第二話 ポーション作成!!(1)

 私は走りながら、息が切れる度に手にしたポーションを口に含む。

 ──日頃の運動不足がたたるな。まあ、こんなこともあろうかと用意していたスタミナポーションだ。飲めばすぐに切れていた息も元通りに。

 しばらく進む度にポーションを口に含むというスローペースだったが、ようやく群生地が見えてくる。

「よし、ちゃんと薬草、残ってるな」

 記憶にあるより少し薬草の生えている範囲が縮小している。どうやら誰かが定期的に採取に来ている様子。

 私もその誰かの邪魔をするつもりはないので、手早く必要最低限だけ薬草を採取していく。基礎となる体力回復効果のあるもの、傷口の再生力を高めるもの、そして毒素を排出するもの。

 もちろん、それらは草の状態では効果はほとんどないし、普通にポーションに錬成したとしても気休め程度の効果しか発揮しない。

 そういう意味では倒れていた神官騎士の女性が自力で群生地にたどり着いていたとしても、多分助からなかっただろう。

 しかし、私ならそんなことにはならない。次に群生地の近くの湖へ近づいていく。

「よし、水の確保もできると。先ほど見た彼女の状態だと、簡易錬成したものでいいだろう」

 私は錬成の速度を優先することにする。

 リュックサックから、簡易錬成するときにいつも使うスクロール三本と、空のボトルを取り出す。

 左手にボトルと薬草。右手の各指のすきにスクロールを挟み込むようにして構える。

 一つ深呼吸。

 精神がぐのを待ってから、つぶやく。

 右手をゆっくりとぐようにしながら。

「《展開》《展開》《展開》」

 三本のスクロールが空中に固定され、くるくると広がる。

「《解放》重力のくびき《対象》認知対象物、五」

 一本目のスクロールを発動させる。

 私の左手にあった薬草三種とボトル、そして目の前の湖の水が重力から解き放たれる。ふわふわと浮かび上がる薬草とボトル。湖の水は拳大の球体になって私の目の前でとどまる。

「《純化》」

 二本目のスクロールを発動する。

 ちなみにこの純化は、いつも私が蒸留水を作成するときに使っているもので、蒸留するのがめんどくさくて作ったスクロールだ。

 実は、私の基礎研究の粋を集めた自信作だったりする。

 通常の純水を超えた超純水。それをさらに超えた、完全なる純水を作成できるのだ。それは概念としての水、そのものとなる。

 まあ、ただスクロールを発動するのではなく、完全なる純水を作るのには、ちょっとしたコツがいる。そして完全なる純水は扱いが難しい。それもあって協会で作っていた蒸留水は超純水レベルに抑えていた。

 そんなことを思い返しながら、私はいつものように微細な魔力操作を施して、水を純化させる。

 さすがに日に千本も作っていれば、ここまではあくびしながらでもできる作業。そしてそこへ、ちょっとした魔力操作を追加で加える。

 あっという間に完全なる純水が完成する。

 次に私は一本目のスクロールに魔力で干渉し、薬草三種を完全なる純水の中へ投入する。

 そこで純水へ追加で施していた魔力操作を止める。それは完全なる純水から一切の不純物を排除するために行っていたもの。

 それがなくなった瞬間、完全なる純水は一気に薬草を侵食していく。どんなものであれ、高純度の液体は、物を溶かす力が上がっていく。それが自然のことわりに反して極限まで純度を上げられた純水なら当然、相当なものになる。世界の均衡を保とうと、完全なる純水だったものは、薬草を破砕し、食い散らかし、バラバラにしていく。

 目の前に浮かぶ水球が一気に緑色へと変わる。

「《純化》」

 再び二本目のスクロールを発動させる。対象は目の前の薬草と純水の混じりあった緑色の溶液。それを次はポーションとしての概念へと純化していく。

 先ほど確認した、神官騎士の女性の状態に対応した配合へと、一気にポーションを作り上げていく。

 目の前の水球から排除された不要物がパラパラと粉になって排出され、落下していく。

 全ての不要物が排出された次の瞬間、緑色だった溶液が、輝かんばかりの金色へと変貌する。

「《定着》」

 三本目のスクロールを発動。

 出来上がった金色のポーションの存在を、この世界の中に固定させる。

 最後に私はふわふわと浮かんだままだったボトルを、目の前の金色に輝く球体の溶液の下へ移動させる。

「《解放》重力のくびき、限定解除」

 とんっと指先で水球に触れる。はじけ、空中に拡散していく液体。

 次の瞬間、ざあ、と水球だった金色の溶液がボトルの中に向かって入っていく。

 最後の一滴がボトルへ。私は急いで封を施す。

「ふう、久しぶりにポーションを作ったけど、まあまあかな。さあ、急いで戻りますか」


 私は帰りもスタミナポーションのお世話になる。倒れたままの神官騎士の女性の元に戻ると、ヒポポの勇ましい鳴き声が聞こえてきた。

「ぶもーっ」

 ヒポポの右前足、高速の踏みつけ。

 どしんという音。

 するりと、何かの影が、ヒポポの足元をすり抜けていくのが見える。舞い上がるすなぼこり。ヒポポの息が荒い。

 私はとっさに手にしたままのスタミナポーションをヒポポに投げる。くるくると回りながら飛ぶ、ポーションの残ったボトル。

 そのままちょうど、ヒポポの背中に命中、スタミナポーションがヒポポにかかる。

「ぶもぶもっ!」

 ヒポポの喜んでいるような声。そしてその動きに、キレが戻る。

 ヒポポは後ろ足二本で立ち上がると、一気に地をう影へと飛びかかる。飛びかかりざまに残りの六本の足で繰り出される、連続した踏みつけ。

 ドドドドドドドドッという地響きが、私のところまで伝わってくる。

 何かの体が、踏みつぶされたようだ。

 そのまま勝利のたけびをあげるヒポポ。

 私は急ぎ、ヒポポの元へ。

「大丈夫か? 何がいた、ヒポポ」

「ぶもぶもっ」

 器用に自らの右前足をあごで指し示すヒポポ。踏み潰したものの残骸だろうか、触手のようなものが数本、飛び出している。

 私は片膝をつき、そっと様子をうかがう。ヒポポがゆっくりと足を上げると、そこには紫色をしたシミ。

「これは、例の使い魔か! この系統だと呪術系のやつだな。よくやったぞ、ヒポポ」

 私はヒポポを褒める。

「ぶももー」

 褒められてうれしそうなヒポポ。尻尾をフリフリしている。

「こいつがきっと神官騎士の彼女を狙っていた使い魔、だよな。やっぱり近くに潜んでいたか」

 私はとりあえず使い魔が完全に潰れているのを確認すると、そのまま女性への治療を始めることにする。

 とはいっても、ポーションをかけるだけだが。

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