幕間 side アーリ

「アーリ姉様」

「どうしたの? ロア」

「どう思う?」

「それはルスト師のことかしら?」

 無言でうなずくロア。私たち二人は現在、王都の通称、陶器通りと呼ばれる路地にいた。陶器専門店が立ち並び、路地にまで広げられた布の敷物の上にも無数の陶器類が並んでいる。

 目的はみずがめの調達。ルスト師から指定されたサイズはかなり大きいものだった。

「そうね。規格外の方、とは思うわね」

 私はそう答えながら、ルスト師がここ数日に成し遂げたことを思い返していた。

 一目見たときから、ルスト師の戦闘能力には計り知れないものがあると感じられた。仮に私とロアの二人がかりで戦っても、全く歯が立たないばかりか、彼の錬成獣のヒポポにすらかなわないとわかったときの、衝撃。

 これでも私とロアは、カリーン様の配下の中では一、二を争う実力を持っていると二人して自負していた。それだけに、ロアはルスト師に対して、なかなか複雑な感情を抱いているのだろう。

 力への憧れと嫉妬。

 私と二人で積み重ねてきたたんれんからくる自負。

 そして、錬金術師という、全く異なるスタイルの強者への興味。

 姉として、ロアの態度をいさめるべきなのだろう。そうできないのは、私自身がロアと似た感情を心のどこかで抱いているから。

「ここのお店はどうかしら?」

 私は大型のかめが並ぶ店内に、ロアと入っていった。


   ◇◇◇


 無事に水瓶の調達と輸送の手配を終えた私とロアは、次に魔導具店の立ち並ぶ地域に来ていた。

「ロア」

 私がロアの名前を呼ぶ。

「うん」

 言葉少なく答えるロア。ただそれだけで、私はロアもこれを感じ取っているのだと伝わってくる。

 先ほどの陶器通りに比べて、ここは明らかに空気がピリピリとしているのだ。

 道行く人の表情も重苦しいものが多い。

「害意じゃない」

 ポツリとつぶやくロア。私もそう思っていたところだった。

「そうね。緊張感、かしら。──ここのお店のようね。入りましょう」

 ロアと話しながら、私たちは次の目的地としていたお店を見つける。

 ドアを押し開ける。

 れいに整頓された店内に並ぶのは、様々な魔導具。しかしよく見ると棚には空きが目立つ。

 私は不審に思いながらも、カウンターにいる店主らしき人物の元へ向かう。ルストから聞いていた若めの風貌。

「いらっしゃい。何かご用ですか」

「こんにちは。買い取りをお願いします」

「ほう。どなたかの使い、でしょうか」

 こちらを値踏みする視線。

 確かに私たちの服装は錬金術師には見えないだろう。

 私は無言でルスト師から渡されていたポーションと、買い取りのときに出すように言われていた羊皮紙を店主へと差し出す。

 羊皮紙を受け取った店主がくるくると、それを机の上に広げる。

 重しを四隅に置くと、指先でなぞるようにして読み出す店主。

「ふむふむ。これはっ! この印章、ルスト様のものですね! お二人はルスト様の使いで?」

「そうです。ここへ売りに来たのはルスト師の指示です。それで、買い取っていただけますか」

「もちろんですとも! 今は高品質なポーション自体がとても手に入りにくくなっていましてね。なかでもルスト様の作られたポーションは、いつも最高品質のものばかり。こちらからお願いして買い取らせていただきたいですよ。ただ……」

「ただ、なに?」

 ロアが聞き返す。

「この羊皮紙には、定価での買い取りで、と」

 そう言いながら店主が指し示した羊皮紙。そこには確かに定価買い取り希望の文字があった。

「ルスト師の指示です。定価ではご不満ですか」

「いやいや、逆です逆。今は錬金術関連のものは軒並み値上がりしているのですよ。協会からの製品の供給がなぜか大幅に遅れているんです。だから、こちらのポーションだって今なら数倍の値段で売れるでしょう」

 私が差し出したポーションを指し示し、商売人にあるまじき正直さで伝えてくる店主。その言動を見ていて、ここの店主は信用しても大丈夫と、ルスト師が言っていたのを思い出す。

「構いません。定価でお願いします」

「わかりました。今、お金をご用意します」

 そうして店主が持ってきたかなりの額と引き換えにポーションを渡すと私たちは店を出る。


 店を出て、渡された金額を確認した私とロアは顔を見合わせる。

「すごく、多い」

「ええ。まさかこれで定価とは。さすがルスト師のポーションです。旅の諸経費に使ってと言われていたのですが」

「……」

「……」

「ロア」

「はい。アーリ姉様」

「何かしいものでも食べますか」

 勢いよくこくこくと頷くロアだった。


 ややお高めの食堂で、大皿を目の前に落ち着かない様子のロア。めんの下からのぞく口元が幸せそうだ。

 無言で食事に取り組むロアを見ながら、私も食事に手をつける。


 思考は自然と、今回のお使いの発端となったあの日のことへと飛んでいた。

 それは、たった一日。実質、半日のことだった。それだけの時間で、野営地の風土病患者を全て治してしまったという、あの日のことだ。

 ルスト師が訪れる前に、カリーン様の手引きで招致した治療師もいたのだが、その人は結局、治すことを諦めてしまった。そればかりか、自身が風土病にかかることを恐れて逃げ帰ってしまう始末。しかもその治療師からうわさが広がったせいか、その後は治療師ギルドからは断られ続けてしまっていた。

 そこへ降って湧いたかのように現れたのがルスト師だった。

 カリーン様に言われるがままに、野営地じゅうの風土病患者を、ロアと手分けしてルスト師の元へ運んだ。

 手足ので満足に歩けない者。発熱してもうろうとしている者。

 そういった者たちが、次の患者を連れてきたときには、元気にルスト師の天幕から出てくるのだ。

 そしてあっという間に治療を終えたばかりか、原因の究明までしてしまう。しかも先んじて原因となるモンスターすらも退治していたという。

 錬金術師としても特別な存在なのだということをまざまざと見せつけてくれた。

「ルスト師なら、私たちのこののことをお願いできるかもしれない──」

 思わず、そんなことをつぶやいてしまう。

「アーリ姉様」

 いつの間にか食事の手を止めていたロア。

 私たちはお互いに面布越しに見つめ合う。そして、ゆっくりと頷き合った。

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