新しい職場と新しい同僚(1)

 アストリウム王国は街道整備に熱心だ。冒険者がダンジョンから取ってくる物品のみならず、流通が国を豊かにするという考えのもと、建国以来の政策を一貫して続けている。

 おかげで辺境といえども、それなりに街道が整っており、移動は順調だった。一部を除いてだが。

 ピーメイ村への道中、王都を出て五日ほどは大きな街道を乗り合い馬車で移動。

 そこからどんどん王国を西の外れへと向かっていくにつれ、石畳は砂利の道になり、幅も細くなっていく。

 最終的に街道は固めた土へと変わり、山道を徒歩で越えたりして、歩くこと十五日間。

 俺はようやく目的地に到着しようとしていた。

 途中で雨が降って足止めを食らったおかげで遅れてしまった。王国北西部のこの地域はちょっとした山越えが必要なこともあり、移動も天候に左右されやすく大変だ。

 それでもピーメイ村までの最後の道は歩きやすかった。幅が広く、薄く砂利がかれている。昔はもっと立派だったんだろうが、維持できなくなったんだろう。たまに、かつての石畳の名残が見えた。

 街道から見えるのは谷底にあって幅が狭くなった山地特有の川。周囲の豊富な自然から鳥の鳴き声が聞こえてくる。春の日差しと合わせて、どこか牧歌的で穏やかな景色の中を俺は一人歩く。

「おお、これはすごいな」

 ようやく見えてきた村の入り口は壮観だった。

 目に入ってきたのは、巨大なの下部分。まるで壁のようにたたずむ巨大な樹皮だ。

 ピーメイ村はかつて世界樹と呼ばれるダンジョン内に存在する村だった。

 世界樹は攻略された結果、崩壊。今では巨大な樹木の外皮部分がかつての名残として残っている。

 もともとが巨大な樹木だ、外皮は高く硬く、ちょっとした城壁のようになっている。しかも広い。

 結果として、大きめの町一つを囲むように、世界樹の樹皮を城壁とした地域がここにある。

 ピーメイ村はその樹皮の裂け目から入ったところにある。村の向こうに広がるのは冒険者に攻略され尽くした跡地だ。

 昔はかなり盛況だったそうだが、それは百年も前の話。ダンジョンがなくなれば、主要街道から離れた山奥の村が辺境の田舎村になってしまうのは早かった。

 とはいえ、世界樹を攻略したのがアストリウム王国の初代国王だったことなどもあって、今でもここには冒険者ギルドが置かれている。仕事のあるなしではなく、国家成立の歴史的な遺産を保護しているのに近い状態らしい。

「建国伝説に語られる場所なのに、寂しいもんだな」

 そうつぶやきつつ、かつては多くの人が通ったであろう樹皮の裂け目に、俺は一人足を踏み入れた。


   ◇◇◇


 ピーメイ村はこぢんまりとした造りをしていた。

 道から入ってすぐに円形の広場。それを囲うように建物が並んでいる。建物の間隔が狭く、余裕がないのは、かつてダンジョン内にあった名残だろう。

 今では世界樹はなくなり、村からも青空が見える。村から出た先も普通の土地になっているはずだ。

 この村は、歴史的な町並みの景観が保たれている。村が盛況なら大規模な建て替えが行われたんだろうが、残念ながらそうならなかった結果だ。

 規模が小さい分、すぐに村の様子を把握できそうだな。

 ピーメイ村に対する俺の第一印象はそんなものだった。

 冒険者ギルドは広場沿いで、一番大きな建築物だ。一応、王都から来る新人のことはちゃんと伝わっているはず。入ってすぐ「誰だ?」と言われることはないだろう。ないよな? 俺の移動速度より、ギルドの連絡網の方が早いはず。そこは信じるしかない。

 そんな不安を抱いてちょっと緊張しつつ、俺は入り口の扉を開ける。

「こんにちは。王都から異動してきたサズと申しますが……」

 挨拶をしつつ、俺は言葉を失った。

 ギルド内は思った以上に広かった。王都西部の支部くらいあるかもしれない。受付のカウンターもその奥に配置されたテーブルも立派なものだ。多分、百年以上前から使っている逸品だろう。

 ただ、問題は人だ。

 中で待っていたのは男性一人。しかも、のんびりお茶を飲みながら、新聞を読んでいる。

 わかっていたが、これほどか。

 辺境に来たということを身をもって思い知らされた俺に対して、男性はカップを置くと、こちらに柔和な笑みを浮かべた。

「やあ、こんにちは。待っていたよ。私はドレン。このギルドの課長と村長を兼任している」

 立ち上がってこちらに来て、握手を求められる。意外と動きが速い。

「よろしくお願いします。遅くなってすみません。途中で天気が悪くなってしまって」

 課長兼村長を名乗った男性と握手を交わす。年齢は三十歳ちょっとくらいだろうか。穏やかで話しやすそうだ。

「構わないよ、遠くからだからね。お疲れさま。今日のところは休んで、仕事は明日でいいよ。見てのとおりのところだからね。そうだ、確認なんだけれど、サズ君は元冒険者でいいんだよね?」

「? はい。たしかにそうですが」

「いやあ、助かった。そういう経験者が一人もいなくてね、頼りになりそうだ」

 なんだか不安になる反応だ。ギルド自体に冒険者だった人間がいないということだろうか。あるいは、冒険者の仕事もなくて資料整理だけの日々が続く場所なのか?

「あの、俺が元冒険者だと、何か助かるんですか?」

「ああ、実はここは冒険者も不足していてね、職員が冒険者も兼任しているんだ」

「それってもしかして……」

 嫌な予感がする。問いかけようとしたところで扉が開いた。

 現れたのは、大きな荷物を背負った女の子だった。

 小柄なたいに短い茶髪、大きな目が特徴のあいきょうのある顔つきをしている。きっと、元気の良い子なんだろうなというのが一目で伝わってきた。

「ふぅー。収穫ばっちりです。これでしばらくこの薬草の採取はしなくていいでしょうねぇ」

 少女はしみじみ言って巨大な背負い袋を床に置く。

「あ…………」

 それから顔を上げると、ようやく俺に気づいたようで、じっとこちらを見た。

「あわわわ……。えーと……えーと……」

 なぜか焦りつつ服のほこりをはらい、女の子は握りこぶしを口の辺りに持ってきて言った。

「も、もしかして例の人ですか! ドレン課長!」

「そうだよ。サズ君だ。こちらはイーファ君。このギルドの新人で、冒険者も兼任している」

 ドレン課長が言うと、イーファは深々と一礼。

「はじめまして。イーファです。これからよろしくお願いします。先輩!」

 はじけるような、屈託のない笑顔と共に、俺に元気よく挨拶してくれた。

「よろしく、俺はサズ。王都のギルドから来た職員だ。あと、先輩って言われるほどの経験は……」

「いえ、サズ先輩は先輩です。今年配属されたばかりの若輩者ですが、よろしくお願いしますっ。あ、申し訳ありません。準備がありますので!」

 イーファと名乗った同僚の女の子は挨拶もそこそこに建物の奥へ行ってしまった。なんでも夕飯の準備があるとのことだった。どうやら、彼女はここに住んでいるらしい。

 ギルドの建物は大きくて、職員の宿舎も兼ねている。過疎で村としての機能がほぼないピーメイ村では俺もここに住むしか選択肢がない。

 つまり、俺とイーファは同じ建物に住むことになる。

「あの、彼女と一緒に暮らすんですか?」

 打ち合わせ用の部屋に案内されて、課長自らお茶を用意してくださり、俺はドレン課長からピーメイ村での業務について説明を受けていた。

「気にすることないさ。もともと宿屋を兼ねていた建物だしね。広いから部屋はとても離れている。それに所長もここにお住まいだ。村で一番良い建物だからね」

「ギルドが問題ないと判断したならいいです」

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