ギフト【名代辻そば異世界店】(1)

「んぅ……?」

 ゆきが目を覚ますと、眼前には真っ青な大空が広がっていた。

 一瞬だけ「また天国?」と思ったが、空には雲も浮いているし、何より太陽が昇っている。

 しかも鼻孔から吸い込む空気に濃い土と草の匂いが混じっていた。

 その場で地面に手を突き立ち上がると、はたして、そこはかの道の上だった。

 舗装されている訳ではないが、踏み固められて土がしになっている道。

 道幅は日本の平均的な二車線道路くらいあるだろうか、かなり広い。

 一直線に続く道の先は目視では確認出来ず、雪人の目には彼方かなたまで続いているように見える。

 土が露出していない場所は背の低い草で埋め尽くされた草原然としており、その草原が途切れた先の場所はうっそうとした森のように見える。

 はるか彼方に見えるのは山だろうか。

 富士山をほう彿ふつとさせるような雄大さだ。

 爽やかにほおでる風にいそは感じないから、現在地は内陸部だと思われる。

 周囲に人の気配はなく、懸念していた大型の獣などもいないようだ。

 目に見える範囲にいる生物は、せいぜいが小鳥か昆虫くらいか。

「あ、そうだ、俺の身体からだ……」

 神は雪人の身体を死亡した時そのままの姿で再生したようなことを言っていたはず

 ねんために自分の姿を確認してみると、いつも見慣れた自分の身体であった。

 鏡がないので顔は確認出来ないが、この分ならそちらも寸分たがわず再生されているだろう。

 ちなみに、着ている服は何故なぜつじそばの制服である。

 これは恐らく、雪人の記憶の中で最も印象の強い服装だからだと思われる。

 雪人がきつねたぬきに化かされているのでもなければ、ここはあの神が管理する異世界だ。

 そして雪人は本当に地球からこの異世界に転生したことになる。

 しかしそれを確認しようにもあいにく周囲に人影はなく、誰かに何かを尋ねることも出来ない。

 これからどうしようか、当てなどないが、とりあえずこの道を歩いてみるか。

 大きな街か、それとも小さな村か、ともかく道の先には必ず何かはある筈だ。

 などと考えていた雪人だったが、ふと、あることを思い出した。

「そういえばあの神様、確かステータスオープンって唱えろ、とか言ってたよな……?」

 神は雪人に、辻そばを異世界でも営めるギフトを授けた、と言っていたが、その詳細は現地で確認しろ、とも言っていた。

 確認方法はステータスオープンと唱えること。

 ここで、ああでもない、こうでもない、と途方に暮れる前に、とりあえずギフトの詳細でも確認するかと、雪人は気を持ち直した。

「よし、やってみるか! ステータスオープン!」

 雪人がそう唱えた瞬間、眼前にテレビゲームのステータス画面のようなものが浮かび出た。

「うわあッ!」

 いきなりのことに情けない声を出して驚く雪人。

 普通に生きてきた日本人の感覚としては、驚くのも無理はない。

 しかしながら、ここは魔法も魔物も実在するファンタジーの異世界だ。

 これくらいで驚いているようでは、この先、身が持たないだろう。

 誰に聞かせるでもなく、雪人は一人で「コホン!」とせきばらいをしてから自分を落ち着かせると、改めて眼前に表示されたステータス画面をあらためた。



「はあ?」

 自分のステータスを見た瞬間、雪人は思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。

 別にステータスの数値が低いことに驚いたのではない。

 雪人は勇者でも英雄でもない一般人、そんなことは最初から分かっている。

 ギフト名の下に表示されていた、

『ギフト名に触れると詳細が表示されるよby神』

 というふざけた一文に対して声を上げたのだ。

「神様さあ……。もっとこう、雰囲気とか考えてくれよ…………」

 先ほどまで途方に暮れていた雪人の陰気を吹き飛ばすかのような神による一文。

 全く気が抜けてしまうが、暗く沈んでいるよりは幾分マシなのかもしれない。

 雪人は苦笑しながらそっとステータスのギフト欄に指で触れてみた。



「店舗の召喚? 俺が店長を任される予定だったすいどうばし店がそのまま現れるのか?」

 ファンタジーの異世界に、現代日本のだい辻そばの店舗が現れる。

 字面だけ見ると、何と荒唐無稽なのだろうか。

 しかも食材はどれだけ使っても尽きることがなく、二階に居住スペースまであるという。

 この世界において、ギフトという異能が一般的にはどういう認識になっているのか。

 今や異邦人となった雪人には知る由もないが、自分のそれが破格のものであるということは、漠然とではあるが理解出来る。

 どうやら神は、雪人にかなりサービスしてくれたようだ。

 頼れる者は誰もいない異世界。

 この厚遇はそんな中にあって実に心強い。

「………………誰もいないし、ちょっと試しに店を召喚してみるか」

 そう言いながら、雪人は道から草原まで移動する。

 このまま道の真ん中に店を召喚してしまったら、万が一誰かが通りかかった時、通行の邪魔になってしまうからと配慮したのだ。

 雪人は改めて気持ちを引き締めてから声を発した。

「よし! 名代辻そば異世界店!」

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