2章 砦攻防戦

 夜は視界がほとんど得られない。その環境下での戦いは交戦した際に敵味方の判別が難しく、両軍とも無駄な負傷者を出す。よほどの自信があっての夜襲でない限り、日没前には自軍の陣営に引き下がる。見張りは置かなければならないが、騎士や兵にとっては唯一とれる束の間の休息だ。

 燭台の明かりに照らされた砦の部屋で木桶風呂を用意してもらったアナスタシアは、血で真っ赤に染まったドレスを拭ぎ捨て、湯あみをしていた。


『こんな戦が、あとどれくらい続くのかしらね』


 アナスタシアの膝の上で一緒に湯に浸かるジンジャーがため息をつく。


「もう根を上げたのか? 遠征に比べれば、マシだぞ」


『遠征はもっとひどいの?』


 ちゃぽんと音を立てて、ジンジャーが振り返る。


「ひどい……というより、それが当たり前なのだ」


 昔を懐かしむように、月明かりが差し込む窓を見上げた。


「風呂に入れて、ベッドで眠れるほうが特殊だ。遠征では森で一夜を明かすこともあれば、歩き通したあとに汗だくのまま土の上で眠りにつくこともある」


 そのとき隣には、いつもマティアスがいた。目の前の星空がマティアスと過ごしたすべての空に重なって見え、口元に笑みが滲む。


『女の子なのに、苦労したのね』


「私はもともと農民あがりの騎士だ。夏も冬も泥まみれになって野良仕事をしていたからな、さほどそれをつらいとは思ったことはない」


『そう、農民の女の子ですら戦っているのに、私は……』


 猫が俯くと、ますます小さく見える。その垂れた両耳を、アナスタシアは優しく持ち上げた。


「ジンジャー、過去は私たちを戒めてはくれるが、未来を変えてはくれないぞ」


『わかっているわ。なんだか、あなたが眩しくて』


「眩しい?」


『私にないものをたくさん持っているから、自分の不甲斐なさがよく見えてしまうのよ。私は……大事な弟ひとり守れなかった。両親と一緒に私欲に溺れてきたわ。怠惰の魔女なんて、ほんと私のためにある言葉よね』


 自虐に走るジンジャーを言葉で慰めることはできる。だが、それをジンジャーは求めていないだろう。

 もうひとりの自分のような存在だからか、わかるのだ。罪を忘れず悔い続けるからこそ、自分たちは迷わず目的のために貪欲に非情になれる。これこそ、力の源。


「それを言うなら、非道の魔女は私のための言葉だ。私は愛する人を絶望させて死んでしまったからな」


 処刑の際の出来事を話すと、ジンジャーは自分のことのように胸を痛めてくれているのか、悲しげに言う。


『そんな……まさかギルベキアを寝返ったあのマティアスが、あなたの大切な人だったなんて……。私の身体じゃなきゃ、再会を喜べたでしょうね』


「十分喜んでいる。絶望しても、生きて戦い続けてくれていた。その事実を知れたことにな」


『でも! 女の子としての幸せは?』


 勢いよくこちらに向き直ったジンジャーは、必死に訴えるような顔をしていた。


「私は一度死んだのだ。あの男と、どうこうなろうとは考えていない。それに、私はこれからも戦場に身を置く。死なない保証などないからな。マティアスに二度も失う絶望を味わわせたくはない」


『アナスタシア……あなたは、正体すら明かさない気なのね……』


 もの言いたげなジンジャーの視線を受け止め、肩を竦めていると、扉をノックする音が響いた。


「入れ」


 なんてことなく答えれば、下から『え?』とジンジャーの戸惑う声がした。


「失礼します。ドレスが汚れたでしょうから、新しい着替えをお持ち……」


 服を手に室内に入ってきたのは、マティアスだった。だが、浴槽に浸かったままのアナスタシアに気づき、その場で立ち止まる。

 ジンジャーは「ニャーッ」と悲鳴をあげ、自分の身体の前で小さな手を交差していた。


「マティアス、その服を寄越せ」


 手を出せば、指先からぽたぽたと水が滴り落ちた。

 マティアスは視線を逸らしつつ、若干の呆れを交えて答える。


「侍女を呼んできます……いや、砦にいるわけねえか。ですが王女殿下、さすがにその格好で応対するのは危険ですよ。ここには戦いが続いて、飢えに飢えまくってる男しかいませんので」


『そうよ! そうよ!』


 ジンジャーが抗議するように鳴いている。まったく、どいつもこいつも大げさだ。


「そんな勇者がいるのなら受けて立とう。新たな被害者を生まないよう、私が使い物にならなくしてやる」


「……ぶっ」


 真面目に答えれば、マティアスが吹き出した。


「おい、早くしてくれないか」


「すみません。似たようなことを昔に言ってきた女がいて、思い出してしまって」


 マティアスは目線を逸らしたまま、先に手拭いを差し出してくる。

 彼が思い出しているだろう女が誰なのか、ブリアナ本人なのでよくわかる。

 遠征で血や泥を落とすために、深夜に野営地から近い湖で水浴びをしていたときのことだ。気晴らしに散歩をしていたマティアスと鉢合わせてしまい、先ほどのように注意されたことがあった。


『おいおい、いくら強くても、お前は女だろ。水浴びのときには俺を呼べ。必ずだ、いいな?』


 それからマティアスは、律儀に見張りをしてくれるようになったのだ。

 懐かしさにふっと笑いつつ、先にジンジャーを床に下ろす。ぶるぶると首を振って水分を振るい落としているジンジャーのそばに立ち、自分の身体から軽く拭いた。


「猫……」


 ただ待っているのは気まずいのか、マティアスが話しかけてきた。


「野良猫は水に濡れるのをあまり好まないと聞いていたのですが、そちらの猫は大丈夫なんですか?」


「ああ、ジンジャーが入りたいと言ったのだ」


 自分の身体はほどほどに、ジンジャーの前にしゃがむと、すぐにその毛を拭いてやる。


「ジンジャーと話せるみたいに言うんですね」


 思わずジンジャーと目を合わせ、どきりとしつつも話を変えることにした。


「服をくれ」


「はい、どうぞ」


 差し出されたのは深紅の上衣と白の下衣からなる軍服だった。


「ドレスのほうがよかったですか」


 愚問だと、アナスタシアは鼻で笑う。


「気に入った。できることなら髪も短く整えたいところだ」


 軍事司令官だった頃は、女であることを隠していたわけではないが、男装は欠かせなかった。兵や騎士、指揮官は男の仕事だと考える者が大半だ。それゆえにブリアナのときは恰好から振る舞いまで男に見えるように気をつけてきた。女だからとナメられないための外せない武装だったのだ。


『ダメよ! 髪は女の命なのよ!』


 この調子でジンジャーに止められるので、切るのを我慢しているが。


「戦うとき、いちいち視界に入り込んできて邪魔だ」


 軍服に袖を通したアナスタシアは濡れた金髪を掬って、まったく忌々しいなと握り締める。


「……ブリアナ」


 自然に呼ばれ、「なんだ」とつい答えてしまった。


(……しまった)


 緊張しながら振り返ったアナスタシアを、マティアスは真剣な表情で見つめている。


(反射的に返事をしてしまった。まさか、正体に勘づかれたのか?)


 ジンジャーも、ひやひやしながら見守っている。


(落ち着け)


 死んだ人間が別の人間になって蘇るなど、信じられるわけがない。多少ごまかし方が雑になろうと、真実には辿り着けまい。


 そう自分に言い聞かせ、アナスタシアは動揺を隠しながら平然と話を続ける。


「……なんだ、そのブリアナというのは。猫の名前は、すでにテオがジンジャーと名付けている。今さら変えられないぞ」


 万が一にマティアスが自分の正体に気づいたとしても、決して明かさない。

 もう二度と、この男に失う絶望は味わわせない。平和になったこの国で、今度こそ絶望ではなく幸福を与えてくれる女と添い遂げてほしい。


(これが私の愛し方だ。その未来を手に入れるために戦おう)


 密かに奮い立っていると、マティアスは覇気がない笑みを浮かべて首を窄めた。


「それは残念」


 マティアスは猫の話に乗った。だが、今のでごまかされるマティアスではない。

 いちばん、ブリアナを理解していた相手だ。話し方、戦い方、それらからアナスタシアの正体に辿り着く可能性もまったくないとは言い切れない。素性を探るために泳がしているのやも……油断はできない。


「それはそうと、似合っていますよ、軍服」


「似合う似合わないはどうでもいい。一度、この服で戦ってみないことには、動きにどう支障が出るのか想像しづらい」


 片腕を伸ばし、動きやすさを確認していると、


「はは、機能性重視ですか……」


 苦笑しながらマティアスが近づいてくる。そして、アナスタシアの金髪を一房掬った。


「王女殿下は……これからも戦場に出るおつもりで?」


「ああ。当然……だ」


 マティアスの顔を見上げ、言葉を紡げなくなった。切なげな笑みを浮かべるマティアスに、胸が締め付けられる。


(まったく、嫌になるな)


 女が戦場に出る姿が、ブリアナに重なるのだろうか。いっそ、この男の中からブリアナの記憶が一欠けらも残らず消えてくれればいいのにと思わずにいられない。他の誰でもなく自分が、マティアスを苦しめているという事実が許せなかった。


「マティアス。なにがあったかは知らないが……もし、お前が私と誰かを重ね、苦しんでいるのだとしたら、もうそんなやつのことは忘れろ」


「……無茶、言いますね。俺がどれだけ想っていたかも知らないで」


「その者も、お前が苦しむ姿など見たくはないはずだ。それがなぜ、わからない」


 ここにいない、共通の知人でもないブリアナ人間の話をしているというのに、本気で互いに怒りと苛立ちをぶつけ合っている。わけがわからないが、間接的には噛み合っている、おかしな状況だ。

 マティアスは怒りを逃すように息をつき、持っていた旗槍を差し出してくる。槍に着いた赤い旗には、ドロッセルの紋章が刺繍されていた。


「これを。あなたの獲物は槍のようなので」


 棘のある物言いで差し出されたそれと、マティアスの顔を見比べる。


(私が戦場で槍を使っていたからか? それとも、本当にブリアナだと気づいて……?)


 含んだ物言いに胸がざわめくが、旗槍の柄を掴む。だがなぜか、マティアスが手を離さない。


「おい、どういうつもりだ」


「どれほど絶望しようが、俺はそばにいたことを後悔したりはしない。なにがあっても、守るべき相手のそばにいることを選ぶでしょうね」


 マティアスは槍の柄から手を離し、背を向けた。


「行きましょう。今日のご活躍で、王女殿下にも軍議に出てほしいと声をあげる騎士や兵が多いんですよ」


 戸口まで歩いて行き、マティアスはこちらを振り返る。


「ほう、王女に出しゃばられるのを嫌がるやつもいるのではないか」


「否定はしません。かくいう俺もよそ者なので、扱いは似たようなものですが、今は猫だろうと敵だろうと王女だろうと、戦える人員が欲しいってことですよ」


「敵か……」


 マティアスの言葉にひとつ妙案が浮かび、無意識のうちに耳たぶを指でこねる。


(足りない人員を今日捕虜にしたギルベキア兵で補充できれば……)


 捕虜が素直に従うわけがないので、その方法について考えを巡らせていると、マティアスが「その癖……」となにやら呟いた気がした。


「どうした」


「あ、いえ。なにか閃きましたか?」


 アナスタシアはひとつ、大きく瞬きをする。


「よくわかったな」


 本気で驚くアナスタシアに、マティアスは「ははは……」と乾いた笑みを浮かべた。


「笑い事ではない」


 彼に近づいて、ずいっと迫るや、その胸ぐらを掴む。


「考えを読まれているということではないか。それは困る、なぜわかった」


「いいじゃないですか、俺といるときは考えを読まれても。敵同士ではないんですから」


「お前以外の前でも、心の内が筒抜けになるような癖をしてしまうかもしれないだろ」


「大丈夫ですよ。誰にも話す気はありませんから」


 そういう問題ではないのだが、マティアスが楽しそうなのでどうにも強く言えない。あの号哭する姿が、今目の前にある笑顔に塗り替えられれば、どれほどいいか。


「マティアス、敬語はやめろ。お前に敬われると気持ちが悪い」


 ぽんっとその肩を叩いて、横をすり抜けようとしたとき、マティアスが息を呑んだ。それが嗚咽にも聞こえ、焦って彼を見るも泣いてはおらず、ほっとする。ただ、アナスタシアが触れた肩を押さえて、微かに笑っていた。


「ほら、行くぞ。ジンジャーも」


 ジンジャーは「ニャーッ」と猫らしく鳴いてみせ、足元にやってくる。


「仕方ない、どこまでもお供してやるか」


 敬語を許した途端に、マティアスは上から目線になった。


「調子に乗るな」


 マティアスの胸を拳で叩くが、本気ではない。

 互いに笑みを交わしながら思った。


(やはり、このほうがしっくりくる)




 砦の一室に兵を率いる騎士が集まっていた。夜更けではあるが、眠い目を擦るテオフィルを起こしてまで参加させているのは軍議だ。

 国王になるならば、なるべく早くこういった空気に慣れておいたほうがいい。

 自己紹介も手短に、話題はギルベキアの使者から届いた書状の内容に移った。


「一時停戦を願い出てきたか。砦がひとつやられてびびったようだな」


 書状を長机に放ると、向かいにいたユーグがそそそっとカミーユに近づき、小声で耳打ちする。


「いやもう俺、王女殿下がその道の手練れにしか見えないんだけど」


「静かにしていろ。軍議中だぞ」


 前を向いたまま、カミーユが鬱陶しそうにしている。


「お前も見ただろ、王女殿下の槍の腕」


「まあ、そーだけどさ。衝撃冷めやらない感じ?」


 こそこそと話しているふたりには構わず、アナスタシアは長机にある書状に視線を落として腕を組んだ。

 あの臆病者のフォーク伯らしい。今日破壊された砦を直してから戦いたいという魂胆が見え見えだ。


(だが、この機会を利用させてもらう)


 考えがまとまったところで、アナスタシアは口を開く。


「停戦協定を受け入れる条件として、捕虜の妻子をこちらに引き渡すこと、その身柄はこちらがどのように扱ってもいいという書状を要求する」


 マティアス以外、全員が「なっ――」とどよめいた。

 カエサル副団長は唇をわなわなと震わせ、恐ろしいものを見るような目を向けてくる。


「ひ、非道にもほどがありますぞ!」


 非道の魔女と呼ばれて火あぶりにされた身だ。今さら、どう否定されようと痛くも痒くもない。だが、平気でない者がいた。


「口を開けば非道非道……少しはその意図を考えようとは思ないのか」


「マティアス」


 寝返った立場で副団長に喧嘩を売るのはまずい。案の定、カエサル副団長は顔を紅潮させて、鼻息荒くマティアスを指さす。


「裏切り者のくせに、この私に意見するのか! お前など、私の一声で斬首にすることもできるのだぞ!」


 カエサル副団長は息巻いているが、マティアスは冷ややかに見返す。


(命知らずな)


 力量も図れないやつほど、噛みついたはずが喉元を食い千切られているのだ。

 だが、これで恨みを買ったマティアスが戦場でカエサル副団長に闇討ちされでもしたら面倒だ。

 戦争中に消したい人間を手にかけるというのは珍しい話ではない。現に女で軍事司令官だったブリアナに嫉妬した仲間から、戦場のどさくさに紛れて暗殺されそうになったことは多々ある。そのたびにマティアスが蹴散らしていたが。


「貴族に反論した程度、捕虜の絶望する顔見たさに非道な条件を突き付けようとしている私の罪に比べれば可愛いものだ」


 カエサル副団長に口端を上げてみせる。


「先に私を斬首するか?」


 内心くだらなくて反吐が出そうだが、カエサル副団長の怒りの矛先を自分に向けるためだ。万が一に怒りを買ったとしても、王女の地位があればむしろカエサル副団長のほうを不敬罪に問える。無論、戦場での暗殺には注意がいるが。


「王女を斬首にする罪を背負えるのなら、この戦争のあとに好きにしろ。だが今は、くだらない与太話に裂く時間はない」


 カエサル副団長はマティアスを睨みつけながらも、ぐうっと悔しげに唇を引き結んだ。


「もしや、捕虜兵を軍に加えるためですか?」


 ふと正解が飛び出した。発言したのは、見るからに真面目で利発そうな顔をしたカミーユだ。


「頭の回る騎士がいてなによりだ。名はカミーユだったな」


「はい」


「彼らはしんがりを務めた兵だ。我先にと安全地帯に逃げる連中よりも、忠誠心や騎士道精神に厚い人間が多い。その者たちが命懸けで戦ったのにも関わらず、停戦協定を結ぶために家族を売られたと知れば、祖国をどう思うか」


 あえて亀裂を作り、かつての仲間同士を戦わせるのだ。非道には変わりないが、ドロッセル王国を勝たせるために、捕虜にはギルベキアに絶望してもらう。

 ――ヒューイッ! ユーグが口笛を吹いた。


「なにそれ、楽しそー」


 カエサル派の貴族騎士たちは、ユーグを卑しい者でも見るように眺め、ひそひそとなにやら話し始める。


「あのような犯罪者まで騎士にするとは、王様もなにを考えているのか」


 それに反応したのは、噂の当事者であるユーグだ。


「俺だって騎士になる予定なんてなかったよ? 王様お抱えの暗殺者だったのに、急に戦場行けって、ありえんし。あ、王女殿下も頼みたくなったらいつでもどうぞ」


 にこやかではあるが、感情はこもっていない。のらりくらり、掴みどころがない男だ。


「それとも……暗殺なんて、高貴な御身分の王女殿下には不浄ですかね?」


 冷えた双眼をすっと細め、酷薄な笑みを浮かべる。油断できない危うさはあるが、貴重な戦力には変わりない。


「その予定がないのでな、暗殺はいい。だが、暗殺者の目線から見て尋ねたい。夜に数人の友人と歩いている私を暗殺するとしたら、お前ならどう殺る」


 口角を上げたまま、ユーグは目を見開く。


「え? この流れで俺に意見求めてます? しかも殺るって、あんた王女ですよね?」


「ああ、本職の意見が聞きたい。それとも……」


 意趣返しのつもりで、アナスタシアは残忍に口端を上げてみせた。


「王女が暗殺の方法を尋ねるのは……不浄か?」


 ぞくぞくぞくっと身体を震わせ、背筋を伸ばしたユーグは興奮したように瞳孔を開いて唇で弧を描く。


「ほんと、あんたおもしろ」


「それで、アドバイスはもらえるのか」


「そうですねえ」


 ユーグは考えるように宙に視線を投げた。


「知人のフリしてー、近づいてー……まとめて殺りますね!」


 満面の笑みでこちらを向いたユーグに、アナスタシアは頷く。


「よかった。同意見だ」


「???」


 ユーグの頭上に疑問符がいくつも浮かんだ。


「私が砦を襲撃したことにより、今後は残りの砦の守備に力を入れてくるはずだ。つまり、破壊した砦を拠点としていた兵が、残りふたつの砦の人員に加わる」


 ノアは理解したふうに顔を上げる。


「手薄になるときがないってことですね。大砲のほうも対策を練ってくるでしょうし、同じ作戦は通用しない」


「そうだ。ちまちま叩いていては向こうも馬鹿ではないからな、学習する。ゆえに同時に砦を落とす」


 騎士たちから、ざわめきが起こった。その中で「王女殿下」と切り込むような一声が響く。


「ひとつ落とすだけでもやっとだというのに、ふたつですと? 大見得を切ったのです、当然算段があるのでしょうな」


 茶色の髪に息子のカミーユと同じアメジストの瞳をした四十ばかりの男――レイナードだ。戦が終わったあと、カエサル副団長と砦から出てきたのを見るに、名ばかりの騎士だろう。


「父上……」


 窘めるようにカミーユが父を呼ぶが、レイナードに睨まれて口を噤む。


「気にするな、カミーユ」


 王女への無礼な振る舞いを注意するつもりだったのだろう。父には逆らえないようだが、その心遣いを労えば、カミーユは「いえ……」と申し訳なさそうに目を逸らした。


「ではレイナード、お前の知りたがっている算段とやらの話をしよう」


 目の前の長机に手をつき、騎士らを真っ向から見据える。


「ふたつの砦を落とすためには人員が必要だ。だからこそ停戦協定を利用し、ギルベキアへ敵意が向くように仕向け、捕虜を味方につけるのだ。他に援軍を期待できる領地があれば、ありがたいのだが……」


 長机に広げられた地図を確認する。


「オルアンから近い、エゼラとルパーニュはどうだ」


「負け戦続きで難しいかと。ギルベキア帝国には同盟を組んでいるブルニ共和国が加勢しています」


 カミーユの言うブルニ共和国は、ギルベキアとドロッセルの中心部の海域にぽつんと存在している小国だ。あのように小さいと、大国のどちらかにつかなければ侵略されるだけだ。ゆえに優勢のギルベキアについた。


「それに加え、ギルベキアはすでに王都のある西部以外のドロッセルの領地を支配している。王女殿下が砦を落とすまではオルアンが劣勢でしたので、どの領主も負け腰になっているかと」


 戦闘をせず降伏した領地は新しい領主から金や仕事を斡旋してもらえるなど寛大な処遇を受ける。逆に抵抗した場合は集団処刑が行われるなど手荒い占領を受ける。


「……そうだな。頼りにならない我々王族の存在も拍車をかけていただろう」


 非をあっさりと認めたからだろう。その場にいた者たちは、愕然と息を呑んでいた。

 テオフィルが抱き上げていたジンジャーが項垂れたのに気づき、


「これからは役目を果たす」


 その一言で彼女は、はっと顔を上げた。


「とはいえ、急に信じてくれと言っても無理があるだろう。結果で返していくから、お前たちは私が王女に足る存在か見極めてくれ」


 お前もその覚悟だろう? と振り返れば、ジンジャーは泣きそうになっていた。

 彼女を抱き上げているテオフィルはまだ、王族の自分がここにいる理由が腑に落ちないのか、ジンジャーを抱きしめたまま居心地悪そうに身を縮めている。


「もうすでに、王女殿下は有言実行してますよ。砦を落としてきちゃったんですから」


 ノアは肩を竦めて笑っている。だが、まだ品定めをしている者が大半だ。カエサル派に至っては――。


「王女殿下は敵の砦を安易に落としてしまった。征服されれば領民も厳しい報復にさらされます」


「失礼ながら、王女殿下は予定通り亡命すべきと存じます。我々が国を奪還した暁には、王女殿下を呼び戻しますので」


 予想はしていたが、彼らは純粋に戦況やアナスタシアの能力を分析したうえで言っているのではない。ただ、手柄を王女に搔っ攫われるのが気に食わないのだ。


「なっ……王女殿下が砦を落としたのは、間違いだったって言いたいんですか?」


 自分のことのように怒っているノアには、随分と懐かれたようだ。


「そこまでは言っていないだろう。そのあとに起こることを想定したうえで動かれていたのか、その能力に些か疑問があるというだけで……」


「オルアンは屈しない。すでにそう決めて戦ってきたはず。王女殿下が砦を落しても、もはや報復は免れませんよ」


 穏やかな表情のまま貴族を窘めたのは、オルアン領主のハマル・オルアン伯爵だ。

 人柄を表すようなミルクティー色の髪と、薄いターコイズブルーの瞳をした三十くらいの柔和な面立ちの男で、華やかな刺繍が施されたひざ丈で裾広がりの上衣やベスト、丈の長い下衣からなる白を基調とした貴族服を纏っている。


「ギルベキアは女子供でさえ戦場へ送り込みます。そのような国の属領となれば、あの血に飢えた皇帝に使い潰されるだけです。平穏は永遠に訪れない」


 オルアン伯は先がよく見えている。でなければ、他の領主のようにとっとと領地を明け渡していたはずだ。


「ガイア・ギルベキアはこの大陸を手中に収めたあと、その戦火を海の向こうにまで広げる。抗わなければ、終わらない戦いの駒になり死ぬ運命しか待っていないぞ」


 賛同すれば、オルアン伯がこちらを見て微笑みながら頷いた。 


「このオルアン砦は、ドロッセルに残された最後の領地を守る重要な砦です。もし陥落すれば、残された領地の領主たちは、もはや国は再起不能と判断し、争わずにその地を明け渡す道を選ぶはずです」


 オルアン伯は貴族出身の騎士のほうを向き、優雅な身振りで語りかける。


「ですので、絶望の向かい風を希望の追い風に変えた王女殿下のダグルス砦の破壊は重要な転機でした。私は王女殿下に懸けてみたい」


 貴族出身の騎士たちは渋い面持ちながら黙っている。彼には不思議と耳を傾けてしまうカリスマ性があった。

 ふと、マティアスが顎に手を当て、切り出す。


「希望の追い風というなら、王女殿下が戦場に舞い戻り、ひとりで砦を落としたという噂をオルアンの領民に流すのはどうでしょう」


 オルアン伯は一瞬、その真意を読み解くようにマティアスをじっと観察した。


「そうですね。領民の期待と希望も高まるでしょう。ですが……」


 オルアン伯は意味深に口端を上げる。


「あなたはギルベキアでも、あのブリアナ・クリエルシーの戦略を副官として高次元で理解し、生かした指揮を執ることのできる数少ない人物だと聞き及んでいます。他にも意図があるのでしょう?」


 探りを入れられても動じず、マティアスは不敵に笑う。


「俺をドロッセル軍に引き入れるよう助言くださったこと、後悔はさせません」


 マティアスをドロッセル軍に引き入れたのは、オルアン伯だったのか。人ができている上に見る目もある領主のようだ。

 だが、どんなに人格者や優秀な人材がいたとしても、主である王族が腐りきっていては国は滅亡する。戦で勝利を収めても、ギルベキアに破滅の未来しかないように。


「ただ、俺は王女殿下と共に悪魔に堕ちるつもりでいるとだけ、お伝えしておきます」


 不穏な物言いに、オルアン伯の微笑みにも微かな緊張が見え隠れする。


「そうしなければ、勝てない戦……ですからね」


 限度というものはあるが、綺麗事だけで戦はできない。

 マティアスはブリアナの次の手を予測して準備を整えていたり、授けた策を己のもののように使って予想以上の成果を上げてきたりする。

 戦況が変わった際も、こちらが出すだろう指示を前線指揮を執りながら先回りして実行し、動いていたりと驚かされることが多々あった。

 自分の影や分身のように思えるほど、思考を共有できる相手。過ごした時間や語らい重なっていった価値観、ふたりで乗り越えてきた修羅場の数々があるからこそだ。


(マティアスがなにを企んでいようと、私は信じるだけだ)


 オルアン伯は観念したふうに、苦笑交じりの息をつく。


「他の領地が踏ん張る気力にもなりますからね。私のほうから、王女殿下の活躍は領民に伝えさせていただきます」


「オルアン伯」


 領民のことで気掛かりがあり、ふたりの応酬に割って入った。


「私のことはハマルとお呼びください。私は女性の身で、王女として共に戦ってくださる殿下に勝手に親近感がわいているのです。心の同志となれれば嬉しく思います」


「オルアン伯……では、ハマルと呼ばせてもらおう。皆も、私のことを名で呼んでくれていい。ここにいる者たちは、運命を共にする同志だからな」


 彼の空気につられ、和んだ表情をアナスタシアは改めて引き締める。


「これから本格的に砦攻略戦に入る。こちらが手段を選ばない以上、向こうもあくどい手を使ってくるはずだ。オルアンの民は避難させたほうがよいかと」


 それに答えたのは、マティアスだった。


「俺もそう言ったんだが、領主様のお人柄のおかげで、食べ物を寄せ集めたり、手当てに使えそうな布を用意したり、領民はここに残ってできることをしたいって思っているみたいだ」


「マティアスの言うことに相違ありません。郊外の住民も町の中心部に避難し、我々と運命を共にすると。ですので、絶対に負けられないのです」


「さすがだな、ハマル。領民のほうが士気が高いようだ」


 マティアスがそれを知っていて、アナスタシアの名声を高めようとしている理由に察しがふたつほどついた。

 ひとつは物資の補給をこの先も続けさせたいから。そしてもうひとつは――正真正銘、悪魔の思惑だ。


「こちらの物資が潤うのはいいが、停戦交渉中に向こうに補給物資や兵の補充をさせるわけにはいかない。無論、新たな砦を造らせる猶予を与えるつもりもない。よって、捕虜兵の着ている軍服を脱がせ、集めろ」


「まさか……」


 ユーグは引きつった笑みを浮かべる。


「そのまさかだ」


 にやりとして、地図のブルニ共和国を指さした。


「補給物資はブルニ共和国から送られるだろう」


 ブルニ共和国は小国。海に浮かぶ島国ゆえに海上戦は得意のようだが、抱える軍はたかが知れている。同盟国であるギルベキアにできるのは救援物資を送るくらいだ。


「オルアン東部は森に覆われている。その森を抜けた先にある港に、ブルニ共和国の補給部隊は船をつけるだろう」


 カミーユはアナスタシアの話をなぞるように、地図に指を滑らせる。


「平野を通れば大砲の餌食になる。港から森を通り、砦まで行くのですね」


「ああ、森を通ってギルベキアのブールバール砦に運ばれるはずだ」


 オルアン砦の前に設置されたギルベキアの砦は破壊した西のダグルス砦、中央のトゥーレル砦、東のブールバール砦の三つだ。その中で森が最も近いのがブールバール砦なのだ。


「王女殿……アナスタシア様」


 名を呼んでほしいと言ったからか、カミーユは律儀に言い直した。


★「捕虜から取り上げた軍服を着て敵兵になりすまし、補給部隊と入れ替わって物資を奪うのですか?」


「ああ。そして、今度はブルニ共和国の兵になりすまし、ブールバール砦に侵入させる。砦攻略戦の際、中でやってもらいたいことがあるのだ」


 地図上には白のチェスの駒をドロッセル、黒の駒をギルベキアに見立てて置いてある。白の駒をひとつだけブールバール砦に移しながら説明すると、カミーユがアナスタシアの手元を覗き込んだ。


「ブールバール砦に忍び込ませた兵に『敵襲』と叫ばせる。そうすればブールバール砦の兵が外に出てくるだろう。それを待って、ドロッセル軍を一度、オルアン砦のほうへ後退させる」


 ドロッセル軍に見立てた白の駒を後ろへ下げれば、カミーユが驚いたように目を見張った。


「相手に勝ったと思わせるためですか? いや、後方が開きますね……もしや、勝利を確信させて、油断しているギルベキア軍の背後にドロッセルの兵を回すのですか?」


 確認するようにこちらを向いたカミーユに、今度はこちらが目を見張る番だった。


「その通りだ」


「だから、捕虜を自軍に取り込む必要があるんですね。軍を二手にわけられるほどの人員がいる」


(驚いたな)


 カミーユは戦術の理解度が高い。経験さえ積ませれば、将来有能な知将になりそうだ。


「カミーユ、こちらへ来い」


「え……は、はい!」


 慌ててやってきたカミーユを隣に立たせる。

 そばでアナスタシアがどのように作戦を立てるのかを見せ、ものにしてもらうためだ。


「ブールバール砦は三つあった砦のうち、東側――オルアン砦から見て右に位置する。まだ中央のトゥーレル砦が残っているからな。左翼隊のほうを弱体化させ、敵の戦力をそちらに誘導する」


 白の駒を二翼に分け、左翼の数を減らした。そこへ黒の駒が殺到し、オルアン砦から見て敵の右側が手薄になる図ができあがる。


「そうすれば森沿いにいるドロッセル軍の右翼隊が後方に回り込みやすくなる」


 白の駒を右側から、左翼に気を取られているギルベキア軍の背後に移動させた。すると、黒の駒は白の駒に挟まれる。


「自軍の一部をもって敵主力の攻撃を引きつけ、その間に主力をもって敵の弱点を衝く作戦ですか! すごい……」


 地図上にできあがったドロッセル軍の包囲網を見下ろし、カミーユは感嘆した。


「だが、これには欠点もある!」


 ダンッとレオナードが地図の上に手をつくと、左翼の白の駒が倒れた。


「弱体化させる左翼は中央のトゥーレル砦から敵の援軍を出された場合、ブールバール砦の兵と挟み撃ちに遭う可能性がありますぞ!」


 お飾り騎士ではあるが、欠点を見抜く頭はあるらしい。


「そうだ、その援軍が到着する前にケリをつけなければならない。回り込む右翼隊に機動性が求められる。カミーユ、お前ならどうする」


 名指しされたカミーユは、難しい面持ちで考え込む。

 アナスタシアはもう答えを出しているが、カミーユの策も同じかどうか、その力量を図りたかった。


「……小柄で機敏な騎士や兵を右翼隊にしては?」


 思わず口端が上がった。


「ああ。お前に人員の選定を頼みたい」


「あ……はい!」


 表情を生き生きとさせるカミーユに頷き返し、再び地図に視線を戻す。


「中央のトゥーレル砦から援軍は遅かれ早かれ来る。そのときも最初と同様に右翼が回り込む。その時間を左翼隊が稼ぎ、挟撃する」


 ユーグは腰に両手を当て、地図を覗き込んだ。


「んー、作戦は申し分ないですけど、実行できるかが問題ですね。少しでもタイミングがずれれば、小数になった部隊が……」


 親指を立て、ユーグは首を斬る仕草をする。


「指揮官も兵も、その動きに一瞬の遅れも間違いも許されない」


「指揮は私が執る。戦場全体を見渡せる屋上から、右翼と左翼で色を分けた旗を用意し、後退、進軍、迂回、すべての指示をそれで飛ばす。その訓練もしなければならないが、先に着手すべきは……カミーユ、ユーグ」


 ふたりは身体の横に腕をつけ、姿勢を伸ばし、真っ直ぐ立つ。


「補給部隊を討つ策を明日の朝までに上げてくれ」


「はっ、承知いたしました」


 胸に手を当てたカミーユとは対照的に、ユーグは頭の後ろで腕を組んだ。


「寝かせない気ですねー」


「ああ。暗殺者と言えば私が震えあがると思い、脅そうとした仕返しだ」


 ユーグは目を点にしたあと「おもしろ!」と破顔した。


「マティアス、停戦交渉と捕虜の説得はお前に任せる」


 細かい説明は不要だろう。捕虜の妻子と、その身柄を自由にしていいという要求をこちらが指示したという事実は伏せたい。仲間に入れる捕虜を刺激しないためだ。マティアスなら、そのあたりも踏まえたうえで動けるだろう。

 ギルベキアでマティアスの率いる部隊は重要な激戦区に置かれたうえ、敵より数的にも不利なことが多かった。だが、マティアスはこれまで不敗だ。ギルベキアでも風采がよく、人気があったマティアスが祖国を裏切った理由を説明すれば、捕虜兵の賛同も得やすいだろう。


「了解」


 マティアスは深く確認してくることなく、二つ返事で承諾した。

 ブリアナではないというのに、疑いもしないとは釈然としないが、私情は挟むまい。


「なんでマティアスなんです? そちらのほうが重要な任務では?」


 レオナードが不服そうに言う。


「レオナード、どれも重要な任務だ。そして、各々が今最も力を発揮できる仕事を割り振っている」


「寝返ったばかりで、ろくにその男のことを知らないのにですか?」


 実際にはブリアナのとき、十四歳で二十歳のマティアスに出会ってから五年間共にいた。よく知る相手なのだが、それを抜きにしても――。


「その人間の性格、資質を見抜けないのなら、お前はそれまでということだ」


 目を尖らせて、レオナードは身体を震わす。

 息子に戦果をあげさせたくて躍起になっているようだ。お節介を焼かずとも、カミーユなら自力で上がってくるだろうに。


「カミーユ、お前の役目を忘れるな」


 念を押す父に、カミーユは俯いた。

 貴族出身で進んで戦場に出る騎士は珍しい。だが、カミーユの剣の柄は使い込まれて指の痕がついている。鎧も傷だらけだ。カミーユが貴族にもかかわらず戦場に出ているのには、なにか理由があるのだろう。

 絶対に勝たねばならない戦を前にして、いまだ私欲を優先する者たちに、ため息が出そうだった。


***


 翌朝、一時間ほど仮眠をとって目覚めると、全身筋肉痛になっていた。


『運動なんてちっともやってなかったから、ごめんなさい、アナスタシア!』


 馬に乗って、槍を振り回し、あげくに投げたのだ。むしろ、ここまで筋肉がない身体で、よくあれだけ暴れたと自分を褒めてやりたい。


『死んじゃ駄目ーっ』


 ぎしぎしと身体が痛み、ベッドから起き上がれなかったアナスタシアにジンジャーは大げさに騒いでいる。


「姉様、きちんと休まれたほうがいいのでは? 軍議も遅かったですし、軍服も着たままで……」


 朝、部屋に来るように言ったテオフィルも、心配そうにベッドにいるアナスタシアを覗き込んでいる。


「大丈夫だ。これから訓練すれば、こういうこともなくなる……っ、はずだ」


 ゆっくりと身体を起こし、長机のほうへ移動する。席に着くと机にジンジャーが飛び乗り、斜め前にテオフィルも座わった。


「今日も軍議……ですか? 自分みたいな子供がいても、なにもできないと思うのですが……」


 俯いているテオフィルを見て、ため息をつく。


「初めからなんでもできるとは思っていない」


「ではなぜ……!」


 勢い良く立ち上がったせいか、テオフィルが座っていた椅子が倒れる。


「剣も持てない、作戦も立てられない役立たずの僕を連れ歩くのですか!」


 その目尻には薄っすら涙が滲んでいる。戦場の恐怖、軍議の緊迫感を立て続けに経験して、いっぱいいっぱいだったのだろう。


「僕には無理です……っ、子供だし、なにも知らない、なにも……!」


 机に座っていたジンジャーは、憂うように弟を見つめている。


『生まれた瞬間から、王冠はその手に落ちてくるものだと、テオは父様にそう言われてきたの。だから、それを得るための努力なんて想像すらしていなかったでしょうね』


「少し、急ぎすぎたか?」


『いいえ、テオが生き残るためにも、急いで強くならないといけない時よ』


 もし、アナスタシアが戦死するようなことになれば、騎士や兵をまとめて国を守らなければならないのはテオフィルだ。


「――テオフィル、来い」


 膝を叩けば、テオフィルはそろそろと近づいてきて躊躇いがちにアナスタシアの上に座った。

 ジンジャーも目の前にやってきて、泣きべそをかいている弟の顔をふたりで覗き込む。


「お前を連れ歩くのは、この戦争で散っていく命、荒れ果てていく国、それをどう守り復興させ、どんな国にしたいと望むのかをお前に見つけてほしいからだ」


 濡れたテオフィルの目元を、手のひらで拭う。


「テオフィル、お前は王になる者。その重い運命からは逃げられない」


「……っ」


 怖いとテオフィルの顔が訴えていたが、あえてその縋るような瞳を厳しく見つめ返す。


「だが、どんな王になりたいのかは決められる」


「どんな王になりたいか?」


「そうだ。至らないと思うなら、盗め。優秀な人材がここには大勢いる。こうなりたいと思う者の真似をするもよし、その能力を自分のものにするのだ」


 小さな頭に手を乗せると、テオフィルは目に少しずつ強い意志を宿らせ、頷いた。


「わかりまし……いや、心得た」


 年寄りじみた口調をするテオフィルに、ジンジャーと共に唖然とする。


『まさか、アナスタシアを見本に?』


「私はそんなに……渋いか? 確かになりたい者の真似をしろとは言ったが…」


 驚いているアナスタシアたちに、テオフィルはふっと笑った。


「まずは形からだ」


 ジンジャーは苦笑しながら、ゆらりと尻尾を揺らす。


『まあ、いいんじゃない? なんか国王っぽい威厳出てるし』


「テオフィルが初めて、自分から始めたことだからな。やりたいようにするといい」


 ジンジャーとすっかり立ち直ったテオフィルを見守っていると、扉をノックされる。


「入れ」


 失礼します、と中に入ってきたカミーユとユーグが胸に手を当て一礼をする。

 テオフィルがアナスタシアの膝に乗ったまま、「ああ!」と言う顔をした。


「姉様が昨日頼んだ、補給部隊を討つ策ができたのか。うむ、見せてみろ」


 頼りなさげであったテオフィルが、急に渋い話し方をしたからか、カミーユとユーグは呆気にとられた様子で固まった。

 ジンジャーは「ぷっ」と吹き出し、身体を震わせて笑いを堪えている。


「アナスタシア様がふたりになりましたねー、仲良く路線変更ですか?」


「おい、殿下方に失礼だろ」


 からかうユーグの腹に、カミーユは肘鉄を食らわせる。


「策の報告ならば、長くなるだろう。ふたりとも座れ」


 カミーユは「申し訳ありません」と礼儀正しく、ユーグは「はーい」と気の抜けた返事をして向かいの席に着いた。


「アナスタシア様はブールバール砦にドロッセルの人間を忍び込ませることと、補給物資を奪うこと。それを実現するために敵兵の軍服を使うように指示しました。そこで……」


 カミーユは持ってきた地図を長机の上に広げる。


「ギルベキア兵に扮したドロッセル兵が港から比較的近い森の中で、ブルニ共和国の補給部隊を出迎えます」


 港よりの森の中に書き込まれているバツ印をカミーユが指さす。


「その際、補給物資の礼として戦利品を持ってきたと言い、こちらでも荷馬車を装ったウォーワゴンを用意するんです」


 ウォーワゴンは乗員が大砲や矢から身を守りつつ、細いスリットから槍や弓や銃などで攻撃を行える馬車だ。陣営を囲い機動的な要塞としても使える。


「なにも知らない敵が近づいてきたら」


 ユーグは頬杖をつき、二本の指を人の足のように動かして、長机の上をとことこと歩かせる。手を人に見立てているのだろう。


「馬車の幌を外してウォーワゴンから出動して、奇襲をかけるんですよ。バンッ!」


 口で銃声を真似てみせ、ユーグは人を模した手を撃たれたかのようにパタンと倒す。テオフィルがびくっと肩を震わせたのを見て、悪戯が成功した子供のような顔をしていた。笑えない冗談だ。


「相手は近い港のほうへ撤退するでしょう」


 カミーユの話を聞きながら、バツ印を再び確認する。

 港付近で補給部隊を出迎えるのは、彼らの退路をそちらに向けるためか。


「ウォーワゴン付近であらかた片付けた時点で、ドロッセル兵の半分を港に出られる森の入口に移動、待機させ、逃げてきた敵兵を一掃します」


「……! 砦攻略の戦術を応用したのか」


「はい。アナスタシア様の軍を二つに分け、囮部隊と機動部隊を巧みに使い、敵の動きすら操る作戦は、おそらくすべての戦闘において万能かと。ですので我々は、陽動隊で敵を引きつけている間に、別の部隊で逃げ道を塞ぎます」


「……驚いたな」


 アナスタシアは顎をさすりながら、ぽつりと呟く。


「ユーグ、ウォーワゴンの発案はお前だろう。その奇抜な発想は面白い」


 名指しされた本人は、きょとんとした。


「なんでわかったんです?」


「三流は隠れて相手に近づこうとするが、一流は堂々と対象に接近する。隠せば隠すほど不信感を持つし、見えないほど警戒心がわくものだからな。お前が国王に囲われるほどの暗殺者なら、後者の方針で策を立てると思った」


「……アナスタシア様、暗殺されかけたことがあるんですか?」


 あんぐりと口を開けているユーグに、解釈は自由にと笑みを向けた。

 ブリアナのときは、軍事司令官の地位から引きずり下ろそうとする輩が戦場でどさくさに紛れて……という三流のやり方で暗殺しようとしてきたことがある。無論、返り討ちにしてやったが。


「そしてカミーユ、作戦の導線を引いたのはお前だな。戦術をよく学んでいる」


 カミーユを振り返ってそう言えば、彼は目を瞬かせた。


「……なぜ、戦術を学んでいるとおわかりに?」


「昨日の軍議で、私が立てた策をもう取り入れているだろう。お前はそうして、得た知識や経験を積み重ねていける人間なのだと思った」


 ユーグには気質による戦の才が、カミーユには努力して生まれた才がある。ドロッセルの人材は申し訳ない。

 カミーユはまだ驚いて言葉を失っていたが、時は有限だ。このあとも、打ち合わせなければならないことが詰まっている。


「補給部隊の対処はこれで行こう。港に張らせている兵の報告を受け次第、すぐに出れるよう準備を進めてくれ」


「はーい」


 ユーグはひらりと手を挙げて応え、


「承知いたしました」


 カミーユは真面目に、各々らしい返事をした。

 そのとき、扉を叩く音がした。すぐに「俺だ」とマティアスの声がして、中へ入るよう促す。


「停戦協定の条件ですが、捕虜の妻子を引き渡すことはできない、だそうだ」

 こちらに歩いてきたマティアスは、長机越しに書状を差し出す。それを受け取ろうとして腕を上げると、ピキッと痛みが走った。


「……っ」


「……? どこか痛めたのか?」


 目ざとく気付いたマティアスから、視線を逸らす。


(〝絶対〟に、マティアスにだけは言いたくない)


 ブリアナのときはマティアスよりも強い自信があった。なのに筋肉痛になったなど、運動初心者もいいところ。情けなくて白状するのがとてつもなく嫌だ。


「……なんでもない。報告を続けてくれ」


 受け取った書状でさりげなく顔を隠すと、それをすっと奪われた。意地悪い笑みを浮かべているマティアスに、内心焦る。


「おい、返せ」


 手を伸ばすが、書状をひょいっと上げられてしまった。


「それでごまかせると思ってるのか? 馬鹿だな」


 なぜか嬉しそうなマティアスに、とことん性悪だなとげんなりする。


「馬鹿って、アナスタシア様は王女だぞ! 話し方も無礼だ、なんとかしないか!」


 カミーユが注意するが、マティアスはどこ吹く風だ。


「その王女殿下が敬うなって言うんだから、いいだろう。それに……」


 マティアスはこちらに手を伸ばしてくると、アナスタシアの二の腕を指で摘まんだ。その瞬間――。


「~~~~~~~~~~っ」


 ピキピキピキピキッと尋常じゃない痺れが走り、声にならない悲鳴をあげて、テオフィルの肩に突っ伏した。


「わわっ、姉様⁉」


 テオフィルは焦ったように、アナスタシアを振り返っている。


「お前、筋肉痛だろ。その細っこいやわやわな身体で、あんなに槍をぶん回すからだ」


 涙目で顔を上げれば、マティアスのからかうような表情があった。


「うっわ、顔赤っ! なんだ、アナスタシア様も女の子だったんじゃん」


 にやにやしながら、ユーグが横に来て顔を覗き込んでくる。


「俺、ほっとしたわー。実は同業者が王女殿下になりすましてるのかも、とか疑ってたし」


 熱くなった頬をユーグに指でつつかれる。マティアスがばらしたせいで、踏んだり蹴ったりだ。


「……? 待て、つまりアナスタシア様は普段したことがない動きをいきなりやってのけたということか?」


 カミーユが信じられない、といった様子で見つめてくる。すると、マティアスがふっと笑い、静かに見解を述べた。


「戦女神が乗り移った、とか」


 ジンジャーがピンッと耳と尻尾を立てる。テオフィルは肩を震わせ、ごくりと喉を鳴らした。だが、アナスタシアだけは動じずに普段のままを装った。


「お前たち、ふざけるのはここまでだ」


 アナスタシアは背筋を伸ばし、これ以上追求させないよう話を切り替える。


「マティアス、停戦協定の条件が却下されたとのことだったが、続きはどうなった」


 やれやれといった様子で息を吐き、マティアスは今度こそ書状を渡してきた。


「条件は呑めないそうだが、あのフォーク伯のことだ。念のため、妻子をこちらに呼び寄せているはずだ。もしものとき、差し出すためにな。つまり――」


(つまり――)


 アナスタシアの頭にも、浮かんでいる。マティアスが言わんとしている考えが。


「フォーク伯を怖気づかせる一手がいる」


(フォーク伯を怖気づかせる一手がいる)


 やはりな、と小さく笑む。条件を呑んでもらえなかった、そんなくだらない報告のためだけにマティアスがここへ来るはずがない。


「補給を絶ち、追い詰めるだけでも効果はあるだろうが……そうだな、カミーユとユーグの作戦に少し、華をつけてやろう」


「悪い顔で笑ってるな」


 マティアスは柔らかく目を細める。そのように優しい顔を向ける相手が、ブリアナではなくアナスタシアだというのは切ないが……この男が笑えていてよかったと安堵する。


「そっちはそれでいいとして、アナスタシア。奮い立ったオルアンの領民たちがお前のために民兵として立ち上がって、市門に現れたそうだぞ」


 皆が「えっ」となるが、アナスタシアからすれば想定していたことなので驚きはない。戦えるものを欲しているタイミングで、マティアスがアナスタシアの活躍を触れ回ろうと言い出したときから、これが目的だったのはわかっていた。


「姉様の活躍に奮起したのだろう」


 無理して厳めしい顔をしているが、テオフィルの口元がムズムズしている。


「あれあれ、テオフィル殿下。嬉しそうですね。お姉様が認められたからですか?」


 ユーグが顔を覗き込めば、テオフィルはアナスタシアの膝の上から飛び降りた。

 威厳を保とうとしていたのに見破られたのが恥ずかしかったのだろう。テオフィルがユーグから逃げ出す。


「待ってくださいよ、殿下~」


 ユーグに追いかけ回されているテオフィルは、いつの間にかきゃっきゃとはしゃいでいて、ジンジャーはそれを『ふふ、楽しそう』と優しく見守っていた。


「おい、アナスタシア様の部屋で走り回るな! お前は子供か!」


 カミーユが窘めに行き、ユーグの首根っこを引っ張る。それを眺めていると、隣にマティアスが立った。


「マティアス、冥界へは共に行ってやる。話し相手くらいには、なれるだろう」


 民を戦に巻き込むなど、ギルベキアと同じだ。とはいえ、もはや共にこの場所を守らなければ、領民はもっとひどい目に遭う。

 どれほど犠牲を出すかもわからないが、ひとりでも多く、この国の未来を切り開くための駒がいるのだ。それが現実だとわかっていても良心は痛み、アナスタシアは目を伏せた。


「話し相手なら、この世でなってくれ」


 掬うように手を取られ、マティアスを見上げれば、彼の切実な瞳に自分の姿が映っている。


(戦場で女に消えてほしくないのだろうな)


 マティアスは、ブリアナを連想させるものを恐れているのではないだろうか。きっとそうだろうと思いつつも、気づかないふりをしてその手を叩く。


「調子に乗るな、女好きめ。この世でお前は、せいぜい私の馬だ。無駄口を叩かず、あくせく歩け」


 ふんっと呆れた風を装ってそっぽを向けば、マティアスは「はっ」と笑った。


「望むところだ、ご主人様。約束、忘れるなよ」


   ***


 三日後、補給部隊が派遣されたと知らせを受け、アナスタシアは騎士たちと夜の森へ入った。

 兵に手綱を引かせているウォーワゴンは三つ。先頭のユーグと後方のノアの乗ったウォーワゴンに挟まれた真ん中にアナスタシアはテオフィルを連れて乗っている。

 他の同乗者はマティアスとカミーユとレオナードを含む五人だ。馬車の周りにいる兵も併せて、二十一人の部隊を編成した。

 目的の地点まで、揺れるウォーワゴン中で身を潜めていると、足の間に座らせていたテオフィルがこちらを振り返った。


「姉様は怖くないのか?」


「……? 戦うことがか?」


 瞬きをひとつすると、テオフィルはこくりと頷く。

 隣にいるマティアスの視線を感じつつ、アナスタシアは記憶を手繰り寄せてみた。


「昔は……怖かったのかもしれないが、慣れてしまった」


 初めて戦争に出たのは、十五のときだった。戦火で農場が駄目になり、生活が苦しかった家族のために兵に志願して、右も左もわからないまま最前線に送られた。

 周りは素人同然の民兵ばかりで、今思えば銃弾の楯で人数を嵩増しする張りぼて兵士くらいにしか思われていなかったのだろう。

 指揮官は流れ弾で即死し、誰も兵をまとめる人間がおらず、武器を手に取り攻め込んできたドロッセル兵と戦ったが、あれは一方的な狩りだった。

 あのときは生きるために必死で、民兵をまとめて指揮をとるしかなく、結果的に民兵だけで勝利し、その功績を称えられて騎士に昇格したのだ。


「なら僕は……人々が戦争に慣れてしまうことのないようにしたい」


「……?」


 意味を問うように首を傾げると、テオフィルが手を握ってくる。

「戦争のせいで、皆、他のことを考える余裕がないように見える。僕は姉様が、普通の女性に戻れるような世界になったらいいと思う」


 アナスタシアは目を見張る。

 今、留守番をしているジンジャーの姿を思い出した。


(姉と似たようなことを言うのだな)


 その世界で、自分はなにをしているのだろう。想像したら、浮かれている場合ではないのに、少しだけ楽しみになってきた。そういう感情が、まだ自分の中に残っていたことに驚く。


「では私は、お前が望む世界のために戦うとしよう」


 甘やかしてやりたくなり、テオフィルの頭を撫でる。

 くすぐったそうに目を細めるテオフィルを見ていたら、これから戦いが待っていると言うのに自然と頬が緩んだ。そんなアナスタシアを、マティアスがじっと見ているのも忘れて。


「王女殿下、なぜカミーユを指揮官補佐に置いたのですか」


 和んだ空気を裂いたのは、レオナードだった。

 カミーユは「父上!」と止めに入ろうとするが、それを手で制した。カミーユは唇を一文字にし、引き下がる。


「カミーユを私のそばに置くのが不服か」


「我らオーブリー家は軍神と名高い一族。その名声によって貴族となったのです。オーブリーの血を引く者は優れた騎士になることを生まれながらにして約束されている」


「どのような出身でも、優れた騎士になれる者はいる。オーブリー家の歴代の騎士たちが軍神と呼ばれるまでになったのは、その努力を惜しまなかったからではないのか」


 カミーユが弾かれたように、アナスタシアを見る。


「それを血や一族の名だけで成し遂げたように言うのは、祖先にも失礼だ」


「失礼ながら王女殿下、努力だけでは越せない天才もいます。すべては素質なのですよ」


 蔑笑するレオナードに、貴族らしい物言いだなと呆れる。

 生まれながらにして、自分たちは特別だと思い込んでいるから努力をしない。

 自分たちの生活が、どれほどの民や臣下が支えているのかも知らないで、平気で切り捨てる。

 平民を戦に駆り出す自分も相当な悪党だが、その命の尊さを知っているのといないのとでは、出る犠牲の規模が変わる。


「確かに素質もあるな」


 皮肉を込めて口端を上げれば、意味を図れないレオナードは欲に目をぎらつかせた。


「そうでしょう。ではカミーユに、この奇襲作戦の大取りをお任せください。補給部隊にも指揮官がいるでしょうからな」


「命を軽く見ている人間は、軍を早々に壊滅させる。性根が腐っている者に、私はなにも任せない」


「……?」


 まだ、わかっていないレオナードに、アナスタシアはすっと表情を消した。


「カミーユに任せたのは、私の副官だ。切り込み隊長をさせる気はない」


「な……っ」


「――静かに」


 ウォーワゴンが止まり、外に意識を集中させれる。しばらくして、ウォーワゴンを囲んでいる兵の声がした。


「物資の配達、ご苦労様です」


 帆がかけられているので、傍から見ればただの荷馬車にしか見えないだろうが、油断はできない。


「我が軍から戦利品の半分を友好の証に献上したいと、皇帝陛下がこちらを用意しました。ささ、こちらへ」


「そうかそうか、ガイア皇帝も粋なことをなさりますな」


 足音が近づいてきてマティアスやカミーユと視線を交わした。


「では、開けさせていただきます」


 こちらにわかりやすいように動きを言葉にするドロッセル兵に、傍らに置いていた槍の柄を握る。そして、バサッと帆が取り払われた瞬間――。


「撃て!」


 指示を出せば、ウォーワゴンの側面についている細いスリットから銃身を出し、兵たちが一斉に発砲する。猛烈な銃声がこだまし、短い悲鳴をあげ、敵兵が倒れる。

 続いて、アナスタシアや騎士たちは武器を手に立ち上がった。テオフィルを残し、ウォーワゴンから飛び降りる。


「な、なぜ同盟国のあなたたちが我々を……うがあああっ」


 こちらの奇襲に、ブルニ共和国の兵たちは完全に混乱していた。彼らが状況を理解する前に斬り込んでいく。


「アナスタシア!」


 マティアスが槍で威力のある横薙ぎを見舞うと、敵がよろけた。


「わかっている!」


 その隙を逃さず、槍で重心が崩れた兵たちを連続で貫いた。

 合わせ技を繰り返すアナスタシアたちを見ていた者たちが、圧倒されているのを肌で感じる。

 ――双槍。双子のようにシンクロした槍攻撃の前に敵なし。そう恐れられ、つけられたブリアナとマティアスの通称があった。


(懐かしい……)


 共に戦える喜びに、胸が高鳴っている。マティアスも同じなのか、口元に笑みが滲んでいた。

 あっという間に敵の数が減り、次の作戦に移るときが来た。


「ノア!」


「承知しました!」


 身軽なノアが機動力のある小柄な兵を連れ、残党が行くだろう港のほうへ先回りする。


「アナスタシア様!」


 そばにやってきたカミーユが報告する。


「補給部隊の指揮官が港とは反対方向に逃げました! 恐らく、ブールバール砦に知らせに行く気です!」


「私たちがドロッセル軍だと気づいたようだな」


 ブールバール砦に近づけば近づくほど、ギルベキア軍が騒ぎに気づく可能性がある。


(ここは密偵行動が得意なユーグに行かせるべきか)


 敵兵に横斬りを食らわせ、こちらに飛び退いてきたユーグを振り返る。


「ユーグ! ブールバール砦のほうへ逃げた部隊指揮官のあとを――」


「カミーユ! お前が取れ!」


 ユーグに出すはずの指示をレオナードに遮られた。

 カミーユは一瞬迷うも、父親には逆らえないのか、ひとりで森の奥へと駆けていく。


「ユーグ、テオを任せた」


「俺、子守は苦手なんだけどなー」


「そのレイピアが玩具でなければできるだろう」


「言ってくれるじゃん」


 美しい刀身のレイピアを荒くれ者のように肩に担ぎ、不敵に笑うユーグに、アナスタシアはふっと笑ってマティアスを振り返る。


「マティアス、作戦は頭に入っているな」


「……、必ず帰れ」


 こちらの意図を察したマティアスが返事の代わりに寄越したのは、ささやかで重い願いだった。

 安易な約束はかえって傷つけるから嫌なのだが、アナスタシアはまだなにもやり遂げていない。まだ死ねないのだと自分を奮い立たせるためにも、こくりと頷いて、約束を糧にカミーユを追いかけた。

 暗い森の中の走っていると指揮官を見失ったのか、少し開けた場所で立ち尽くしているカミーユを見つけた。


「カミーユ!」


「っ……すみません、見失いました。俺が作戦を無視せず、ユーグに任せていたら仕留められたかもしれないのに……」


 カミーユは俯く。彼の実力でも、指揮官を討てたはずだ。恐らく作戦を無視したことへの迷いが、カミーユの足を鈍らせたのだろう。


「後悔はあとだ。夜目が利きにくいとはいえ、お前の足なら追いつける。見失ったのではなく、身を潜めているのだろう。そして――」


 周囲を警戒するように見渡す。


「このように開けた場所で立ち尽くしているのは危険だ。狙ってくれと言っているようなものだからな」


 忠告しているそばから、木々の隙間に鈍い光を捉えた。


(あれは……!)


 咄嗟に身体が動いていた。カミーユを庇うように押し倒せば、右肩を一発の銃弾が貫く。


「ぐっ……」


 初めに感じたのは灼熱感だった。次第に焼けるような痛みに襲われ、脂汗が大量に額に浮かぶ。


「あ、アナスタシア様!」


 肩に触れたカミーユの手が血に染まった。

 アナスタシアは青ざめたカミーユを叱咤するように叫ぶ。


「いいから追え! あいつを逃がしたら、今戦っている仲間が全員危険に晒される!」


 はっとカミーユは我に返り、すぐに身を起こして指揮官を追いかけた。

 アナスタシアは槍を杖代わりにして立ち上がり、カミーユが向かった方角へ足を向ける。

 やがて、指揮官の胸から剣を引き抜いているカミーユを発見した。


「仕留めたか」


「はい。ぬかるみに足を取られたようで、隙を突くことができました」


「昨日は雨が降ったから……な……」


 カミーユと共に立っていた地面がずるりとぬるく崩れていく。やけにゆっくりと世界は傾いていき――。


「っ、アナスタシア様……!」


 とっさにアナスタシアを引き寄せたカミーユと共に、崖の下へと落ちた。




 地面が柔かったことが幸いし、一命を取り留めたアナスタシアたちは、敵兵に見つからないようにひとまず近くにあった土の洞窟に身を隠した。

 傷口を手拭いで強く縛り、上から圧迫して止血をしているが、できれば縫ってしまいたい。血がこのまま止まらなければ、さすがに命はないだろう。

 とはいえ、夜の森をふたりだけで歩き回るわけにはいかない。敵兵や先ほどのように自然の危険に遭遇する可能性もある。今は仲間に見つけてもらうのを待つしかない。


「申し訳ありませんでした」


 ふたりで壁に背を預けて座っていると、隣から情けない声が聞こえてくる。


「俺のせいで、怪我をさせてしまって……」


「お前が反省すべきは隊を乱し、味方も自分も危険に晒したことだ。なぜ、命令を無視した」


 カミーユは項垂れながら、ぽつりと話し出す。


「オーブリー家は、社交界で力を持つことに力を入れたせいで、戦果をあげられるような騎士がここ数代、輩出できていなかったんです」


 カミーユの話はこうだ。地位に目が眩んだ曽祖父は戦場で経験を積むことよりも階級の高い貴族と交流し、気に入られることに時間を費やした。

 その結果、軍神を輩出してきたオーブリー家の騎士はお飾り騎士になり果て、騎士の名門一族として名を馳せたオーブリー家の価値は底辺まで下がり、社交界でも鼻で笑われていたそうだ。


「だから父は、私に戦果をあげろと必要に迫ります」


「自分が努力するのではなく、息子のお前に軍神になることを求めたのだな」


 今度は祖先ではなく、息子の栄光で偉そうにふんぞり返る気だったらしい。情けない父を持って、カミーユも苦労する。


「はい。その邪魔になると思った父は、俺にアナスタシア様やマティアスを見張るように言いました。粗探しをして、前線から引くよう国王陛下に進言するために」


「そうか」


 粗探しをしてくるのは、レオナードに限った話ではない。カエサル派の者はほとんどそうだろう、大して驚きはなかった。


「ですが俺は、皆のようにずば抜けて秀でた能力はありません。父の期待には、応えられない……」


「わかっているではないか」


「……っ」


 カミーユは、ショックを受けたように唇を噛んだ。


「お前は決して弱くはない。攻撃に重みもあるしな。だが、誰かを支え、策略を立てる参謀向きだ」


「え……」


 参謀は指揮官の命令を深く理解し、それをより良い形で各部隊に伝達、指導する能力が必要とされる仕事。カミーユには、その素質を感じた。


「レオナードは息子に戦果をあげさせたくて躍起になっているようだが、お節介を焼かずとも、カミーユなら自力で上がってくるだろうと思っていた。だが、今日の様子を見るに、そう簡単ではなさそうだな」


 カミーユは萎れるように下を向く。


「お前は……決断しなくてはならない。父ではなく自分の意思で生きる道を」


 迷いに揺れる瞳をまっすぐ見つめ返していると、


「アナスタシア!」


 声がして洞窟の入り口に視線をやれば、肩で息をするマティアスが立っていた。


「マティアスか。早かった……な……?」


 駆け寄ってきたマティアスに抱きしめられ、目を見張る。だがそれだけでは終わらず、そのまま抱き上げられた。


「帰ってこねえから迎えに来た」


 ひどく殺気立った顔だ。

 ふと、マティアスはアナスタシアの肩を見た。横抱きにした際に、手に血が触れたのだろう。思い詰めたようにじっと、アナスタシアの傷のあたりを見つめている。


「弾は抜けている。大事ない」


「……お前はこの国の王女なんだろ。お前になにかあれば、このドロッセルは終わる」


「わかっている。やり残したことがあるからな、死んでも冥界から這い戻ってやる」


 死ぬときは、少なくともこの男の前ではない。どうしようもないときは這ってでも、この男から見えない場所で跡形もなく消えてやる。だから――。


(もう絶望しないでくれ)


 暗くなるマティアスの瞳に焦りを感じ、アナスタシアは話を逸らす。


「それよりマティアス、ユーグをブールバール砦に行かせたか?」


 ユーグにはこのあとに控えている砦攻略戦で重要な役割を任せてある。

 ブルニ共和国の軍服を着て、あたかも補給物資を奪われた補給部隊の兵であるかのようにギルベキア軍に報告に行き、内部に侵入するのだ。


「ああ、もう向かわせてある。いいから寝ていろ。限界だろう」


 言われてみれば、身体が熱っぽい気がする。

 指摘されるまで気づかずにいたアナスタシアに、マティアスは憂いのこもった目を向けた。

 マティアスはアナスタシアを危険に晒したからか、鋭い目つきでカミーユを見る。

 だが、唇を噛んだカミーユにはなにも言わず、洞窟を出た。


(あとでフォローがいるな……)


 とぼとぼとついてくるカミーユの足音を聞きながら、アナスタシアは静かに意識を失った。



 

 目が覚めると、砦の部屋に戻っていた。


(朝……?)


 白い光が小窓から差し込んでいる。

 頭は火照ってぼんやりとするし、身体もベッドに沈んでしまいそうなほど重い。

 いつの間にか上半身は服を脱がされ、肩を見ると真新しい包帯が巻かれていた。 

 ジンジャーの姿を探して室内を見回していると、


「起きたか」


 マティアスがアナスタシアの額に濡布を載せ、ベッドサイドの椅子に腰かけた。


「ジンジャーならテオフィルのところにいる。お前が倒れて、動揺しているようだったからな」


「そうか……お前が傷の手当てもしてくれたのか」


「まあ、他のやつにさせるわけにもいかないからな」


 それがなぜなのか、考える頭も働かない。ただ、この気がかりだけは晴らさなければと、マティアスの袖を掴む。


「華は……持たせたか?」


 停戦協定の条件をフォーク伯に呑ませるために、補給部隊の襲撃作戦にひとつパフォーマンスを追加した。それが果たされたのかを確認しておきたかった。


「お前、起きてすぐにそれか」


 呆れつつも、マティアスは話してくれる。


「夜が明けて砦に到着してすぐに、奪った補給物資を見せつけてやった。フォーク拍はわざわざ見張り台に来て、座り込んでたぞ」


 オルアン砦の前でギルベキアに届くはずだった物資を勝ち誇りながら見せつける。物資を失ったことを知らせ、向こうの士気を大きく低下させる作戦はうまくいったようだ。


「あのフォーク伯のことだ……今日中に……捕虜の家族の身柄の引き渡しを受け入れる書状が……届くだろうな……」


 熱に浮かされながらそう言えば、マティアスがじっとこちらを見ているのに気づいた。


「……なんだ」


「……いや、そうだな。フォーク伯は昔から、くだらない理由で今日は戦には出ないと言い張っては、勝利が見えてくると意気揚々と姿を見せる臆病者だった」


 姑息なフォーク伯の所業が思い出され、アナスタシアはうんざりしながら目を閉じる。


「ああ……鎧に傷があって危険だからとか……壁掛けの鏡が落ちて不吉だとか……馬鹿らしい……」


 ぎしっと音がして瞼を開けば、マティアスがベッドの端に座り直していた。向けられる懇願するような眼差しを、ぼんやりと見上げる。


「なんだ……なにか、要求がありそうな目だ……」


 手を伸ばし、その頬を撫でる。だがすぐに力が入らなくなり、落ちかけた手を引き留めるように掴まれた。


「よくわかったな。ツケにしておいてくれ」


 意味深な物言いに軽く首を傾げれば、汗で張り付いた髪を耳にかけられる。


「書状が届いてからの動きは、俺に一任しただろう。今は休め」


「平気だ……この感じなら、弾は骨も掠っていない。不幸中の幸い……っ、だな……」


「強がるな」


「わかった、わかった……」


 観念して、ふっと笑みながら目を瞑れば、瞼の上に冷たい手が乗る。


(懐かしい……)


 遠征中、こうして怪我をして熱を出すと、この男の膝枕で眠った。静まり返る森の中で、今と同じように瞼の上に冷たい手を乗せてくれた。


「マティアス……泣くな、よ……」


 熱のせいか、それとも処刑場でのマティアスを思い出したせいか、目尻から涙がこぼれる。


「……それは……お前次第だな」


 眠りに落ちる間際、そんな呟きと共に骨ばった指先が下瞼を拭っていった気がした。


   ***


 太陽が天頂に上る頃、再び覚醒したアナスタシアが最初に見たのは、ジンジャーとテオフィルの泣き顔だった。


『アナスタシア!』


「姉様!」


 親に食事をせがむ鳥のように交互に囀ってやかましかったが、ベッドにいるアナスタシアに縋りつくふたりをなぜだか邪険にできなかった。

 怪我が治るまでは、アナスタシアに休んでほしいと、しばらくジンジャーはテオフィルの部屋で過ごすと伝えてきた。

 ふたりが部屋を出たあと、入れ違うようにマティアスがやってきた。

 眠っているうちに想像していた通り、こちらが出した条件を呑むとフォーク伯から書状が届いていたのだ。それを受け入れたマティアスは、さすが有能な元副官。捕虜の説得まで済ませてしまっていた。


「捕虜の家族はどうしている」


 アナスタシアはベッドのヘッドボードに背を預けて座り、その報告を聞いていた。


「オルアン伯に町のほうで預かってもらった」


 ベッドの端に腰掛けているマティアスは、アナスタシアのほうを振り返りながら答える。


「そうか、ハマルなら悪いようにはしないだろう」


「捕虜のほうも家族を差し出され、あまつさえその身柄はどのように扱ってもいいという書状を見て、憤慨していた」


 肩を竦めるマティアスにつられ、アナスタシアの唇にも苦笑が滲んだ。


「こちらが要求したという事実を伏せ、捕虜兵を味方につける私は……本当に悪魔だな」


 後悔しているわけではない。ただ、結局ガイア・ギルベキアと同じ方法をとっている自分をつくづく軽蔑しただけだ。

 だが、軽蔑できる自分でよかった。民を傷つけることに痛みすら感じられなくなったら、ただの化け物だ。


「悪魔にならねえと勝てないなら、一緒に堕ちてやる。それがガイア・ギルベキアを皇帝から引きずり下ろす唯一の道ならな」


 どれだけ本気かは、民兵を用意したことで証明されている。本当にこの男は、自分と同じところまで堕ちてくる気なのだ。


「お前を含め、皆のおかげで補給を絶ち、捕虜兵と民兵を手に入れた。あとはこの停戦協定中に砦攻略に向けて訓練をする。ただし、向こうが壊れた砦の建設を始めた場合はただちに襲撃する」


「了解」


 マティアスが答えたとき、ぐーっと鳴った。残念なことに、アナスタシアの腹から。


「くっ……飯にするか」


 マティアスは喉の奥で笑いつつ、ナイトテーブルを振り返ると、そこに置いてある盆から器を持ち上げる。


「あとででいい。このあと、カミーユが来るからな」


「そうやって後回しにしてたら、キリがないだろ」


 チキンスープを一匙掬い、口元に運んでくるマティアス。それを自然に食べたあと、慣れ親しんだ習慣は怖いなと苦笑した。


「昔も……」


 そう呟くと、記憶の片隅からマティアスの声が聞こえてくる。


『いい加減にしないと、過労か餓死で死ぬぞ』


 山のように積み重なった報告書に埋もれるブリアナを見かね、よくマティアスが料理を食べさせてくれた。

 ふと、マティアスがじっとこちらを見ているのに気づいた。

 最近はどうも、ブリアナとしてマティアスと過ごした時間ばかり思い出す。急に黙り込んだから、変に思っているに違いない。

 慌てて「次は?」とおかわりをせがむ。


「はいはい、女王様」


 明らかに敬っていない雑な呼び方で、鳥の餌やりのごとくマティアスはアナスタシアに食事を食べさせる。その顔が心なしか緩んでいる気がして、なんとなく目を離せずにいると、部屋の扉がノックされた。


「……入れ」


「失礼しま……」


 扉を半分開け、室内に入ろうとしたカミーユの動きが止まる。

 ご飯を食べさせてもらっているアナスタシアを見るなり、カミーユは視線を彷徨わせて明らかに狼狽していた。


「お……お取り込み中失礼しました」


 カミーユは早口でそう告げ、くるりと背を向ける。


「これは、ただの時間短縮だ。構わず入れ」


「わ、わかりました……」


 下を向いたまま近づいてきたカミーユは、書類をこちらに差し出した。


「砦攻略戦で機動隊に配備する小柄な兵を選定してきました」


 リストを受け取ろうと腕を上げるが、肩の傷がズキリと痛む。


「……っ」


 書類を落としてしまうと、代わりにマティアスが拾ってくれた。


「すまない」


 マティアスから書類をもらう。すると申し訳なさそうにしているカミーユが視界に入り、アナスタシアはひとつ息をつく。


「カミーユ、次の砦攻略戦、私のそばで共に指揮を取れ」


 作戦から外されるとでも思っていたのか、カミーユは拍子抜けの表情をしていた。


「前線で華々しい戦いを見せることはないかもしれないが、大勢の仲間の命を預かる最も責任の重い役目だ。どうだ?」


「なぜ……ですか」


 カミーユは苦しげに顔を歪め、下を向くと絞り出すように言う。


「俺は作戦を無視して、手柄を取ろうと……」


 父親に逆らえなかっただけだろうに、それを自分の責任として受け止められる人柄。あの父親から生まれたとは思えないほど、よくできた息子だ。


「特別目をかけたわけではない。お前は手柄も上げただろう」


「手柄……ですか?」


「ああ。補給部隊を打ち破る策を立てた」


「あれは、ほとんどアナスタシア様が考えたものです。私とユーグはそれに少し肉付けしたようなもので……」


「それが必要なのだ。ひとりで考えられることには限りがある。私の策を理解し、その精度を上げた。その結果、停戦協定をこちらに有利に進めることができた。お前がしでかした愚行と比べても、お前とユーグの功績のほうが大きい」


「アナスタシア様……」


 感無量な面持ちでこちらを見つめるカミーユの目は、薄っすら湿っている。


「戦場で敵を討ち取らずとも、戦果はあげられるぞ、カミーユ。私は敵を討った者、その過程で尽力した者を見ている。ちゃんと、この目で」


「……っ、はい。その……アナスタシア様、俺を参謀にしてくれませんか」


「心は決まったのか」


「はい。父の基準で生きるのはもうやめます。俺は自分の意思で、自分が最も力を発揮できる場所で、皆と戦いたい。そうしなければ、乗り切れない戦です」


 はっきりと自分の気持ちを告げたカミーユの瞳に迷いはない。


「よし、今日から私につけ。周囲の視線は厳しいだろうが、結果を残せばお前を見る目は変わる」


 見守っていたマティアスは、やれやれと言いたげに笑っている。アナスタシアのお節介に呆れているのだ。


「期待している」


 その肩に手を乗せれば、カミーユは泣きそうになりながら「っ、はい」と晴れやかな顔で頷いた。


   ***


 捕虜兵と民兵を迎え、ドロッセル軍の砦攻略戦に向けての特訓を始めること三週間。

 ギルベキア側で、ウォーワゴンを用いた簡易的な砦の再建築を始めようとする動きが見られた。それが完全に出来上がる前に、先手を打つことに決まった。


『アナスタシア、ついにこの日が来たわね』


 砦の屋上から、手すり壁の縁に立つジンジャーと隣にいるテオフィルと共に敵の砦を見下ろす。


「ああ。ここが陥落すれば、ドロッセルに未来はない。私たちの愛する者をガイア・ギルベキア《絶望》から救い出すぞ」


 砦前に集まった兵や騎士たちに視線を移し、声を張り上げる。


「我が愛すべきドロッセルの騎士たちよ! ドロッセルを守る最後の楯、オルアン砦を守り抜け!」


 地面からわくような歓声があがり、皆が女王に捧げるように武器を天へと掲げた。


「すごい……」


 テオフィルが皆の熱気にあてられてか、興奮した様子でその光景を眺めている。


「アナスタシア様~!」


 手を振っているノアの隣にはマティアスもおり、自分の指先に口づけると、それを捧げるようにこちらに掲げてみせる。あれはブリアナとマティアスの間でよく交わした、互いの勝利を約束するハンドサインだ。

 騎士に任命されたブリアナは、やたらマティアスと同じ部隊に配属されることが多かった。

 女が戦場に出るのに反対のマティアスとは毎度のことのようにぶつかっていたけれど、ある戦いで互い以外が全滅し、諦めそうになったとき。


『つくづく気が合わないやつだとは思うが、お前のことは認めている。私たちなら、生き残れる』


『んじゃ、今この瞬間から俺の命はお前のもの、お前の命は俺のものだ。勝手に諦めんじゃねえぞ』


 どちらかが欠ければ、戦力的にも精神的にも終わる。笑えないほど絶対絶命の状況。だからかもしれない、あんな提案をしたのは。


『諦めそうになったときの合図でも決めておこう』


 それで、マティアスがあのキザったらしいサインを考えた。あの戦いから生き残ったあと、ブリアナとマティアスは唯一無二の戦友になった。


(あれはブリアナだけのものなのに、気の多いやつめ)


 呆れ混じりに笑いつつ、ハンドサインを返すと、満足げに笑ったマティアスは踵を返して敵のほうを向いた。


「アナスタシア様、こちらも準備ができました」


 少し離れたところで、作戦に使う銅鑼どらを叩く兵と打ち合わせていたカミーユが隣にやってくる。その手に握られているのは、アナスタシアの持つ赤の旗とは色違いの青の旗がついた槍だ。


「いつでも行けます」


 こくりと頷いたアナスタシアは敵を強く見据え、旗槍を前へと突き出した。


「全軍、進めええええ!」


 騎士たちは「おおおおおーっ!」と雄叫びをあげて突撃を開始する。

 停戦協定中だろうとおかまいなしに、こちらが砦前に兵を集めていたのは向こうも途中から気づいていた。急ぎ集めて作った軍で迎え撃ってくる。


「始まりましたね。先陣を切っているのはマティアスですか」


「ああ」


 自分と双槍とも呼ばれたマティアスは、早さこそブリアナには劣るが、それはブリアナと比較するからであって、他者と比べれば十分過ぎるほど早く、その一突き一薙ぎが凄まじく重い。


「あれは前線でこそ、最も力を発揮する」


 馬を巧みに回転させながら槍を大きく薙ぎ、敵兵をまとめて吹き飛ばしたマティアスに口端が上がる。


「赤い死神だ」


 振るう槍が命を狩る鎌に見えてくると、マティアスの戦いを目にした者たちがつけた通称――。


「もし、ローズナイト騎士団が遠方の戦いにも送られていたら、マティアスやかのブリアナ・クリエルシーと相対していたはずです。そう思うと恐ろしいですね」


 この砦に着いてすぐ、行軍記録を始めとした軍内部の報告書には目を通している。

 こんなにも有能な騎士たちがいるというのに、オルアン砦の陥落手前まで王族警護の任につけられていたのもそれで知った。

 彼らをもっと早く前戦に出していれば、ここまで容易く侵略を許すことはなかっただろう。


「お前自身はもう、マティアスに張り付いていなくていいのか?」


「俺はもう父の命令では動きませんから」


 今回の作戦でも、レオナードはカミーユが参謀の任につくことに納得していなかった。作戦実行寸前まで言い合っていたが……。


『俺が決めたことです』


 頑としてカミーユは聞かず、レオナードは諦めてカエサル派の騎士たちと安全な砦に引きこもっている。


「祖国を裏切った人間を初めは信用していませんでしたが、あの男は今、命を懸けて戦っている。俺たちの仲間です」


「そうか」


「はい。マティアスは強いですし、純粋にその能力を尊敬しています。それに、マティアスはギルベキアのために戦っていたわけではないようなので」


 アナスタシアは、どういう意味だと首を傾げる。


「なにか、マティアスから聞いたのか?」


「ここへ寝返って来た日に、皆の前で言ったんですよ。俺にはギルベキアと戦う理由があると」


 マティアスはこの砦に単身でやってきて、ハマルやドロッセル軍の前で片膝をつき、こう告げたそうだ。


『俺は国ではなく、敬愛するブリアナ・クリエルシーに仕えてきた。俺の戦友であり、尊敬する主を異端として捕らえ火あぶりにしたガイア・ギルベキアを許せない。だから、こちらで戦わせてほしい』


 嬉しさと切なさが同時に襲ってくる。胸が真綿で締められるようだった。


「私情なのが逆に嘘がなくて信じられると思いました。自分の敬愛した聖女の処刑が、よほど許せなかったようですね」


 馬鹿正直に慕ってくれる熱くてまっすぐなその心が、絶望の果てにいびつに変わってしまわなくてよかったと思う。

 そのとき、伝令の兵がやってきた。


「報告します! ユーグ様が動きました」


 ブールバール砦で平然とブルニ共和国の兵になりすましながら、「敵襲!」と叫ぶユーグの姿が頭に浮かぶ。


「ご苦労、引き続き報告を頼む」


 兵は労われたことに一瞬、驚いていたが、すぐにやる気が漲った様子で「は!」と胸に手を当て、駆け足で下がっていった。

 忍び込ませたユーグがよく働いてくれた。ブールバール砦の兵がこちらの読み通り、中から出てくる。それを待って、アナスタシアはカミーユと視線を交わし、旗を上げる。

 アナスタシアの持つ赤旗はドロッセル軍の囮役である左翼隊を、カミーユの青旗は機動性を重視して編成した右翼隊に指示を出すもので、彼らは銅鑼の音を頼りにこちらの指示を確認する。


「鳴らせ!」


 カミーユの指示で、兵は巨大なばちを使い、銅鑼を打ち鳴らす。すると、攻めていたはずのドロッセル軍が訓練通りにオルアン砦のほうへと後退していく。


(タイミングを間違えれば、皆を死なせることになる。見極めろ──)


 ドロッセル軍が押されていると思い上がっている敵軍の生き生きとした歓声が聞こえてくる。


(後方が開いた、今だ!)


 今度はアナスタシアの赤旗だけを上げた。


「よし、鳴らせ!」


 囮の左翼隊の数を減らし、さらに後退させ、弱体化したように見せ、敵を引きつける合図を出す。


(もっとだ。耐えてくれ……)


 一方的な狩りだと鷹を括っている間に、自分たちが罠にはめられているとも知らず、ドロッセル軍の左翼に猛攻を仕掛けてくるギルベキア軍。

 こちらが仕掛けたこととはいえ、仲間を囮にする責任は胸にのしかかってくる。それでも、顔には出さずに平然としていなければならない。命を預ける者が頼りなくては、部下たちも気が気でなくなる。


「カミーユ」


「はっ、鳴らせ!」


 カミーユが青旗を挙げると、身軽な兵が集まったノア率いる右翼隊が森沿いの東側からギルベキア軍の背後に回り込む。

 人員を二手に割いたが、民兵と捕虜兵が増えたことで囮役の左翼隊も持ち堪えられている。


『すごいわ、 アナスタシア! あなたは奏者みたいね。旗を動かすだけで騎士たちを意のままに動かしてる!』


「ジンジャー、あまり前に出るな。流れ弾に当たるかもしれないぞ」


『それはあなたも同じでしょう。私たちは運命共同体、だからそばにいるわ。もうテオも大丈夫みたいだから』


 ジンジャーが後ろを振り返ると、テオフィルがいる。

 今までジンジャーがそばにいたからか、開戦して緊張していたテオフィルの表情は落ち着いていて、凛々しいものに変わっていた。


「そのようだな。では、ここで共に見届けよう。私たちの未来を」


 再び戦場へ目を向ければ、背後まで回り込んだノアたちと、囮役を先導していたマティアスの部隊にギルベキア軍は挟まれていた。


「完全に包囲できましたね!」


 ほっとした様子のカミーユに、「そのようだな」と笑みを浮かべると、先ほどとは別の伝令がやってくる。


「報告します!  砦に潜入していたユーグ様がノア様率いる右翼隊に合流しました」


「そうか、上出来だな」


 伝令が戻っていく中、カミーユは視線を西へと向ける。


「ここまでは順調ですね。あとは中央のトゥーレル砦から、援軍がそろそろ来る頃合いでしょうか」


 言っているそばから、ギルベキア軍の背に回り込んだ右翼隊の左後方からに中央のトゥーレル砦から出された援軍が押し寄せてきた。


「右翼隊がブールバール砦の援軍と挟み撃ちになりますね。アナスタシア様、そろそろ……」


「そうだな。右翼隊を一度元の位置に戻す。援軍と合わせて、囮役の左翼隊で対処だ」


「はっ! 鳴らせ!」


 カミーユが旗を上げれば、右翼隊が左翼隊の横に並び、自然と援軍が左翼隊と衝突する。


「ブールバール砦と援軍の兵が同時に左翼隊に……さすがに厳しいでしょうか。右翼隊を回しますか?」


「いや、もう少し援軍をこちらに引き寄つけなければ、右翼隊が回り込めない」


「確かに……回り込む前に援軍に動きを悟られてしまいますね」


 緊張の面持ちで、カミーユは戦況を見守っている。


「はがゆいだろう」


 前を向いたまま声をかければ、カミーユの視線を頬に感じた。


「私は戦っていたほうが気が楽だ。こうして眺めているしかできないより、ずっとな」


「はい……本当に」


 カミーユは、噛みしめるように答える。


「だが、この恐怖があるからこそ、私は絶対に皆を死なせないと思えるのだ」


 息を呑むカミーユを振り返り、不敵に笑う。


「カミーユ、全軍後退!」


「……! はい! 鳴らせ!」


 ふたりで旗を挙げれば、ドロッセル軍は先ほどと同じように後退し、援軍の後ろに空間を作る。


「カミーユ!」


「承知! 鳴らせ!」


 旗で右翼隊を援軍の背後に回り込ませるカミーユ。数が減ったブールバール砦の騎士や兵、そしてトゥーレル砦の援軍が完全にドロッセル軍に包囲された。


「成功です!」


「戦は終わっていない。喜ぶのはまだ早いぞ、カミーユ。だが、あとは皆に頑張ってもらうだけだがな」


 そのときだった。双眼鏡を覗いていた兵が「報告します!」と焦った様子で叫んだ。


「ブールバール砦から離脱する馬が見えます。あれは……ロベルト・フォークです!」


 その場に衝撃が走った。

 カミーユは耳を疑うように眉をひそめる。


「なっ……軍事司令官が真っ先に逃げただと?」

 

 自軍の騎士や兵を見捨てて自分だけ逃げるとは、相変わらず情けない男だ。


「カミーユ、ここは任せていいか」


「まさか、おひとりで?」


「どんな試合もキングを討ち取らなければ、本当の勝利にはならない。今、ロベルト・フォークを逃がせば、あそこで必死に戦っている者たちに顔向けができない」


 旗槍の柄をしっかり握り締め、屋上の入り口に向かって歩き出す。するとジンジャーが追いかけてきた。


『待って、私も――』


「いや、分身たるお前にはうちのキングを守ってほしい」


 不安げにしているテオフィルの前に立ち、その頭に手を乗せる。


「テオフィル、お前はキングだ。お前の役目は、その命を誰にも討ち取らせないことだ。いいな?」


 テオフィルは目に溜めていた涙をゴシゴシと拭い、強く頷いた。


「うむ!」


「よし、では行ってくる」


 ひとり駆け出し、すぐに槍を背負って馬で戦場を駆ける。目の前にフォーク伯の姿を捉えると、懐から短銃を取り出して構え、馬の尻を撃ち抜いた。


「うわあっ」


 馬は悲鳴をあげるように嘶き、暴れ、フォーク伯が落ちる。


「ロベルト・フォーク!」


 アナスタシアも馬から飛び降り、背から下ろした槍を手にゆっくりと向かっていく。


「こ、降伏する!」


 地面に尻餅をついたまま、ずりずりと後ずさるロベルト・フォークを追い詰めた。


「お前は軍を率いた司令官だ。いつもいつも戦いから逃げ、いいとこ取り出来ると思うな」


「なぜぞれを……」


 アナスタシアは唇で弧を描きながら、槍を振りかぶる。


「冥土の土産に教えてやろう。私はアナスタシア・ドロッセルの皮を被った──ブリアナ・クリエルシーだ」


 みるみる見開かれる目。「まさか――」と言いかけたフォーク伯の首を、手にした槍で容赦なく跳ね落とした。

 その瞬間、オルアン砦から銅鑼を何度も叩きながらカミーユが叫ぶ。


「勝利ーっ、王女殿下がロベルト・フォークを討ち取ったぞーっ!」


 勝鬨が広がっていき、ドロッセル軍から喜びの声があがった。そのとき――。


「ブリアナ!」


 緊迫した叫び声が聞こえた。咄嗟に振り返ると、馬でマティアスが駆けてくる。

 勢いを微かに殺して馬上から飛び降り、アナスタシアの前に躍り出たマティアスは、なぜか自軍の兵たちを鋭く睨み据えた。


「ちっ――」


 マティアスが槍を構えたのと同時に、兵の隙間からにこちらを銃で狙うカエサル副団長を見つける。


(カエサル副団長……! いつの間に砦から出た⁉)


 にやりと笑ったカエサル副団長の口が『死ね』と紡いだのがわかった。その指が引き金を引くよりも早く――。


「はああっ!」


 マティアスが槍を投げ、カエサル副団長の心臓を貫いた。「ぐあああっ」という悲鳴と共に、後ろに倒れ込むカエサル副団長の手の中で、銃がパアアンッと発砲する。

 間一髪、命拾いした。さすがに肝を冷やして胸を撫で下ろしたとき、マティアスに片腕で引き寄せられる。

 アナスタシアが驚いているのも束の間、マティアスが叫んだ。


「まだだ! 生き残りがいるかもしれない! 右翼隊はトゥーレル砦を、左翼隊はブールバール砦を制圧せよ!」


 共に戦い、マティアスの力を目の当たりにしたドロッセル軍の者たちは、もう彼を裏切り者の元敵兵としては見ていない。頼れる指揮官として敬意さえ抱いた眼差しを向けている。

 彼らはマティアスの命令に「はっ」と敬礼をして、ノアやユーグの先導で砦へと向かっていく。これで砦はドロッセル軍が完全に制圧できるだろう。

 まだドロッセル西部以外の領地はギルベキアの手に落ちたままだが、ついにオルアン砦を守り切れた。今後は占領されたドロッセルの領地を奪還していく戦いになるだろうが、ひとまず国が落ちる最大の危機は免れたのだ。

 少しだけ肩の荷が下り、ほっとしながらマティアスを見上げる。


「お前、銃より早くカエサル副団長を槍で貫くとは、とことん人間離れしているな」


「お前が油断しなければ、やらねえ。肩が外れそうになったぞ」


 顔をしかめるマティアスの肩に手を添えた。


「悪かった。助かったぞ、マティアス」


「……っ、本当に悪いと思ってるのか」


 マティアスは肩にあるアナスタシアの手に、自分の手を重ねる。また、あの欲するような目が向けられ、胸がそわそわした。


「おい、どうしたんだ。マティア……」


「俺には、お前の金の髪が銀色に見える」


「……!」


「お前の碧眼が、赤く見える」


 汗が止まらない。アナスタシアがブリアナの姿に見えると言っているのか。


「戦い方も、話し方も、癖も、俺への触れ方も、全部同じだ」


(やめろ……言わないでくれ)


 もし、マティアスが蘇りを信じていたとしても、この再会に待っているのは絶望かもしれない。


(私はもう二度と、お前を絶望させたくないんだ)


 自分の死を嘆いて泣いていたマティアスの姿が瞼の裏に滲む。


「ひと目見たときから、わかった。お前が槍を手に戦う姿をずっとそばで見てきたのは俺だ」


 マティアスの指が顎にかかり、ゆっくりと顔を上げさせられた。逃がさないと捉えるような強い眼差しに、心を掴まれてしまったようだ。目を逸らせない。


「悪いと思っているのなら、答えてくれ」


 その親指がアナスタシアの唇を撫でる。


「俺が焦がれていると気づいているのなら、その口で褒美をくれ」


 マティアスの想いが触れたところから、見つめてくる瞳から伝わってきて、胸が焼き焦げてしまいそうだ。


「お前は……ブリアナか?」


――――――――――――――――――――――――――――

※コンテストの文字制限の関係で、2章までの公開となります。

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私は異端にして聖女である。この聖旗のもとに跪け! ~前世で断罪された魔女は、救国の名のもとに返り咲く~ @toukouyou

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