所長と隣村の冒険者(4)


   ◇◇◇


 イーファがコブメイ村でも顔が利くおかげで、ゴウラたちの依頼内容はすぐにわかった。ここから更に離れた町のギルドから依頼があり、コブメイ村に詳しい彼らが対応にあたることになったとのことだ。

 内容は山の果樹園近くのゴブリン討伐。最近見かけるようになったので、巣があるなら確認、可能ならせんめつ

 彼らはすでにゴブリンの巣を特定している。殲滅するつもりだ。戦法としては朝早く日が昇ってからのゴブリン退治。太陽を嫌う魔物相手への正攻法である。

 ゴウラたちが出発してすぐ、俺とイーファも準備を整えて宿の外に出た。いつもの装備に水と食料。それと今日は村の猟師から借りた弓矢も準備している。一緒に小さな盾もあったので借りておいた。

「依頼を調べた上に、弓矢まで借りちゃって、どうするんです?」

「念のため、見学に行こう」

 俺の言葉を聞いたイーファがげんな顔をした。

「あの二人はともかく、ゴウラさんはすごうでですよ? 私なんかじゃ全然勝てないくらいです」

「だから心配なんだ。案内を頼む」

 いまいち納得していないようだが、イーファは素直に案内してくれた。新人だけど、山歩きに慣れているし、神痕も使える。とても頼もしい。

 ゴブリンの巣はゴウラが酒場で話していたとおり、山の中腹くらいにある果樹園から少し離れた岩場にあった。村から歩いて半日もかからない。その気になればコブメイ村を襲える危険な位置だ。

「痕跡を見つけた。人間の足跡だ。ゴブリンのもあるな……。新しい」

「もう見つけたんですか? たしかに、何かが通った痕に見えますけど」

「こういうの、得意なんだ」

 『発見者』のおかげで、すぐにゴウラたちの歩いた痕が見つかった。この神痕は肉体強化こそ弱めだけど、こういったことには滅法強い。温泉のおかげで力が戻りつつある今なら、痕跡を見つけるくらいは簡単だ。

 それと、俺とイーファという組み合わせも悪くない。俺が細かいことをやって、戦闘では彼女が切り札になる。これで『いやし手』の神痕を持っている冒険者でもいれば、相当いいパーティーになるんじゃないだろうか。

 ……いや、そういう考え方はよそう。俺もイーファも本業はギルド職員。冒険者は村の事情でやっているだけだ。イーファはわからないが、俺は多くを望むような考えは抱かない方がいい。できそうなのは、彼女を育てることくらいだろう。一緒にいると、逆に彼女の足手まといになってしまう。

「イーファ、こっちだ。念のため武器をすぐ使えるようにな」

「は、はい!」

 イーファが腰の長剣を確認したのを見つつ、俺が前になって岩場を進んでいく。

 目的の存在はすぐに発見できた。人と魔物の叫び、戦う音が聞こえてきた。

 俺たちは岩陰から様子を見る。

「……声を出すなよ」

「……っ! 早く助けないと!」

 焦りつつも小声のイーファ。上出来だ。

「あんまり良くないな」

 ゴウラたちは苦戦していた。すでに手傷を負っている。仲間のうちの一人、小さい方は武器を手にうずくまり、大男も傷を負っていた。

 ゴウラの武器は大剣だ。恐らく長く使っている逸品だろう。それを軽々と振り回し、十匹以上のゴブリンを相手に立ちまわっている。

 ゴブリンたちはつかず離れず、じっくりと料理するようにゴウラたちを攻めている。後ろに怪我人を背負ったゴウラは強く攻めに出ることができず、本来の実力を発揮できていない。

 ゴブリン。薄緑色の肌に、頭から小さな角の生えた小柄な人型の魔物だ。力は強くないが、こうかつで数が多い。今回は巣に乗り込んできたところをわなと待ち伏せで弱い冒険者二人を狙い、ゴウラの動きを封じたんだろう。

 いっそ、ゴウラ一人だった方が上手くやれたかもしれない。残りの二人は、申し訳ないが足手まといだ。

「助けに入る。作戦……というほどのものじゃないが、説明するよ」

「今の一瞬で作戦まで考えたんですか?」

「大体見たからな。ありがたいことに、奴らは弓矢を持ってない」

 俺は背負った弓矢を用意しつつ、考えを話す。

「俺が弓でけんせいと援護をする。イーファは突っ込んで、ゴウラと一緒に戦ってくれ」

「それだけ、ですか?」

「ゴウラが苦戦しているのは仲間をかばってるからだ。援護があれば平気だ。俺の盾も使ってくれ」

 猟師から借りていた小型のラウンドシールドをイーファに渡し、俺は弓に矢をつがえる。弓は久しぶりだが、なんとかなるだろう。昔はよく使っていた。前線に立ちにくい神痕だと、自然と援護が得意になるものだ。

 イーファは緊張の面持ちで盾と長剣を構え、駆け出す準備を整える。

「行け!」

「はい!」

 合図と共にイーファが飛び出す。足場は悪いが、山歩きに慣れた彼女には問題ない。あっという間にゴブリンの群れとの距離を詰める。

「やああああ!」

 叫びをあげての突撃にゴブリンたちが反応する。自分から注目を集めたな。良い仕事ではあるが、そこまでしなくていいのに。

 一瞬慌てたが、俺は呼吸を一つ置いて、落ち着いて矢を放つ。

 とりあえず、ゴウラ近くにいる驚いて立ち止まったゴブリンの胸に矢が突き立った。良い感じだ。

「っ! イーファ! どうして!」

「助けに来ました!」

 ものすごい勢いで突撃して、ゴブリンを叩き斬りながら叫ぶイーファ。いつ見ても凄い。ゴブリンの武器ごと両断している。それを見て連中がおびえ始めた。よし、いいぞ。

 チャンスとばかりに次々と矢を射る。戦場を見渡すのは得意だ。足とか肩とかに当てるだけで、奴らは動きが止まる。ゴブリンは臆病なので、少しの怪我や劣勢で恐慌状態になるはずだ。

「なるほど。あいつが援護してるのか」

「はい! 先輩の指示です!」

 ゴウラとイーファが負傷者を囲む形で状況を立て直した。二人なら上手い具合に引き付けて、俺の方にゴブリンが来るのを防いでくれる。

 巣の方にまだいたのか、追加のゴブリンも来た。どんどん増えるが、こちらが倒す速度の方が速い。ゴブリンの死体はあっという間に十を超えた。

「ああ! 剣が!」

 あと少し、というところでイーファの叫びが響いた。

 勢い余って近くの岩に剣が刺さって曲がっていた。慌てながら、近くのゴブリンを盾で殴りつけるイーファ。しっかり『怪力』が発動していたのでゴブリンは顔がひどいことになって絶命した。……下手に武器を使うより強いのでは?

「イーファ! これを使え!」

 仲間を守っていたゴウラが、おのを投げ渡す。恐らく、先に戦闘不能になった小さい奴の武器だろう。

「やあああ!」

 イーファの振り下ろした手斧が、ゴブリンのこんぼうをへし折り、そのまま頭をかち割った。

「と、矢が切れそうだな」

 それに、乱戦になって狙いにくくなった。仕方ないので俺も長剣を抜いて戦いに加わろう。

 戦場に飛び出しすとゴウラの鋭い声が飛んできた。

「お前、なんで出てきた!」

「もう矢がない! ここでこのまま殲滅しよう!」

 情勢はすでに矢の援護を必要としていない。このまま力押しで勝てる。

 そんな確信と共にゴウラたちと剣を振って十数分後、ゴブリンたちは壊滅した。

「はぁ……はぁっ……やりました」

 手斧と盾を手に大暴れしたイーファは肩で息をしている。疲れただろう。ここまで本格的な戦闘は初めてのはずだ。

「まずは手当てだな。怪我を見せてくれ。毒は大丈夫か?」

 俺はゴウラの近くに行って聞いた。ゴブリンは刃に毒を塗ることがあって、非常に危険だ。軽傷のゴウラは首を横に振る。

「毒はないが、あいつらの傷が深い。これ以上先に進むのは無理だな」

「一度村に戻ろう。それに、ゴブリンは他にはいないんじゃないかな。多分」

 ゴウラの仲間、大男の方も途中で怪我をして動けなくなっていた。戦線離脱が二人もいては、先に進めない。巣の殲滅確認は後日にすべきだろう。

 そんな俺の言葉に反対する者はいなかったので、一時撤退となった。



   ~試し読みはここまでとなります。続きは書籍版でお楽しみください!~

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【書籍試し読み増量版】左遷されたギルド職員が辺境で地道に活躍する話1/みなかみしょう MFブックス @mfbooks

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