Chapter2 バーレンシア家の人々(1)

 使用人のお姉さんに連れられ、洗顔を済ませてから食堂に到着する。

 朝食の用意がされたテーブルには、いつもどおりに一組の男女が席について、オレが来るのを待っていた。

「おはよう、ユリア」

「ユリィちゃん、おはよう」

「おはようございます。お父さま、お母さま」

 ユリア・バーレンシア。それがオレの新しい名前だ。

 端正な顔に柔らかい笑みを浮かべて、最初に挨拶をしてきた男性のほうが、ケイン・ウェステッド・バーレンシア。この世界でのオレの父親。

 オレの淡いシルバーブロンドと青い瞳は彼譲りなのだろう。

 オレと同じ淡いシルバーブロンドにキリッとした青い瞳が似合う、甘いマスクの爽やか系イケメンである。年は二十四歳、働き盛りの青年といったところだ。

 隊長だとかご領主様と呼ばれているのを耳にしたので、どうもそれなりの地位があるらしい。

 前に客人とおぼしき男性から、玄関先で「ウェステッド殿」と呼ばれていた記憶が残っている。

 「ウェステッド」というのは単純なミドルネームではなく、爵位とか役職に関わる単語なのかもしれない。

 オレのことを愛称で呼んだ女性が、マリナ・バーレンシア。

 ふわっとしたくりのロングに、クルミ色の瞳がおっとりとした雰囲気を醸し出している。

 母親も若くて、今年で二十歳になるらしいが、外見はさらに若く見えて、十五歳前後にしか見えない。

 実年齢から逆算するに十六歳のときに父親とイイコトをしちゃって、十七歳でオレを出産したことになる。

 前世の感覚だと、相当に若いとしで子持ちとなったような感じがするが、どうもこの世界は平均的な結婚年齢からして低いような気がする。

 『グロリス・ワールド』のキャラクターの設定情報として、十五歳で大人とされていた。

 その設定に従うと、この世界でも十五歳で社会的な成人と認められている可能性が高い。

 大昔の日本でも、十代で成人とみなされた時代があったと義務教育で学んだのだから、そういうこともあるのだろう。

 さて、そんな両親の愛の結晶であるオレだが、自分で言うのも何だが、かなりの美幼女だ。遺伝子がしっかりと仕事をした結果、二人の良い部分を引き継いでいる。

 あと数年もすれば、立派な美少女にランクアップすること間違いなし。

 ナルシストっぽいが、自身の成長が楽しみだったりする。

 オレは、母親の席の隣に置かれた専用の小さな椅子によじ登るようにして座った。

 椅子を登っている最中に、両親から向けられる応援するようなまなしが少しくすぐったい。

 椅子に座ると、使用人のお姉さんが、オレ用のコップにお茶をいでくれる。

 お姉さんの名前は、アイラさん。

 赤茶っぽい髪を後ろで一つにまとめ、キツめの印象を受ける目をしたクールビューティーさんだ。

 瞳の色は濃い茶色。外見年齢的には、母親より年上に見える。

 それでも母親が幼い雰囲気があることを踏まえると、前世のオレと同い年かやや年下の十八歳くらいだろう。

 この屋敷には通いで勤めていて、朝早くにやってきて、夕暮れの前に帰っていく。

 母親と二人で、屋敷内の家事全般を担っている。

 ついでに、今は食堂にはいないがもう一人の使用人は、ロイズさんという名前の男性だ。

 黒色の短髪に赤茶色の瞳をした四十代くらい。初老というには少し早いが、それなりに年齢を重ね、大人としての渋い風格を持っている人だ。

 母親やアイラさんには向かない力仕事や庭仕事、馬の世話などを中心に担っている。

 時々、父親の書斎に呼ばれて、我が家の相談役のようなこともやっているようだ。

 普段は、庭の片隅にある馬小屋と隣り合った居住用の小屋で生活している。


「大地と水、太陽と風の恵みを、日々の糧としていただきますこと、精霊様に感謝いたします」

「感謝いたします」

「かんしゃいたします」

 父親が精霊への祈りをささげ、母親とオレがそれに唱和して、感謝の言葉を続ける。これは、食事前に行う挨拶だ。日本語で言うところの「いただきます」に近い。

 『グロリス・ワールド』の設定では、この世界は神様や仏様ではなく、精霊様が一般的な信仰の対象になっている。

 いわゆる自然崇拝に近い宗教観だ。

 この世界の神話における創世は、まず世界と共に一柱の神が誕生する。

 そして、神は最初に精霊王たちを創り、次に精霊王たちと協力して大地や海や森を創り、最後に人類の祖である「古い民エルダー」を創ったとされる。

 その後、神は長い眠りにつき、神話で語られる創世が終わる。

 つまり、今この世界を守護しているのは、神に世界を託された精霊王たちと、その各精霊王が自身の配下として生んだ精霊たちであると考えられているのだ。

 したがって、眠って動かない神様より、実際に見守ってくれている精霊に祈りを捧げるというのは、実に合理的で俗物的な信仰だろう。

「はむっ……もぐもぐ……」

 朝食のメニューは、表面がパリパリとした硬い焼きたてのパン、ホワイトシチュー、三種類の野菜を炒めたもの、それと甘い味付けのオムレツだった。

 屋敷での食事は、一日三食だ。

 朝食は軽く、昼食はもっと軽く、夕食はしっかり食べるという形が基本となっている。

 昼食はオヤツと言ったほうが正しいかもしれない。

「あむっ……もぐもぐ、ごっくん」

 野菜炒めに入っていた緑色の野菜をまとめて口に入れる。

 み砕いて味わう前に、お茶で流し込んだ。

 素材が新鮮なのと二人の料理の腕前がいいのだろう。

 毎日の食事は、たいていどれも美味おいしかった。

 ただ、体が子供になってしまった影響か、甘みが強い料理がすごく好ましい。

 その反面、苦味や刺激の強い食べ物は美味しく感じられない。

 食べ残したところで屋敷の人間は誰も怒ったりはしないと思うが、バランスの良い食生活の重要性は、前世の記憶でよく理解している。

 将来の美貌と健康のために、苦味を我慢してでも食べるようにしている。

 残念なことに、この身体からだでは、まだお酒は早いし、飲んだところで美味しさを感じることができないだろう。

 前世では、喫煙はしなかったが、お酒は二十歳の誕生日に大学の知人に祝ってもらったのをきっかけに飲むようになっていた。

 飲み会に誘ってもらうのは、うれしかったし、飲酒自体も結構好きだった。

 ばんしゃくでワインを飲んでいる父親が、ちょっぴりうらやましい。

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