第五話 辺境へ!!(1)

「まさか、ここまでとは……」

 私はヒポポの上から広がる荒れ地を眺めながらつぶやく。

 一般的に辺境と呼ばれる地に入ってほんの数分だが、そこは話に聞いていた通りの場所だった。

 生きている動植物が、ほとんどモンスターだけなのだ。てっきり誇張されたうわさかと思っていたのだが。

 まあ、実のところ目の前の荒れ地には見たことのない生き物や、植物もたくさんあり、それらが本当にモンスターなのかは明確にはわからない。ただ、今のところ動物も植物も、近づくともれなく襲いかかってくるのだ。

 今も、足元にい寄ってくる影が一つ。にょろにょろ動くそれをヒポポの足の一つが素早く踏みつける。

 どんっ。

 舞い上がるすなぼこり

「ありがとう、ヒポポ。ヒポポは敵意に敏感だから助かるよ」

 私はヒポポをいたわる。

 耳と尻尾をフリフリさせるヒポポ。ヒポポが足をどけるとそこには、ぺちょんとつぶれた先ほどの影。

 蛇のようなつたのような、どちらとも言えない姿。にょろにょろした体の片方の端には歯っぽいものが放射状に生えていたようだ。

「なんだろね、これ。とりあえず回収しとくか。何かの素材になるかもしれないしね」

 私はそれをリュックサックへとしまう。素手は怖いので、採取用の手袋をして。表面は少しヌメヌメしているので小分けのぼうすいぶくろに入れる。

「ふう、やれやれ。しかしこんな荒れ地になっているのは普通の生き物がモンスターに負けちゃうから、だったっけ。ふーむ。まあ、こんな感じで見たことのないモンスターがたくさんいるなら、研究は楽しそうだ。地図によるとそろそろ水場が見えてくる頃かな。そこを過ぎればカリーンたちのいる場所まであと少し、だってさ」

 私はヒポポの上で、もらった簡易的な地図を眺めながらヒポポに向かって呟く。

 そうですね、という感じで軽く頭を振って返してくれるヒポポの首筋をとんとんする。

「お、あれだ。少し休憩しよう。さてさて、水場には違うタイプのモンスターがいるのかな」

 ちょっとワクワクしながら私はヒポポから下りる。

 片手を後ろに回してリュックサックに突っ込みながら池に近づいていく。

「ぶもっ!」

 ヒポポからの警戒の呼びかけ。わずかに魔素の揺らぎを感じる。水の中に、魔法陣らしき何かが見えた気がした。

 そのときだった。目の前の池の表面を割って、何かが飛び出してくる。

 私はひょいっと首を傾ける。その私の顔の横を通り過ぎていく、それ。

 日の光を反射し、私の目に白い残像を残して。

 ──トカゲの子供っ?

 私がよく見ようと振り返ろうとしたときに、再びヒポポから警戒の鳴き声が。

 私はそれを聞き、今度はその場でしゃがみこむ。

 再び池の表面を割って、今度は触手のようなものが一直線に突き出されてくる。

 池から飛び出した触手は私の頭上を通過、まだ空中にいた白いトカゲへと巻き付く。

「ぴぎゃっ!」

 小さく悲鳴が聞こえる。

 見ると、触手に脚を絡め取られ、白いトカゲが荒野の大地へとたたきつけられていた。

 ずるずると池に向かって引きずり込まれていく、白いトカゲ。必死に抵抗している。

 私がパッと見でそのトカゲを子供だと思ったのは、体のパーツ一つ一つがまるっこいのと、顔に比べてつぶらで大きな瞳のせいだ。

 白いトカゲは力尽きた様子で私の横を引きずられ、通り過ぎていく。そのタイミングで、そのつぶらな瞳と目が合う。

 じっと私の目を見つめてくる瞳。

 それを見ていると、まるで助けて、と言われているように錯覚させられてしまう。

 ──いくら子供に見えるからって、明らかにモンスターだぞ。しかも見た目が子供っぽいからって本当にそうとも限らない。いや敵を油断させるためにあえてのあの見た目だってこともある! だいたい、モンスター同士の争いなら弱肉強食が自然の摂理だ。

 ……ああっ、もう! 可哀かわいそうに見えちゃうんだよっ!

 私は揺れる心のままに、叫ぶ。

「ヒポポ、頼む!」

「ぶもっ!」

 ヒポポが高速で私の横を通り過ぎていく。

 繰り出される踏みつけ攻撃が、大地を揺らす。

 その先にあったのは今にも池に引きずり込まれそうになっていた白いトカゲ、では当然なく、その脚に巻き付いていた触手。

 ヒポポの一撃で千切れた触手。紫色の液体をき散らし、池へと引っ込んでいく。

 あとにはぐったりした様子の白いトカゲが残されていた。

 私はそのトカゲに、そっと近づく。リュックサックから防毒用に《純化》処理を施した採取用の手袋をはめて、刺激しないように気をつけながらそっと触れる。

 反応がない。ただ、死んではいないようだ。巻き付いたままだった触手を外していく。

 触手から染み出したヌメヌメとした紫色の液が《純化》処理してある手袋の表面ではじかれ、指先から滴り落ちる。

 触手は一応素材として回収しておくと、私は手袋をしまい、スクロールを取り出す。

「《展開》《転写開始》《示せ》」

 スクロールに写し取られたトカゲの情報を読んでいく。

「やっぱり人間と違うからか、うまく読み取れないのか? いや、もしかしてなにか閲覧にロックがかかっている? ああ、ここからは読み取れるな。なるほど、極度の疲労状態ではあるな。ミトコンドリアの活動が最大値のわりに低下している、のかなこれだと……。ヒポポ、警戒お願いね」

 私はヒポポにお願いする。

 先日採取しておいた薬草とカゲロの素材を取り出すと、一番シンプルなポーションを作ることにする。

 ──このトカゲさんの状態にベストなポーションを作るのはちょっと無理だな。最適な状態が把握できないし。こういうときは無難なポーションにしとくに限る。

 私はスクロールを数本取り出すと、素材と目の前の池の水でサクッとポーションを作る。

 途中、再び飛び出してきた触手をヒポポが撃退。そして水浴びがてら、ヒポポが池の中に飛び込み一暴れするも、特に問題はなさそう。ヒポポがくわえてきた触手の元の死骸はナマズ風だった。口元にたくさんの触手を蓄えていたけど。

 そんなこんなで完成したポーションをいよいよ白いトカゲに振りかけてみる。

 トカゲの脇にしゃがみこんだ私と、その横で脚を折り曲げ、心配そうな表情でその様子を見守るヒポポ。

「……目を覚まさないね」

 私は隣にあるヒポポの顔に声をかける。

「ぶもぶも……」

 私は再びスクロールで白いトカゲの情報を転写し、目を通す。

「うーん。ミトコンドリアの活動レベルは明らかに改善しているんだけどな。普通の人間レベルにはなってる。ただ、最大値が高すぎるからな。なんとも──」

 首をかしげながら一人呟く私の横で、ヒポポが自身のあごで優しく白いトカゲの体をつんつんとしている。

 ──そういや、敵意や害意に敏感なヒポポがここまで心許しているのは珍しいな。このトカゲ、単なるモンスターじゃないのか? なんにしてもこのままここに置いといたら助けた意味ないしなー。

 と、私は考えながら辺りを見回す。荒れ地にある水場ということだけあって、モンスターの数が明らかに多い。

 それに、これまで触手ナマズを警戒して近づいてこなかったモンスターも、今後は現れる可能性がある。

 ──放置しておけば助からないだろう、な。

「ヒポポ、その子連れてくか」

 私は相変わらずトカゲをつんつんしているヒポポに声をかける。

「ぶもっ」

 ヒポポのどこかうれしそうな返事。私はそれに苦笑しながら白いトカゲを持ち上げる。

 どうにか片腕に収まるぐらいの大きさ。

「あと少しだし、このまま行っちゃいますか」

 と私はそのままヒポポにまたがり、水場をあとにした。

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