第四話 魔晶石を作ろう!!

 魔素を大量に含んだカゲロの実が、竜巻の中心でくるくると回転しはじめる。

 この《研磨》のスクロールは当然、ただの竜巻を作るものではない。その本質は竜巻に含まれる微細な金剛石の粒子。その濃度を自在に変更し、竜巻の中での回転速度を操作することで、細かい調整ができるのだ。

 金剛石の粉の濃度を上げる。

 カゲロの木からの木漏れ日を反射し、竜巻がキラキラと光りはじめる。

 村人たちからも、それが見え、歓声があがる。

「キレイ……」

「うわー」

「なにあれ──」

 女性陣の反応が顕著だ。やはりどこの地域でも光り物は女性受けするらしい。

 魔晶石の規格は三つの項目がある。サイズ、出力、容量、だ。

 特にサイズと出力が合わないと使い物にならない。

 そして、出力は魔晶石のカッティングによって決まる。

 幸運なことに、旧型の魔晶石の規格はバッチリ覚えている。

 私は小さくなりすぎないように気を配りながら、魔素を大量に含んだカゲロの実に、竜巻の中でカッティングを施していく。

「よし、こんなものか。《定着》」

 三本目のスクロールを発動させ、魔素をカゲロの実へと完全に封じ込める。

 竜巻を消すと、さっと手を伸ばす。

 私の手の上には、多面体にカットされ、中で真っ黒なもやが渦巻く魔晶石が一つ。

「そちらのH‐三二型魔法銃で試し撃ちしてみてください」

 私はカゲロの実から錬成した魔晶石を村長に差し出す。

 震える手でそれを受け取り、魔法銃へセットする村長。

 緊張した面持ちで、その様子を見守る村人たち。

 村長が空に向けて魔法銃を構え、引き金を引く。

 魔素が弾へと変換され、一条の真っ黒な光が空へと走る。

「うおおおお!」

「本当に魔晶石だ!」

「これでもうおびえて暮らさなくて……」

 村人たちの歓声が爆発した。

 ──こんなに喜んでもらえると、やりがいあるなー。

 そんなことを思いながら、つぶやく。

「さて、サクサク作りますかー」

 私は喜ぶ村人たちを見ながら、先ほどの《純化》《研磨》《定着》三本のスクロールをあと二セット、さらに錬成したものを移動させるために《解放》のスクロールを一本、リュックサックから取り出す。

 そして、先ほどのと合わせて計十本のスクロールを展開させる。

 そのまま三個同時進行で、カゲロの実をサクサク魔晶石へと錬成していく。

 いつの間にか、村人たちの歓声がやんでいる。

 なぜか皆、ポカンとした顔をして私のことを見ていた。


「はい、これで全部っと」

 私は目の前にあったカゲロの実を全て魔晶石に錬成し終わると、伸びをする。

 山のように積まれた魔晶石。子供の背丈ぐらいはある。

 さすがの私でも小一時間はかかってしまった。

 途中で、あとは同じことの繰り返しですよーと声をかけたにもかかわらず、かなりの数の村人たちがまだ残って見ていた。

「村長さん、終わりました。どうぞお持ちください。どれも魔素たっぷりです。多分、前に市販していたのより二倍くらいはもつはずです」

 村人たちの中に村長がいるのを見つけて声をかける。

「に、二倍ですか!? しかもこの量。これはこの村じゃ使いきれない……。領主様に相談しなければ……」

 なぜかぼうっとした表情で呟き続ける村長。

「村長さん、村長さん?」

 私は再び声をかける。

「え、ああ、はい、すいません」

 ハッとした表情をすると一度頭を振る村長。

「いやはや、長年生きてきましたがこんなに驚いたことは初めてですよ。はい、それでは村に運ばせていただきます。ザーレ、お願いします!」

 気を取り直したように指示を飛ばしはじめる村長。

 ザーレは荷車のようなものを村から取ってきていた。村人たちがそれに次々に魔晶石を積んでいく。

 どうやら私の作業中に色々手配していた様子。

 ──うん、こういう段取りがちゃんとしているのは素晴らしい。これは今後の件も含めて話しておきますか。

 私はそんなことを考えながら村長へと声をかける。

「それではその他のカゲロの素材はもらっていきますね」

「あ、ルスト師、一緒に村まで運びましょうか?」

 二台目の荷車を指差しながら村長が返事をする。

 私はそこまで気配りしてくれたことに感心しながら、その好意を無にしてしまうことにちょっぴり罪悪感を感じる。

「あー。せっかくなのですが、大丈夫なんです」

 そして展開したままだったスクロールのうち、《研磨》と《解放》だけを同時発動する。

 研磨は金剛石の粉の密度をゼロにし、カゲロの素材の山をその竜巻で巻き上げる。

 肩から外したリュックサックを手に持ち、素材用の出し入れ口を大きく開けると、竜巻でくるくる舞っているカゲロの素材に向ける。

 そのまま《解放》のスクロールで微調整しながら、一気に素材をリュックサックの中へと吸い込んでいく。

「す、すげえ! どれだけ入るんだあれ」

「一瞬で片付いたよ、見たかい」

「見た見た、不思議だね……」

 村人たちが魔晶石を積む手を止めてこちらを凝視している。

「おい、みんなっ! 手が止まっているぞ」

 そこにザーレが声をかける。

「さて、村長さん、ちょっと相談があるのですが」

 そんなやり取りを眺めながら、私は村長に声をかける。

「っ! わかりました。それではわしの家で。ザーレ、あとは頼みます」

 それだけで、私の場所を変えたいという意図を理解してくれる村長。私はその察しの良さに、この人なら大丈夫そうだと内心安心しながら一緒に村長の家へと向かった。


 私は再び村長宅でお茶をごちそうになっていた。

 一仕事終えた後のお茶は、格別にうまい。目に見えて喜んでもらえる仕事は、やはり充実感が違う。

「ふぅ。さて、村長さん」

 お茶をテーブルに置きながら声をかける。

「はい」

 こちらに向き直り、言葉少なく答える村長。

 ──あれ、緊張させてしまっている? ああ、何か悪い内容かと思わせちゃっているのかな。

 私は話しだすのを延ばしすぎたかと反省しながら言葉を続ける。

「気を楽にしてください。今後の話です。旧型の魔晶石ですが、この村だけであれば先ほどの量があれば数年は大丈夫でしょう?」

「数年だなんて。あの量! そして容量が増えていることを考えれば数十年はもちますとも! 本当になんと感謝していいか──」

 早口になった村長に対し、私は笑顔を浮かべて軽く手を振る。

 それだけで、ピタリと口を閉じる村長。

「ただ、旧型の魔晶石が必要なのはこの村だけではないと思うんですよね。特にこの辺境周辺地域なら……」

「ええ! それはもちろん! この地方に住まう者なら誰だって熱望していますとも。旧型の魔晶石が再び手に入ることを!」

「さて、そこで相談なんです」

「もしかしてうちの村にしばらく滞在してくださるのですか! それならいくらでも──」

「残念ながら違います。実は、私は騎士カリーンの元へとせ参じる途中なのですよ。ここより北、辺境に新たな領地を切り開く手伝いとして」

「おおっ! それは! カリーン様のうわさは、開拓の件も含め、この地の領主様より伺っておりますとも! 先だっての戦争において目覚ましい活躍をなされたとか。その剣は、いっせんで重装備の男三人を吹き飛ばすほどだとか。見た目は女性らしい細腕なのに、人間とは思えないほどの豪腕っぷりからついた二つ名が……」

 憧れの英雄について語るような村長。

 それを再び笑顔で軽く手を振って黙らせる。すでに同じ噂を聞いていたので。ただ、友人であり、これから上司になる方のされた、あまり優美でない二つ名を何度も耳にするのが嫌だったのだ。

 あっ、しまったという顔をして黙りこむ、村長。

 私は軽くせきばらいをして話を進める。

「というわけで、村長からそちらの領主様に内々にお話をしておいてほしいのですよ。騎士カリーンの新領地との、旧型の魔晶石の取引の可能性、についてですね」

 私はにこやかに締めくくる。

 ──新領地の開拓は何かと物入りのはず。金を稼げる手段はいくらあっても無駄にはならないだろう。まあ、カリーンが私に他の仕事を振りたいっていうならそれもまたよし。カリーンとここの領主で話し合って、作業量控えめな取引条件を決めてくれるだろう。

 村長は、私の要望に快諾してくれる。

 まあ、村長からしたら当面必要な魔晶石はすでに確保してあるし。余分な魔晶石を手土産に、自領の領主が喜ぶに違いない話を持っていくだけのことだ。当然、快諾してくれる。

「あ、それと手紙を出したいのですが」

 私はもう一つ、根回しをするために紙とペンを村長にお願いする。

「こちらをお使いください、ルスト師」

 恭しく差し出されるそれを手に私はカリーンとは別の、学生時代の友人の一人に手紙を書きはじめる。

 ──彼は今、確か国の軍部にいたはず。新型魔法銃の件は魔晶石の利権がらみだよな、どうみても。リハルザムとか、思いっきり関わってそうだけど、まあ、あいつはどうでもいい。それよりも気になるのが軍部の動きだ。戦争中に、新型の魔法銃への変更。軍の装備品だって当然、巨大な利権だ。そこへこの地から、大量に旧型の魔晶石が流れていくとすると……。

 私は物思いにふけりながらもささっと手紙を書き上げると、近くにいた村長に手渡す。

 すでにろうふうの準備をしてくれていた様子。

 ──こういう常識的な部分に気が利いて先が読めるのはさすがだな。まあ、私の錬成のパフォーマンスでされてなかったら、もう少し違ったのかも?

 私はそんなことを考えながら、自分のメダリオンで蝋に印をつける。手紙を出してもらうことをお願いすると、せめて一晩でもと引き留める村長や村人たちに別れを告げ、村を出発した。

「さあ、いよいよ辺境だ」

 まだ見ぬ地に、心躍らせながら。

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