新しい職場と新しい同僚(3)

「あ、あの。私も同じです。七年前に両親が行方不明になって……」

「そうなのか……」

「はい……」

 共通点があっても、全く盛り上がる話題じゃないな。話が止まって空気が重くなってしまった。

 大変よろしくない。これから同じ建物で暮らすというのに。何か、何か話題はないだろうか……。

「そうだ。神痕持ちだって課長から聞いちゃったんだ。謝っておかないと」

「ふぇ? 別に構いませんが。村の皆も知ってますし」

「基本的に、冒険者は他人に自分の神痕のことを話されるのは嫌うんだよ」

 神痕は強力だが、極端なほどの特徴的な力を所持者に与える。冒険者がどんな神痕を得たかで将来が変わるほどだ。強力な神痕持ちだと判明した瞬間、スカウトされたりもする。

 これは同時に、自分の長所と短所を知られることでもある。

 故に、冒険者は自分の神痕についてあまり明かしたがらない。神痕の内容について話すのは親しい者だけという暗黙の了解があるほどだ。

「えっと、私は気にしないんで平気です。でも、勉強になりました。都会の冒険者さんが、どんな風にしてるか想像つかないんで。やっぱりベテラン冒険者は違いますね」

「それは昔の話だよ。ここに来ていきなり冒険者をやれって言われて困ったくらいだ」

 そもそも、俺はベテランと呼ばれるほどのものだったろうか? この子はどんな情報を教えられてたんだろう。

「困りますよね。実は私もいつの間にかここで働くことが決まってて。最初は驚きました」

「そうなの? ドレン課長が保護者で、自然とここに収まったのかと思った」

 予想が外れた。身寄りのない彼女を引き受けるなら村長も兼ねている課長だと思ったんだが。

「えっと、私を保護してくれた人がいましてですね……」

 心配になるくらいの素直さでイーファは自分のことを話してくれた。

 元冒険者の両親が、ある日突然行方不明になったこと。自分の神痕はそれから少ししてから発現したこと。両親は村で世界樹の研究をしていたこと。

 とんでもなく重要な個人情報の数々だ。いくら話題がないといっても、こんなこと聞いてもいいものだろうか。

 しかし、まさか左遷先に到着した初日にこれほどまでに不思議なことを聞かされるとは思わなかった。

 王国が世界樹はまだ生きていると考えているのも、少し納得してしまうな。

「すみません。なんだか自分のことばかりたくさん話しちゃって。元冒険者の職員の方が来るって聞いて、楽しみにしてたんです」

 ヘーゼル色の目をキラキラさせながらイーファが言ってきた。

 なんか滅茶苦茶期待してるな。俺はどんな触れ込みで紹介されたんだ。力不足でドロップアウトした元冒険者なんだぞ。職員としても、左遷される程度には上手うまくいっていない。こういうまっすぐな視線は、逆につらい。

「冒険者としては一度引退してるし、ご期待に沿えるかわからないんだけど」

「平気です! 先輩も神痕持ちなんですから! あっ……」

 どうやら、俺の情報も漏れていたらしい。

 この後、イーファが平身低頭で謝ってきたけれど、ギルド職員同士なので大丈夫ということにしておいた。


   ◇◇◇


 王都でも山奥でも、人の生活時間はあまり変わらない。どちらも夜遅くまで起きている人はあまりいない。明かりのためにかかる金額がばかにならないからだ。だから、夜が来たら寝て、日が昇ったら起きる。そこは同じだ。

 ピーメイ村に来た翌日の朝、俺は太陽が昇り始めた頃に起きた。旅の疲れもちょっと残っているが、早起きは冒険者時代からの習慣になっている。

 さて、何をするべきか。できれば事務所で資料を読んで、早めにこちらの仕事について知りたいけれど、勝手にやったら怒られるだろうな。やる気のあるところを見せたいわけじゃなくて、仕事の内容がわからなくて不安なだけなんだけど。

 少し考えた後、とりあえず建物の外に出て体を動かすことにした。

 なし崩しとはいえ、冒険者として復帰することを了承してしまったし、朝の訓練をしておいた方がいいだろう。軽く走ったり、練習用の剣を振ったり、ギルド職員になった後も習慣として続けていたのが、こんな形で役立つとは思わなかった。

 ベッドと小さな棚しかない宿舎の部屋を出て、ギルドの外に出る。

 建物から出て見た朝の景色は、王都のものとは別物だ。

 人の多い都会だと、この時間は一日を始める人たちがぽつぽつ外に出始めている。掃除したり、看板を出したり、荷物を運んだりといった姿が目に入る。

 ピーメイ村の朝にそういう光景はない。俺の前に広がるのは誰もいない石で出来た小さな広場、それと周りから聞こえてくる鳥たちのさえずりだ。山奥だからか、聞いたことのない鳴き声が多い。

 城壁のように佇む世界樹の樹皮が朝日を受けて巨大な影を作る壮大な光景を見ると、凄いところに来たな、という思いが強くなる。

 せっかくだし、少し散歩してみよう。狭い村だからあっという間に回りきるだろうけど。その後運動かな。

 そんな考えのもと、土を固めた道を歩き始める。ギルドがある広場前から少し歩くとすぐに村はずれ。それほど広くない農地があると聞いたので、そちらを目指す。

 農地はすぐに見つかった。もともとピーメイ村は狭い。少し歩くと農家が一軒、その横にあまり広くない畑が広がっていた。世界樹崩壊後、頑張って耕したという土地だ。

 あっという間に村はずれに来てしまった。一度ギルドに戻ろうかと思ったところで、見覚えのある人影が目に入った。

 農地とは道を挟んで反対側。柵で囲われたちょっとした広場に、女の子が一人立っている。明るい茶色の髪と服装からしてイーファで間違いない。

 彼女がいたのは、村の墓地だった。

「あ、サズ先輩。おはようございますっ」

 邪魔するのも悪いと思い、静かに去ろうとしたら見つかった。

 個人的な事情に立ち入るようで悪い気がしたんだけど、イーファの方は気にせずこちらに駆けてきた。

「サズ先輩、早起きなんですね」

「ちょっと早く起きて、少し村の様子を見ておこうと思ったんだ」

「なるほど。狭い村でびっくりしたでしょう?」

「広さよりも、魔物が出るとかの方が驚いたかな」

「あ、ですよね。私の神痕といい、変わったことが起きる場所ですから」

 多分、今は両親の墓参りをしてたんだよな。触れない方がいいだろう。

「イーファも早起きなんだな」

「はい。毎朝、お父さんとお母さんに挨拶してるんです」

 無難な話題を選んだつもりが、全力で個人的な話になってしまった。

「そ、そうなのか」

「あ、気にしないでください。もう七年も前のことですし、形だけのお墓ですけど。ほんとに、そんなに気にしてませんですから」

 いや、さすがにちょっとは気にしているだろう。慌てて弁解してちょっと変な言葉使いになっているし。

「形だけ、か」

「はい。結局見つからなくて……。色々ありましたけれど、もう慣れましたから」

 困った。どう話をしていけばいいんだろう。下手に励ますことすらできない話題だぞ。

「だから、もう平気なのは本当です。朝から暗いのは、なしにしましょうっ」

 これで話は終わりとばかりに、イーファは目を明るく輝かせて言った。たしかに、朝からするような話じゃないし、俺がどうこうできるような出来事じゃない。七年前じゃな……。

「そうだな。そうだ、朝食の準備、手伝うよ。昨日はイーファに料理させちゃったしな」

「先輩、料理できるんですね。さすがです! そうだ。実はこのギルド、温泉が引いてあるんですよ。女湯しかないですけど」

「なんだって。それ、体を拭くお湯だけでももらえないかな?」

 初耳だ、事前に調べた情報ではそんなこと書いてなかった。いつでもお湯が使えるのはとてもありがたい。正直、汗や汚れは結構気になる方なんだ。

「実は昨日お持ちしたお湯が温泉だったんです。時間を決めて交代で入りましょう」

「イーファが嫌じゃないなら、ぜひお願いしたいな」

「もちろんですっ」

 昨日寝る前に、体を拭くためのお湯をお願いしたらイーファが持ってきてくれたけど、あれがそうだったのか。やけに早く用意できたとは思ったんだけど、温泉とは。

 それから俺たちは、冒険者としてやるべき朝の訓練や、朝食のメニューについて相談しながら、ギルドへ戻った。

 世界樹時代からある立派な建物に向かいながら、俺はふと考える。

 俺の両親はダンジョンから溢れた魔物に襲われて死んだ。だが、遺体は残ったし、ちゃんと墓の下に収まっている。生死不明で墓を作られるのと、どちらがマシだろうか。

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