名代辻そば異世界店、開業です!

 ハイゼンたちの馬車に同乗させてもらうことおよそ半日。とっぷりとも暮れ、暗い空に月が昇るような時刻になってようやくハイゼンが領主をしているという街、アルベイルに到着した。

 ハイゼンによるとアルベイルの街は王都に次ぐ大都市とのこと。ただ、現代日本のように電気が普及している訳ではない、中世ヨーロッパ風の世界なので、夜の闇に沈んだ街の全景はおぼろげにしか見えなかった。

 それでも相当大きな街だということだけは分かったので、それはぎょうこうと言えよう。これだけ大きな街ならば商機もまた大きいというもの。だいつじそばのそばを食べてくれる人たちもきっと大勢いることだろう、店の開店が実に楽しみだ。

 街に到着したゆきは、そのままハイゼンが住む旧王城まで案内されたのだが、これは暗い夜の中にあっても相当に巨大だということが分かった。大学生の頃、親しい学友たちとの旅行で訪れた、ドイツはバイエルン州で見たノイシュヴァンシュタイン城のようである。きっと、昼間に見ればもっとふうこうめいに映ることだろう。これもまた楽しみだ。

 その巨大でごうしゃな城の、これまた豪奢な客室に通された雪人。

 時間も遅かったので夕食はらず、そのままその客室で一夜を明かし、翌朝、硬くてボソボソしたパンと塩のみで味付けされたサラダにちょっと臭みのあるゆで卵の朝食をそうになると、ハイゼンと数人の護衛騎士に連れられて城の外へ出ることになった。

 何でも、雪人のために用意した土地を見てもらいたいということである。

 ちなみに今回、アダマントは同行していない。彼の役職は騎士団長、つまりはこのアルベイルにおける軍事部門のトップだ。旧王都を空けていた間に仕事が山ほどまっているとかで、彼はしぶしぶ同行を諦めた次第。

 ともかくハイゼンに連れ出されて雪人が案内された場所は、はたして、旧王城をぐるりと囲む、分厚い城壁の一角であった。

「あの……本当にここなんですか?」

 と雪人がぜんとした様子で顔を向けると、ハイゼンは「にも」とうなずく。

「この壁の裏は何もない城の庭になっているのだが、ここならばどうだろうか?」

 ハイゼンはそういてくるのだが、雪人としてはどうにも返答に困る。

「いや、私のギフトは障害物とかも関係なく出せるんで、多分大丈夫だとは思うんですが、でも本当によろしいんですか?」

 雪人の言う通り、ギフト『名代辻そば異世界店』は障害物があってもそれを無視して店舗を召喚することが可能だ。そして店舗を引っ込めれば、その場所は元通りに復元される。それは昨日のうちに試したから分かっている。

 しかしだからといって、城をまもる城壁を貫通するような形で店を出してよいものなのか。城の防衛もさることながら、防犯の観点においてもよろしくないことのように思える。

 どうにも雪人が考え込んでいると、ハイゼンが心配無用とばかりに肩をたたいてきた。

「構わん構わん。気にせんでくれ。というか是非にもここに出してもらいたい。この場所ならば城から通いやすいのでな、我々にとっても都合が良いのだ」

 昨日はいたくかけそばを気に入っていたハイゼンである、きっと、これからもあししげく辻そばに通おうと思っているのだろう。

 風光明媚な古城にチェーン店のそば屋という組み合わせはミスマッチ全開だろうし、雪人としてもちょっと罪悪感を覚えるのだが、他ならぬ城のあるじ本人が良いと言うのだから従うしかあるまい。

「大公様がここに出して良いと言われるのなら、私としては素直に出そうと思うのですが……」

「是非ともそうしてくれ。その方が私も城の者たちも来やすい」

「確認しますが、お城の方たちだけじゃなくて、一般の方たちも入れていいのですね?」

 これは昨日の夜にもハイゼンたちと話し合ったことなのだが、雪人は基本、職業や立場のせんなく誰にでも辻そばを味わってもらいたいと思っている。故に話し合いの場では最初から、貴族や騎士だけでなく、一般市民も店に入れたいと要望を伝えていた。

 雪人は確かにハイゼンのに入ると決めたが、しかし彼専属のお抱え料理人になった訳ではないし、皆に広く辻そばを提供するという望みは絶対に譲れない。

 昨日の時点ではハイゼンもそれで構わないと言ってくれたのだが、彼は約束をたがえることなく、今回も頷いてくれた。

「うむ、もちろんだ。ナダイツジソバはハツシロ殿の店。経営方針も好きに決めるとよろしい」

「ありがとうございます。是非ともそうさせていただきます」

「よろしい。では、早速ナダイツジソバを出してはもらえんだろうか?」

 ハイゼンは待ち切れないとばかりに雪人をかしてくる。昨日は随分とかけそばが気に入っていた様子だったので、きっと、今回も御相伴にあずかろうという腹積もりなのだろう。ソワソワとしたその様は、実に無邪気で少年のようだ。

 思いがけず微笑ほほえましいものを見た。雪人は苦笑してから表情を正し、城壁に向き直る。

「それでは……名代辻そば異世界店!」

 本当は心の中で唱えるだけでもいいのだが、ハイゼンたちにも分かり易いよう、あえて声に出してそう唱える雪人。

 すると次の瞬間、ボフンと音を立てて名代辻そばの店舗が現れた。

 昨日と同様、雪人が店長を任されたすいどうばし店と同じ造形の店舗が、城壁に埋まるというか、同化するようにしてその場にたたずんでいる。

 異世界の街並みに突如として現れた、現代日本のそばチェーン店。思っていた通り、随分とミスマッチな光景だが、これも時間がてば見慣れたりするものなのだろうか。

 願わくば、この街にとっておみの店と言われるようになりたいものだ。

「はっはっは! これはすごいな! 見事に城壁を貫通しておるわ!」

 ハイゼンが愉快そうに笑い声を上げ、護衛の騎士たちは圧倒された様子で「おお……」と声をらしている。偶然その場を通りかかった一般市民もいたようだが、彼らも見慣れぬ異様な様式の店が突如その場に現れたことにきょうがくし、何事かと足を止めて見入っていた。

 自分の能力ではあるのだが、雪人本人もギフトの力に目覚めたばかりで、店を召喚するのは今回で僅か二回目。やはり騎士たちと同じように、圧倒された様子で店舗を見つめていた。

せっかくの機会だ、城に帰る前にソバを一杯馳走になりたいのだが、良いかな、ハツシロ殿?」

 ハイゼンにそう声をかけられ、雪人はハッと我に返り、彼に向き直る。

「え、ええ、構いませんが、しかし朝食は召し上がりましたよね?」

 正直あまりしくない朝食だったが、振舞ってもらったものを残すのも失礼なので、とりあえずは食べた。大公であるハイゼンの食事ですらあのレベルだというのは驚きだったが、ともかく腹はそれなりに膨れているはずだ。

 だが、雪人がそう指摘しても、だかハイゼンは不敵な笑みを返してきた。

「ソバの美味を知った今となっては、あれではどうにも満足出来ん。実はいつもより朝食の量を少なくしておいたのだ」

 言ってから、ハイゼンは「まあ、作ってくれた料理長には悪いのだがな」と付け加えて苦笑し、言葉を続ける。

「だから私の腹にはまだ若干の余裕がある。正直に申すとな、今日もあの美味なるソバが食べられるのではないかと期待していたのよ」

 言いながら、再びカラカラと笑うハイゼン。まるで、お菓子を沢山食べたくてあまり食事に手を付けない子供のようだなと、雪人はそう思った。

 だが、そこまで期待されてそばの一杯も出さないのでは、辻そば店員の名折れというもの。是非とも食べて行ってもらおうではないかと、雪人はそう意気込んだ。

「かしこまりました。そうだ、どうせなら昨日と同じものではなく、追加された新メニューを食べて行かれませんか?」

 雪人がそう言うと、ハイゼンは驚きに目を見開く。

「何!? 新メニューとな!?」

「はい。ギフトのレベルが上がってメニューが増えたんです」

 昨日、転生してから最初にステータスを確認した時点で、あと一人の来客があればギフトがレベルアップし、提供可能なメニューが増えると表示されていた。

 あんな原っぱのド真ん中で客など来るものかと思っていたところへ、ハイゼンとアダマントが客として来たのだ。

 結果、雪人のギフトはレベル二となり、新たに『わかめそば』と『ほうれん草そば』がメニューに追加された。

 ちなみに今現在、雪人のギフトに関するステータスは次のようになっている。



 どうやら、次に追加されるメニューは冷たいそばらしい。前回は温かいそばだったので、もしかすると温と冷が交互に追加されるのかもしれない。

 ともかく、雪人の名代辻そば異世界店は、レベルアップしたことでまた一歩、本家名代辻そばに近付いたようだ。これでより異世界の人々を喜ばせることが出来るだろう。

 ハイゼンも新メニューが追加されたと聞き、目を輝かせている。

「いやはや、新メニューとはまことにちょうじょう! 是非とも馳走になろうではないか!!」

 店主である雪人に先んじて、意気揚々と店に向かって歩を進めるハイゼン。きっと、もう待ちきれないということだろう。

 その様子に苦笑しながら、雪人も彼に続いて店に入った。

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