Chapter4 魔術と才能に関する考察(2)

   ◇◇◇


「ただいまーー!」

「お、おかえりなさい、ユリィちゃん……はぁはぁ」

「おかえり、なさい、ませ、お嬢様……すぅはぁ」

 家に帰ると、まるで全力疾走したあとのような母親とアイラさんが、出迎えてくれる。

 母親は椅子に腰かけて、アイラさんはほうきにもたれるようにして、荒く呼吸をしていた。

 ……結局、二人してオレの後ろをついてきてたんだな。

 花を摘んだあと、オレは急に立ち上がって、走って屋敷に向かってみた。

 それで、そんなオレの動きを見た二人は慌てて先回りをしたのだろう……その努力に免じて、気がつかなかったふりをしてあげよう、服や髪についている葉っぱとか。

「お母さま、いつもありがとうございます! これは、かんしゃの気持ちです!」

 笑顔と共に小さな花束を差し出す。

「まぁまぁ、わいいお花ね。ユリィちゃん、ありがとう。アイラさん、花瓶に活けてもらえるかしら」

「かしこまりました」

 オレから花束を受け取って、アイラさんは台所のほうへと出ていった。

「お母さま、明日も一人でお散歩行ってもいいですか!?」

「う~ん、そうねぇ。ユリィちゃんは、きちんと約束を守ってくれていたみたいだし……今日と同じように、小川に近寄らず、遠くにも行かないって約束してくれるなら」

「はい、やくそくします!」

 軽く語るに落ちてる。

 どう聞いても、オレが散歩している様子を見守っていたのがわかるセリフだ。

 こんな調子だと、しばらくは散歩についてこられるかもしれない。魔術の特訓をするときは、バレないようにしないとな。

「それじゃあ、夜ご飯までは、お庭で遊んでいます!」

「はい、暗くなる前におうちに戻ってくるんですよ?」

「はーい!」

 いつ誰が見ているかわからない場所では、あまり派手なことはできない。

 なので、子供らしい範囲で運動することにした。

 屋敷の裏側ではなく、玄関があるほう、村が遠くに見える前庭に移動する。

 そこで体操をしたり、ジョギングをする。

 今日はれいに側転ができるようになった。ちょっと嬉しい。

 幼少期に無理な筋肉トレーニングをすると、成長に悪影響が出るというようなコラムを前世で読んだ覚えがある。なので、運動もあくまでほどほどを心がけている。

 ムキムキマッチョなお嬢様というのも微妙だしな。

 狙っているのは、スラリとしなやかな細身の美少女だ。

 今のところは、幼児体型というか、ぷにぷにした感じが否めないが。

 運動が終わったら、アリみたいに地中に巣を作っている緑色の虫を観察したり、家庭菜園のハーブに水やりをするアイラさんを手伝ったり、馬の世話をするロイズさんを眺めたり。

 まぁ、三歳児にできることなんて限られているわけで。

 結構時間があまる。

 将来に向けて色々とやっておきたいこともあるし、これからは、この時間も有効に活用していかねば、と決意を新たにした。


 ルーン魔術に初めて成功した日から、一巡りがった。

 今日は、水の季節の五巡り目の八日になる。

 この十日間、オレは森の広場で細々と色々な魔術を試し、喜んだり、楽しんだりしていた。

「《ジィムジャートラトレ・ド・ジア音を聞くは兎の耳》」

 広場に到着したら、まず最初にこのルーン魔術を使う。

 効果は、対象者の聴覚能力を上げて、周りの音から人や獣の気配を察知する力の強化だ。

 あくまで、聴く力を強化するルーン魔術なので、遠くにいたら聞こえないし、聞こえても誰がいるのかまでは判別できない。が、母親やアイラさんが近くにいたら、見つけ出すことができるくらいの効果はある。

 実際に、これで何度か尾行してきていた母親やアイラさんを発見している。

 そのたびに、子供っぽく怒ってみせたり、悲しんでみせたり、天才子役ばりの演技を仕掛けた。

 それを何回か繰り返したおかげか、オレが約束を守っていることに安心したのか、一昨日くらいから、ついに二人ともついてこなくなった。

「やっと、堂々と魔術が使える!」

 今までは、目立ちにくい効果のルーン魔術ばかりを選んで使っていたが、その心配がなくなってスッキリとした気持ちになる。

 さて、短い期間だが、ルーン魔術の特訓をしていて、すでにいくつかの発見があった。

 まず、オレの保有魔力量は、最初の頃に比べて格段に増えたこと。

 この短い期間でも、当初の三倍くらいになった。

 オレが成長期だからなのか、この世界ではこれくらい増えていくのが普通なのかは、わからない。

 それに、まだ保有魔力が発動魔力量に足りなくて使えないルーンも多い。

 これからの特訓で、さらに魔力が増えていくことに期待する。

 次に、どうもオレは生体系統と呼ばれるルーンと相性が良いようだ。

 自分に合った系統のルーンを使うと、通常よりも魔術の効果を高めることができる。

 ゲームでも、同じルーンを使ってもキャラクターとルーンとの相性によって効果の強弱にバラツキが出るようになっていた。

 生体系統の特徴は、動植物などの生きているとされる対象に効果が高いルーンが多いことだ。

 これには、人間も含む。

 さっき使ったルーン魔術ならば《ラトレ》や《ジア》が、生体系統のルーンだ。

 そして、最後に……

「《ダスト・ド・ローア石の弾》! ……やっぱ、ダメかぁ」

 困ったことに、オレは対象を傷つけるような攻撃魔術が一切使えないようだ。

 今も、小石を投げつけて木の枝を折ろうと狙ったが、ルーン魔術が発動することはなかった。

 このルーン魔術は、攻撃魔術としては、初歩中の初歩であるにもかかわらずだ。

 心当たりはある……。

「これは、きっと【一角獣ユニコーンの加護】……だよな、はぁ~」

 思わず、三歳児にはふさわしくないめ息がもれてしまう。

 【一角獣ユニコーンの加護】とは、人類が生まれながらに持っている可能性がある魔導【先天性加護】と呼ばれるものの一種だ。

 加護の内容は、すべての系統のルーンとの相性が悪くならない上で、生体系統のルーンとは相性が最良となる。

 もちろん、デメリットもあり、攻撃的なルーン魔術が一切発動できなくなってしまう。

 ゲームでキャラクターに持たせていたみ深い魔導だからこそ、詳しく覚えている。

「能力的には悪くないんだよな」

 そう、この加護は弱いわけでは決してない。

 むしろゲームでは、ハイレベルな戦闘において、その勝敗を分ける要因になるくらい有能な魔導と言える。あくまで、支援特化のキャラクターならば、と頭につくが。

「う~、しょうがない、しょうがないけど~」

 現実で、ルーン魔術が使えるならば、派手な攻撃魔術を使ってみたい気持ちになるのは仕方のないことではなかろうか?

「巨大な火の弾で、ドッカーンってしたかったなー」

 ドッカーン…………。

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