白羊(はくば)に乗った王子様

 フロレンツィア・インラーク。

 銀色に近い金色……、ホワイトブロンドの髪を長く伸ばし、その身をドレスに包んだ少女は馬車の中でこれからのことを考え億劫になっていた。


 自分も仮に王族である。

 敵国なり第三国の王子や貴族と政略結婚させられるであろうことは想像がついていた。

 特に自分は後妻の子。


 王位継承権は低く、秀でた能力は特にない。

 強いて上げるなら音楽の才能は高く買われたことがある。


 特に横笛であるファイフは王国でも随一の腕と言われるほどだった。


 今回も婚姻を結ぶにあたって、自前のファイフだけは持ち出すことができたのが幸いであった。

 精霊樹と呼ばれる木の枝で作られた最高級のファイフが入れられたカバンをギュッと抱く。



「ユーリ・ルーサウス様……。いったいどのようなお方なのでしょうか?」



 王国内の貴族たちの評価は二極化しているお方だった。



 ある貴族曰く、『ルーサウス家では落ちこぼれだった。口だけは達者なのだろう』と言われていたり

 またある貴族が言うには、『実は能力を隠していたようで、かのドラグノフ帝国最強と言われた第一位ファーストを小指で捻り倒したらしい』とか

 またまたある貴族は『無類の女好きで、特に王女を集めるのが趣味らしい』とか


 散々な言われ様をしていた。


 ただ、彼が王国最果ての辺境地。

 戦略的にはなんの価値もなく放置されていた不毛の地であるアルフ周辺を開拓し、独立を認めさせるほどの一大都市を作り上げたこともまた事実である。


 ヒュージ獣王国がまず最初に目を付け、自国の姫であるエルゥを婚約者として送り出したことが事の発端である。


 完全に彼の地を放置していた王国とは違い、獣王国は五ヶ国の境界とあたるアルフの動向をしっかりと観察していたのだろう。

 そこでユーリ様のあまりにも凄まじい才気を目の当たりにしてすぐさま縁を結んだ。


 本当なら完全に取り込もうとしたのかもしれないけど、その時にヒュージ獣王国とドラグノフ帝国の小競り合いが勃発した。

 ただ、それを解決したのも噂によるとユーリ・ルーサウスと言われている。


 帝国最強の一桁ナインスの第一位『最強ファースト』、第三位『人形遣いパペッター』、第五位『錬金術師れんきんじゅつし』第六位『無剣ノーソード』、第九位『騎士ナイト』を単独撃破するほどの力を持っている。

 そうなると当然ながら他国も放ってはおけない。


 取り込めないのなら縁を結び、国家の危機の際には力を貸して貰おうとするのは必然の流れである。


 特に帝国の本気度は凄まじく、一桁ナインスの第三位であり、皇帝の孫であるルナ・ドラグノフを婚約者として送り出しただけでは済まず、帝国の剣ともいうべき第一位まで彼らの護衛に付けている。


 本来ならそれで帝国の戦力は削がれていると思うだろうが、帝国、獣王国、あとユーリの三カ国同盟は何よりも強力で、本来ならそれだけで大陸全土を支配できるとも言われるほどだった。


 更にいつの間にかそこに聖アメス公国まで加わっている。


 唯一何の動向も確認できないのはトリスマリス魔王国。

 確かにその力は帝国最強の第一位ファーストをも上回る絶対的君主たる魔王。彼女ならばこの同盟に対抗できるかもしれない。

 しかし、そもそもが自由奔放に破壊と暴力で暮らしている魔族。

 協力なんてできようもない。


 それほどの力を持ったユーリ・ルーサウスが独立のために動いているのだから、インラーク王国としても反対をするより、彼の力になることで同盟に加わりたい。

 そのために他国同様に王女を婚約者に差し出すのは当然であった。


 むしろそれ以外には考えられない。


 そこで白羽の矢が立ったのがフロレンツィアである。

 他の王女たちは既に有能な婚約者がいるし、自分ならば差しだしても王国としても影響は少ない。



 でも、こんな危険なところに……だなんて。



 だんだんと悲しくなってくる。


 あのいつだったか、お城の書庫で見た物語、『困った姫を助けてくれる白馬の王子様』に憧れて、いつか自分にもそんな婚約者が……。

 そんな夢物語を望んでいた自分。


 年をとるごとにそんな話は夢であることを理解していった。

 理解はしていても、それでも憧れずにはいられなかった。

 もし、本当に物語のような人がいるのなら……。


 そう思っていた時に突然馬車が大きく揺れる。



「きゃぁぁぁぁっ!?」



 大きく体を揺らされてその場に倒れてしまう。

 馬車が倒れたみたいだった。



「ど、どうしたのです?」

「どうしたもこうしたも、俺たちは薄給でこんな危険な所に連れてこられたのですよ? もう少し手当がついても良いものの」



 父より護衛に付けられた兵士たちが剣を抜いていた。

 その目は血走り、フロレンツィアのことを見ている。



「そ、それなら私が父と話しても交渉を……」

「そんなことをしなくてもここに婚約の祝い品がたくさんあるじゃないか? これをいただいた上で姫様には辺境地へたどり着く前に魔物に襲われた、ということにしましょうか」

「そ、そんなことをしてはあなたたちもこの国に住めなくなりますよ!?」

「別にここに住めなくても国はたくさんあるじゃないか。いざとなれば海を渡れば――」



 能力の低い自分に複数の兵たちを防ぐ手段はない。

 誰も通っていない街路で助けを呼んだところで誰も来てくれるわけもない。


 こんなところで自分は死ぬの?



 夢見る王女はその夢の第一歩も踏み出せずに……。



「でも、せっかくですから最後くらいは楽しみましょうか」



 兵士たちの視線がめくり上がったドレスの先を見ていることに気づく。

 その嫌らしい視線に嫌悪感を抱きながらも、抵抗する術もなくゆっくり後退る。



「た、助け……」

「あははっ、こんな所に助けに来てくれる奴なんているはずないだろ?」



 兵たちが笑い声を上げる。

 自分も同じ気持ちであった。


 このまま自分は弄ばれて殺される。

 そんなのは嫌!!



 ギュッと目を閉じ、心の中で必死に助けを呼ぶ。

 すると突然知らない声が聞こえてくる。



「これも父の陰謀か? それにしてはあまりにも稚拙で、成功するとも思えん策だな。つまりここは俺が助けることも見越しているのか?」

「だ、誰だ、おま……ぐはっ!?」

「盗賊相手にのんきに名前を名乗るはずないだろ?」



 一体何が起きているのか……。

 ゆっくりを目を開けるとフロレンツィアを襲おうとしていた兵士は全て倒されており、その目の前には夢に見た光景があった?


 もう一度目を擦り、改めて状況を見る。


 白いものに乗った、貴族風の服装に身を包んだ少年。

 彼が自分のことを助けてくれたようだ。


 その状況だけだと書庫で呼んだ『姫を助ける白馬に乗った王子様』そのものである。


 でも、その少年が乗っているもの。

 なぜかはわからないけど、それは巨大な羊――。

 つまり『白羊はくばに乗った王子様』だったのだ。

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