エゴン・シーレと小澤さん


 先日、エゴン・シーレの絵画について書いていた時、小澤征爾さんが、ある本で言っていた言葉が浮かんできた。

 その本は「(村上春樹が)小澤征爾さんと、音楽について話をする」という対談集で、私の記憶の中では、こんな内容のことを言われていた。

「エゴン・シーレの絵を見た時、ショックを受けて、それ以来、ぼくは美術館に行くようになったんです」


 その時本を読んだ時、私は小澤さんはレオポルド美術館に行ったのだと思った。ウィーンにはミュージアム・コーターと呼ばれる美術館が10以上も集まっている場所がある。その中のひとつがレオポルド美術館で、エゴン・シーレの作品が200以上もある。崩れ方がすごいというのはあの絵のことだろう、といくつかの絵を想像した。全部がそうではないのだが、中の数点がここには載せられないほどに大胆。最初にあれを見たとしたら、ショックだろうと思った。


 今回、小澤さんはその時、実際にはどのようなことを語ったのか、気になって探してみた。本は380ページほどあり、たぶん後半にあったと思い、途中から読んでみたところ見当たらなくて、冒頭から読み始めたら、真ん中にあったので、結局本を全部読み返したことになる。


 探し当てた本の中の言葉を引用させてもらうおう。


小澤

「僕は三十年くらい前からウィーンで仕事をするようになって、ウィーンで友達なんかもできて、それから美術館に足を運ぶようになりました。そこで、クリムトとか、エゴン・シーレなんかを見て、そのときはけっこうショックを受けましたね。それ以来、僕は美術館によく行くようにしているんです。あいうのを見ると、なんかよくわかるんです。つまり、マーラーの音楽って、伝統的なドイツ音楽から崩れてきていますよね。そういう崩れ方が実感としてわかる。崩れ方がとにかく生半可じゃない、と」

村上

「僕もこの間ウィーンに行ったときに、美術館でクリムト展を見ましたが、ウィーンで見るとたしかにそういう実感がありますね」

小澤

「クリムトも美しくて緻密なんだけど、見ていてなんかこう、狂っているじゃないですか」

村上

「うん。たしかに尋常じゃないですね」

小澤

「狂うことが大事というか、倫理性がないというか、道徳とかそういうことを凌駕している部分があります。実際にその当時は道徳がかなり崩れていたわけだし、それから病気もずいぶんと流行っていましたよね」


ーーーーーーーーー

 覚えていた内容とは少々違うし、クリムトの名前が出ていたことは覚えていなかった。

 村上さんが「クリムト展」に行ったというのは、たぶん分離派会館の地下、壁にクリムト作のべートーベン・フリーズ(ゴジラが描かれている)の間で開催された「性とスキャンダル、クリムトと芸術運動」というようなタイトルの展示会ではなかったかと思う。


 今回、対談を読み返して興味深かったのは小澤さんが、

「マーラーの音楽について、崩れ方がとにかく生半可じゃない」

 と言っているところ。

 私はマーラーには興味はあるけれど、全然わかっていない。でも、普通、マーラーは交響曲を上の段階にもっていった大作曲家だと言われているのに、小澤さんが「崩れた」と表現しているのがおもしろい。

 そうですよね。崩さないと、新しいものは生まれないですよねと思った。


 たしかに、画家クリムトは壊し続けた画家。

 子供の頃から見事な絵が描ける腕をもっていて、宮廷の壁なんかに絵が残っている。そのままあのような絵を描き続けていれば、宮廷画家として優遇されたのに、彼はそういう生き方はなど望んてはいなかった。というか、権威を嫌悪していた。新しいことを試し続けて、金箔を使ったり、シーレのような大胆な絵を描いたり、たしかに壊し続けた人だ。


 世紀末のウィーンはすごかったと思う。

 自由主義という嵐が吹いて、もう止められない。

 栄光を誇ったハプスブルグ家の、実質的には最後の皇帝フランツ・ヨーゼフ一世(シシイの夫)は、随分と頑張ったと思う。

 多国籍国家として生きる道を選び、ユダヤ人を受け入れ、町の城壁を取り除き(今はそこにリングロードで、電車が走っている)、周囲に市役所とか、劇場とか新しい建造物を建てた。しかし、自由を求め人々はあんな古臭い建物はなんだと非難した。

 時代の波というのだろうか、何をやっても、今でいうなら炎上だ。

 皇帝は自分の代でハプスブルグを消滅させてなるものかと耐え忍んだ。しかし、自由主義の息子のルドルフ大公は心中、シシイも暗殺され、後を継いだ甥がサラエボで襲撃され、第一次大戦勃発。

 こういう悲劇の人も少ないのではないかと思う。













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