異世界で何がしたい? 辻そばしかねえだろ(2)

「とても単純な話なんだがね、君、よみがえりたくはないかい?」

「は? え? そ、そんなことが……可能なのか!?」

 神の権能をもってすれば、人の生死など自由自在に決められるのだろう。

 神としてはごく当たり前の力なのかもしれないが、ただの人間である雪人にとってはきょうがくに値するものだ。まさしく神の奇跡である。

 そして、だ。もしもそんなことが本当に出来るというのならば、終わったと思っていた雪人の夢の続きを歩むことも不可能ではない。

 かつての自分のような人たちに、辻そばという癒やしを提供するという夢が。

 驚きに目を見開く雪人に対し、神はもちろんだと頷いた。

「可能だとも。何せ、私は神だからね」

「な、なら……ッ!」

 俺を蘇らせてくれと、そう言おうとした雪人を、しかし神は「慌てるな」と片手で制する。

「君が望むなら蘇らせてあげよう。ただし、地球ではなく私の世界でね。さっきチラッと言ったと思うが、所謂、異世界転生さ」

「えぇッ!? 地球じゃないの!?」

 雪人は思わず驚きの声を上げてしまった。

 はっきり言って意味が分からない。

 雪人のような何の特技も持たない一般人をファンタジーの異世界に転生させる。

 そんなことをして何の意味があるというのか。

 神にとっては暇潰し程度のことなのだろうが、彼の言葉に翻弄される雪人にしてみれば、こんなにタチの悪い冗談はない。

 見事に期待を裏切られた雪人は、意気消沈して肩を落とした。

 そういう雪人の様子を見て、神はまたも苦笑を浮かべる。

「それはそうだろう? さっきも言ったけど、私は地球の神ではない。君を蘇らせること自体は地球の神と交渉して許しを得ているが、地球に蘇らせることまでは許されていない。それは越権行為だからね。そんな勝手なことをすれば地球の神の怒りを買う」

 神同士の事情など、わいしょうないち人間でしかない雪人にとっては知ったことではない。

 怒りに任せて「ふざけるな!」と叫びたかったが、相手は他ならぬ神だ。

 雪人はぐっとこらえて口を開いた。

「……さっきも言ったけど、俺は戦う力もない一般人だ。そんなやつにファンタジーの世界に行って何をやれってんだ? せっかく蘇っても、すぐ魔物とか盗賊とかに殺されるのがオチだろ?」

 そう雪人が疑問を口にすると、神は「いやいや」と首を横に振った。

流石さすがにそのまま放り出したりはしないよ? 当然、君にもギフトを与える。私から誘っているんだから、特別に君が望むギフトを与えようじゃないか。ギフトの力を駆使すれば、君は勇者にも国王にもなれるだろう。働かずに遊んで暮らすことも、欲望のままハーレムを築くことも、全ては君の思いのままさ。まあ、勇者になったところで倒すべき邪悪な魔王とかはいないけどね」

 神の話が本当なら、雪人にも一応の救済措置はあるようだ。

 ギフトの力とやらがあれば、とりあえずすぐ死ぬことはないだろう。

 しかしながら雪人は戦う力などは求めていない。

 それに勇者にも国王にもなりたいとは思わないし、ハーレムにもさして興味はない。

 そもそもからして、ファンタジーの世界で生活してみたいという願望がないのだ。

 神を相手に不敬ではあろうが、しかし雪人を選ぶのは明らかな人選ミスである。

「……その誘い、断れば俺はどうなる?」

 雪人がうかがうように訊くと、神は「ううむ……」と困った表情を浮かべた。

「別に断ってもいいのだがね、君の為にもそれはあまりオススメしないな」

「どうして?」

「断った場合、もう死亡している君の魂は記憶を消去して再び地球側のりんの渦に戻される」

「輪廻の渦って?」

「生物に宿る魂の集合体のようなものだ。新しい生物が誕生すると、輪廻の渦から魂が選別されてその生物に宿るんだよ」

「分かるような、分からないような……」

 何とも抽象的、かつスピリチュアルな話なので、雪人にはいまいち明確な想像がつかない。

 雪人がうんうん唸って考え込んでいると、神が「それは後から存分に考えればいい」と言って言葉を続けた。

「君は生前、悪行に走った訳ではないから、一〇〇年も待てば次の生を得られるだろう。だが、次も人間に生まれるという保証はないよ?」

「えッ?」

「何を驚くことがある? 地球だけじゃない、どんな世界にだって人間以外の生物は存在するものだし、どんな生物にだって等しく魂は宿る。我々神が直接干渉しない限り、輪廻の渦から生まれ変わる先はランダムなんだよ」

「そうなのか……」

 雪人はより深刻な顔をして考え込んだ。

 記憶を消去されて次の生を待つ。

 そうなれば、仮に運良く人間に生まれ変われたところで、今この胸の中にある辻そばへの情熱は消え去ってしまうだろう。

 辻そばとは縁もゆかりもない外国人に生まれ変われば、恐らくはそばそのものに触れることなく一生を終える可能性すらある。

 というか、むしろ人間ではない別の生物に生まれ変わる確率の方がはるかに高い筈だ。

 昆虫か、それとも、もっと矮小な微生物か。

 どんな生物に生まれ変わるにしろ、雪人最大の願望、辻そばで働くことは出来そうもない。

 なら、この辻そばへの情熱を保ったまま転生するにはどうすればよいのか。

「どうする? 私の世界に転生してみるかい? ギフトは君の望み通りのものをあげるよ?」

「………………」

 神の問いかけにも答えず、雪人は必死に思考を巡らせる。

「私の世界でやってみたいこと、ないのかい?」

「…………やりたいことは、あるよ。でも、異世界とかファンタジーとか関係ないことだ」

 ここまで考えて、雪人はある可能性に思い当たっていた。

 自分が異世界でも辻そばをやれる可能性。

 ただ、それはかなり荒唐無稽なことだし、正直、神の力をもってしても難しいことだろう。

「それでも構わないよ。君のやりたいことをやるといい。君の人生なんだからね。まあ、世を乱す行いや悪行に走ろうとするのはやめてもらいたいところだけど」

 神にそう促され、雪人は意を決して口を開く。

「俺は……」

「お? 心は決まったようだね?」

「俺は辻そばがやりたい」

 雪人がそう告げると、神はほんの一瞬だけ困惑した表情を浮かべた。

「はい……? あ、ああ、いや、そうだったね、確かに君は生前そば屋の店員だったね。君は、私の世界でそば屋がやりたいのかい?」

 そう言う神に対し、雪人はそうじゃないと首を横に振る。

「いや、ただのそば屋じゃなくて『名代辻そば』だ。他の店じゃ駄目なんだ。店の場所が異世界でも構わないから、俺は辻そばがやりたいんだよ」

「お、おお……?」

 神は恐らく普通のそば屋と辻そばの違いが分かっていない。

 というか、そば屋に関心のない人なら誰でも違いなど分からないだろう。

 何処で食べても味など変わらないと、そう言われるかもしれない。

 だが、雪人にとっては辻そばでなければ駄目なのだ。

 自分が情熱を傾けた辻そばでなければ。

 そこだけは絶対に譲れない。

 雪人の辻そばに対する情熱が伝わったものか、神はされたように声を上げた。

「そ、そうか、つ、辻そばね、辻そば……」

「ああ、そうだ。俺は辻そばがやりたい。ギフトとかいう能力を俺が好きに決めていいのなら、俺は異世界でも辻そばが出来るギフトをもらいたい」

 短時間ながらも雪人が考えに考えて辿たどいた唯一の可能性、ギフト。

 雪人のような一般人ですら、ギフトの力があれば一国の王になれると神は言った。

 ならば、その力で辻そばがやりたい。

 それだけが雪人唯一の、そして最大の願いだ。

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