閑話 イーファの見た景色1

 ピーメイ村の温泉は最高です。実質、ギルドに出入りする人しか使えませんけど、とても良いものです。

 その日の夜も、私は温泉にじっくりかりました。身も心もさっぱりです。

 ギルドの建物は昔の名残でとても大きく、夜は薄暗いです。しょくだいはたくさんあるのでその気になれば明るくできるのですが、今は五人しか住んでないのでそんなもったいないことはできないのです。

 そんなわけで私はランタン片手に廊下を歩きます。最近は楽しいことがいっぱいです。新しい所長さんが来てにぎやかになりましたし、同僚が増えました。

 先日来たばかりのサズ先輩は、元冒険者で王都のギルド職員をやっていたすごい人です。所長さんに資料を見せてもらったので間違いありません。ピーメイ村にとっては貴重な人材です。実際、一緒に薬草採取に行ったとき、魔物に遭っても落ち着いて対処してくれました。あれから何日かたちますが、事務仕事はもう私よりも上手うまく回しています。

 ドレン課長はずっと村にいたので村の仕事しか知りません。新しい所長さんはそもそも冒険者ギルドの関係者じゃないので、仕事を知りません。

 そして私は新人なので、仕事を知りません。

 つまり、冒険者ギルドとしての仕事をちゃんと把握しているのはサズ先輩だけなのです。ピーメイ村はちょっと田舎なので、それでも仕事が回っていたのですが、ギルドとしては問題だと思います。

 私としては、サズ先輩に色々と教わって、ギルド職員として恥ずかしくない程度には仕事ができるようになりたいのです。そのうちピーメイ村から異動することだってあるかもしれませんし。

 ……異動。そうすると、お父さんとお母さんのお墓をれいにすることができません。でも、二人とも元冒険者ですから、喜んで送り出してくれると思います。今みたいに頻繁に報告に行けなくなるけど、面白い話を持って帰れるから大丈夫でしょう。

 昔、お父さんとお母さんがいるときは、私が一日のことを話すのを楽しく聞いてくれていましたから……。

 夜というのはいけません。昔のことを思い出して、ちょっと悲しくなってしまいました。

 でも私はもう大人なので、上手いこと心を落ち着かせて、部屋に向かいます。

 私の部屋はギルドの宿泊区画の一番端。事務所に近い方です。

 なので、自室に向かうと窓から事務所が目に入るのです。

「あれ、明かりがついてる?」

 ぼんやりと、事務所が明るくなっているのが見えました。

 なんでしょうか。暗くなったら事務所は閉じます。残業のある時期じゃありませんから、課長ということも考えにくいです。

 誰かが明かりをけて消し忘れたのかも。そう思った私は、事務所に向かうのでした。


   ◇◇◇


「あれ、イーファか。どうしたんだ?」

 事務所にいたのはサズ先輩でした。自分の机で何やら書類の山を前に仕事をしています。

「事務所が明るかったので、消し忘れかと。もしかして、お仕事残ってましたか?」

 私が知らないだけで大量のお仕事が残っていたのでしょうか。それでサズ先輩だけ残業。そんな過酷な労働環境に知らず知らずのうちに追い込んでいたのでしょうか。

「これは仕事というか趣味だよ。ここの古い記録を見てたんだ」

「記録を?」

「冒険者ギルドは地域ごとに仕事の内容が結構変わるからな。だから、ピーメイ村特有の仕事があるなら把握しておきたいんだ。知らなかったじゃすまないしな」

「な、なるほど。そんなことが」

 さすがは正規のギルド職員です。仕事に対する姿勢が私とは大違いです。

「よければ私にも教えてください」

「イーファはこの村で育ってるだろ。だから、書類を見るまでもなく詳しいよ。今見た感じ、変わったことはなさそうだし」

 書類の山をのぞき込むと、日付が見えました。十年前のものです。ピーメイ村は仕事が少ないからあっという間にさかのぼれたのでしょう。

「じゃ、じゃあ。私にも何かお手伝いできることがあれば言ってください」

「そうはいってもな……。これは半分趣味みたいなところもあるし。普段の仕事で村のことを教えてくれれば十分なんだけど」

 先輩が困っています。困らせているのは私ですが。

「で、でも。せっかく王都から来てくれたんですし、私も勉強したいですし」

 それを言うと先輩は何か納得したような様子でした。

「そうか。他のギルドの仕事のことも知りたいんだな。じゃあ、明日からそっちのことも教えるよ。俺も村のことを教わりながらな」

「あ、ありがとうございますっ」

 先輩はとても察しの良い方です。

「俺ももうちょっとしたら寝るからさ。イーファは休んでくれ」

 そう言うと、先輩は再び書類に目を落としました。

「わかりました。おやすみなさい、先輩」

 私は素直に事務所を後にします。明日からは都会の話が聞けるので楽しみです。

 ただ、去り際に先輩が読んでいる書類の日付が目に入りました。


 それは七年前。私の両親が消えた日の書類でした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る