Chapter1 グロリス・ワールド(2)
大杉健太郎であった頃のオレは、神という存在を信じていなかった。
けれど、今ならば、そういったものが起こす超常的な現象も前向きに信じることができるだろう。
人間の記憶は肉体の脳にこそ宿る、という科学的な常識を自らの実体験で覆されたのだから。
最初は、子供になった夢を見ているのだと思っていた。
けれど、
世界最高技術のバーチャルリアリティであっても、ここまで感覚を再現することは無理だろう。
三歳の誕生日が過ぎ、前世の記憶が戻り始めてきてから、オレは毎朝、自分の姿を鏡に映し、日本語で様々な言葉を発することを習慣としていた。
そして、これが現実であることを再確認してきた。
この日課は、もう今日までにしよう。
オレは、この新しい人生を生きてゆく。
目下、平凡でも困ることはないが、どこかつまらなかった前世を反省し、日々を楽しく生きるために力を注ごうと決めた。
現状でオレは幸運だと思えることが三つある。
一つ目は、生まれ変わって日本人ではなくなったが、正しい赤ん坊ライフを送っているうちにすでに両親や使用人が話している様子から今生に必要な言語が習得できていること。
逆に、意識して
会話に使われている言語とオレが思考で使っている言語が一致している。
それは「アップル」と聞いて、日常的に英語を使っている人はリンゴそのものを思い浮かべられるが、英語に慣れていない人の場合、まず「アップル」と「リンゴ」を脳内で
オレの言語能力は、現地の言葉で思考できるレベルになっている。
二つ目が、生まれた家がそれなりに裕福であること。
この世界の貧富の差はわからないが、少なくとも使用人を二人雇えるような家なら裕福だろう。
どうやら父親は、いくつかの村を治める特権階級の立場にあるらしい。
前世では一人暮らしの貧乏大学生だった生活レベルを考えれば、奇跡的な好環境と言える。
三つ目に、この世界の法則や習慣が前世の世界とあまり変わっていないこと。
物を落とせば下に落ちるし、水は高きから低きに流れる。
この世界に生まれてから出会った人物は、見た目は前世における欧米系の人たちと変わりがない。生活的にも毎日食事もするし、夜になれば睡眠も取る。
食事は黒茶っぽい粒が交じったパンに、肉や魚や野菜を洗って焼いたり煮炊きしたもの。
残念ながらコメはなさそうだが、きちんと調味料も使っているようだし、お酒もあるようだ。
もちろん、オレに出される飲み物は、水に搾った果汁を混ぜたものか、ヨーグルトっぽくなったミルクだが。
一年を通して寒暖の差と季節があって、太陽が昇れば昼だし、沈めば夜になる。月が大小で二つあるのはご
さっきから「この世界」や「前世の世界」と言っているが、両親や使用人たちの言葉から、ここは日本どころか、前世で生きていた地球とは、次元が異なる場所である可能性に気づいた。
端的に言えば、異世界だ。
まだ確実な情報ではないが、オレが聞いている情報の中では、この世界はオレが前世でハマっていたネットゲームの『グロリス・ワールド』の世界に酷似しているようだった。
神の眠れる世界カルチュア──
唯一の大陸、ミュージシアン大陸。
それはまさに『グロリス・ワールド』の設定で説明されていた世界の名前と同じだった。
そうだ、これは四つ目の幸運として数えてもいいかもしれない。
もしかすると、この世界には、美しいエルフの乙女やモフモフの獣人の子供がいるかもしれない。
古代帝国の遺跡には、まだ誰も見つけていない財宝が眠っているかもしれない。
前人未到の秘境が残っているかもしれない。
そして、『グロリス・ワールド』最大の魅力であった、神秘的な言葉による奇跡の技──ルーン魔術が使えるかもしれない。
剣と魔法の世界、そのフレーズがオレの魂を刺激する。
ついさっきまで、現実を認める覚悟がなく、ウジウジとしていたというのに、この世界に対してワクワクし始めている自分に
ただし、忘れてはいけないことがある。
オレの身体はまだ三歳児であるということだ。
いくら前世の記憶があり、精神年齢が二十歳の男のモノであっても、この世界の常識もなければ、体力も腕力もない。やりたいことをするには、いろんなモノが足りなすぎる。
あと十年くらいは、親の
できれば、野外で活動するためのサバイバル技術なんかも学びたいところだ。
コンコン。
と、オレが決意を新たにしていたところで、ノックがされる。
ドアを開けて、使用人のお姉さんが部屋に入ってきた。
「お嬢様、おはようございます。お着替えはお済みですね。洗顔と朝食の準備は整っております」
……あとは、淑女としての
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