所長と隣村の冒険者(2)

 神痕は所持者に特殊な能力を付与するだけでなく、肉体まで強化してくれる。ただの人間である冒険者が危険な魔物と渡り合えるようになるのも、神痕の力のおかげだ。

 ただ、肉体強化については強弱が大きい。例えば俺の『発見者』はあんまり肉体を強くしてくれない。逆にイーファの『怪力』はかなり肉体に作用するはずだ。人間以上の力を発揮するために、肉体も人間以上になるというわけだ。

「イーファはこの前、ブラックボアを長剣で両断してたろ。普通、あの剣でそんなことをすれば武器がダメになる。剣にも神痕の効果が乗ってたはずだ」

 神痕のもたらす力は幅広い。俺の推測だが、イーファの『怪力』は武器にまでその力の影響を与えている。それも相当だ。

 そうでなければ、量産品の普通の長剣で、あんなにたやすく魔物を両断することはできない。

「えええ、全然意識してませんでした」

「結構凄いことだぞ、それ」

 イーファのやってることは、神痕所持者としては第三段階と言われる高度な技術だ。子供の頃から使っているから自然とできたんだろうか。あるいは、知識は与えなくとも、使い方を温泉の王が教えたかだ。

 そもそも、日常的にほぼ無意識に神痕を使いこなすという、第二段階ができるようになるまで、苦労する者は多い。俺だって、最初は難儀した。その点を踏まえれば、イーファは俺よりもよっぽど冒険者の才能があるといえる。

「今後は意識して神痕を使うといいよ。結構変わってくる。あと、武器も考えないとな」

「長剣じゃ駄目なんですか?」

「通常、『怪力』を生かして、大剣とかおのとかつちを使うことが多い。長剣と変わらない速度で威力の大きい得物を振り回せるからな」

「なるほど。たしかにそうですね」

 練習用の長剣を見ながら、イーファが納得する。見た目的にはぴったりだけど、能力的にはもっと大きな武器を余裕で振り回せる。そこに間違いはないようだ。

「課長が王国流の剣術から教えるよう言ったのも、それを踏まえてだと思う。王国流はでかい得物を使う技術につながっていくしな」

 王国流は騎士の技なので、やりなどの大きな武器を使う技に発展していく。硬いよろいに大きな武器を装備することが基本の『怪力』持ちには最適な方針だ。

「あの、私も斧なんかを使った方がいいんでしょうか?」

「それは……わからん」

「えぇ、そういう流れじゃなかったですか?」

 びっくりするイーファには申し訳ないが、この回答にはちゃんと理由がある。

「俺たちは冒険者としてダンジョン攻略に励むわけじゃない。基本はここのギルド職員だ。こだわりがあるなら、剣でもいい気もするんだよ」

 ピーメイ村の業務はそれほど危険じゃない。魔物は出るけど、危険というほどでもないし、近くにダンジョンもない。

 薬草採取と村の雑務が業務の中心なら、武器の心配はそれほどしなくてよいのでは?

 今のところ、俺はそんな風に考えていた。

「むー。悩みますが……とりあえず剣で!」

 そう言って、イーファは長剣を構えた。その姿はなかなか様になっている。

「わかった。基本部分は剣で教えよう」

 答えつつ、俺は近くに置いておいた木の盾を手に取る。今度は防御側に回って、イーファの太刀筋の確認だ。

「今度は打ち込んできてくれ。もちろん、神痕は使わずにな」

「はい!」

 それから、しばらく打ち合ったところで、俺はあることに気づいた。

 攻撃が見えすぎている。

「なんか、神痕の調子がいいな。こんな感覚、何年もなかったんだけど」

 実戦と訓練で感覚が戻ったんだろうか? それにしては極端だ。

「あ、王様が言ってましたよ。あの温泉に入ると、まれに神痕に力が戻るって。おめでとうございます。よかったですね!」

「…………なんで最初に教えてくれなかったんだ」

 とんでもない情報をあっさり言われた。場合によっては俺の人生に関わることだぞ。ちょっと強い口調になってしまった。

「こ、こわっ。怒らないでくださいよぅ。本当にまれなんで、上手くいったら教えるように言われてたんですよぅ」

「じゃあ、大当たりってことか……なんなんだ、この村は」

 なんとなく練習の手が止まったので、近くに置いておいた布を一枚、イーファに投げ渡す。彼女が汗を拭き始めたのを見て、俺も自分用ので汗をぬぐう。

「あの、迷惑でしたか?」

「いや、むしろありがたいんだけど。驚き戸惑っているな……」

 数年前、冒険者としての最後の仕事でほぼ失われた俺の神痕の力。それが温泉で戻ってくるとは……。わずかな望みも絶たれた後の、ギルド職員として生きる覚悟と決意は何だったのか……。

 いや、今は深く考えるのはやめよう。質問は今度、温泉の王に会ったときだ。

「先輩、もう少し剣を教えてください。明日はお出かけなんで、訓練できないですから」

「わかった、休憩の後、もう少しだな」

 明日は所長からの命令で、ちょっとした仕事で隣村に行くことになっている。

 なんだかんだで、冒険者の仕事が多くて、自分がギルド職員であることを忘れてしまいそうだ。


   ◇◇◇


 翌日、ピーメイ村の出入り口である、元世界樹の樹皮の裂け目。

 朝の日差しを受けながら、荷物を背負った俺とイーファはそこで落ち合った。

「すみません。お待たせしました」

「問題ないよ。道案内よろしく」

 今日の仕事は薬草の輸送。先日、俺たちが採取したものではなく、前にイーファが確保していたものの出荷の仕事だ。

 目的地はすぐ隣のコブメイ村。歩いて半日ほどの場所にあるそれなりの規模の村だ。

 荷馬車を使えればいいんだが、ピーメイ村には一台しかないので許可が下りない。その代わり、イーファは俺の倍は荷物を背負っている。頼もしい限りだ。

 最近は雨も降ってなかったから道はいいし、今日も晴天。道中の心配はいらないだろう。

「じゃあ、出発するか」

「はい! よろしくお願いします!」

 こちらこそ案内よろしく、と返して俺たちは歩き出した。先日のブラックボアの一件もあり、俺もイーファも腰から武器を下げている。

 村の方も心配だけど、所長の護衛の子がいるのと、世界樹時代からあの村の周辺だけ不思議な力で魔物が近寄らないので安全とのことだった。

「まさか温泉に入って神痕の力が戻るなんてな。きっと昔の仲間に聞かせても信じてもらえないよ」

「ですね。私もびっくりです。王様も驚くと思いますよ。本当にまれだって言ってましたから。多分、先輩がこの村と相性が良かったのではないかと」

「村と相性が良いって言われたのは初めてだな……」

 あまり聞き慣れない表現だ。

「それでですね、ギルドに引かれている温泉ですけど、男湯も入れるようになるみたいです」

「本当か? かなり嬉しいんだけど」

 一応、時間を決めてギルドの女湯を使わせてもらえることになっているけど、俺はおけに温泉を入れてもらってそれで体を拭いている。ルグナ所長たちが帰ってきて女性が増えたし、うっかり王族が入っているタイミングに居合わせてしまうことを想像すると、とても入る気にはなれない。

「すぐに王様がお湯の水路を掃除してくれるって言ってましたので、明日にでも復旧すると思います。だからお話が出なかったんですよ」

 仕事が早い。さすがは温泉の王。温泉に対しては本気だということか。もしかしたら、王様としては温泉を楽しむ人が増えるのが嬉しいとか、ありそうだな。

「ありがたい。神痕の方も助かるしなぁ」

 なし崩しとはいえ冒険者に戻った以上、神痕の力はあるにこしたことはない。『発見者』は戦闘以外にもかなり応用が利いて便利なのは事実だ。温泉に入って力が戻るなら、積極的に活用していきたい。

「なんだか村に帰るのが楽しみになってきたな」

「手早く済ませて、お土産買って帰りましょうー」

 いつもどおり、元気で明るいイーファと共に、俺たちは古くて整備不足な街道を歩いてコブメイ村に向かった。

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