新しい職場と新しい同僚(2)

 実際、この建物は大きい。コの字型に三つの建物がつながっていて、宿泊機能はそれぞれ左右に突き出た部分にある。同じ場所に住んでいる、という感覚にはあまりならなそうだ。

「さて、住まいの話も出たことだし。少し説明をしよう。このピーメイ村の歴史は知ってるね?」

「はい。もともと世界樹の中にあった町だと。建物の距離が近いのはその名残ですか?」

「うん、そう。じゃあ、この村がこんな寂れてもまだ存続させられている理由は聞いているかな?」

「王国の記念碑的な意味で保管されていると聞いてますけど」

 一般的にはそう言われている。しかし、ドレン課長の話しぶりは明らかにそれとは別のものがあるという感じだ。

「それも正しい。世界樹が崩壊して百年。残骸もあらかた掘り尽くされて、世界樹の樹皮が残るだけ。これはろくに削れないし、素材にもならないという不思議な物質なんだ」

「では、その研究のためってことですか?」

 今は手出しできなくても、元は世界樹。利用方法が見つかれば樹皮がばくだいな価値を生み出すことは容易に想像がつく。

 しかし、俺の問いかけに対する課長の反応は微妙なものだった。

「それもなくはない。たまに学者が来て、あきらめて去っていくよ」

 つまり、成果は得られないということだ。研究も理由の一つらしいが、それが主ではないとすると……。

 一つ、思い当たることがあった。ただ、事実とかではなくうわさばなしたぐいだが。

「今でも世界樹は生きているっていう噂、ありますね」

 その言葉に、ドレン課長はうれしそうにうなずいた。

「そう、それだ。実をいうと、王国はまだ世界樹が完全に攻略されたと結論を出し切れていないらしいんだ。その証拠にこの周辺では、たまに魔物が発生する」

「巨大なダンジョンの跡地では、影響が残るんでよく見られる現象ですけど」

 広大な森や地下迷宮のダンジョンの攻略後によく聞く話だ。世界樹ともなれば、そのくらいのことは起きるだろう。多分、調べれば似たような事例も出てくるはずだ。

「それ以外にもいくつか理由があるのさ。例えば、先ほどのイーファ君。この村育ちなんだが、彼女にはしんこんが宿っている」

「神痕が? 本当に?」

 それは、にわかには信じがたい情報だった。

 神痕。ダンジョンのもたらす祝福。神々の残した遺産であるダンジョンが、そこに立ちむかう冒険者に対して、まれに与える力。

 それが神痕だ。体のどこかに幾何学模様が宿り、不思議な力を発揮するようになる。能力は様々で、大抵の場合、強大な力を発揮する。

 イーファがここで暮らすだけで神痕を授かったというなら、それは大ごとだ。普通はダンジョンにそれなりの期間通い続けて、手に入るかどうかというものなのに。たしか、冒険者全体を見て、神痕を持っているのは三割くらい。どれだけ努力しても神痕を得ることができず、泣く泣く冒険者を諦める者だって珍しくない。

「そう。彼女はここで暮らしているうちに神痕を授かった。それも、国がここのギルドを撤収しない理由の一つさ」

 この話が本当なら世界樹はまだ攻略されていないことになる。ダンジョンとしての機能が失われているならば、神痕が付与される者は現れない。

「……まさか、俺が異動したのはこれを調べるためですか?」

「いや違う。純粋に左遷だよ。怖い大臣さんの身内を怒らせたからね」

「…………」

 思い上がりだった。恥ずかしい。一応、ちょっとだけ思い当たるところはあったんだけどな。そりゃそうだ。俺には大きすぎる案件だ。現役時代でもきっと無理だろう。

「そう落ち込まないでよ。私個人としては期待しているんだ。ただ、国としては何十年も調査してて成果なしなんでね。諦めたいけど、それもできてないのが現状というわけ」

「この村の状況はわかりました」

 そもそも、もっと人がいるときに相当調べただろう。それを俺一人にどうにかさせようなんて思うはずがない。

「期待してるのは事実だよ。ただ、当面はギルドと役場の仕事になる。雑用が多いけど、頼むよ」

「あの、最初の話の感じからすると冒険者もやるんですか?」

 役場の仕事も兼任するだけじゃなく、冒険者までやるというのは想定外だ。そもそも、俺は力不足で引退した身、大して役に立てるとも思えないんだけどな。

「もちろん、給料は出すよ。ギルド職員と役場の職員と冒険者。見てのとおりの田舎だから、仕事量は少ないし、冒険者の仕事も大したことないよ。でも、王都にいるときよりも収入は増えるかもね」

「……わかりました、お受けします」

 俺は承諾した。収入が増えるのはありがたい。何より、ここで勢いで職員を辞めたとしても、その後の当てもないのだから。

 先がないことより、目の前に仕事があることに感謝しよう。


   ◇◇◇


 ピーメイ村のギルドには食堂がある。いや、王都の支部にもあったけど、もっと大規模なものがある。一般的に、ギルドには冒険者の情報交換用に酒場が併設されていることが多いんだが、ピーメイ村はそれに宿泊施設も加わっている形だ。その関係もあって、事務所の上の階は宿泊者対応も可能な大食堂になっている。

 俺とイーファはその食堂ではなく、事務所の横にある休憩室で夕食をとっていた。大きな部屋に二人きりでの食事は悲しすぎるという理由だ。

 ちなみに、ドレン課長は家族で食事をするために帰宅。所長その他の人員は出張中。

 異動先での勤務初日は新人職員との二人きりでの夕食となった。

 正直、ちょっと気まずい。

「あ、あの。お口に合わなかったら申し訳ないのですが……」

 小さなテーブルに向かい合って無言で食事をしていると、イーファが恐縮した風に言ってきた。

「いや、こちらこそ食事まで用意させてしまって申し訳ないというか……」

 まさか左遷初日に女の子から料理を振る舞われるとは思わなかった。偉そうで申し訳ない。

「すみません、こんなもので。今は私しかいなくて……」

「十分立派だと思うけど?」

 俺はろうそくの明かりに照らされた食卓を見て言う。

 テーブル上に並んでいるのはパンとスープと鶏肉料理。味付けも良いし、新鮮な生野菜までついている。

 こんな山奥の村で出る食事とは思えないほどしっかりしている。もっと粗末な食生活になると思っていた。量も十分すぎるほどだ。案外、食生活は豊かな場所なんだろうか。

「これ、材料費とかお金とか払った方がいいよね。ちゃんとしないと」

「食費はギルドから出るから大丈夫です。食材はある程度保管されてますし、隣村に行くときに必要に応じてまとめ買いする感じです。あ、料理は普段、所長のお付きの方にお願いしてます」

 付き人がいるとか、所長は何者なのだろう。ここに来る前に聞いたら、なぜか教えてもらえなかったんだよな。

「わかった。俺もこういうときは手伝うようにするよ」

 さすがに何もかもやらせるのは申し訳ない。料理も少しはできるつもりだから、手伝えるはずだ。

「はい。よろしくお願いします! 先輩! それじゃ、温かいうちにいただきましょう!」

 ちょっとぎこちない空気の中、食事が再開される。普通に美味おいしい。ずっと移動の日々だったから落ち着いて食べられるのが嬉しい。

 温かい料理って、心に染みるなぁ……。

 そんなことを思っていると、イーファがチラチラとこちらを見ているのに気づいた。

「美味しいよ」

 一言、率直な感想を言うと顔を明るくした。いやほんと、逆に申し訳ないな。気を使わせてしまっている。

「よかった。王都の方だから、田舎の料理なんて口に合わないかと思って」

「そんな大したもんじゃないよ。俺は養護院出身で冒険者だったから、良いものばかり食べてたわけじゃないし」

「養護院……」

 しまった、初日に話すようなことじゃないな。

「あー、子供の頃の話だから。もう気にしてない」

 昔、地元のダンジョンからあふれた魔物によって両親が死んだ。それだけだ。この国では十年に一度くらいあることで、それほど珍しいわけじゃない。心の整理も、もうついている。むしろ、ここ五年くらいのことの方が劇的で整理しきれていないくらいだ。

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