【書籍試し読み増量版】左遷されたギルド職員が辺境で地道に活躍する話1/みなかみしょう
MFブックス
王都から山奥へ(1)
もしかして、俺は運が悪い方ではないだろうか?
これまでの人生で何度かあった疑問に対する結論が、今こそ出た気がしていた。
「サズ君。落ち着いて」
「はい……」
小声で話しかけてくる上司に短く答える。声に力はない。
冒険者の国、アストリウム王国の王都ステイラ。その一画にある、冒険者ギルド西部支部の会議室。王都で一番小さな支部に
大きめにとられた窓のおかげで、差し込む陽光は多い。俺の心境とは逆に、外は快晴で室内を明るく照らしていた。
冒険者。それは王国各所に現れるダンジョンに挑む人々の総称。
冒険者ギルドは彼らを管理、支援する国の公的機関だ。
俺はそのギルドで職員をしていて、それなりに経験を積み、そして今、仕事の成果を奪われかけている。
「で、では。こちらの指示どおり、王都西部のダンジョン攻略の指揮はヒンナル君がとるということで」
ギルド本部から来たというお偉いさんが書類に目を通すと、やや早口に言った。一瞬、目が合ったが慌てて
三ヶ月ほど前、王都の西部にダンジョンが出現した。規模は大きくなかったが、都市部では珍しいことだった。とりあえず、最も近くの支部である王都西部支部ギルドが担当となり、攻略のための計画は俺の仕事となった。
冒険者のダンジョン攻略には準備が必要だ。場合によっては周辺にちょっとした集落まで出来ることすらある。それに合わせた物資や人の配置を考えておかなければならない。
ダンジョンが主要産業ともいえるアストリウム王国においては、冒険者は各所で流動的に活動していて、攻略のために熟練者に声をかける必要もある。
ギルド職員になって三年。任せられた大仕事に俺もやる気だった。周りの人の助けもあって、相当な準備を整えることができた。
それが今、この会議室にいる男にすべて持っていかれようとしていた。
「光栄です。ダンジョン攻略はまだ経験がないので、楽しみにしています。見事にこなしてみせましょう」
仕立ての良い服を着た、痩せた長身の男が自信たっぷりに言い放った。丁寧に整えた髪に、常に人を見定めているような眼光。正直、あまり良い印象を持てる人物じゃない。
男の名はヒンナル。冒険者ギルドでは悪い意味での有名人だ。
王国最高の権力者である大臣の身内であり、その立場を最大限利用して、ギルド内の様々な役職を歴任する問題児である。
何が問題とされているか。それはただ一つ、彼の能力不足だ。
配属されるが、仕事を
本当に運が悪い。王都近くの案件でなければ、彼はこの仕事に見向きもしなかっただろう。
「ふむ……。本部からの指示であれば承諾しますが。こちらのサズ君まで外すのはよくないのでは?」
隣に座る上司が資料を見ながら精一杯の擁護をしてくれた。書類によると、俺はダンジョン攻略から完全に外されることになっている。徹底的に排除する方針だけでもなんとかしたい、それが俺たちの希望だ。
「問題ありません。すでに準備は済んでいると聞きますから。僕が十全に実行できます」
これまた自信たっぷりに言い切るヒンナル。隣の本部の偉い人が困った顔をしている。
この会議は、すでに決定していることを確認するだけの儀式なのだ。始まってしばらくしてから、違和感を感じた。どれだけ誠意を持って説明しても、少しも話が覆らない。代替案を出しても拒否され、すり合わせをする余地すら感じられなかった。
ヒンナルは強大なコネを使って、あとで俺たちが動けないくらい状況を固めてから、この場をセッティングしていた。短くない時間をかけて。俺と上司はそれを心底思い知った。その点だけにおいては、能力があるのかもしれない。
下手なことを言えば、自分どころか同僚までどうなるかわからない。だから、それがわかってから、俺は極力黙っていることにしていた。
「なに、小規模なダンジョンなど大したことありませんよ。冒険者たちを連日けしかければあっという間です」
「ダンジョン内の調査までしたわけじゃありませんから。それはわかりませんよ」
あまりに気楽な発言に、思わず口が動いた。上司がこちらを一瞬見た。
心の中で上司に謝っておく。でも、少しくらい言ってもいいだろう。
「どういう意味かな?」
「小規模に見えても、実際潜ると何が出てくるかわかりません」
当たり前の話だ。ダンジョンは入ってみなきゃわからない。それに、命がけで潜っていく冒険者を道具のように扱う発言も気に入らない。
「上手く状況に対応しないと、事故につながりますよ」
一瞬だけ、ヒンナルの眉が動いた。自分には対応できないのでは、と問いかけられたと認識したみたいだ。ただの常識なんだが。
「……貴重な意見、ありがとう。だが心配無用。僕は色々とできることが多い。それこそ、君たちよりもね」
自分の権力を使えばもっと上手くできる。そんな根拠のない自信に満ちた発言だった。しかし、俺は知っている。ヒンナルはこれまで、ギルドでダンジョン攻略に関わったことはない。それどころか窓口業務の経験もなく、現場を知らない。広報だとか商取引だとかの、目を引く仕事を受けては失敗を繰り返しているのだ。
「……それでできるなら、いいですけど」
「…………」
そう言い返すのが精一杯だった。
室内の空気は最悪だ。せめて、自分が攻略に関われるように交渉したかったけど、その余地すらなかった。なにせ、会議前にヒンナルに同行してきたギルドの人が、上司である所長に頭を下げて全部
「うん。話はこれで終わりだね。……えっと、サズ君。君の名前と発言は覚えておくよ」
最後にヒンナルがそんな意味深なことを言って、会議は終わった。
俺の人生における、三度目の不幸。そして、最大の転機となった会議だった。
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