Chapter5 お客様がやってきました(2)
◇◇◇
「《
魔力を上限ギリギリまで足に込めるつもりで、ルーンを唱える。
言葉を媒介に、魔力を燃料として、ルーンが世界の現実を
オレの足に補助魔術が発動し、常識の
トントンと、空気を蹴って、まるで階段を上るような足取りで空中へと駆け上がる。
「《
続けて、魔力を自身の体を包むように延ばして、魔術を行使する。
二つ目の支援魔術がかかると、まるで体重がなくなったかのような身軽さを覚える。
空中歩行を可能にする魔術と自重を軽減させる魔術だ。
「よっ、ほっ、はっ……」
そして、オレは、空中を蹴りながらグルグルと跳ね回るという、前世では絶対にありえなかった動きをする。
今いるのは、三歳のときから通っている森の広場で、この曲芸じみた動きもルーン魔術の特訓の一つだ。
現実となったルーン魔術には、時々こういった魔術同士が相乗効果を生むような組み合わせもあって、奥深い。
単純に空を飛ぶだけの魔術もある。
が、この二種類の魔術を組み合わせて使うよりも魔力の消費が激増するし、動きが単調になるのだ。
それに、こっちは運動訓練にもなるというメリットもある。
ルーン魔術の特訓を通じて、三つわかったことがある。
まず、同じルーン魔術であっても、魔力の消費量や効果の強化の仕方を意識することで、その効果が変わってくること。
単純に消費量を増やせば全体的に効果が強化される。継続時間を意識すれば、効果時間だけを増やしたりすることもできた。
それから、持続中の魔術は自分の意思で解除することができる。
ただ、途中で解除したとしても、魔術を行使するのに消費した魔力が回復したりすることはない。
最後に、自分の中にある保有魔力が、大体どのくらい残っているかがわかるようになってきた。何度も保有魔力が空っぽになるまで特訓をしていた結果、身についた感覚だ。
素晴らしいことに、すでにルーン魔術を普通に使っているだけでは空っぽにならないほど、保有できる魔力量が多くなってきた。
これも成長と特訓の成果だろう。
「ふぅ……」
一通りの魔術の反復練習と運動を終えた後、地面に座り込んで休憩をとる。
ついでに、手元に落ちている小石を拾った。
「《
パキッ。魔術をかけた小石が割れる。
「うーん、普通の小石じゃ一文字も入らないか……」
最近では、魔術の特訓と並行してルーンストーンづくりに挑戦していた。
ルーンストーンというのは、《
《
そして、ルーンストーンは、文字どおりルーン文字の効果を封じ込めた石のことだ。
ルーンストーンがあると、封じ込めた文字と同じ文字を使ったルーン魔術を使う際に、消費する魔力の量を減らしてくれる。
結果として、同じルーン魔術であっても魔力の消費量を相対的に増やせることになり、魔術の効果を高めることにもつながるのだ。
「やっぱ、宝石かせめて半貴石じゃないと、容量が足りないかな」
残念なことに、ルーンストーンづくりは
ゲームでもルーンストーンを作る際には、水晶やルビーといった宝石がルーンストーン用の素材として用意されていた。
練習のつもりで、その辺りに落ちていた石で色々と試行錯誤しているのだが、一文字も封じ込めることができない。
唯一成功したのが、以前河原で拾った緑色の綺麗な石。多分、
それには、《
今もお守り代わりに持ち歩いている。
と、オレの脳裏に、広場に近づく誰かがいることを知らせるイメージが浮かんだ。
それは、オレが事前に使っていた魔術の効果だった。
広場からだいたい五〇メルチ以内に誰かがやってきたら、相手に気づかれないようにオレにだけ知らせる結界を張るルーン魔術だ。
結界もルーン魔術の形態の一つで、特定の空間を対象として効果を及ぼすことに特化した魔術だ。
設定した効果や条件、効果範囲の起点や範囲を柔軟に調整することができ、様々な応用が利く。
もっと強力な結界を使えば、そもそも結界の内部に誰も入れないようにすることもできる。
しかし、そのような結界はすぐに異常に気づかれてしまうし、気づかれた相手によっては面倒なことになる。
魔術の特訓がバレないために使うならば、最低限誰かが近づいてくるのがわかるだけで十分だ。
結界の応用性を示す良い例と言えるだろう。
しばらくして、森の地面を踏みしめる足音が、広場の入り口で止まる。
顔をそちら側に向けると、先ほど挨拶をしたばかり女性、シズネさんが立っていた。
「あ、シズネさんだ」
オレが声をかけると、向こうもこっちに気づいたようだ。
けど、なんだかちょっと驚いたような顔をしている。
「おや、ユリアちゃん……ここで何をしていたんだ?」
「お散歩中です。今日はお天気がいいので、
「地面に直接座ったら、お尻が冷たくならない?」
「大丈夫です! シズネさんもお散歩ですか?」
ニコーと、できるだけ人畜無害そうな笑顔を浮かべる。あ、なんかちょっと緊張。
ここに来たのはたまたまで、散歩していたとかだろうか?
それなら問題はないけど……。
「ん、ああ、あたしも散歩していたんだけど。なんか、こっちのほうで強い力の気配を感じたんだけど……ユリアちゃん、何かなかったかい?」
……ヤバッ!?
もしかすると、シズネさんて、魔力とかそういうのがわかっちゃう人だったり?
今まで、誰にもルーン魔術の特訓のことを気づかれた様子がなかったから、油断していたかも。
「ん~~? 強い力って、なんですか?」
「いや、あくまで勘みたいなものだけどな。あたしには、【
「ウサギさんのカゴですか? ウサギさんでお野菜を運ぶのです?」
「ああ、そっちの
「なるほどぉ……」
わかっていないのに、わかったふりをする子供のふりをして、シズネさんからの質問をはぐらかす。ややこしいな。
ふと、シズネさんは、どうやって自分の加護を知ったのだろうか? ……って、魔術かな。
『グロリス・ワールド』でも、モンスターのデータを看破するルーン魔術があったし、応用すれば人の状態を調べることもできそうだ。今度試してみよう。
しかし【
確か、ゲームでは、近くにいるモンスターやトラップの位置がわかるという魔導だったはずだ。
ゲームを始めたばかりの頃なら、低ランクの魔導として使い勝手が良く、【
ゲームにおける【先天性加護】の魔導は、習得条件によってランクが分かれており、一番低いランクが【霊獣の加護】で【
ちなみに、オレが持っているだろう【
名前が似た魔導に【精霊の加護】があるが、これは後天的に精霊から与えられる加護であって、【先天性加護】とは違う。
加護の力や効果は、与えてくれた精霊に依存するため、一概にランク分けをすることもできない。
ただ、『グロリス・ワールド』において、最上位の精霊は、精霊王と呼ばれていた。
この世界でも神話に出てくるくらいの有名人物(精霊?)である精霊王からの加護を与えられたら、強力なものになるだろう。
シズネさんが感じた強い気配というのは、もしかしなくても、オレのルーン魔術が原因だろうか?
五歳児で、今のオレの保有魔力で使える魔術でも、珍しい強さなのだろうか?
ゲーマーの血が騒ぎ、ただひたすらルーン魔術の特訓を続けていたけど、これはもう、この世界の平均的な魔術師の力量を超えたと
「しかし、ユリアちゃんは、ずいぶん大きくなったなぁ。それに、五歳とは思えないほどしっかり者だ。あたしが最後に見たユリアちゃんは、こ~んなに小さかったのに」
そう言って、右手の人差し指と親指を広げてみせる。いや、そのサイズだと胎児では?
「お姉ちゃんになるんですから、しっかりしなきゃ、です」
「そっかそっか、お姉ちゃんになるんだもんな。楽しみかい?」
「はい! 赤ちゃんが生まれてきたら、たくさんかわいがってあげます!」
これは、本心からの言葉だ。
この世界で、初めて魔術が使えたとき以上にワクワクしている。
「あたしはお屋敷に戻るけど、ユリアちゃんはどうする?」
「わたしもいっしょに帰ります!」
今日は、ここまでにしようかな。
シズネさんが屋敷に滞在している間は、ルーン魔術の特訓も控えたほうがよさそうだ。
オレは、立ち上がってパンパンとお尻についた土を払う。
シズネさんと並んでとりとめのない話をしながら、屋敷へと向かった。
~試し読みはここまでとなります。続きは書籍版でお楽しみください!~
【書籍試し読み増量版】攻撃魔術の使えない魔術師 ~異世界転性しました。新しい人生は楽しく生きます~1/絹野帽子 MFブックス @mfbooks
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