閑話 そのころ、王都では1

「ヒンナルさん、この書類の確認お願いします」

「ヒンナルさん、こっちの消耗品の件、検討してくれましたか?」

「ヒンナルさん、この前の打ち合わせの経費の件ですが……」

 次々に持ち込まれる案件。大量の書類が積み上がった机。

 王都冒険者ギルド西部支部。新ダンジョン攻略班の建物内はけんそうに満ちていた。

 その責任者を務めるヒンナルの机はこんとんを極めていた。

 書類は乱雑に積み上げられ、どれが処理済みかすらわからない。いや、そもそも分類すらされていないありさま。

 わずかに手を動かせるスペースを確保して、無理やり仕事場を確保している。それすらも、駄目になったペンが複数転がり、インクが散っていることから順調な仕事ぶりとはいえないことは明らかだった。

 この分だと引き出しの中もひどいありさまであることは想像に難くない。

 これは仕事量が多すぎるのか、本人の能力によるものなのか。

 その両方、やや後者寄りという評価を周囲から受けていることを知らずに、ヒンナルは狭い机で仕事を呪いながらサインしていた。

「くそっ、今日も多すぎるぞ。消耗品の件は別の奴じゃいけないのか? 所長がすることなのか?」

「ダンジョン攻略の責任者は貴方あなたですから。消耗品のそろえ方一つで冒険者に犠牲が出るんです、貴方の最終確認は必須です」

 熟練の女性職員が無表情であっさりと言う。責任、という言葉に本能的な忌避感が生まれるのを、ヒンナルは感じた。

 予定と違う。こんなはずじゃなかったのに。

 すでに万事整った現場で、人をあごで使うだけでよかったはずじゃないのか。

「この前との変更部分もありますので、不足はないか確認をお願いします」

「…………ちょっと待ってくれ。いや、この消耗品多すぎないか、金がかかるだろう? 予算が足りなくなるぞ?」

「でも、犠牲者が出たらこれじゃすみませんよ」

「…………」

 目の前に回された簡単な消耗品の補充に関する書類。

 それすらも、ヒンナルには妥当性が検証できなかった。

 そもそも冒険者ギルド職員としてのしっかりした経験もないし、冒険者が動く現場もこれまで見たことのなかった男なのだ。

 彼の特技を強いて挙げれば、経費削減の名目で現場に負担をかけること。

 しかし、これまで通用したその技が今回は通用しなかった。

 現場に近すぎるのだ。ギルド攻略用の建物はダンジョンに近く、周囲に冒険者が多い。ヒンナルは生まれて初めて命がけで戦う人々と、重傷者を見た。

「わかった。これでいいだろう……」

 金額を気にしないようにして、サインする。

 これで必要以上に経費がかかれば、自分のせいになるのが納得いかないが、冒険者に犠牲が出すぎて責任を負わされるのはもっと嫌だった。

 本来はこの仕事、サズが冒険者の様子を見つつ、適時補充なりをする予定だった。元冒険者でギルドの人員との意思疎通ができるので、ここまで困るようなことでもない案件だった。

(クソっ。どうしてこんなことに。ダンジョン攻略なんて、冒険者をどんどん放り込めばいいだろうに! あんな奴らいくらでもいる!)

 毒づきながら仕事をしていると、別の事務員がやってきた。穏やかそうな見た目の、サズとよく仕事をしていた女性である。

「ヒンナル所長、冒険者パーティー『こうみょういっせん』がみえています。恐らく、先日の苦情の続きかと」

「……待たせておいてくれ、すぐに行く」

 嫌な仕事が来て、奥歯をみしめる。「光明一閃」は女性の剣士を中心とした有力な冒険者パーティーだ。有能だが、文句も多い。

 いまいましいのは直接こちらにクレームを言いに来ることだが、ダンジョン攻略に積極的なのでにもできない。

(今に見ていろ……コネを使って有力な冒険者を呼び寄せて終わらせてやる。そうすれば、全部僕の手柄だ……)

 ヒンナルはこの期に及んであきらめていなかった。

 しかし、すでに彼の肩書きだけの仕事ぶりは王都の冒険者ギルド中に広まりつつあった。

 なぜなら、王都西部支部の所長が詳細な報告書を定期的に本部に提出し、情報共有をしっかり行っているのだから。

 ヒンナルだけが、それを知らない。

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