第二話 ポーション作成!!(2)

「失礼します」

 声だけかけ、脇腹を探る。

 神官服を丹念に探っていくと一条の引き裂かれた破れが見つかる。その下にある、うっすらとした切り傷。私は先ほど作った金色のポーションを一滴、傷へ垂らす。

 皮膚についた一滴のしずくから金色の光があふれ出し、彼女の全身を覆う。光が消えた後には、つるりとした皮膚が再生されている。

 私はいったん、数歩、後ろへ。

 その直後、私の想定通りに、彼女の意識が戻った。

「ううん……」

 目を開けた瞬間、がばっと身を起こすと、帯剣したままの剣に手をかける。

「敵は……?」

「呪術師の使い魔なら、そこですよ」

 私はヒポポに潰された紫色の染みを指し示す。

 声に反応して、ばっとこちらを振り向く彼女。ちらりと私の指し示す場所に視線を送ると、ゆっくりと立ち上がりながら、こちらへと声をかけてくる。いつでも剣を抜けるように構えながら。

「貴殿は?」

「協……、いえ。しがない旅の錬金術師です」

 危うく協会の、と言いかけてしまう。

 ──習慣って怖いな。退職したのに。というか、今は無職になるのか。なんか新鮮だ。

「錬金術師? くぅっ」

 そう呟いたところで、彼女はガクッと膝をつく。

「すいませんが、外傷は勝手に治しておきました。ただ、体内の毒の浄化がまだなので。これを」

 私はポーションの残りを見せながら説明する。

「……助けていただいたのか。感謝する。──それで、そのポーションの対価はいくらになる?」

 彼女は苦しそうに顔をゆがめる。

 ──あー。どうも、勘違いされちゃったか。途中までしか治していないことで、もし完全に治したいなら……って何かを要求してると思われてそう。別に大したものじゃないから、タダであげるつもりなのだけど。

「これは、無償と言ったら警戒されちゃいそうですね。うーん、他意はなかったんですよ。ポーションを自力で飲んでもらえるから、意識があった方が楽かなって思っただけで」

 私は試しに軽くそう言ってみる。

 なぜか、そこでクスクスと笑いだす彼女。険の取れた表情も相まって、なかなかの破壊力の笑顔だ。

「いや、警戒して申し訳なかった。どうやら本当に善意なのだな。しかし見たところ、そのポーションは相当な品の様子。やはり無償というわけにはいかぬ」

 あくまでもそこはかたくなな、彼女。

「うーん、ではこうしましょう。私は旅の錬金術師、ルスト。北の辺境の領主、カリーンに仕える予定の者。これは契約と致しましょう。将来、私に厄災が訪れた際は、その剣の力をお貸しいただきたい。騎士様、お名前は?」

 私はぴしっと姿勢を正すと、右手を拳にし、自分の胸に当てながら名乗りを上げる。そのままお辞儀をすると、古めかしい感じでこれは貸しってことで、と言ってみる。

 半分冗談なことが伝わるように、笑顔で。

「……ふくしゅうの女神アレイスラが騎士、三剣の三、タウラ。この貸し、確かに借り受けよう。錬金術師ルストに降りかかる厄災を切り裂く一振りの剣となろう。我が剣に誓って」

 タウラはキリリと表情を引き締め、答える。

 私が意図したよりも真剣に受け止められてしまったような気がする。まあいいかと、タウラの伸ばしてきた手にポーションを渡す。

 ぐっとあおるように飲み干すタウラ。その体からは先ほどとは比べものにならないぐらいの光が満ちる。

「温かい……」

 自らの顔に手を当てるタウラ。

 光が収まったそこには、一切の不調が消えた彼女がたたずんでいた。

 はっとした様子で、腰に下げた剣を引き抜き、顔の前に掲げるタウラ。

 当然、その顔面に刻まれていた入れ墨のような呪いもれいさっぱり消えている。

「呪いがっ! 消えている……。どんな聖水でも解除できなかった呪いが。ああっ!」

 タウラの瞳がにじんでいく。その歓喜の表情をぬらす、涙が溢れてくる。

 私はそれを見て、なんとなく気まずくなってくる。

 呪いを解除してしまったのは、ポーションのおまけの作用にすぎないので。

 材料の完全なる純水は、概念としての水、そのものだ。つまり一にして全の存在であり、神が作りし原初の水と同質なのだ。

 なので、それは神気を帯び、下手な聖水なんかよりも呪いには効果抜群だったりする。

 このままだときっと色々聞かれてしまうだろう。こんなに泣くまで感動しているのに、残念ながらおまけ効果だったと言うと、その後の雰囲気が居たたまれないことになりそうだ。

 なので、私はさっさとこの場を立ち去ることにする。

 ──さっさとカリーンのとこに向かうことにするか。特に私の方は用もないしね。

 自分から寄り道したことは棚に上げ、内心そんな言い訳をしながらヒポポにまたがると、そのまま出発してしまう。

 軽くヒポポの肩をたたいて全速力をお願いすると、タウラに向かって叫ぶ。

「それじゃあ、失礼します。私は用があるのでーっ!」

「あっ、待って──」

 こちらに手を伸ばして叫ぶタウラ。

「……行ってしまった。金色のポーション、まさかこれは伝説に名高いエリクサー? これはとんでもない人物に借りを作ってしまったな。ふふ、面白い。それほどの御仁がたいする厄災とやら、ほどのものか。腕が鳴るっ」

 そしてその手に半分以上残っているポーションを掲げながら言う。

「北の辺境と言っていたな。さっさと復讐を済ませ、北に向かうとするか。ふっ、死ねない理由が出来てしまったではないか」

 背後に残されたタウラのそんな呟きは当然、離れていく私にまでは届かなかった。

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