが声をかけると、ロイズさんが立ち上がってこっちを振り向く。

 そして、辺りを見回し、不思議そうな表情を浮かべた。

 どうやら、オレが一人で森の中にいることを気にしているようだ。

「お散歩です。わたしはもう三つだから、一人でもちゃんとお散歩できます。ロイズさんは、ここで何をしているんですか?」

「ほー、そりゃ偉い。俺か? 俺は、森に生えている薬草を採ってたんだ」

「やくそう?」

「ラルシャっていう草で、葉が薬になるんだよ。煎じて病気のときに使ってもよし、絞り汁を傷に塗ってよしの万能薬だな。普段から、この葉とお茶の葉を一緒にティーポットに入れて飲んでいると、健康にもいいな」

 ラルシャの葉といえば、『グロリス・ワールド』でコストパフォーマンスの良さから人気の高い回復薬、ハイランクポーションの主原料となる素材だったはずだ。

 また一つ『グロリス・ワールド』と同じ部分が見つかり、感慨深い。

 一般的に万能薬と呼ばれているなら、覚えておいて損はなさそうだ。

 けど、一見して、そこらへんに生えている雑草との違いがわからない。

「その葉っぱは、どうやって見つけるのですか?」

「まずは、形だな。縁が丸くボツボツしている感じがある。それにこいつは独特なにおいがするから、すぐに判別できるんだ。ほら、嗅いでみな」

「……くっちゃ!!」

 ピーマンとパセリを混ぜて、何倍も臭くしたようなにおいだった。

 鼻の中がとてつもなく臭い。

 勢いよく吸い込んでしまったため、思わず涙目になってしまう。

 あうあうと苦しんでいるオレを見て、ロイズさんが愉快そうに素敵な笑顔を浮かべる。

 いいとしして、イタズラ小僧か!!

 味見もしていないが、においだけでもかなり苦くて不味まずそうなことがわかる。というか、口に入れたり、めたりするのもイヤだ。

 ゲームのキャラには、ラルシャの葉を使ったポーションをガブ飲みさせていたが……それはもう拷問だったに違いない。

「ま、今日はこんなもんでいいか。俺は屋敷に戻るけど、お嬢様はどうする?」

「わたしは、お昼ご飯を食べたばかりなので、もっとお散歩してから帰ります」

「そっか、気をつけるんだぞ」

「はい!」

 当初の目的のためにも、ここで帰るわけにはいかない。

 小川には近づかないという母親との約束は守るとして、目的地としている森の中の広場に向かう。

 森の中に入って、三歳児の足で五分ほど歩いたところに、ぽっかりと木々が開かれた広場があった。

 わざわざ母親を口説き落とすような真似までして、ここに来たかったのは、ルーン魔術の実験がしたかったからだ。

 オレは、この世界が『グロリス・ワールド』とほぼ同じであると、確信している。

 なぜここまで似通っているかはわからない。

 が、転生という不可解な経験を認めた以上、ゲームと酷似した異世界があったとしても、そしてオレがそこにいるという事実も、不思議のベールに包んでまるっと受け入れた。

 『グロリス・ワールド』と同じであるならば、オレはルーン魔術を使うことができるはずなのだ。

 ゲームの設定では、基本的にどんなキャラクターであっても魔力という不思議パワーを備えているとされていた。

 人間に限らず、この世界で意思を持つモノならば、量の多いか少ないかの差はあっても、魔力を持っているという設定だった。

 魔力とは、「魔法を行使するために必要な力」のことで「可変と可能性の力」と定義されている。

 また、肉体に属するのが体力で、魂に属するのが魔力だと説明されていた。

 走れば体力が減って、動かずに休めば体力が回復する。同様に、魔法を使えば魔力が減って、精神を落ち着けて休むと魔力は回復するのだ。

 その個体が持っている魔力は、保有魔力と呼ばれ、魔法を使わず魔力が減っていないときに保持している魔力の量を、最大保有魔力と呼ぶ。

 この世界における魔法とは「世界のことわりを自らの意思で変革する能力」だ。

 何もない場所で水や火を生み出したり、肉体を強化したり、幻影を作り出したり、ありとあらゆることが理論上では可能とされている。

 魔法には大きく二つの種別がある。一つが魔導、もう一つが魔術という。

 魔導には基本的に何かしらの制限があり、任意に習得することができない魔法だ。

 おもに生まれつき備わった魔法的な才能や特殊な能力のことを指すことが多い。

 たとえば、レッドドラゴンが、その巨体で空を舞い上がる【飛翔フライト】も口から噴く高熱の【火炎の息ドラゴンブレス】も魔導に分類される。

 他にも精霊が持つ【属性支配エレメントマスター】、人類が持つ可能性がある【せんてんせい】、一部の種族の特性であるエルフの【魔法適性マジックアップタード】やドワーフの【炎熱耐性レジストフレイム】、ロングイヤーラビットが持つ【聞こえる耳グッド・イヤー】なども魔導となる。

 その魔導とは逆に、後天的に習得しやすい魔法が魔術となる。

 魔術は、人類によって技術化された魔法のことだ。

 技術であるならば、才能による差異はあっても習得が可能となる。

 もっとも、才能が低いと、相当な努力をしなければ、習得することはままならない。

 さて、この魔術の中でもルーン魔術はその名のとおり、ルーンを使った魔術だ。

 このルーンは、世界の理の一片を示す言語、『古い原初の文字エンシェントワーズ』と言われている。

 正直、このあたりの設定についてはうろ覚えで、「ルーンを正しく発声すれば魔術が使える」くらいしか覚えていない。

 実際『グロリス・ワールド』におけるルーン魔術の習得は、キャラクターにルーンを覚えさせるところから始まる。

 ルーン魔術を創るには、覚えたルーンの特性を考慮に入れつつ、ルーンとルーンをつなげて文にし、どのような効果を発生させるかを設定する。

 このときにルーン同士の連携が上手うまくいき、また選択させたルーンの特性と発生させたい効果が合致すれば、魔術が発動され、新しいルーン魔術を習得したことになる。

 一度習得に成功したルーン魔術は、キャラクターデータの習得済みルーン魔術の欄で常備設定にしておけば、任意で再使用することができた。

 もちろん、『グロリス・ワールド』にハマりまくっていたオレは、各種のルーンのデータや魔術の定形文などをばっちり覚えている。それこそ、血肉になるほど身についているのだ。

「すぅ……ふぅ……」

 緊張でこわる心をゆっくりと落ち着ける。

 今から、オレはゲームではない本当の魔術に、初めて挑戦する。

 母親やアイラさんが後ろから見張っている可能性も考え、草むらの中でしゃがんで遊んでいるふりをする。こうすれば、すぐ近くにまで寄ってこられない限り、魔術の練習をしていることはバレないだろう。

 使おうと思っているルーン魔術は、ごく簡単なものだ。

 その効果は、手元にごく少量の飲み水を作り出すだけ。

 意を決し、オレはただ一言、ルーンを紡いだ。

「…………《ウォーラ滴よ》」

 そして、ピチャンという水音が発生し…………なかった。

 ……あれ?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る