第五話 辺境へ!!(2)
私たちは白いトカゲを拾った水場から延びる川をたどっていく。
途中、明らかに人の手が入っていると思われる場所があり、そこで曲がる。
なんとなく道っぽい。大きな石が排除され、何度も人やら荷車が通った跡が大地に刻まれている。
「お、あれかな」
私はヒポポの
遠目には、そこは軍の野営地のような見た目だった。
私はヒポポの速度を緩め、刺激しないように気をつけながら近づいていく。
野営地まであと十数メートルというところでピタリと足を止めるヒポポ。
「ヒポポ?」
「ぶも、ぶも?」
私はそれを聞いて、その場でヒポポから下りると、そっとヒポポの鞍の横に付けられた荷物袋に、意識のない白いトカゲを置く。
落ちないのを確認すると、懐からメダリオンを取り出し、高くかざす。そして声を張り上げた。
「私の名前はルスト。錬金術師として、マスターランクを修めている。所属学派は、
私の名乗りが終わったタイミングで、前方数メートル先の地面が二ヶ所、大きく盛り上がる。
ずざざっと音を立て、砂が落ちる。そこでは
「ルスト師、来訪を歓迎します。辺境は人に擬態するモンスターもおります故、このような出迎えで失礼しました」
先ほどまで地面に隠れていたとは思えない様子で、話してくる人影。
どうやら声からして女性らしい。
全身に灰色の布を巻いた姿。顔も布で隠され、そこに大きく赤色で目が一つ描かれている。
ヒポポが教えてくれていたのはこれだったのだ。これ以上近づくと彼女らの攻撃範囲に入りますよ、と。
「いえ、素晴らしい姿の隠し方でしたね。その目の描かれた布は錬成された魔導具ですか?」
「その隠れている私たちに、
そう答える赤い目の女性。しかし、私の錬金術師としての目には、その顔を覆う布は明らかに魔導具に見える。なにか事情があるのかと追及は控えておく。
そこへもう一人が割り込んでくる。
そちらは顔を覆う布に青色で大きく目が描かれている。
「その騎獣の背にいるのはモンスターではないのか」
手にした槍をヒポポの荷物袋に突きつけてくる青い目の女性。槍先に揺らめく魔素のきらめき。私は本気の殺気に身構える。
「やめなさい、ロア」
赤い方の女性の静止の声。
「しかしアーリ姉様!」
ロアと呼ばれた、青い方の女性が抗弁する。
「私たちではルスト師はおろか、そちらの騎獣にも勝てませんよ」
アーリと呼ばれた女性の静かだが確信に満ちた物言い。
「っ。そんなにですか……。わかりました姉様」
ロアは槍から魔素を霧散させて引っ込める。しかし、その姿勢から、いつでも攻撃態勢に移れる緊張感が残っているのが伝わってくる。
「ルスト師、妹が大変失礼しました」
頭を下げるアーリ。
私は無用な争いにならずにすみそうで内心ほっとする。新しい職場でしょっぱなからトラブルとか勘弁してほしいので。
──この二人の女性、視覚に関する異能持ち、かな。
妹の方が多分、遠視系。私たちの接近を見ていたんだろう。姉の方は力量が見える何かか。たしか西方の地域に魔眼が発現しやすい一族がいるとか聞いたことある。何にしても、やっぱりこの白いトカゲは警戒されるよな。モンスターだし。
私はそんなことを考え、念を押しておくことにする。
「わかりました。お二人が危惧されるのも当然ですが、この白いトカゲについては私がこのメダリオンにかけて責任を取りますので」
手にしたままのメダリオンを示しながら二人に伝える。いざというときはトカゲの命を断つのはもちろん、被害の
「寛大なお言葉、ありがとうございます。さあこちらへ。カリーン様のところへ案内します」
二人の案内に従い、私はヒポポの首筋に手を当てると、歩きだす。こうして新しい職場となる野営地へと入っていった。
野営地へと入った私たちは、規則正しく立ち並ぶ天幕の間を進む。中央には水の保管用だろう、浄水機能付きの大きな
行き交う人たちは皆、せわしなく立ち働いている。パッと見、軍人あがりが多そう。みな、眼光鋭く、ちらりとこちらを確認してくる。
「ここです」
ロアの指し示したのは、他より二回りほど大きな天幕。
私はヒポポに、待機していてと、とんとんと首筋を叩いて伝える。そのまま天幕の中へ。
まず
「失礼します」
私は入りながら声をかける。
「ルスト! 来たか!」
通信装置の向こうから聞き覚えのある女性の声。
ガタッと椅子から立ち上がる音がして、カリーンが回り込むようにしてこちらへと現れる。
女性としても小柄な体。同い年と知っていなければ一見子供かと見間違うだろう。短く切られた真っ赤な髪が相変わらず燃えるようだ。
かつかつと歩幅も大きく一気に近づいてくると、がっと力強く握手をしてくる。
「いやいや、久しいな、ルスト! なんだ、老けたか?」
ブンブンと握手したまま手を振り、人の顔を見上げて失礼なことを言ってくる。
「ごほんっ。余計なお世話だ。カリーン……様」
一応カリーンが上司になる手前、様付けだけしておく。
「ふっ」
面白そうに唇を
「ルストのことだ、辺境とはいえここまで来るのは楽勝だったろう。出迎えに行ったそっちの二人とは問題なかったかな?」
アーリとロアの方を見ながらカリーンは瞳をきらめかせ、聞いてくる。
──あれ、出迎えだったのか?
アーリとロアの、プイッと顔を背ける様子が目の端に見える。
──ふむ、そういうことか。この野営地のメンバーで私と問題が起きるならこの二人、とカリーンは思っているってことね。こいつ、昔からこういうことするよなー。あえて真っ先に衝突させて、そこから関係性を築かせよう、的な。まあ、素直にカリーンの思惑に乗るつもりはないけど。
「……ああ、ないよ」
私は素っ気なく答える。ただ、思わずしかめっ面になってしまい、カリーンに笑われてしまう。
「そうか、ならいいんだ。さあ、立ち話もなんだ、こっちへ。皆、いったん休憩にしよう」
大型通信装置の周りに群がる人々に声をかけるカリーン。
そして、大人の男、数人分の大きさはありそうな通信装置をカリーンは、ひょいっと片手で持ち上げる。
それを見て、慌てて場所をあける周りの人たち。一人が地面に急いで布を敷く。その上にカリーンはどすんと通信装置を置く。
「さあ、座った座った!」
空いたテーブルの片側に座りながら、反対側の空いた椅子を指し示すカリーン。その耳元にアーリがささやく。
小さく
「ロア、お茶をお願い!」
そして天幕の入り口を開けたままにして、皆が退出していく。
「わざわざ皆を退席させたってことは、もしかして厄介事かな?」
私はやれやれと思って
「お、さすがルスト。話が早くて助かる。まあでもお茶を飲みながら思い出話の一つでもしてからでも、いいぞ?」
「はあ。本当に厄介事か。気楽な開拓生活かと思ってたんだけど。土地の魔素抜きで日が暮れるようなのんびりした生活、とかね」
どうやら本当に厄介事らしい。気心が知れた仲にかこつけて軽く愚痴ってみる。
「そりゃ魔素抜きは大事だ。やらなきゃ作物が育たないからな。しかしそんな簡単な仕事で、ルストに助けを求めるわけないだろ。『教授泣かせ』とまで言われていた学園の英俊さん?」
学生時代の恥ずかしい
にやにやと笑いながら。私はその笑い顔を見て、そういえばその渾名もこいつがつけたんだったなと渋い顔になる。
「……それはやめてくれ。で、結局、厄介事はなんなんだ、カリーン様」
カリーンはようやくからかうような表情をやめる。指を組み、こちらをじっと見つめる。
「ルスト師には、まず、この野営地で
そう語るカリーンの顔は、すっかり為政者のものだった。
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