Chapter5 お客様がやってきました(1)

 今日は、森の季節四巡り目の七日。

 オレがこの世界に生まれてから、五年と季節が二つ過ぎた。

「わ~、アイラさん、きれーい」

「ユリィちゃんもそう思うわよね? やっぱり、女の子は着飾ってこそ華よ」

 母親に呼ばれて入った部屋で、いつものどこか野暮ったいメイド服を脱ぎ、ドレスに着替えたアイラさんが立っていた。

 オレは別に前世でファッションに詳しかったわけでもない。

 だから、それは素直な感想だ。

 アイラさんは線が細くれい系の美人さんだから、光沢がある深緑色の布を使ったスラリとしたタイプのドレスが本当によく似合っている、と思えた。

 白粉おしろいをはたいて、唇に赤い口紅をのせ、薄く化粧もしているようだ。

「お母さま、このドレスはどうしたのですか?」

「これはねぇ、わたしがあの人と結婚したての頃に着ていたドレスよ」

「お、奥様……やはりこのようなドレスは、私には分不相応です……」

 実はさっきから、アイラさんが静かだなぁと思っていたのだが、どうやら緊張で声が震えるほどに身体からだこわっていただけのようだ。

 アイラさんは、キリッとした目とクールな雰囲気の外見とは裏腹に、時々何もないところでつまずいたり、馬に触れるのを怖がったりと、内面はとてもわいい人であることがわかってきた。

「そんなことないわ、とてもよく似合ってるわよ! それとも、わたしのお下がりのドレスなんてイヤかしら?」

「め、滅相もありません。けど、日頃からお世話になっているのに、こんな綺麗な服まで貸してもらうのは……」

「貸すんじゃなくて、そのドレスはアイラちゃんにあげるの。わたしたちこそ、日頃からアイラちゃんのお世話になっているんだから、古着のドレスくらい贈らせてちょうだい。それに、いい? アイラちゃんは、今度のお祭りでは主役なのよ? 全力で楽しんで、良い思い出にしてほしいのよ」

 一度こうと決めた母親の決心を覆すことは、かなり難しい。

 アイラさんが、ドレスを受け取るのは確定のようだ。

 ただその母親の姿が、人形の着せ替えごっこを喜ぶ女の子に見えるのは、どうかと思う。

 ……ん?

 今の母親のセリフで気になる点が二つほど。

 母親は普段、アイラさんのことを「アイラさん」と呼び「アイラちゃん」とは呼ばない。

 オレが知らないところでは、そう呼んでいるのだろうか?

 確かに母親にとってアイラさんは、妹のような存在かもしれない。

 それから「今度のお祭り」というのは、二巡り後の六日にあるほうじょうさいのことだろう。

 近隣の村の人たちが一堂に会する盛大な宴会になると聞いている。

 なんでも数年ぶりに開かれるらしい。

 そのお祭りの主役というのはどういうことだろう?

「えっと、お母さま。アイラさんが、次のお祭りの主役なのですか?」

「あ、んーと、ユリィちゃん、まず豊穣祭はね、これから種をまく麦がたくさんできますように、って祈るものなの」

「はい、知っています。地の精霊さまにお願いするお祭りって教えてもらいました!」

「そのとおり。それから、この辺りの風習で、豊穣祭はその年に成人になった人をお披露目……えーと、わかりやすく言うと、今日から大人になりました、ってみんなに報告するのよ。だから、新しく成人になる人は、一生のうちでも大事な豊穣祭になるみたいなの。その日のためにとっておきの服を用意して、お祭りに臨むって聞いたのよ。だから、ここはやっぱりドレスよね!」

 なるほど。豊穣祭は、地域の成人式も兼ねているのか。

 …………。

 ……アイラさんて、今年で十五歳!?

 母親が、アイラちゃんと呼ぶのも納得だ。

 母親が二十二歳だから、七歳ほど年下になる。

 アイラさんは、もう二十歳は超えていると思っていた。

 母親が童顔なのもあり、以前から同い年くらいに見えていたし、服装によってはアイラさんのほうが年上にすら見えていた。

「それじゃあ、あとで今使っている化粧品も少し分けてあげる。当日はライラさんにお願いしてね」

「ありがとうございます」

「あ~あ、本当なら、わたしもお祭りでアイラちゃんの晴れ姿を見たかったんだけど」

「奥様、ご自愛してください。夜の外出などもってのほかです」

 残念そうにボヤく母親をアイラさんが真剣なまなしで見つめている。

「そんなに心配しなくても、初めてのことじゃないんだし、大丈夫よぉ」

 母親は悠然とほほみながら、大きくなった自分のお腹をさする。

 もうすぐオレに、血のつながった弟か妹ができるらしい。

 去年の誕生日に、自分の部屋をおねだりして、両親とは別の部屋で寝起きをするようになったのが良いきっかけになったに違いない。

 前世では、本当の兄弟姉妹に憧れていたけど、まさか転生してから弟か妹ができるなんて、夢にも思っていなかった。

 弟ならオレが格好良く、妹なら可愛らしく、立派に育ててやろうとひそかに決意している。

「マリナ様ー? どちらにいらっしゃいますかー?」

「あら? ロイズさんね。なんの用かしら? はーい! わたしはこっちですよー」

 母親が返事をして、しばらく待つと、コンコンと扉がノックされ、ロイズさんが入ってくる。

「こちらにいらっしゃいましたか。おや?」

 ロイズさんは、入ってすぐにドレス姿のアイラさんに気がつく。

「ふふ、ロイズさん、どうかしら? 殿方を代表して、今のアイラさんの感想を聞かせて」

「ん? とても似合ってるんじゃないでしょうか。アイラ嬢、そういった服を着ると、まるでどこかのお姫様みたいだな。もちろん、普段の服でも十分に素敵なレディだけど」

「あ、ありがとうございましゅ!」

 んだし、白粉をはたいた頰が真っ赤になっている。

 褒められ慣れていないというか、なんとなく男性慣れしてないんだろうなぁ。

 逆にロイズさんは臆面もなくドレス姿を褒めつつ、普段のこともフォローしちゃうあたり、女性慣れしている大人の男性って感じがする。

 男としては、ちょっと憧れる対応だ。

「それで、なにがあったの?」

「あ、そうでしたそうでした。シズネさんが到着しましたよ。どうやら護衛に選ばれたらしいハンスも一緒です。ひとまず、応接室に通しておきました」

「まぁまぁ、ハンスさんもいらしたの? わかりました、ありがとう。アイラさん、その服を着替えたら、お茶の準備をお願いします」

「かしこまりました」

 そうアイラさんにいつもどおりに指示を出して、母親は慌ただしく部屋から出ていった。

「ロイズさん、シズネさんというのは、だれですか?」

「ああ、王都の病院に長年勤めている女医さん、えーと、女性のお医者さんだな。マリナ様のご出産のために、王都から出てきてくださったんだ」

 ロイズさんが、小さい子供でもわかるような言葉を選んで言い換えてくれる。

 つまり、産科医みたいな人かな?

「今日から、出産が無事に終わるまでの間、屋敷に滞在していただけることになってる。まぁ、シズネさんの日頃の激務への慰労を兼ねてというわけだから、持ちつ持たれつだな。ちなみにお嬢様が生まれたときも、シズネさんが立ち会われているぞ」

「覚えていません……」

「はっ、そりゃそうだ。お嬢様も挨拶しに行くか?」

「はいっ! そうします」

 どうやら、オレにとっての言葉どおりの意味で命の恩人のようだ。

 しっかりと素敵な第一印象を与えねば。

 ついでに、ハンスさんというのは、父親とロイズさんが、昔に王国軍に所属していた頃の同僚らしい。


 コンコン。

「失礼します」

「しつれいします」

 ロイズさんが扉をノックして、応接室へと入る。オレもその後に続いた。

 部屋に入ると三人の人物が、オレたちのほうを向く。

 うち一人は母親で、残りは見知らぬ女性と男性だ。

 女性は母親と向かい合わせでソファに腰をかけて、そのソファの後ろ側に男性が立っている。

 女医ということだから、女性のほうがシズネさんだ。男性は、シズネさんの護衛で父親とロイズさんの知人でもあるハンスさんだろう。

「お初にお目にかかります。ウェステッド・バーレンシアだんしゃくが第一子、ユリア・バーレンシアともうします。お会いできてこーえいです。この出会いに、精霊さまのしゅくふくがありますように」

 ロイズさんの横に並び、たどたどしい口調で、初対面の挨拶をこなす。五歳ならこれくらいで十分だろう程度に手を抜いている。

「おやおや、これは、ご丁寧に……王国立中央病院が出産医療師、シズネ・セイロウインと申します。ユリアさま、小さきご令嬢との出会いに、精霊様の祝福がありますように」

 やはり、女性の正体がシズネさんで合っていたようだ。

 わざわざソファから立ち上がって、オレを一人前として扱って挨拶を返してくれた。

 黒髪と黒い瞳で少しご年配の方だ。

 お医者さんというよりも、上品な貴婦人といった感じの小母おば様である。

 それでいて、口調は気取らないくだけた感じ。

 年齢は四十代後半だろうか? ロイズさんより少し年上に見える。

「「…………?」」

 そして、オレの視線とハンスさんの視線とが合う。

 お互いがはてなマークを頭に浮かべているような空気が漂った。

「おい、ハンス、お前も自己紹介しろ」

「へ? あ、ああ!」

 あ、気づいてなかったんだ。

 一応、オレは男性が多分ハンスさんだと聞いていたけど、初対面なので、挨拶の作法的にハンスさんからオレへ先に声かけをしてほしかったのだ。

 このあたりは、訪問した側か訪問された側か、家の爵位や家主との続柄、年齢や性別によって色々変わるのでややこしい。絶賛お勉強中です。

 ハンスさんは、素早くオレのほうを向いて、右の握りこぶしを胸の中央に当てる。

「地軍十二番隊が副長、騎士ハンス・イクルートスです。今回は、私人としてシズネさんの護衛で参りました。可愛らしいお嬢様と会えたことを、精霊様に感謝を」

「バカ、途中から口説き文句になってるだろうが……」

 横からロイズさんのあきれた声が聞こえる。見えてはいないけど、渋い表情をしてそうだ。ただの同僚という以上に気安い関係のようだ。

 ハンスさんの外見は、濃いブロンドと深い青の瞳、全体的に引き締まった体をしており、父親とは違った感じの美青年だった。

 父親が文化系で、ハンスさんは体育会系といったところか。

「あの、ハンスさま、質問をしてもいいでしょうか?」

「様付けはいりません。ハンスとお呼びください、お嬢様」

 キリッという音が聞こえそうなほどピシリとした姿を見ると、なるほど、軍人さんなんだなと思える。

「じゃあ、わたしも、さまはいりません。それで、ハンスさんは、ロイズさんのお知り合いなんですよね?」

「ロイズ……あっ! 以前、おれはコーズレイト隊長の部下として、お世話になっていた時期があるのです!」

「元隊長だ。というか、お前、軽く俺の名前忘れていただろ?」

 あははは……と、ロイズさんの冷たい口調を、ハンスさんは下手な笑顔でごまかす。

 その様子を見るに、あいきょうがあって、なかなか憎めない人物のようだ。

「失礼します」

 と、そこにアイラさんがやってきて、食堂にお茶の用意が整ったことを知らせてくれた。

 お茶の準備だけにしては時間がかかったなと思ったが、ちょうどお昼時でもあったので、軽食のサンドイッチも用意してくれたようだ。

 そのまま、食堂に移動して、母親とシズネさんだけでなく、ハンスさんとロイズさんも席に座って、一緒に昼食をとることになった。

 アイラさんは、特に慌てた様子もなく五人の給仕をそつなくこなしている。

 シズネさんが王都の最近の流行を話してくれたり、ハンスさんがロイズさんににらまれながらも、冗談交じりにロイズさんの軍属時代の話をしてくれたり、なかなかにぎやかな昼食になった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る