Chapter4 魔術と才能に関する考察(1)

「《ウォーラ》……《ウォーラ》……《ウォーラ》」

 試しに同じルーンを何度か唱えてみるが、手のひらに浮かぶ汗ほどの水も出てこない。

 この魔術を使うために必要な魔力は、ほぼ最低値と言ってもいい。

 そうなると、オレは水系統のルーンとの相性が最悪に悪いのか? 適性が皆無なのだろうか?

「《ダスーラ石よ》、《ジィムーラ音よ》、《ノアーラ熱よ》……」

 続けて地系統、風系統、火系統に属するルーンも唱えてみる。

 小石も音も熱も発生せず、一切の反応がない。

 ……あれれ?

 うーむ、いきなり問題が発生したが、原因はなんだろう。

 考えられるのは「ルーン魔術のやり方を間違えている」か「ルーン魔術が使えない」かの二つ。

 前者ならば、まだ希望がある。

 いざとなれば、この世界の魔術師に弟子入りするなり、魔術の教本などを入手すればいい。

 問題は後者だ。

 例えば、オレの体は三歳児であるので「今の時点では使えない」なら、これも成長するのを待てばいいだけだ。

 しかし「オレにはルーン魔術の適性がない」や「実は世界は『グロリス・ワールド』と似ているが、ルーン魔術は存在しない」となると最悪だ。

 何をどうこうが、オレにはルーン魔術が使えないことになる。

 しかし、ここまで酷似した世界で、魔法という大きな要素だけが異なっている、というのもスッキリしない。

 世界にはルーン魔術以外の魔術しかない可能性も捨てきれないが……。ルーン魔術がないのは、ちょっと悲しくなる。

 後者について考え続けても仕方がないので、ひとまず前者、「ルーン魔術のやり方を間違えている」について、少し考えてみよう。

 そもそも、単純にルーンを唱えただけで、魔術が発動するという考えが安直だったのではないか?

 もし、ルーンを唱えただけで魔術が発動するとなると、ルーンと似た発音の言葉をかつしゃべれなくなってしまう。

 すでにいくつか知っているだけでも、ルーンと同じような言葉が日常会話で使われていたはずで……だから、オレはこの世界が『グロリス・ワールド』と同じである確信を深めたわけだし……。

 あー……浮かれすぎてたろ、オレ。

 少し考えただけで、これだけ思いつくのだから、事前にもっと考察できていてもよかったはずだ。ルーン魔術に挑戦することばかり考えて、浮かれていたな。

 となると、ルーン魔術を使うには「ルーンを唱える」以外にも、何か必要なものがあると考えるべきか?

 『グロリス・ワールド』で魔術を使うときには、何が必要だったっけ……設定画面?

 ゲームなら設定画面からキャラクターに魔術を覚えさせるが……現実には、そんな画面はない。

 とすれば、保有魔力か?

 ルーン魔術を使うには、相応の魔力を消費することが必須だ。

 オレの最大保有魔力が「ゼロです」と言われるとゲームオーバーって感じなんだけど……。

 ん? そういえば、現実でルーン魔術を使う場合、消費する魔力の量、つまり発動必要魔力値はどうやって決まるんだ?

 ゲームでは、ルーン魔術を創るときに、まず目的とする効果に応じたルーンをつなげる。各ルーンとそのつながり方によって、発動に必要な魔力量の範囲が決まった。

 発動するために使う最小魔力量のことを、発動必要魔力値とし、逆に消費できる最大魔力量を発動限界魔力値とし……

 ……なんか引っかかったな?

 設定画面? 保有魔力? 魔術を創る? 発動必要魔力値と発動限界魔力値?

 ………………?

 あれ? ああっ!! そうか、オレはきちんと「魔術の設定」をしていなかったんだ!

 魔法とは「世界のことわりを自らの意思で変革する能力」であると、さっき思い返していたばかりじゃないか。

 ここで言う「魔術の設定」とは、自分が使おうとしている魔術が、「どんなことを起こしたいか」をきちんとイメージすることではないか?

 むしろ「こういうことを起こすぞ」という前向きなイメージでもいいかもしれない。

 そうか、それなら……なんとかなりそうな気がしてきた。

 オレは目をつぶって、意識を集中させ、軽く呼吸を整える。

 そして、『グロリス・ワールド』で使っていた、ルーン魔術の設定画面を思い描く。

 多分、オレがルーン魔術をイメージするには、この記憶がもっとも役に立つはずだ。

 属性は「水」、種別は「創造」、分類は「生活補助」、効果「ごく少量の飲み水の作成」、消費魔力は「発動必要魔力の一倍」として…………。

 「《ウォーラ滴よ》」

 深く息を吐いたときのようなフワッとした何かが、オレの身体からだから抜けていく。

 そして、オレの両手の間に水滴が生まれ、ピチャピチャン、という水音が足元から聞こえた。

「《ダスーラ石よ》、《ジィムーラ音よ》、《ノアーラ熱よ》……」

 小石が落ち、ポンッという音が鳴り、もわっとした熱気が発生した。

 仮にアイラさんが遠くから見張っていたとしても、草が邪魔になって、何かが起きたことすらわからないくらいのささやかな効果の魔術だ。

 一度コツをつかんでしまえば、あとは簡単だった。

 イメージを変えながらルーンを唱えて、違いを探っていく。

 多分だが重要なのは「どんな魔術か」をきちんとイメージしてから、ルーンを唱えること。

 ただそれだけだった。

 正確には「ルーン魔術を使うことで、何を起こすか明確な意思」を持つこと。

 「ルーン魔術を使うから水が出る」のではなく、「水を出すためにルーン魔術を使う」という考え方が必要だったようだ。

 両者は言葉にすると似ていて、同じような気もするが、因果関係的にはまったく違う。

 例えば水が欲しいとき、「蛇口のスイッチを押して水を出す」のは結果としては正しいが、「蛇口のスイッチを押したら、ミカンジュースが出てくる」可能性だってある。

 水が欲しいならば、ちゃんと「水が出てくる蛇口のスイッチを押す」ことが必要ということだ。

「《ウォーラ》……《ウォーラ》……あれ?」

 調子に乗ってルーン魔術を使い続けていたら、再び何も起こらなくなった。

「《ウォーラ》、ん~……魔力切れ、かな?」

 今度の原因はすぐに予想がついた。オレの保有魔力がゼロ、つまり空っぽになったのだ。

 『グロリス・ワールド』を始めたての頃は、よく「待って、mpe」とか言ってたっけ……。

 「mpe」とは、「マジック・パワー・エンプティ」の略で、保有魔力がなくなった状態、つまり「魔力切れ」を意味する。

 保有魔力が尽きるとルーン魔術が使えなくなって戦力にならないので、一緒に戦ってくれているチームメンバーの足手まといになってしまう。

 したがって「待って、mpe」というのは、魔力を回復するために休憩したいので待ってほしいという挨拶みたいなものだ。

 自分の残り保有魔力と使えるルーン魔術の消費魔力を把握できるようになってはじめて、一人前の『グロリス・ワールド』ユーザーといえた。すでに懐かしくなった思い出だ。

 えーと、夢中になって魔術を使っていたから、きちんとカウントしてなかったが、ルーン魔術が十回くらい使えたか?

 消費が一番低い魔術で十回分が、今のオレの最大保有魔力ということになるようだ。

 ゲームを始めたばかりのユーザーでも、もう少し使えたと思うんだけどな。

「あ、年齢補正かも?」

 ゲームのルールとして、極端な年齢のキャラクターを選択した場合、すべての能力値が減少するといったペナルティが発生した。

 そのペナルティを受けてでも、幼女やジジイのキャラクターを作って遊ぶプレイヤーも一定数いたのだから、楽しみ方は人それぞれだろう。

「少し休憩したら、他のルーンも試していくか」

 年齢制限は仕方ないとして、保有魔力を増やす方法がある。

 それは、ルーン魔術の習熟度を上げていくことだ。

 運動を繰り返すことで、体力がついていくように、ルーン魔術を繰り返し使うことで魔力への親和性や耐性がついて、最大保有魔力が上がっていく。

 使える魔力量が増えれば、新しいルーン魔術を使えるようになるという理屈だ。

 そういったチマチマとした作業が苦手で、ゲームをやめてしまう新規ユーザーも少なからずいた。

 それでも、世界最大の参加者を誇っていたのだから、魅力的で中毒性が高いゲームだったのだと、しみじみ思う。

「さすがにここで寝るのは、なしだよねー」

 魔力は、休めば回復すると言ったが、一番効率的なのは、寝てしまうことだった。

 ゲームでは、睡眠を実行するとキャラクターが動かなくなり、ぐんぐんと保有魔力が回復する。

 ほとんどの場合、一時間ほど寝れば最大保有魔力まで回復した。

 確かゲーム内の時間と実時間の差は、六倍という設定だった。この世界でも、その法則が成り立つなら、一眠りすれば、魔力を回復できるだろう。

 効率良く魔術のトレーニングをするなら、朝晩二回の練習と昼寝は必須になるな。

 もともと、三歳児の身体はぜいじゃくなのだから、無理をしてはいけない。

 使ってみたいルーン魔術はたくさんあるが、ゆっくりと、焦らずに確認していけばいいと心を落ち着かせる。

 さて、今後の予定が立ったところで、屋敷に戻ろう。

 初日から母親を心配させて、明日から散歩の許可をもらえなくなったら計画が崩れてしまう。

 けど、このまま素直に帰るのも面白くないし。

 せっかくだから、お花でも摘んで帰ったら、女の子っぽいかな?

 あ、女の子っぽいで思い出したが、いつか料理もしてみたい。

 前世では、まあまあ自炊もしていた分、料理の知識もあって、それなりにレシピも覚えている。うれしいことに、この世界の食材は「のようなもの」とつくものの、前世の世界と変わらないものが多い。

 いつか、ケチャップを作って前世で好きだったピザを焼いてみよう。

 串カツなんかもいいかもしれない。

 そして、それを家族に振る舞うのも悪くないアイデアな気がする。

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