第六話 風土病を解決しよう!!(3)

「ここも、問題なしか」

 私は《転写》のスクロールで飲料用の水の情報を読み取って呟く。

 水瓶はどうやら魔導具としては中古のようだが、その浄水機能はちゃんと働いているようで、問題のある成分は何も検出されなかった。

 朝から始めた調査だが、すっかりお昼時になってしまった。

 アーリから、お昼ご飯がてらの休憩を促される。なんとなく、アーリやロアから言われると不自然に感じる提案。その違和感について考えていると、ふっと思いつく。

「あ、なるほど。私についているようにってカリーンに言われたとき、食事をとるように見張っとけって言われた?」

 アーリとロアに聞いてみる。

 無言のアーリと、プイッと顔を背けるロア。

 どうやら、完全にカリーンの差しがねのようだ。私は、放っておくと携行食を食べながら調査を続けるような人間だと思われているらしい。

 ──いや、そういや学生時代も研究中、カリーンに無理やり口に食べ物を突っ込まれたことがあったような……?

 身に覚えがあって強く言えない私は、大人しくお昼ご飯にすることにする。

 アーリたちに案内されたのは近くの天幕。広いが、天井部分しかなく、その下に机と椅子が並んでいる。

「向こうの天幕で調理したものをここで頂きます。取って参ります」

 ロアも無言でアーリのあとについていく。

 私はその間に、リュックサックからヒポポが食べるのに適した草から作ったペレットを取り出すと、魔石を細かく砕いた粉を慎重に計量し、振りかける。錬成獣にとって、魔素の摂取は過不足ともに毒になるのだ。

「ヒポポ。お食べ」

「ぶもぶもっ!」

 尻尾をフリフリして、ペレットの山に顔を突っ込むヒポポ。

 それを眺めていると、アーリたちが戻ってくる。

「戻りました。食事にしましょう」

 その手には同一のメニュー。それが三人前。

「野営地の人は皆、ここで食べるの?」

 私はそれを見ながらアーリに聞いてみる。

「いえ、家族がいる人たちは自分たちで食事をすることが多いと思います。ここにいるのは単身者がほとんどかと」

 ──ああ、ここって学園にあった学食とか、協会にあった協会員専用食堂みたいな感じか。

 私が納得していると、そのまま無言で昼食を食べはじめるアーリたち。どうやらアーリたちも食前に神に祈る習慣はないらしい。私も目の前の食事に手をつける。

 しばし、物をみ砕く音だけが響く、無言の時間が訪れる。

 私は片手で食べながら、《転写》のスクロールを取り出し、今回の風土病の患者のデータを見返す。

 何か見落としている共通点でもないかと、食事をしながら考えていると、アーリとロアの視線を感じる。布越しなので定かではないが。醸し出されている物言いたげな雰囲気。なんとなく、このままスクロールを見ながら食事をするのがはばかられる。

 私はちょうどいいやと二人に聞いてみることにする。

「二人とも、今回の風土病の患者って何か共通点ある? あとは、今日は発症した人がいるか聞いてる?」

 顔を見合わせる二人。結局アーリが答えてくれる。

「ルスト師、食事中ぐらいは休まれた方がいいと思います。カリーン様には報告しますので。それと今日、風土病を発症した者がいるかはまだ聞いてません。共通点については私は存じません」

 首を振るアーリ。

 その隣で、ロアがぼそりと呟いた。

「独り身が多い」

「言われてみれば確かに……。全員ではないですが。ロア、よく気づきましたね」

「単身者用の集合天幕から運ばれていってた」

 どうやら単身者向けの天幕、というのがあるらしい。昨日、ロアが連れてきてくれた風土病の患者は、そこで生活している者が多かったようだ。

 ようやく見つけた手がかりに、私は思わず立ち上がりかける。しかし、ふと、何か引っ掛かりを覚える。

「──アーリ、確かここも単身者の利用が多いんだよね」

「ええ、そうですが……」

 私はふよふよと浮いたままだった《転写》のスクロールを、目の前の食事に向ける。

「《転写開始》《示せ》」

「ルスト師、何を……?」

 こちらを見てくるアーリたち。

「しっ。──見つけた! 二人とも、食事をいったんやめて!」

 私は二人に声をかけると、スクロールを真剣に読み解いていく。

「微量だが、やはり毒だ。モンスター由来なのは間違いない。神経系のものだから症状的にも合致する。しかしこの成分、最近どこかで……」

 私は呟きながら一心にスクロールに目を通していく。そんな私のただならない様子に、ガタッとアーリは席を立ち、離れていく。どうやら周囲で食事中の人たちへの声かけをしてくれているようだ。ロアも食事の手を止め、じっとこちらをうかがっている。

「あった! これだ。そうだよ、どこかで見かけたと思ったんだ。うん? でもそうすると……あれ?」

 ちょうどそこへアーリが一人の中年の女性を連れて戻ってくる。

「ルスト師? 何か、わかったんですね」

「ああ。だいたい解決したよ。それで、そちらは?」

「ここの責任者です」

 中年の女性。キョロキョロと不安そうだ。

 私は名乗ると、カリーンの命令で風土病の調査をしていることを告げ、とりあえず、調理場を調べさせてもらう。

 その間に、ロアにはカリーンへの伝言をお願いする。

 一通り、調理場は調べ終わる。

 どうやら私の想像通りのようだ。それをもとに、すぐやるべきことをその責任者の女性に指示する。

 戻ってくるロア。

「カリーン様、大丈夫だって」

 相変わらず言葉の少ないロア。

「ありがとうロア。あ、それと責任者の方も一時間後にカリーン様のところに来てください。まとめて説明するので」

 責任者の女性に伝えると、私は裏付けを取りに次は単身者用の天幕へと向かった。


 一時間後。

 カリーンの天幕の外には関係者がそろっていた。

「それでルスト師。風土病が解決したとはどういうことだ?」

 カリーンが口火を切る。

「はい、原因はこいつの毒でした」

 私は《純化》処理を施した採取用の手袋をはめるとリュックサックへ手を入れる。

 取り出したのは、白いトカゲを襲っていたナマズのようなモンスター。錬成素材になるかと持ってきていたのだ。

 皆の目の前にどん、とそれを置く。

「近くの川の上流の池に生息していたモンスターです。その触手の毒が今回の風土病の原因でした」

「ルスト師、それは確かなのか?」

 驚き顔のカリーン。

 皆がきょうがくの表情で、私の取り出したモンスターを眺めるなか、いち早く質問を投げかけてきたのはやはりカリーンだった。

「はい、確認しました。このモンスターの触手の毒が含まれた水が、風土病の原因です」

「確かに川の水を使ってはいるが、貯水用の水瓶には浄水機能がある。中古とはいえ、モンスターの毒なら浄化できるはず……」

 疑わしげなカリーン。

「はい、水瓶の水はしっかりと浄化されており、問題ありませんでした」

 私はカリーンの疑問を説明する。

「じゃあいったい、なぜだ?」

「問題は浄化された飲料用の水ではなく、生活用水として浄化せずに使っていた水なのです」

「っ! もしかして……」

 カリーンのその視線はこの場に集められた二人に向いていた。一人は天幕で食事を提供していた責任者の女性。もう一人は単身者用の天幕の管理人。

「そうです。食器の洗浄用、それに衣服の洗濯用に、川の水がそのまま使われていたようです。実際に食器と洗濯済みの衣服から、微量ですがそのナマズの毒が出ました。その微量の毒が皮膚と特に口から体内に蓄積し、風土病が発症したのでしょう」

 私は《転写》のスクロールを見せる。

「あ、だから外食の多い単身者の患者が多かったのですね──」

 アーリの呟き。

「カリーン様、誠に申し訳ございませんでした──」

「この責任は──」

 口々に謝罪しはじめる責任者の二人。

「いや、水瓶で浄化された水は限りがあるから、配給量が決められているのだ。それを頭割りで一律の配給量に決めてしまったのは私だ。二人の責任ではない。各施設については配給量を見直すようにしよう」

 カリーンは二人の声を遮るように言う。

「それでルスト師、そなたは一晩で患者の治療を終えただけではなく、翌日には原因を突き止め、さらにそのモンスターを討伐し、原因を取り除いたのだな」

 カリーンの顔は驚嘆となぜかあきれたような表情が混じったものだった。

「規格外もすぎると嫌味」

 ボソッと呟くロア。

 私は聞こえてきたロアの呟きに苦笑する。

「いえ、実はここに来る途中でたまたまそのモンスターを討伐していたのです。倒したのもヒポポですしね。だからこんなに早く解決したのは、偶然ですね」

 私は素直に答えておく。

「ちなみに、討伐したのは昨日なので。まだしばらくは川の水は、そのまま使わない方がいいかと。そちらのお二人には洗う用の川の水は廃棄してもらっています。まあ、毒の供給元はすでにないので、数日もすれば問題なく使えるようになるはずです。ヒポポ、池には他にモンスターはいなかったよね?」

「ぶもぶもっ」

 首を縦に振るヒポポ。どこか自慢げなのが、可愛かわいい。

 私はそれを見て、姿勢を正すとカリーンの方へと向き直る。

「カリーン様、以上で、ご命令いただいた風土病についての治療と原因の排除が完了したご報告とさせていただきます」

 カリーンもすっと顔を引き締めると為政者の顔になって返答してくる。

「ルスト師、こたびの働き、誠に素晴らしいものであった。期待以上、想像をはるかに超える働きだ。感謝する」

 私はそこでかしこまった姿勢を捨てて、普通にたずねる。

「今回の毒は、微量なものが蓄積して発症したようなので、まだこれから発症する者が出る可能性はあります。引き続き体調に変化があったら治療するので申し出てくださいと皆様に告知をお願いします」

「わかった。伝えよう」

「それと、浄水機能付きの水瓶、増設されるのでしたら予算をつけてくだされば作りますよ」

 それとなく、ねだってみる。

「予算か。わかったよ」

 苦笑気味に約束してくれるカリーンだった。

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