所長と隣村の冒険者(1)

 温泉の王の家で一泊した後、俺とイーファはギルドに帰った。温泉の効能か、疲れも残らず、体が軽い。

 ギルドに戻ってドレン課長に報告すると、軽くうなずかれて終わりだった。どうやら、俺とイーファが一泊するのも想定内だったらしい。村長も兼ねているところといい、この人はやり手だ。

「うん。王にも気に入られたみたいでよかったよ。あれで結構人を選ぶ性格でね、追い返される人もたまにいるんだ」

「俺、気に入られるようなこと、してませんけど」

「多分、イーファ君の顔を見て判断したんだと思うよ。それと、ブラックボアの件も大変だったね。お疲れさま」

「びっくりしたけど、先輩がいたおかげで無事でした!」

「俺がいなくても平気だったと思いますけどね」

 謙遜ではなく本音だ。多分、イーファの力なら素手でも倒せたんではないだろうか。

「いやいや、イーファ君は新人なんだ。魔物との戦闘経験もほとんどない。落ち着いて判断できるサズ君がいるのは本当に助かるんだよ」

 そういうものだろうか。とりあえず、必要とされてるということで言葉どおり受け取っておこう。

「ありがとうございます。報告書、作りますね」

「あ、書き方教えてください!」

 元気に手を挙げるイーファを見て、ドレン課長も頷いた。俺はイーファにこの村のことを教わり、イーファは俺から仕事を教わる。しばらくはそれが仕事になるだろう。

 正直、辺境へ左遷ということで不安だったけれど、なんだかんだで仕事になっているな。その事実に今更気づいて、少し安心した。

「それと昨日、所長が帰ってきたよ。長旅で疲れてるから、もう少ししたら出勤してくるとのことだ。ようやく挨拶できるね」

 その言葉に、イーファが顔を明るくする。

「これで全員集合ですね! 所長に会うの楽しみです。色んな話を聞く約束なんですよー」

「ほどほどにね……」

 微妙な顔のドレン課長。なるほど、さてはゴシップの仕入れ先は所長か。イーファの読書傾向にも影響を与えてそうだな。都市部から派遣されてきた人だろうか?

 そんな疑問を抱きつつ朝礼は終わり、俺たちは仕事に入った。

 所長が現れたのは、午後の仕事が始まってすぐだった。

 事務所の扉が開かれたと思ったら、女性がさっそうと登場した。

「はじめまして、サズ君。私はルグナ・タイラウルド。ピーメイ村冒険者ギルドの所長を任されている者だ。以後、よろしく頼む」

 窓からの明かりを受けて輝く銀髪。すらっとした高身長と優雅なたたずまい。物語や絵画から飛び出してきたような美女。それが、事務所に現れるなり俺の前にやってきて、握手を求めてきた。

「どうかしたのか? サズ君」

 いきなりのことに俺は動けなかった。所長が想定外の美女で緊張しているとかではない、別の理由だ。

「……ルグナ様って、あの、姫様の?」

「いかにもそうだが。姫は大げさだよ、継承権も八十六位とかなり下位だしね」

 そう言ってずいっと再度握手を求められたので、なんとか握り返した。

 ルグナ所長は俺の右手を柔らかく握りしめると、うれしそうに軽く振った。冷たい印象を受ける見た目に反して、無邪気な笑顔だ。カリスマというやつだろうか、これだけで親しみを覚えてしまう何かがあるな。

「所長、サズ君はとても驚いてるんですよ。まさか王族が出てくるとは思っていなかったでしょうから」

 課長の言葉に、ルグナ所長が困り顔になった。その表情をしたいのは俺も同じだ。

 ルグナ・タイラウルド。王都ではちょっと名の知れた王族だ。本人が言ったように継承権の順位は低いが、見た目の美しさと、庶民受けする行動でよく話題にのぼっていた。

 そういえば、最近全然うわさを聞かなくなってたな。まさか、こんなところに飛ばされていたとは。何かあったんだろうか?

「むぅ、王族というのは壁になっていかんな。しかし、ドレン村長とイーファ君とも反応が違ったな?」

 あごに手を当てて、ルグナ所長がうなる。それと、今気づいたけど、所長のすぐそばに黒髪の女の子がいつの間にか立っていた。その佇まいと腰の小剣からして、護衛のようだ。一瞬目が合い、軽く会釈された。

「すみません。さすがに驚きまして。まさかあの『銀月姫』に会えるとは思っていなかったもので」

 『銀月姫』、その銀髪を月の輝きになぞらえての呼び名だ。多分、庶民の間では本名よりもこちらの方が通りがいい。

「それも大げさな呼び名だよ。今の私はオルジフ大臣に手を出して、地方送りになったダメ王族だ」

 肩をすくめて言うルグナ所長。庶民的と聞いていたけど、本当にフランクな感じだ。そして、さりげない発言にすごい情報が混ざっていた。

「あの……何をしたか聞いてもいいですか?」

 まさかここでも大臣が絡んでくるとは思わなかった。権力争いにでも巻き込まれたんだろうか。というか、手を出したってどういうことだ?

「酔っ払って絡んできた大臣がうざったいから引っぱたいた。鼻血が出るくらいの勢いでな!」

 あれはやりすぎだったな、と豪快に笑うルグナ所長。

 噂だと穏やかな人だと聞いてたんだけど、そんなものは吹き飛ばす勢いだ。鼻血を出すほどって相当だぞ……。

 王族すら動かす大臣の権力も凄いが、それに手出しするこの人も凄い。怒らせないようにしよう。

「まあ、なんだ。大臣ににらまれた者同士、よろしく頼む!」

「そこはしっかりご存じなんですね」

 護衛の女の子が、ちょっと申し訳なさそうな目で、俺の方を見ていた。

 今更ながら、俺は本当に凄いところに来てしまったようだ。


   ◇◇◇


 一般的に、冒険者ギルドの敷地内には訓練用の広場がある。それはピーメイ村にもしっかりと存在し、特に整地もされていない、ただ広いだけの場所が設けられていた。

 俺は今、そこで長剣を構えたイーファとたいしていた。

 それぞれ持つのは刃をつぶした訓練用のものだ。

「ええぃい!」

 気合いの声と共にイーファが剣を振ってくる。俺はそれを受け流し、素早く移動し、上段から軽く剣を振る。

「……次はこっちだ!」

「はい!」

 攻撃に合わせてイーファが剣を受けて切り返す。俺はそれを剣で受けて、同じように返す。

 今やっているのは王国騎士団流の剣術訓練だ。基本の型を組み込んだ打ち合いを繰り返す、とにかく剣に慣れるための動作とされる。

 かれこれ一時間、イーファは俺とこれを繰り返していた。

「やああ!」

 気合いの乗った一撃を受け止める。ここらでいいだろう。

「少し休憩しよう。だいぶ動いたしな」

「ありがとうございました!」

 俺の終了宣言を受けて、しっかり礼をするイーファ。実に礼儀正しい。

「うん。イーファはしっかりしんこんを使いこなしてるみたいだな」

「えへへ、これができないと日常生活も送れませんから」

 にこやかにほほむイーファは少し自慢げだ。

 神痕所持者はその力を使いこなせる必要がある。そうでないと、今のようにイーファの剣を俺が受けることはできない。それどころか、彼女はまともな日常すら送れないだろう。

 その点で言えば、彼女はその加減が非常に上手うまかった。剣の鍛錬中、うっかり神痕が発動して俺がをするおそれは全くなかった。

 今日の仕事はイーファの訓練だ。イーファは戦闘に関してど素人なので、定期的に訓練して、戦い方を教えるようにとの課長からの指示があった。実際、冒険者として活動する以上、この手の訓練はやっておいて損はない。

「ところでイーファ。『怪力』を使ってるとき、どのくらい体が強化されてるんだ?」

「ほえ? どういう意味ですか?」

 意外にもちょっと間の抜けた声が返ってきた。

 もしかして、自分の神痕の特性を知らないのだろうか。いや、温泉の王が教えなかったのか。

「神痕が力を発揮してるとき、イーファの体も相当丈夫になってるはずだよ。魔力っていうらしいけど、それが全身を強化してるらしい」

「あ、この前ちょっとそんなことを言っていましたね。なるほど。拳で岩を砕けるのはそういう理由だったんですね」

 納得といった様子でぽんと手をたたいた。岩を拳で砕くのか、怖いな。

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