第三話 トマ村!!(1)

 タウラの心を無駄にきつけてしまったことなどつゆらず、私はあのあと、全速力で北に向かっていた。

 八本の足を波打つようにして、爆走するヒポポ。

 ときたまヒポポにスタミナポーションを飲ませて、自分でも飲む以外はノンストップで進み続けていた。

 夜になると野宿で過ごす。

 外でヒポポと焚き火を囲んで明かす夜は、なかなか新鮮だ。協会に就職してから泊まり込みといえば、研究室で徹夜で錬成に明け暮れるぐらい。

 こういった、星空を眺めながらのまったりとした時間というのは記憶にない。まあ、どんなに疲れても、硬い地面で寝て体がこわばっても、スタミナポーションを飲めば完全に回復するからこそ、夜営を楽しめているともいえるが。

 ちなみに食べ物は携行食一択。各種穀物やフルーツを錬成で乾燥、固着させたブロック状のものだ。学生時代に初めて作ったときはカリーンに草レンガ呼ばわりされた。名前の由来は草と土の味がするブロックだからという。カリーンのとんでもないネーミングセンスにあきれたものだ。味だってそこまではひどくないのに。


 そうして旅に出て数日後、日が暮れる頃に、一つの村が見えてきた。

「確かここが北の辺境に入る前、最後の村だよな。あれ、なんか寂れている?」

 ヒポポの背から村を眺めながらつぶやく。カリーンから通信装置経由で簡単な地図ももらっていたので、取り出して確認してみる。

「やっぱりそうだ。トマ村、だよな」

 堀はかつてはしっかりとしたものだったのだろうが、手入れを怠っているのか所々ほころびが見える。塀も穴だらけ、とはいかないまでも、万全には到底見えない。

「ここっていわば、お隣さんになるんじゃないか、カリーンの領地の。大丈夫か、これで」

 私はヒポポから下りると、スクロールを取り出す。

「ヒポポ、ここまでありがとう。またあとでねー」

 私はスクロール片手にお礼を伝える。

「ぶもー」

「《展開》」

 手にしたスクロールがくるくると広がる。

「《送還》ヒポポ」

 スクロールから、白い糸のようなものが無数にあふれ出す。その糸が優しくヒポポの全身を包み込むと、一気にスクロールへと引き寄せる。糸にくるまれたヒポポの体がみるみるスクロールサイズまで縮んでいき、そのままスクロールへと吸い込まれていく。

 完全にヒポポが吸い込まれたところで、スクロールをつかみ取りくるくると閉じるとリュックサックへとしまいこむ。

「さて、せっかくだからちょっとこの村の様子でも見てから行きますかー」

 私はカリーンの領地のお隣さんとなる予定のトマ村へと足を踏み入れる。

 入ってすぐに、壮年の男性に声をかけられる。

「何者だ、あんた?」

「こんにちは、旅の錬金術師をしていますルストといいます。お伺いしたいことが……」

 私は寂れた様子の理由を聞こうとする。

 そこへかぶせぎみにその男性が話してくる。

「なにっ! 錬金術師だって! ふーむ。あんたちょっと村長のとこに来てくんねえか?」

「いいですよ」

 私は快諾する。詳しい事情を聞くのにも都合が良さそうだったので。

 そのまま男性に連れられ村の中を進む。

 やはり、寂れているという外から眺めた印象は間違いなかったようで、空き家が目立つ。

 ──これは、特定の年齢性別の人が減った、というよりは家族単位で人が減っている感じかな。転出が増えている?

 村の様子を見ながらそんなことを考えていると、村長宅に到着する。

 あまり他の家屋と変わらない大きさの家だ。玄関の上に長であることを示す、カゲロの枝がるされていなかったら一般の家と見分けがつかなかっただろう。

 ──おっ、立派なカゲロだ。大きいし、まだみずみずしい。いい錬成の素材になるな。近くにカゲロの木が生えているのかな。

 私がそんなことを考えていると壮年の男性がドアを開けながら中に向かって叫ぶ。

「村長っ! 錬金術師を連れてきたぞ!」

「なに、本物か?」

「……いや、確認はしていないが、でもよ、見た目は錬金術師だぜ」

 なにやら私のことで話し合っている様子に、私は懐からメダリオンを出しながら家の中へと入っていく。

「こんにちはー。旅の錬金術師でルストといいます。これ、錬金術師のあかしのメダリオンです」

 と村長らしき老人に見せながら。

「──っ! こ、これは失礼しました。わしがこのトマ村の村長です。そのメダリオン、確かに錬金術師様とお見受けしました。しかも、最高ランクのものではありませんか?」

 私は自身のメダリオンを改めて見る。基本的に錬金術協会所属の同僚だった錬金術師は、皆このマスターランクのメダリオンを持っているからあまり意識したことはなかったが、確かにランクとしては一番上だ。一応、あんなところだが、協会は国の錬金術のトップ組織なので。

「確かにランクは一番上ですよ」

 私は特に隠すつもりもないので、肯定する。

「これは、村の者が本当に失礼をしたようで申し訳ない。ルスト師、実はお頼みしたいことがありまして。とりあえずお茶でもいかがですか?」

 村長は居間の方を示す。

「ごちそうになります」

 私はその誘いに乗る。十中八九、この村が寂れている理由に関係のある依頼だろうと思ったので。それにマスターランクの者への呼び方を知っているのは、それなりの教養がある証だ。話もスムーズだろう。

 案内された居間で席に着き、しばし村長の奥さんらしき婦人の出してくれたお茶を堪能する。ごくごく普通の茶葉だ。しかし、携行食ばかりの食事のあとでは温かいというだけでありがたい。

 互いにお茶を飲み終えたところで、村長がおもむろに話しだす。

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