第三話 トマ村!!(2)
「さて、早速なのですが、ルスト師は旧型の魔晶石の在庫はお持ちではないでしょうか?」
村長が切り出してきたのは、意外なお願いだった。
「旧型の魔晶石ですか。場合によってはご助力できることもあるかもしれません。でもどうしてわざわざ旧型を? 理由をお伺いしても?」
「それは……お気を悪くされないといいのですが」
悩む様子を見せる村長。しかしこのままでは話が進まないとばかりに口を開く。
「ルスト師も当然、一年前の戦争のときにあった魔法銃の全面的な改革はご存知かとは思います」
「あー。はい。一応は」
と、私は答える。
──魔法銃、一年前? ああ、なんか武具錬成課のリハルザムが俺の手柄だって自慢していたやつか。威力を向上させたとか言っていたな。
「改良とは名ばかりの、改悪、いやあんなのは単なるぼったくりだ!」
そこで同席していた、私をここまで案内してくれた壮年の男性が吐き捨てるように言う。
「これ、ザーレ」
ザーレと呼ばれた壮年の男性をたしなめる村長。
「しかし、ザーレの言うことももっともなのです。ザーレ、持ってきてくれ」
村長が何か指示を出している。
「詳しくお伺いしても?」
「はい。そもそも魔法銃は武の心得のない、わしらのような辺境暮らしの者には必須の武器でした。凶暴な獣やモンスターの撃退には欠かせない存在で。一年前までは──」
「しかし、今は違うと」
「はい。旧型の魔法銃は非常に燃費もよく頑丈で長持ち。燃料となる魔晶石もめったに交換のいらない素晴らしいものでした。まさに辺境に住まう者たちの友と言ってもいいぐらいの。特に数年前に開発されたH‐三二型は旧型の中でも本当に頑丈で狙いもぶれず、頼りになったんです」
村長は二つある魔法銃のうち、一つを前に出す。
私はそれを見て、おっと思う。それはちょうど私が錬金術協会に入った頃に、開発に携わったものだった。まだ協会長になる前だったハルハマー師──当時は武具錬成課の責任者だった──が主導して作ったモデルだ。確か開発コンセプトは兵士が最後まで安心して使えるもの、だったか。
質実剛健、低燃費なコンセプトは当時は地味だとさんざん言われていたが。やはり使う人からの評価は高いのか。さすが、ハルハマー師。
私がこっそり感心しながらH‐三二型魔法銃を見ていると、村長の話が続く。
「それに比べて、このR‐零零一型は……」
「上品に言って、
ザーレが吐き捨てるように言う。
「これ、ザーレ。まあ、その通りなのです。威力は向上しているらしいのですが、すぐに壊れ、暴発もする。何よりも燃費が非常に悪くて。高価な新型の魔晶石を頻繁に交換しなくてはいけないのです」
村長が嘆くようにそう言い募る。
「威力なんて前のままで十分だったのによ」
そう伝えてくるザーレ。口出しせずにはいられないほど、不満に思っているのだろう。
「しかもです。旧型の魔法銃と一緒に旧型の魔晶石も生産が中止になってしまったのです。H‐三二型魔法銃はまだまだ使えるというのに、対応する魔晶石が手に入らなくなってしまって」
「それで仕方なくR‐零零一型を買ったんだが、何の役にも立たねえ」
「運用コストが高すぎて、R‐零零一型では十分な防衛ができないのです。ここぞというときにしか撃てない。しかも撃っても暴発したり壊れたり。その結果、当然、獣やモンスターによる被害が増えてしまいまして。特に辺境の村は味をしめたそれらが頻繁に近づいてくるのですよ。でも追い払う手段がない。もう皆、怖がってしまって。特に家族持ちの方は……」
「皆さん、安全なところへ転出してしまったんですね。そういうことなら、わかりました」
私は寂れた理由に納得しつつ、依頼を受けることにする。
「おおっ、では譲っていただけると!?」
「いえ、手持ちにはありません」
そう私が言うと、がっくりとした様子を見せる村長とザーレ。
「でも、作れますよ」
私が続けて言うと今度は一気に二人の顔が明るくなった。
「さて、報酬なのですが……」
そのタイミングで切り出す私。
村長たちは緊張した表情。
「カゲロの木の素材を無理のない範囲で、というのはいかがでしょうか?」
私のその提案にきょとんとした表情の村長とザーレ。
「そんなもので? 確かにカゲロは近くにたくさん生えていますが、何の使い道もないのでは?」
そう、確かに一般的な認識としてはそうだろう。習わしとして、集落の長の家のドアの上を飾るぐらいで、近くにカゲロの木を植えている集落は最近特に少なくなってきた。ただ、昔の文献を見ると、それこそ村に一本は必ず植えられていたらしい。
「たくさん生えているのですか。それは素晴らしい! とりあえず、案内していただけますか? 今なら、ちょうどカゲロの実もなっている時期ですし」
「わかりました。それでルスト師がよろしいのでしたら。こちらです」
私たちは村長の案内に従って村を抜けていく。
歩いている間に、なぜかそこかしこから村人たちが集まってくる。
いつの間にか、村長を先頭にした行列が出来ていた。
──小さな村だし、娯楽も少なそうだから人が集まるのは仕方ないね。錬金術とかいい見せ物だろうし。しかし、こうして見るとやっぱり子供が少ないな。
そんなことを考えていると、カゲロの木々が見えてくる。小さな林ぐらいはある。
「素晴らしい。さて、落ちているもので構いません、カゲロの木の素材を集めてくれませんか?」
私は村長に声をかける。
「はあ、お前たち、ついてきたなら働いてくれ。こちらの錬金術師様の言う通り、カゲロの木の枝や実を集めてくれ」
最初は顔を見合わせていた村人たちもすぐに村長の指示に従ってくれる。
私の目の前に、みるみる積まれいくカゲロの木の枝と、実。ちゃんと分けて山積みされている。
「これぐらいでいいですよ」
私はそう告げる。
「作業、やめっ!」
ザーレが村人に声をかけてくれる。
私はその間にカゲロの実の一つを手にすると、近くにいる村長たちに語りかけるように呟く。
「魔晶石の材料はご存知ですよね。一般的にはモンスターの魔石を使います。ただ、作り方はそれだけではないのですよ」
私はおもむろにリュックサックからスクロールを三本、取り出す。
「《展開》《展開》《展開》」
くるくると広がる、三本のスクロール。それだけで周りにいた村人たちがざわつく。
口々に驚きの声が聞こえる。
「あれはなんだ?」
「バカかい、あんた。あれはスクロールだよ」
「あれが、スクロール。錬金術師が秘術の限りを尽くして作り出すと言われている……」
「それよりも三本同時展開とはたまげたー。初めて見た。神業か」
私は村人たちの会話を聞き流しながらも、結構錬金術に詳しい人もいるんだなと感心する。娯楽に飢えている村人たちに、せっかくだから派手なのを見せてあげたかったとは思いつつ。まあ、工程は決まっているので、そういうわけにもいかない。
地味でごめんねと、内心で謝っておく。
「《純化》」
一つ目のスクロールを発動させる。そう、それは前にポーションを作る際にも使ったもの。私の自慢の一品。
あのときは純水を作るのに使ったが、今回の対象は目の前の空気。
そこに含まれる魔素に対して、発動させる。
そもそも、モンスターの体内から取れる魔石は、長い時間をかけて大気中の魔素を固体化させたものなのだ。
それなら、わざわざモンスターを経由しなくても直接空気から
《純化》のスクロールの作用で、目の前に黒いもやが現れる。これが魔素だ。しかも高濃度のもの。
再びざわつく村人たち。しかし、さすがに今回は何が起きているかわからないようだ。あまり驚いた様子もない。まあ、《純化》のスクロールは私の特製品。この世界で使っているのは私だけなので、それも仕方ない。
──ここが今回の錬成の工程のキモなんだけどねー。
まあ、いいやと。私は手にしたカゲロの実を、黒いもやへと突っ込む。
黒いもやがカゲロの実へと吸い込まれていく。カゲロの実が、魔素を取り込み一気に黒く染まりはじめる。
カゲロの実は本当に様々な錬成の素材として使えるのだ。というのも、このように魔素の宿りが非常に良いという特性があるためだ。
「《研磨》」
私はそのまま二つ目のスクロールを発動させる。
発動したスクロールの上で、風が渦巻きはじめる。すぐさま、それは小さな竜巻へと変わる。
「すごい、ちっちゃな風の渦」
「あれは竜巻っていうんだよ」
「すげえ、ぐるぐるしてる」
再びどよめく村人たち。今回はわかりやすかったようだ。反応が大きい。
私はそのミニ竜巻の上で、魔素を取り込んだカゲロの実を手から放す。
竜巻の中心へと、カゲロの実はまっすぐに落ちていった。
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