王都から山奥へ(2)


   ◇◇◇


「サズ君。すまない。本当にすまない……」

 目の前にいる人がここまで何度も謝るのを初めて見た。

 その事実が、俺の置かれた状況の深刻さを伝えてきていた。

 あの日から三日。会議をしたのと同じ部屋で、俺は所長から唐突な告知を受けていた。相変わらず部屋の外から差し込む明かりが春らしい陽気なのが恨めしい。

「あの、謝らないでください。……まさかこんなに早く動かれるとは俺も思いませんでしたから」

「私もだよ、結構頑張ったんで話が通じたと思ったんだけれどねぇ」

 嘆息しつつ、上司が言った。根回しが得意な人だけれど、その時間すらなかったらしい。

「まさか、サズ君が中心になって進めていた新ダンジョンの攻略計画を乗っ取るだけでなく、人事異動まで強引に突っ込んでくるとは。本当に申し訳ない」

 何度も頭を下げてくる上司。本当に想定外の事態が俺を襲っているということが実感される。

「言い方が悪かったんでしょうか。少し強めに言っちゃいましたし」

「いや、あのくらいは許されると思うよ。あの場の全員が君に同情的だったし」

 アストリウム王国最大の権力者、オルジフ大臣。その親族というだけで、これほど厄介な存在になるとは。これでヒンナルが仕事のできる人間だったらよかったんだけど、そうじゃないというのがまた厄介だ。

 一年前に王都から少し離れた場所で見つかった小規模なダンジョンの攻略。

 元冒険者である俺は、職場の皆に手伝ってもらい、そこに冒険者たちがアタックする環境を整えた。近隣の村へ物資と金を運び、宿や道具屋などの施設を整え、有力な冒険者にも声をかけた。

 もう少しで計画始動。そんなときによこやりを入れられるとは。いや、だからこそか。目のつけどころだけは悪くない男だ。

「せめて、こちらでこっそりフォローに回れませんか?」

「そう思ったんだけれど、向こうが先に動いてね……本部から異動の辞令が来たんだよ」

 結局、俺主体で進めていた計画はヒンナルへと引き継ぐことになった。

 会議の場において、できる限りの説得はしたけれど、彼の心証を悪くしただけに終わったようだ。

 正直なところ、俺の手柄とか実績の問題じゃない。上手くいかなかったら冒険者に犠牲が出る。それを防ぐため、現地に残りたい。それも伝えたんだけど、無駄だった。

 むしろ懸命に話したことで、悪い結果を引き寄せてしまったのかもしれない。

「……大丈夫なんですか?」

「本人は自信満々だそうだよ。中身はどうあれ、書類上の実績だけは立派だからね」

 首を横に振る所長はすでに疲れた顔をしていた。実際、フォローに回るのはこの人になる。想像するだけで嫌になる仕事が待っているだろう。

 悲しいことに、これまで周りが大迷惑をこうむりつつも、どうにかしてきてしまったため、ヒンナルは実績だけはしっかりついている。コネや根回しで会議を押し通し、未経験の実務で迷惑をかける、その繰り返しだ。結果的に、足りない能力で仕事を荒らすとんでもない存在を冒険者ギルドは生み出してしまった。

「引き継ぎ書類、できるだけ用意しますね」

「うん……本当に申し訳ない。それで、君の異動先であるピーメイ村だけど……」

 上司が申し訳なさそうな顔を更に深めて、俺に申しつけられた異動先の説明をしようとする。

「ピーメイ村なら知ってます。有名なところですから」

 アストリウム王国の西の端。辺境の中の辺境。

 王国誕生ゆかりの地でありながら、場所が悪すぎて田舎のままの土地。

 ほとんど人がいないが、色々と事情があって、そこにはしっかりと冒険者ギルドが存在する。

「そうか。私たちも大変だけど、君も大変だろうな」

「そうですね……」

 最果ての左遷の地。冒険者ギルドの職員にとって、最も所属したくない支部。


 俺の異動先は、そんな場所だった。


   ◇◇◇


 異動を申しつけられた後、俺は重い足取りでギルドの外に出た。所長は気を使ってか、今日は休むように言ってくれた。

 こぢんまりとした建物が並ぶ王都の西の街、人々の行き交う中を、俺はゆっくりと歩いていく。自分にとって見慣れた景色とこんな形でおさらばすることになるとは思わなかった。

 俺の足は、下宿先ではなく別の場所に向かっていた。

 ギルドと同じく王都の端にある、壁を白く塗られた木組みの家。商人の持っていた古い大きな家を改装したというその建物は、俺の生まれ育った養護院だ。

「うぅ……まさかサズ君がピーメイ村などという辺境に行くなんて……。よそ者に厳しい辺境の人たちに嫌がらせされないか心配だわ……心配だわ……」

「なんでそんなに偏見に満ちてるんですか、イセイラ先生……」

 養護院内の小さいけど整理整頓された部屋の中で、俺は女性に泣かれていた。

 金髪のやや痩せた顔つき、鼻の上にのせた眼鏡が特徴の、この人物はイセイラ先生。養護院の責任者であり、俺の親代わりだ。

 十年くらい前にここに来た人で、俺はとても世話になった。やってきた当時はギリギリ十代だったので、まだ三十前なのだが、人の良さで苦労しているからか、全身に疲れがにじみ出ている。

 この人、基本的に善良なんだけど、ちょっと思い込みが激しいのが問題だ。

「私、王都から出たことないから。色んな人たちからの話をまとめると、地方の人たちはそんな感じに思えるの。都会の人はひどい目に遭うのよ。小説みたいに」

 イセイラ先生は大衆向けの小説が大好きな人だった。ジャンルは人間関係ドロドロ系のやつ。そのせいか偏見が助長されている。

「情報が偏りすぎです……。王都の外の村に何度も行ったことあるけど、そんなあからさまに嫌な人たちはまずいませんよ」

「でもそれは仕事だからでしょう。実際に住むとなると話が違うと思うの」

 くそ、偏見に正論を織り交ぜてくる。たちが悪い。

 いや、今はこの人の偏見を取り除くよりも先にすることがあるんだ。そちらを優先しなければ。

「そういうのは、実際にピーメイ村に行って酷い目に遭ったら考えます。ヤバそうなら逃げますよ。俺、そういうの得意だから」

「そうね。サズ君は昔から無茶はしないものね。でも、王都に落ち着いてくれて安心したと思ったら左遷なんて……」

「他の人からはっきり左遷って言われると心にくるものがありますね……」

 本当に、権力に物を言わせた嫌がらせを受けたんだよな……。

 ともあれ、不安がないというとうそになるけど、ピーメイ村に対してはそれほど警戒感はない。

 こちらにはしっかり情報がある。

 ピーメイ村は、かつて世界樹と呼ばれる巨大なダンジョンの中にあった村だ。

 世界樹攻略時にダンジョンは崩壊、世界樹の一部と共に、村の建物が残って現在に至る。

 世界樹攻略によりもたらされた利益はすさまじく、攻略者は初代アストリウム王国国王となった。

 当時の記念として、村には冒険者ギルドが残され今も運営されている。

 ピーメイ村は過疎ってしまっており、記念碑的なギルドなので、大した仕事はない。

 仕事もなく出世も期待できない田舎ギルドでの生活が俺を待っているわけだ。

 多分、すごい暇だと思う。

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