Chapter2 バーレンシア家の人々(2)

 食事を終えて、勤めに行く父親を見送るため玄関ホールに移動していた。

 オレの目の前で母親が、名残惜しそうに父親の身体から離れる。

 三分か……今日は普段より短かったか?

「それじゃあ、いってきます」

「あなた、いってらっしゃいませ」

「いってらっしゃい!」

 この世界の常識は鋭意調査中だが、キスや相手の頭や背中をでる仕草が親愛の情を示しているところなど、前世の世界と共通する部分が多い。

 それを踏まえて言うが、玄関ホールで毎朝三分以上かけてキスやらハグやらをするという、この二人の見送りの挨拶は、はたして当たり前の範囲なのだろうか? 多分、違うんだろうなぁ。

 この世界の夫婦のサンプルが、両親だけなので答えは出ない……。

 オレの新しい両親は、万年新婚夫婦という言葉がピッタリだった。

 両親の仲が円満なのは良いことで、そこに不満はない。デメリットは、見ている方のオレが羞恥しゅうちもだえてしまうことくらいだ。

 ちなみに三分というのは、オレの感覚が基準だ。この時間感覚については、かなりの自信がある。

 オレは「タイマーの画面を見ずに、一秒の誤差もなく十分を計れる」という特技を持っていた。

 『グロリス・ワールド』では、他人にかけた魔術の効果が適用時間を過ぎて、効果が切れたとしても、一目ではわからない。

 そのため、使う魔術は必ず事前にテストして効果時間を計って覚えておき、戦闘中は魔術の効果が途切れないようにタイミングを見て使い続ける必要がある。

 そんな訓練の末に身についた特技だ。

 もっとも今の生活では、そこまで細かい時間を使うことはない。

 時間といえば、この世界の一年は「地の季節、風の季節、水の季節、火の季節、森の季節、海の季節」の六つに分けられている。つまり、四季ならぬ六季となる。月齢で分けられることはない。

 地の季節は、一年の始まりであり、前世の感覚で言えば大体一月から二月くらいにあたる。

 また一年でもっとも寒くなる季節で、四季で表すなら真冬になるだろう。

 逆に、火の季節が一年でもっとも気温が高くなる季節で真夏に相当する。

 『グロリス・ワールド』で得た知識になるが、この世界では『六』という数字が神聖視されていて、特に好まれているらしい。

 これは、神が最初に創った精霊王の数が六柱だったことに由来する。

 一つの季節は十日を一巡りとする六巡り六十日で、一年は三百六十日となる計算だ。

 それぞれ細かい日付が知りたいときは、オレが生まれた日は「水の季節の三巡り目の二日」で、今日は「水の季節の四巡り目の八日」のように言っている。

 さらに、一日は昼の六刻と夜の六刻に、大体の体感で分けられ、厳密な時間の区切りはない。

 オレの時間感覚では、一刻で大体二時間より少し短いくらいだと思う。

 なので、ほぼ前世における一日と時間数は変わらない。

 待ち合わせに使うときは、「朝の一刻が二刻になるくらい」とか「三刻の昼ごはんを食べたあと」のように使われる。

 半刻や六半刻という表現もあり、半刻は一時間、六半刻は二十分くらいになる。

 そんな六進法が強い日時関係と違い、基本的な度量衡の単位は十進法が使われている。

 前世の記憶があるオレにとって、嬉しいことだ。

 長さの単位は、イルチ、メルチ、キルテで、それぞれ、百倍になっている。

 一イルチが約一センチメートルほどだから、一キルテは一〇〇メートルほどになる。

 重さはグラル、ガラル、ギロムで、こちらも百倍での単位になっている。

 一グラルは前世の約一〇グラムほどだから、一ガラルがちょうど一キログラム、一ギロムは一〇〇キログラムほどになると思われる。

 オレの今の身長を「九五イルチ」、体重が「一五ガラル」と言っていたので、大まかにあっているだろう。

 ……と、話を少し戻して。

 オレが、この世界で知っている範囲は、この家の敷地と、裏の森に少し入ったところまでだ。

 この家は、小高い丘の上に立っていた。

 小高い丘の上といっても、十分な平地がある。

 そのため、家の敷地は広く、屋敷と呼ぶのにふさわしい大きさだ。

 家の正面の坂道を下っていくと、家々が集まった集落があった。

 アイラさんの家もそこにあるようだ。

 さらにその向こうには一面の麦畑が広がっている。

 父親は、その眼下の村を含めた近隣のいくつかの村を治めているらしく、馬に乗って定期的に見て回っているようだ。

 最近、麦の収穫が始まるとかで、帰宅が少し遅くなっている。

 それでも外泊することなく、必ず帰ってきて、母親を抱きしめる愛妻家だ。

 本当にごちそうさまです。

 そんな屋敷の裏側にある森は、かなり広大なようだ。

 何十日かけて歩いても反対側にたどり着くことができないと聞いた。

 屋敷は、ある意味で森から村を守る位置に立っていると言えなくもない。

 また森の近く、屋敷からすぐのところを小川が流れている。

 そこだけ簡単な囲いがあり、普段、母親やアイラさんが衣服の洗濯に使っている。

 洗濯機などはないから、もちろんすべて手洗いだ。

 飲み水や料理に使う水は、井戸からんだものを使っているので使い分けられているのだろう。

 また、その小川は、暖かい季節なら、屋敷のみんなの水浴びにも使われている。

 残念なことに、今の生活には「入浴」の習慣がない。

 多分、この世界では文化的にも入浴は珍しいのかもしれない。水浴びか、寒い季節ならば、沸かしたお湯で手ぬぐいなどをらして肌をふく程度だ。

 お風呂が欲しい。

 オレは生まれ変わっても日本人の心は忘れていないのだ。

 いつか、自分で造るか、父親におねだりして造ってもらおうとたくらんでいる。

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