第六話 風土病を解決しよう!!(1)

 私は自分にあてがわれた天幕で荷ほどきをしていた。

「一人用の天幕が用意されていて、助かったよ」

 一緒に天幕の中にいるヒポポに話しかける。

 天幕の大きさはカリーンのものに次いで、野営地では二番目に大きいようだ。それでもヒポポが入ると手狭だ。

 こんな大きな天幕を与えられているということからも、カリーンから評価され期待をかけらているのが明確に伝わってくる。そしてそれは多分、野営地の他の人たちへのメッセージ、という意味もあるのだろう。

 とはいっても、用意してくれたのは本当に天幕のみ。床もなく、地面はき出しのままだ。私のことをよく知っているカリーンらしい。

「もうちょっとだけ、その子、見ててね」

 相変わらず目を覚まさない白いトカゲのことをヒポポにお願いする。

「よし、これで汚れがつかないぞ」

 今回用意してきたじゅうたんに、《純化》のスクロールで処理を施し終えると、地面に直接、敷いていく。気を利かせてヒポポが体半分、外に出てくれる。

「あ! ヒポポありがとうね」

 私はヒポポから白いトカゲを受け取り、部屋の隅に出しておいたクッションの上にのせる。

「《展開》《送還》ヒポポ。しばらくおやすみー」

 スクロールへとヒポポを戻す。

 そして別のスクロールを探す。

「最近はめったに使わなかったからな……。あ、あったあった。《展開》《顕現》ローズ」

 部屋の隅に現れたのはその名の通り一輪のバラ。白いトカゲの近くに根をおろし、大輪の花を咲かせている。ローズ、見た目は植物だが、これでもヒポポと同じ立派な錬成獣だ。

「ローズ、まずはその子のベッドを。特に頑丈めで」

 私の指示に反応して、するするとつるが伸びる。白いトカゲの下に潜り込んだ蔓が地面から垂直にトカゲを持ち上げる。私の腰の高さ程度まで持ち上がると、今度は周囲に広がりながら、かごのような形へと編み上がっていく。複雑な網目で織られたそれは、ちゃんと私の要望通り。

「ありがとう。うん、いいね。じゃああとは、この天幕の範囲に標準タイプでお願い」

 続けてローズにお願いする。

 大輪のバラを揺らして了解の意を伝えてくるローズ。

 すぐさま天幕中に広がっていく蔓。まずは絨毯の下に潜り込んだ蔓がまんべんなく絨毯を持ち上げる。断熱性と通気が良くなったところで、次はローズの蔓が家具の形へと編み上がっていく。

 ベッドの枠に、机と椅子。そして実験用のテーブル。

 それぞれにリュックサックから取り出した薄手のマットレスを置いたり、布をかけたりして、整えていく。

 ローズは私が学生時代に作った錬成獣だ。フィールドワーク系の調査で、遠征先で長期滞在するときにはすごくお世話になっていた。あまりの快適さに、たまたま同じ授業を受けていたカリーンを筆頭に数名が入り浸って邪魔だったことも、今では良い思い出だ。

 昔を思い出しながら作業を続ける。そうしてローズの蔓が無事、必要な家具へと編み上がり、室内がだいたい形になったときだった。

「ルスト師、風土病の患者を連れてきました。入っても?」

 外からアーリの声が聞こえる。

 こうして、いよいよ私の新しい職場での仕事が始まった。


   ◇◇◇


「これで最後の患者」

 どこかぐったりしたロアの声。

 アーリが最初の患者を連れてきたその日のうちに、なんとか全員を治し終えられそうだ。

 ──やっぱり作業台があって、使い慣れた器具があると、効率が段違いだな。

 私はそんなことを考えつつ、最後の患者用にセミカスタムメイドのポーションを錬成する。個々の患者の状態を読み取り、最適な状態へ戻すためのポーションを調整。やっていることはそれだけのこと。要は対症療法だ。

 ──根本的な原因の特定は今後必須だけど、まずは治療優先、治療優先っと。何人かの患者は処置が遅れたら後遺症が残る可能性もあったしね。

 出来たばかりの黄金色に輝くポーション。それを飲み干す患者を注意深く観察する。この患者の症状としては、強いけんたい感と手足の。今回の風土病の患者の症状としては標準的なものだ。

 患者の全身をポーションの光が駆け抜ける。

「手が! 手が動きますっ……。ありがとうございます、先生」

 両手を動かしながら、おおに感謝されてしまう。

 ──先生ではないんだけど、まあいいか。

 私はよかったですね、と笑顔で同意してあげて、最後の患者を送り出す。

 どこかほっとした様子のロア。アーリと二人して、かわるがわる野営地じゅうの患者を連れてきてくれたのだ。疲れたのだろう。

「ロアも、今日はありがとう」

「仕事だから」

 相変わらず言葉少なく答えるロア。

「これ、よかったらアーリと二人でどうぞ。疲労回復用のポーション」

 その様子に私は苦笑しながら差し出す。

 すき時間で二人用に作っておいたものだ。

 手を出すか一瞬迷った様子を見せるロア。しかし結局受け取ってくれる。

「……ありがとう」

 そうロアは小さくつぶやくと、さっと天幕から出ていってしまう。

「うーん。なかなか打ち解けるのは難しそうだ。まあ気長に、かな。さーて、もう一仕事しますか」

 私は呟きながら一度大きく伸びをすると、机に向かう。

 やることはカリーンへの中間報告書の作成だ。

 治療中に走り書きしたメモと、患者の状態を《転写》したスクロールの履歴を、ざっと流し見していく。机の横で空中に展開したスクロールがくるくると、まさにスクロールしていく。

 治療については簡単に結果だけ。原因に関する現時点での所見をざっくりとまとめる。

 私は紙一枚にまとめた簡単な報告書を手に、天幕を出る。

 ──あとは、口頭で報告すればいいや。報告といえば、ついでに魔晶石のことも言わなきゃな。

 辺りはすっかり暗い。それでも照明の下で作業を続ける人たちの姿がちらほら見える。中にはさっき治療したばかりの人までいる。

 そういった人たちからは、すれ違いざまに声をかけられ、改めて感謝されてしまう。

 それ以外の人たちからの視線もどこか温かい。昼に来たばかりのときの値踏みするような視線はすっかりなくなっていた。

 そうしてカリーンの天幕へ。

 まだ明かりがついており、入り口には人影がある。護衛だろう。

 その入り口の人に、取り次ぎを頼む。

「いいから、入ってこい。ルスト」

 私の話す声が聞こえたのか、カリーンに直接呼ばれる。

 入り口の護衛の人と苦笑をかわして、私は天幕の中へ。

「どうした? こんな夜更けに」

「風土病の患者の治療が終わったよ、カリーン様。これ、簡単な報告書」

 持ってきた紙を手渡す。

「っ! なんと半日でか! 相変わらず無茶苦茶だなルストは。いや、素晴らしいが──」

 報告書を受け取るカリーン。

「後遺症の可能性があったのか……。そうか」

 カリーンは私の書いた報告書に目を通し呟く。姿勢を正すと顔を上げるカリーン。じっとこちらを見つめてくるしんな瞳。

「ルスト師、本当にありがとう。私の民を救ってくれて」

 その短い言葉に含まれるカリーンからの本気の感謝の気持ち。私も正式なお辞儀の仕草をして、答える。

「職務を全うさせていただいた次第です。それに私にとっても皆、同僚になるしね」

 答えたところで、ぐーと私のお腹が鳴る。

「あはは、そうだな。さて、軽く食事にしようか。ルストも食べていけ。どうせ何も食べていないのだろ? 軽食、二人分頼むっ!」

 外の護衛っぽい人に向けて叫ぶカリーン。

「確かに、携行食しか食べてないな」

 治療の合間に食べたのを思い出しながら私は答える。

「携行食──あの草レンガかっ! まだ、あんなもの食べてるのか。ルストもマスターランクの錬金術師になったというのに。度しがたいな、本当に。もっと良いものがいくらでも手に入るだろう」

 なぜか思いっきり笑っているカリーン。

「はあ、久しぶりに笑った。さて、これだ。食事が来るまでに聞かせてくれ」

 カリーンが報告書の最後の部分を指差して言った。

 私は風土病の原因についての所見と、明日以降の予定についてカリーンへ説明しはじめた。

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